71 / 102
第五章 王太子の恋 ~ディートリッヒside~
71、王太子の秘密 2
しおりを挟む
「殿下、後宮より資料を手に入れてまいりました」
「ああ、ありがとう」
王太子の専属医師である、ムスタフ伯爵が妻であり番のムスタフ伯爵夫人を連れて執務室にきたので、人払いをしてダイスが茶を入れて、二人は私の前の席に着いた。
「ひとりは、殿下のお探ししたフィオナ殿に決定されたようです」
「ああ、良かった。フィオナ殿の事情はくれぐれも後宮には秘密にしてくれ。そしてフィオナ殿の身の安全もよろしく頼む。そうしないと友人に顔向けできないからな」
「はい。それはもう、万全の準備で後宮が迎え入れる用意をしております」
ムスタフ伯爵夫人が優雅な振舞でお茶を飲みながら、微笑んだ。
「して、もう一人の資料は手に入ったか?」
「はい。処女ということと、殿下と同じ年のオメガ男性ということから、かなり苦戦されたようですが、後宮はようやくひとり見つけたようです」
ムスタフ伯爵から資料を受け取った。
「ふむ、そうか。男爵家子息、随分と王都から離れた場所に住んでいるな」
「ええ、王都に住む貴族は婚約者がいるか、この年ではすでに嫁入りしているオメガが多くて、見つからなかったそうです」
「今までの相手とは、かなり身分も生い立ちも違うのが気になるが……仕方ない。会いに行ってくる」
「「え!」」
ムスタフ伯爵夫妻は驚いた顔をして、二人同時に声をあげた。仲がいいことだ。
「いや、そっと見てくる。さすがに王都以外の貴族では人柄なども気になるし、一年相手をするにしても事前に見て知っておきたいのだ」
「はぁ、たしかに最後の年ですしね。まだ決定されていないので、最悪替えは可能です」
夫妻との会話が終わると、ダイスはやれやれという顔をしながらも、私のすることに付き合ってくれた。
田舎の下級貴族なら騙せるかもしれない。金でも掴ませれば一年偽りの閨担当を承諾してくれるかもしれない。そうならなければ、また相手を変えて後宮に探させればいいだけだ。とにかくもう好きになったオメガ以外を抱く気はなかった。
私には時間がない。なんとか彼女との契約までに本気になれる相手が必要だったから、だから閨係などにかまっている時間などなかった。
ダイスと二人で馬を駆け、私の最後の閨担当候補のいる町までやって来た。もちろん変装して。そしてその領地に到着すると――
「しかし、ここは随分と」
「整備すらされていない田舎だな。空気は綺麗だが」
しばらく馬を駆けると、舗装されていない道に出た。家がぽつぽつとあるが、どこも貧しいように見えた。
「それに、なんていうか」
「潤っていないな。領主が相当無能なのだろう」
「閨担当の話がきたら、きっと飛びつくだろうな。金銭を必要としているらしい、それに王都の事業をもらえれば助かるだろう」
整備されていない道を馬から降りてダイスと二人歩いた。馬に休息を取らすために、途中森の中にはいり、小川を見つけてそこで休んでいた。すると数人の声が聞こえてきた。
「おーい、シン! こらっ、まて!」
「なんだよ、お前ら。少しは足を使え。ほらっ、こうやって足でガバッとしたら、簡単に伐れるだろう。お前ら木こりになるならもっと鍛えろよ」
若い男たちの会話が聞こえ、私とダイスは気配を消し、身を潜めた。
「なんだって、シンはそんな力持ちなんだよぅ」
「そりゃ、この領土を守るためだ! というかうちのぼんくらオヤジがぼんくら過ぎるからな! 少しでも自分たちで食い扶持稼ぐ努力をしないといけないだろう。お前らを鍛えてやるから、将来弟を助けてくれよな」
どんどんと声がこちらに近づいてくる。木こりだろうか? 三人分の声がする。
「あれ? 馬がいる」
「え! マジで? 迷い馬?」
しまった、こっちに気が付かれた。ダイスに木の上に隠れるように指示し、私はその場に残った。手綱がついた馬が二頭あって人がいなければ不自然だ。それに何かあったらダイスが上から襲ってくれるだろうから、私がひとりその場で対処することにした。
「すまない、馬に水を与えていた」
「うわっ、びっくりしたなぁ――もう」
そこに現れた男は、薄汚れたシャツにズボン、そして肩には木材を沢山担いでいた。しかし顔は泥で汚れているのに、目が離せないほど美しかった。赤茶色の髪は頭の上の方で団子状に乱雑に縛っていた、少し長い前髪で隠れた瞳は美しいエメラルドを思わせる輝きを放っていた。とにかく人が現れたことに驚いたようで、しりもちをついて目を見開いてこちらを見ていた。
「シン! 大丈夫か? うわっ、なにこの王子様みたいな人」
「王子様……」
慌てた若者が二人現れた。変装したというのに、王子ということがなぜ分かったのだ。木の上からは殺気が降りてきた。ダイスは、斬るつもりだ。身分がばれていいことなどないからな。だけど、この少年たちが危険なようには思わなかったし、なにより、目の前でしりもちをつく男が気になって仕方なかった。私はとっさに上にいるダイスに待てと合図を送った。
