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第四章 婚約者
64、結婚相手
しおりを挟む「シン、驚いたよ! また会うことになるとは」
「ああ、ごめんな。急に驚いただろう?」
「そりゃ、もう。でもどうして急に?」
後宮のオジサンが手配してくれたサロンに来ていた。俺と話している相手は、レイの友達の、サチウス・ロジャー。
姫とディーの番契約を確認したあの日、俺は後宮に連絡を取り、王都にいたくない理由ができたからすぐに友達と結婚したいと言った。もしかしたらあのオジサンは何かを感じたかもしれない。俺のあまりに深刻な顔に何も聞かず、最速でこのような場所を手配してくれた。本当にあのオジサンは有言実行で、俺が結婚したい相手を間違いなく目の前に用意してくれた。
「いきなりすまないな、サッチー。レイから王都を離れると聞いて、それで急な話になっちゃって」
「いや、それはいいんだけど。でもビックリなのはそんなことじゃなくて、俺と結婚したいオメガがいるって王宮から打診があったのに驚きでさ。王宮が身元を保証するオメガなんて、そんな優良物件が次男の俺にくること自体凄いのに、それが一度しか会ったことの無いシンだって聞いた時にはもう……俺に一目ぼれした? なわけ無いよね」
笑いながら話してくるサッチーは確信しているだろう、俺がそんな明るい理由でこの話をわざわざ王宮を通じて持ってきたのではないことを。
「ごめん、一目惚れじゃなくて、急いで俺と結婚してくれる人を探した。この間、二股の女の子にフラれたって話をしていたから、とりあえず婚約者もいない独り身っぽいサッチーを指名した」
「独り身……間違いないけど、俺はまだ結婚するつもりないんだけどな。しかもこれ契約婚っぽい匂いしかしない」
「とりあえず、話だけ聞いてくれない?」
「いいよ、レイの友達だしね。訳アリって感じも気になるから」
そして俺は、好きな男が他の女と結婚することになって、でも相手の男は俺を愛人にしようとしていることを話した。その男から逃げるには王都を去るしかなく、他の男と結婚するならば、諦めてくれると思ったからだと言った。決してその相手がこの国の王太子だということは言わなかったが、相手は王宮で働く身分の高い人だから、自分では関係を断れない立場にある。俺とその人の関係性を知る人が協力してくれて、急遽俺を嫁に出す手配をしてくれたと話した。
「結婚してくれるだけで助かるんだ。俺のことをそういう目で見なくていいし、浮気もしていいし、今後離縁して他の人と結婚してくれてもいいから、とにかく俺に今だけ戸籍をくれないかな? 都合のいい話だって言うのは分かるけど、王宮からの提案は断れないって聞いたから、これは完璧に無理やりの打診なんだけど」
サッチーは察しがいいのか、すぐに真面目な顔をした。
「いいよ、権力で愛人になるしかない友達を、そんな日陰のオメガにするのも気になるからね。俺で良ければシンを助けてあげる」
「本当か!?」
「ああ、だけど、嫁だから俺はシンを抱くよ? 正直タイプだし。嫌なら無理やりはしないけど、それも込みで俺の嫁になってくれるって考えてくれるなら喜んで協力する」
「……正直、俺、失恋したばかりで、そんな気持ちになれるかは分からないけど、嫁になったら、そうなるように努力はする」
「ま、今はそれでいいよ」
そして俺とサッチーの契約は終結した。
早いけれど、サッチーはこの話がくる前から王都を去る準備をしていたので、その日の夜に王都を出た。
「それにしてもさ、そんな逃げるように王都を出るなんて、相手はどんな人だよ」
「言えない人」
「ふぅん、この話ってレイにも言わずに来たんだろ? 俺レイに殺されないかそれが心配だよ」
「悪いな、いつかレイにも俺から詫びるから」
そう、レイにはなんて言っていいか分からず、俺はすぐさま宿舎の片付けをして、サッチーの馬車に乗り込んだ。好きな人が他の女と結婚して、俺を愛人にするなんて話できるわけがない。レイには俺の好きな人がディーだということがバレているから、ディーが好きなオメガを二人も同時に侍らすアルファなんて知られるわけにはいかない。
一国の王女を娶る人が、新婚なのに側室まで娶るなんて無責任な王太子だと、国民から非難されるようなことがあっても困る。王女への扱いがあまりに酷いから、それは国際問題になりかねないかもしれないし、なによりあんなに好きな人と結ばれたことを喜ぶ女の子を悲しませたくない。いや……俺が苦しみたくないだけだ。
そんなこともあり、レイにもベスにも何も話していないし、さらにはフィオナにも何も告げずに去ってしまった。
自分がしていることは間違えている。そう指摘されるのが怖くて、全ての人から逃げてきた。後宮のオジサンが後でフィオナにも俺の両親にも連絡を取ってくれると約束してくれたから、後のことはオジサンに任せた。
俺は自分のことを何ひとつ自分で片付けずに逃げた。
ディーは悲しむかな、それとも厄介払いできたと思うかな? あんなに俺に執着していた割には、あっさりと彼女を番にした。俺はディーの言葉も行動も全てを信じられなくなった。最後に別れ話をして、ディーがなんて答えをくれるか想像ができなかったし、あっさりとさよならを言われたら多分俺は崩れ落ちる。最後までそんな惨めな姿を晒したくなかった。
サッチーは俺にいつ手を出すのだろうか。俺を好みのオメガと言ったから、抱くのだろう。嫁にしてくれと頼んでおきながら、体を明け渡さないわけにはいかないだろう。俺はディー以外とできるのか? そもそもサッチーとキスする姿も想像できない。
「なぁ、サッチーは好きなやついないの? 結婚したい人とかさ」
「今はいないかなぁ。恋人は何人もいたけどさ、結婚となるとね。それよりも今は兄上のために、領地で働きたいかな? 俺にとってもシンの存在はありがたいよ。領地に戻ったら見合いさせられるのを避けられるから、煩わしくなくて助かる。俺はまだ遊んでいたいからね!」
「ははっ、いくらでも遊んでいいぞ」
俺と合うと思ったのはこういうところだと思った。
一度しか会ったことはないが、友達としていいやつだし、家族や仕事のことを大事に思っている点では俺と同じだった。少なくとも志を尊敬できる。男女関係奔放なのも、俺にその想いを向けてくることが無いかもしれないというところで、少し安心だし。ただ、手は出されるのは覚悟をしなければいけないと思うが、体ひとつ差し出すだけで、仕事を手伝わせてもらえるなら安いものだ。
そんな感じで慌てて決めた割には、俺とサッチーの関係は穏やかで友達の延長みたいな感じで進んでいった。
サッチーの実家までは馬車で一日だが、途中の街で一泊することになった。そして翌朝は早くから出るということで、その日は早くに寝床についたのだった。
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