王太子専属閨係の見る夢は

riiko

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第四章 婚約者

63、姫が結ばれた

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「だって、だって、すごいことが起きたんだもの! あのね、あっ、ついに、彼と結ばれたの」
「え……」

 俺とフィオナ、そしてリアナ様は絶句。

 どうして絶句してかというと、姫は思いっきり髪の毛をかきあげてうなじを見せてきたからだった。そこにはしっかりと生々しい歯形がついていた。

「姫様……いったいどうして。まさか今回の発情期に?」
「ええ、そうよ。彼と結ばれたわ」

 彼と結ばれた。ということは、ディーがこの姫を抱いてつがいにしたということ?

「何ということを! 結婚前にはしたない」
「あら、だって彼とつがいになることを夢見てきたんだもの。この国に来て初めての発情期で結ばれるなんて、分かりきっていたでしょう?」
「分かるはずもございません! 姫様ともあろうお方が、結婚前に乙女を失うなど……」
「でも、彼はカッコいいから不安だったんだもの。他のオメガに取られる前に、彼を手に入れたくて」

 二人の女性が言い合いをしていた。

 ここは公爵家のサロンだから、それ自体は問題ないが、とてつもなく興奮しているのは分かる。俺とフィオナは圧倒されてしまってひとことも言葉がでなかった。

 他のオメガに取られる前に……それは、俺のことだろうか。

 ディーは彼女に側室を取るということの了承をもらったと言っていた。でも姫を見る限り、強い独占欲を感じる。こんな女性が、ディーを他の人と共有などできないだろう。だから、先につがいになったということだろうか。

 俺がとやかく言える立場ではないし、浮気相手はどちらかというと俺だ。俺こそが、二人の邪魔をするオメガだった。

 その場に崩れ落ちそうになったところを、隣にいるフィオナに支えられた。彼女を見る限り、ディーの浮気相手が俺だということまでは知らないようだったので、ここで俺が取り乱したら大変なことになる。フィオナもそれを分かっていて、俺をこっそりと支えて、しっかりとした目で俺を見て制してきた。なんとか気力を振り絞って、踏ん張ったが、今すぐ泣きわめいて崩れ落ちたかった。

 ディーが彼女を噛んだ……つがいにしたんだ。アランが騒がしさから目が覚めた。

「あれぇ、ひめさま?」
「アラン様、お目覚めですか」
「うん、うるさくて起きた」

 フィオナがアランの抱き起した。そして姫がいることに驚いたアランが、首元をさらす姫のうなじを見てすぐさま心配した。

「うわぁー痛そうですね、姫さまはお怪我をされてしまったのですか?」

 アランが痛そうと言って、心配した顔を王女に向けると、王女は微笑んだ。

「違います、アラン。これは愛の誓なのですよ。アルファが愛するオメガのうなじを噛むという一生に一度の契約がなされたのです」
「けいやく?」
「そうですよ、あなたのお父様とお母様もこの契約をされて、あなたという宝が生まれたの。わたくしにも、そういう相手ができたのです。これは喜ばしいことなのよ」
「わぁー、そうなんですね。おめでとうございます!」

 王女とアランがはしゃいでいるが、夫人は終始厳しい顔をしていた。そして俺はもう限界だった。

「リアナ、これから忙しくなるわよ。国と国の話し合いが始まるわ」
「そうですね。姫様という宝をこの国は得たのですから」

 リアナ様が、真剣な顔をする。さすが公爵夫人であり、王太子妃教育係だ。

「ええ、私たちの幸せのために、ディートリッヒ様にはしっかりと働いてもらうわ」
「そうですね、殿下のことを支えて差し上げてください。姫様の幸せのためにも、殿下には頑張っていただかなければなりませんわ」

 ディートリッヒ様。姫はそう言った。

 ディー、ディー、ディー、どうして、どうして⁉ 

 俺をつがいにするっていったのに、姫を先につがいにした。やはり俺は二番手であって、大切なのは、本妻の姫だ。このまま、ここで生きていくのはもう辛すぎる。幸せに満ち溢れた彼女をこれからもずっと、見ていくことなんてできない。彼女が愛する人が、俺の愛するディーだなんて、耐えられない。

 フィオナが気を効かせてくれて、大事な話のようなので失礼しますと言って、席を外す許可を取ってくれた。そのやり取りは俺の頭には入ってくることなく、なんとか気力だけでその場を去った。

 しばらくすると俺の足が崩れおち、その場にしゃがみ込んだ。

「シン君……」
「ごめん。フィオナ、ごめん。俺、分かってたのに、分かってたはずなのに、どうしてこんなに涙が出るんだろう」
「シン君、よく、よく耐えたね。もういいよ、沢山泣いていいから」
「うっ、うっ、うわーっ、ああああ」
 
 フィオナが抱きしめてくれて、俺はずっとフィオナの胸で泣いていた。心配するフィオナは、公爵家の執事に許可をとり、俺を宿舎まで送り届けてくれた。そして、しばらく俺の側にいてくれた。

 俺はもうここでやっていける気がしなかった。

 そう思ったら、それからの俺は行動が早かった。

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