「驚かせてすまなかった。手を貸す」
「ああ、ありがと」
赤茶色の髪を持つ男に手を貸した、男は警戒心なく私の手を取った。その時なにかが私の中に流れた気がした。触った手を見るとなんともない、それとこの男はオメガだ。とてつもなくいい香りがしてきた。森の中だと言うのに、森林の香りに交じって花畑にでもいるような、可憐な香りが鼻腔をくすぐった。
「ん? あんがと、もうダイジョブ」
「あ、ああ」
手を離されて寂しいと思った。なんだ、この気持ちは? とにかくオメガと思われるこの男がとても気になる。すでに愛しいとしか思えない自分がいた。こんな気持ちは初めてだった。もしかして、この男こそが私と姫の悲しい運命を変えてくれる、唯一の人かもしれない。その時はそれくらいだったが、彼と別れるときにはすでに確信していた。時間など必要なかった。
私はこの場所で、生涯の伴侶になる人と、運命的な出会いを果たしたのだった。
「ああ、ありがとう」
王太子の専属医師である、ムスタフ伯爵が妻であり番のムスタフ伯爵夫人を連れて執務室にきたので、人払いをしてダイスが茶を入れて、二人は私の前の席に着いた。
「ひとりは、殿下のお探ししたフィオナ殿に決定されたようです」
「ああ、良かった。フィオナ殿の事情はくれぐれも後宮には秘密にしてくれ。そしてフィオナ殿の身の安全もよろしく頼む。そうしないと友人に顔向けできないからな」
「はい。それはもう、万全の準備で後宮が迎え入れる用意をしております」
ムスタフ伯爵夫人が優雅な振舞でお茶を飲みながら、微笑んだ。
「して、もう一人の資料は手に入ったか?」
「はい。処女ということと、殿下と同じ年のオメガ男性ということから、かなり苦戦されたようですが、後宮はようやくひとり見つけたようです」
ムスタフ伯爵から資料を受け取った。
「ふむ、そうか。男爵家子息、随分と王都から離れた場所に住んでいるな」
「ええ、王都に住む貴族は婚約者がいるか、この年ではすでに嫁入りしているオメガが多くて、見つからなかったそうです」
「今までの相手とは、かなり身分も生い立ちも違うのが気になるが……仕方ない。会いに行ってくる」
「「え!」」
ムスタフ伯爵夫妻は驚いた顔をして、二人同時に声をあげた。仲がいいことだ。
「いや、そっと見てくる。さすがに王都以外の貴族では人柄なども気になるし、一年相手をするにしても事前に見て知っておきたいのだ」
「はぁ、たしかに最後の年ですしね。まだ決定されていないので、最悪替えは可能です」
夫妻との会話が終わると、ダイスはやれやれという顔をしながらも、私のすることに付き合ってくれた。
田舎の下級貴族なら騙せるかもしれない。金でも掴ませれば一年偽りの閨担当を承諾してくれるかもしれない。そうならなければ、また相手を変えて後宮に探させればいいだけだ。とにかくもう好きになったオメガ以外を抱く気はなかった。
私には時間がない。なんとか彼女との契約までに本気になれる相手が必要だったから、だから閨係などにかまっている時間などなかった。
ダイスと二人で馬を駆け、私の最後の閨担当候補のいる町までやって来た。もちろん変装して。そしてその領地に到着すると――
「しかし、ここは随分と」
「整備すらされていない田舎だな。空気は綺麗だが」
しばらく馬を駆けると、舗装されていない道に出た。家がぽつぽつとあるが、どこも貧しいように見えた。
「それに、なんていうか」
「潤っていないな。領主が相当無能なのだろう」
「閨担当の話がきたら、きっと飛びつくだろうな。金銭を必要としているらしい、それに王都の事業をもらえれば助かるだろう」
整備されていない道を馬から降りてダイスと二人歩いた。馬に休息を取らすために、途中森の中にはいり、小川を見つけてそこで休んでいた。すると数人の声が聞こえてきた。
「おーい、シン! こらっ、まて!」
「なんだよ、お前ら。少しは足を使え。ほらっ、こうやって足でガバッとしたら、簡単に伐れるだろう。お前ら木こりになるならもっと鍛えろよ」
若い男たちの会話が聞こえ、私とダイスは気配を消し、身を潜めた。
「なんだって、シンはそんな力持ちなんだよぅ」
「そりゃ、この領土を守るためだ! というかうちのぼんくらオヤジがぼんくら過ぎるからな! 少しでも自分たちで食い扶持稼ぐ努力をしないといけないだろう。お前らを鍛えてやるから、将来弟を助けてくれよな」
どんどんと声がこちらに近づいてくる。木こりだろうか? 三人分の声がする。
「あれ? 馬がいる」
「え! マジで? 迷い馬?」
しまった、こっちに気が付かれた。ダイスに木の上に隠れるように指示し、私はその場に残った。手綱がついた馬が二頭あって人がいなければ不自然だ。それに何かあったらダイスが上から襲ってくれるだろうから、私がひとりその場で対処することにした。
「すまない、馬に水を与えていた」
「うわっ、びっくりしたなぁ――もう」
