王太子専属閨係の見る夢は

riiko

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第五章 王太子の恋 ~ディートリッヒside~

71、王太子の秘密 2

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「殿下、後宮より資料を手に入れてまいりました」
「ああ、ありがとう」

 王太子の専属医師である、ムスタフ伯爵が妻でありつがいのムスタフ伯爵夫人を連れて執務室にきたので、人払いをしてダイスが茶を入れて、二人は私の前の席に着いた。

「ひとりは、殿下のお探ししたフィオナ殿に決定されたようです」
「ああ、良かった。フィオナ殿の事情はくれぐれも後宮には秘密にしてくれ。そしてフィオナ殿の身の安全もよろしく頼む。そうしないと友人に顔向けできないからな」
「はい。それはもう、万全の準備で後宮が迎え入れる用意をしております」

 ムスタフ伯爵夫人が優雅な振舞でお茶を飲みながら、微笑んだ。

「して、もう一人の資料は手に入ったか?」
「はい。処女ということと、殿下と同じ年のオメガ男性ということから、かなり苦戦されたようですが、後宮はようやくひとり見つけたようです」

 ムスタフ伯爵から資料を受け取った。

「ふむ、そうか。男爵家子息、随分と王都から離れた場所に住んでいるな」
「ええ、王都に住む貴族は婚約者がいるか、この年ではすでに嫁入りしているオメガが多くて、見つからなかったそうです」
「今までの相手とは、かなり身分も生い立ちも違うのが気になるが……仕方ない。会いに行ってくる」
「「え!」」

 ムスタフ伯爵夫妻は驚いた顔をして、二人同時に声をあげた。仲がいいことだ。

「いや、そっと見てくる。さすがに王都以外の貴族では人柄なども気になるし、一年相手をするにしても事前に見て知っておきたいのだ」
「はぁ、たしかに最後の年ですしね。まだ決定されていないので、最悪替えは可能です」

 夫妻との会話が終わると、ダイスはやれやれという顔をしながらも、私のすることに付き合ってくれた。

 田舎の下級貴族なら騙せるかもしれない。金でも掴ませれば一年偽りの閨担当を承諾してくれるかもしれない。そうならなければ、また相手を変えて後宮に探させればいいだけだ。とにかくもう好きになったオメガ以外を抱く気はなかった。

 私には時間がない。なんとか彼女との契約までに本気になれる相手が必要だったから、だから閨係などにかまっている時間などなかった。

 ダイスと二人で馬を駆け、私の最後の閨担当候補のいる町までやって来た。もちろん変装して。そしてその領地に到着すると――

「しかし、ここは随分と」
「整備すらされていない田舎だな。空気は綺麗だが」

 しばらく馬を駆けると、舗装されていない道に出た。家がぽつぽつとあるが、どこも貧しいように見えた。

「それに、なんていうか」
「潤っていないな。領主が相当無能なのだろう」
「閨担当の話がきたら、きっと飛びつくだろうな。金銭を必要としているらしい、それに王都の事業をもらえれば助かるだろう」

 整備されていない道を馬から降りてダイスと二人歩いた。馬に休息を取らすために、途中森の中にはいり、小川を見つけてそこで休んでいた。すると数人の声が聞こえてきた。

「おーい、シン! こらっ、まて!」
「なんだよ、お前ら。少しは足を使え。ほらっ、こうやって足でガバッとしたら、簡単に伐れるだろう。お前ら木こりになるならもっと鍛えろよ」

 若い男たちの会話が聞こえ、私とダイスは気配を消し、身を潜めた。

「なんだって、シンはそんな力持ちなんだよぅ」
「そりゃ、この領土を守るためだ! というかうちのぼんくらオヤジがぼんくら過ぎるからな! 少しでも自分たちで食い扶持稼ぐ努力をしないといけないだろう。お前らを鍛えてやるから、将来弟を助けてくれよな」

 どんどんと声がこちらに近づいてくる。木こりだろうか? 三人分の声がする。

「あれ? 馬がいる」
「え! マジで? 迷い馬?」

 しまった、こっちに気が付かれた。ダイスに木の上に隠れるように指示し、私はその場に残った。手綱がついた馬が二頭あって人がいなければ不自然だ。それに何かあったらダイスが上から襲ってくれるだろうから、私がひとりその場で対処することにした。

「すまない、馬に水を与えていた」
「うわっ、びっくりしたなぁ――もう」

 そこに現れた男は、薄汚れたシャツにズボン、そして肩には木材を沢山担いでいた。しかし顔は泥で汚れているのに、目が離せないほど美しかった。赤茶色の髪は頭の上の方で団子状に乱雑に縛っていた、少し長い前髪で隠れた瞳は美しいエメラルドを思わせる輝きを放っていた。とにかく人が現れたことに驚いたようで、しりもちをついて目を見開いてこちらを見ていた。

「シン! 大丈夫か? うわっ、なにこの王子様みたいな人」
「王子様……」

 慌てた若者が二人現れた。変装したというのに、王子ということがなぜ分かったのだ。木の上からは殺気が降りてきた。ダイスは、斬るつもりだ。身分がばれていいことなどないからな。だけど、この少年たちが危険なようには思わなかったし、なにより、目の前でしりもちをつく男が気になって仕方なかった。私はとっさに上にいるダイスに待てと合図を送った。

「驚かせてすまなかった。手を貸す」
「ああ、ありがと」

 赤茶色の髪を持つ男に手を貸した、男は警戒心なく私の手を取った。その時なにかが私の中に流れた気がした。触った手を見るとなんともない、それとこの男はオメガだ。とてつもなくいい香りがしてきた。森の中だと言うのに、森林の香りに交じって花畑にでもいるような、可憐な香りが鼻腔をくすぐった。

「ん? あんがと、もうダイジョブ」
「あ、ああ」

 手を離されて寂しいと思った。なんだ、この気持ちは? とにかくオメガと思われるこの男がとても気になる。すでに愛しいとしか思えない自分がいた。こんな気持ちは初めてだった。もしかして、この男こそが私と姫の悲しい運命を変えてくれる、唯一の人かもしれない。その時はそれくらいだったが、彼と別れるときにはすでに確信していた。時間など必要なかった。

 私はこの場所で、生涯の伴侶になる人と、運命的な出会いを果たしたのだった。
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