王太子専属閨係の見る夢は

riiko

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第四章 婚約者

61、悲しいプロポーズ

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 翌日、学園でディーの執務室に行くか悩んでいた。後宮が終わったということは、俺の仕事は終わったということだ。だからディーとの関係も終わりを迎えた。

 そう思って素直に宿舎に戻ろうとしたところ、ダイスに見つかった。

「シン君、どこ行くの? 君の行くところはそっちじゃないよ」
「あ、でも、俺はもう役目が終わったから」
「役目だなんて悲しいことを言わないで、ほら、ディーが待ってるよ」

 しぶしぶダイスに連行されてしまった。

 執務室をダイスが開けると、扉が開いたことに反応したディーが、凄い勢いでこちらまでやってきて、俺を抱きしめた。というより、突進してきた。

「シン!」
「うおっ、苦しいわ!」

 ダイスが笑った。

「おいおい。ディーしっかりしろよ、俺はもう行くからな」
「ああ、シンを連れてきてくれてありがとう」
「はいはい」

 ディーはいつもと様子が違うみたいで、なんだか心配になった。

「ディー? 大丈夫?」
「シン! すまなかった。私は後宮を閉めたことを今朝知らされたんだ」
「そうなんだ。王太子でも事後報告なんだな」
「王太子なんて、立場だけあっても実際はそんなにまだ動かせないんだ。後宮は特殊な場所で、官僚が仕切っている」
「そうか……」

 ディーの頭をぽんぽんと叩いた。

「シン」
「とりあえず落ち着けな? 座ろうよ。俺ずっとこのまま体を固められているのは、ちょっとな」

 ディーをあやしてから、椅子に腰かけた。

 そうだった。ディーと俺の関係は終わったって、昨日のお姫様の会話で分かったし仕方ないと思う。ディーなりにけじめをつけたくてここに呼んだのかもしれない。お別れを言われるだけ、まだ俺は真剣に向き合ってもらえていたのかもしれない。

「シン、他国の大使が今は王宮内にいる状態だ。だから私の弱みになる部分は見せられないんだ」
「そうだな」
「後宮への出入りができなくなるが、それでもシンとはこうして学園内では毎日会える」
「そうだな」

 まだこの人と会ってしまうかもしれない。この学園にいる限り、卒業の時期は同じだから。

「だから、今までと私との関係は変わらないよ」
「は?」

 ディーはもう婚約者を迎え入れて、愛を誓った。俺たちの関係はもう終わりを示すには十分な出来事だと思う。それなのに、この期に及んでディーは何を言っているんだ?

「そうだよ。閨係という仕組みは終わってしまったが、私が愛する人としては何も変わりはない」
「……」
「卒業まではこうやってここで愛を語ることを許して欲しい」
「いやだ。俺の業務は終了した」
「シン!」
「ディーはもう、婚約者と向き合ったんだろう。それに閨係が終わったのなら、ディーの肉欲の相手をするつもりはない、というかそもそも俺のことを相手にすらしていなかったけどな」
「シン、話を聞いてくれ」
「なんの話? 婚約者との惚気を聞けって? ふざけるなよ、そういうのはお友達としてくれ。俺とディーはもう、無関係だ」

 ディーが悲しそうな顔をしたが、俺だって悲しい。最後まで言わせないでくれよ。綺麗に終わらせて欲しかった。こんなふうに言い合いして最後になるのだけは嫌だった。それなのに、俺はディーの次の言葉でブチ切れてしまった。

「私が愛しているのはシンだけだ。どうか、私とつがいになって欲しい」
「は? どの口がそんなことを言っているんだよ、オメガをバカにするのもいい加減にしろよ。そもそもディーは俺と寝ることをしないだろう、そんな奴とどうやってつがいになるっていうんだよ」
「次のシンの発情期に、抱く」
「……ふざけるな」
「ふざけていない。シンに私のつがいになって欲しいと真剣に考えている。出会った頃から私はシンだけだった」
「……っ」
「泣かないで、シン」

 誰のせいで泣きたくもない涙をこぼしていると思っているんだよ、俺が嬉しくて歓喜の涙を流したとでも思っているのか? この男はいつまで俺を縛るんだ、もう話をすることもしたくなかった。

「私と結婚して欲しい、私の妻になってくれないか?」
「な、なにを言ってるの? 王女は、王女様はそんなの許してくれるのか?」
「ああ、彼女は分かってくれた。だからシンは王女とのことは気にしなくていい」

 なんて酷い男だ、本妻に側室を取ることを認めさせた? しかも婚姻前に、それを言ったのか。この男は俺にも王女にも酷いことをしていると分からないのか? 

 きっと俺がディーのことを好きなのは、ディーも気が付いていると思う。好きとは言わないけれど、態度で好かれていることくらいバレている気がする。散々抱いて欲しいと言っているんだ。ただの淫乱でもない限り、そう何度もそれを強請るのは、ディーのことが好きだからだ。

 ディーは俺のことを何度も愛していると言うくらいに、好かれているのは感じていた。俺もディーを好きだ、それを知っているからこそ、側室に迎えることに決めたのだろうか。俺は、もう無理だった。

「分かったよ、ディーの好きにしなよ」
「そんな投げやりにならないで。私との未来を真剣に考えて欲しい」
「考えるから、今日はもう帰りたい……」
「……分かった」

 ディーは俺のおでこに口づけをして、ダイスを呼んだ。俺をダイスに送らせるように言って、俺はその部屋を出た。涙を流していたのをダイスに見られた。

「シン君。どうかディーの気持ちを分かってやってほしい」
「……」

 ダイスの言っていることも意味が分からなかった。

 俺をつがいにする。王女様を愛しているけれど、俺も愛している。そんなの分かるはずもない、全く理解ができなかった。王族の愛人になれと言われて断れる立場ではないけど、愛しているからこそ、あの男を他の人と共有するなんて、とてもじゃないけれどできそうにない。

 悔しくて苦しくてその日はずっと泣いていた。
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