そこに現れた男は、薄汚れたシャツにズボン、そして肩には木材を沢山担いでいた。しかし顔は泥で汚れているのに、目が離せないほど美しかった。赤茶色の髪は頭の上の方で団子状に乱雑に縛っていた、少し長い前髪で隠れた瞳は美しいエメラルドを思わせる輝きを放っていた。とにかく人が現れたことに驚いたようで、しりもちをついて目を見開いてこちらを見ていた。
「シン! 大丈夫か? うわっ、なにこの王子様みたいな人」
「王子様……」
慌てた若者が二人現れた。変装したというのに、王子ということがなぜ分かったのだ。木の上からは殺気が降りてきた。ダイスは、斬るつもりだ。身分がばれていいことなどないからな。だけど、この少年たちが危険なようには思わなかったし、なにより、目の前でしりもちをつく男が気になって仕方なかった。私はとっさに上にいるダイスに待てと合図を送った。
「驚かせてすまなかった。手を貸す」
「ああ、ありがと」
赤茶色の髪を持つ男に手を貸した、男は警戒心なく私の手を取った。その時なにかが私の中に流れた気がした。触った手を見るとなんともない、それとこの男はオメガだ。とてつもなくいい香りがしてきた。森の中だと言うのに、森林の香りに交じって花畑にでもいるような、可憐な香りが鼻腔をくすぐった。
「ん? あんがと、もうダイジョブ」
「あ、ああ」
手を離されて寂しいと思った。なんだ、この気持ちは? とにかくオメガと思われるこの男がとても気になる。すでに愛しいとしか思えない自分がいた。こんな気持ちは初めてだった。もしかして、この男こそが私と姫の悲しい運命を変えてくれる、唯一の人かもしれない。その時はそれくらいだったが、彼と別れるときにはすでに確信していた。時間など必要なかった。
私はこの場所で、生涯の伴侶になる人と、運命的な出会いを果たしたのだった。
96
お気に入りに追加
2,472
あなたにおすすめの小説
側妃は捨てられましたので
なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」
現王、ランドルフが呟いた言葉。
周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。
ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。
別の女性を正妃として迎え入れた。
裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。
あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。
だが、彼を止める事は誰にも出来ず。
廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。
王妃として教育を受けて、側妃にされ
廃妃となった彼女。
その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。
実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。
それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。
屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。
ただコソコソと身を隠すつまりはない。
私を軽んじて。
捨てた彼らに自身の価値を示すため。
捨てられたのは、どちらか……。
後悔するのはどちらかを示すために。


【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜
ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。
そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。
幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。
もう二度と同じ轍は踏まない。
そう決心したアリスの戦いが始まる。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

花婿候補は冴えないαでした
いち
BL
バース性がわからないまま育った凪咲は、20歳の年に待ちに待った判定を受けた。会社を経営する父の一人息子として育てられるなか結果はΩ。 父親を困らせることになってしまう。このまま親に従って、政略結婚を進めて行こうとするが、それでいいのかと自分の今後を考え始める。そして、偶然同じ部署にいた25歳の秘書の孝景と出会った。
本番なしなのもたまにはと思って書いてみました!
※pixivに同様の作品を掲載しています

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる