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第三章 恋とは
51、医師のことば
しおりを挟む次に目覚めたのは、発情期が終わった後だった。
「シン君、目が覚めたかな?」
「あれ、先生?」
目の前には、後宮医師をしているムスタフ伯爵夫人がいた。
「ここは後宮で、君は突発性の発情期に入ったんだ。馬車の中で気を失ったって、殿下が赤い顔して後宮に運んで来たときは、そりゃみんな驚いて大変だった」
「突発……ってなに」
「オメガは未知な部分が多いからね、なにか感情の変化でもあったかな? 本来の発情周期ではなかったんだけど、急にヒートがきたみたい。寝ている間に薬を体内に入れたから、もう大丈夫だよ、収まったでしょ?」
感情の変化、それは俺が恋心を自覚したってことかな。
「うん、あの苦しいヒートの症状はないみたい。じゃあこれは、いつものヒートじゃないってことですか?」
「そうだよ、君たち閨係のヒート期間は僕が把握しているからね、その時期は殿下にも遠ざけるように言っている」
「そうですか」
じゃあ、ディーは予期せぬ俺のヒートに遭遇した被害者ってわけだ。
「殿下も心配していたよ。僕なんて家に帰るのを許されなくて、ここに泊まらされたんだから。全く、人使いが荒くて困っちゃうね」
「なんか、すいません」
「君は悪くないよ、大丈夫。もう少し様子を見たいから、あと一日は後宮に泊まるようにね。僕も後宮に残るから何かあったら遠慮なく言ってね」
俺は、ヒートでもディーに選んでもらえなかった。ディーは俺を手放さないと言っていたけれど、もうどうしたらいいか分からないよ。
「先生……俺、もう閨係無理かも」
「え!? いきなりどうしたの? 殿下はかなり君を気に入っているのは、誰が見ても明らかだけど、何かあった? 乱暴された……とか? は無いよね。どうしたの? 初めに言った通り、僕は君たちの悩みはたとえ殿下にも言わない。僕だけが心の中に留めるから、嫌じゃなければ話してくれないかな? ひとりで抱えているのは相当辛いでしょ」
「俺、いまだに殿下に抱かれてないんです」
「……そう」
「驚かないんですか? 最初の頃ならまだしも、もう何か月も経って……いまだに俺は仕事をしていないんですよ!?」
「君が拒んでいるわけじゃないんでしょ?」
先生はベッドに腰を掛けて、優しくそう言った。
「そうだけど、でも俺には魅力がないから、だから殿下は手を出さない。現にアルファが抗えないと言われているヒートでさえ、抱かなかった」
「それは、そのように教育されているからだよ。未婚の状態で誰かを孕ませるのも、番にするのも王太子には許されていない」
「じゃあ、普段はどうして……どうして俺を抱かないのに、いつまでも閨係でいさせるんですか? ひとりじゃ負担が大きいから二人でしょ、なのに俺だけ何もしてない。だったら新しい閨係を用意した方が良くないですか」
「それはできないんだ。一年決められた相手だけで過ごすのが決まりだから、王太子は忍耐を学ぶためにも途中で放棄できない。だから初めの確認の日があるんだよ、それで許可を出したのは君もだけど、殿下もだよ。自分で決めたことは最後までやり遂げないと、国を動かす人にはなれない」
そんな……だったら、初めに俺を閨係に決めたなら、抱くことも仕事だろう。それを放棄して、やり遂げているって言えるの?
「殿下も可哀想ですね。抱きたくない相手でも一年変えられないなんて……」
「シン君。セックスだけが殿下を癒すことじゃないし、オメガを抱くことだけがアルファのすることじゃないよ。閨係はいろんなことを覚えるきっかけだ。オメガとの向き合い方もそのひとつだ。王太子は結婚したら、もう誰かと恋をすることは許されない。そんな人が最後に君に恋をした」
「え……」
恋って……散々ディーからは言われていたけど、なんで先生がそんなことを? あれはただの言葉遊びじゃなくて?
「見ていれば分かるよ。官僚や侍女たちにはバレないように、殿下は頑張っているみたいだけどね。実は僕、殿下を幼い頃から知っているから、ちょっと親心的な気持ちで見ていて少し分かるんだ。シン君、君の辛さも同じオメガとして理解できるけど、今は殿下のやりたいようにさせてあげられないかな? これから国を背負わなければいけない、我儘も許されない。体制に縛られているただの男の子なんだ」
「先生……」
「君も心のままに、彼と向き合うといいよ。後宮からは色々と言われたと思うけど、同じ年の男の子同士、ただ楽しく過ごせばいいじゃないか。誰にも君の心の中の想いを言う必要は無いし、罪悪感なんていらない。いつもの君たちらしく過ごせばいい」
俺の頭を撫でて、ムスタフ伯爵夫人は部屋を去っていった。
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