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第三章 恋とは
49、好きな気持ち
しおりを挟む寮に併設されているオメガ専用ラウンジに来た。まだ学生たちは休日で出かけているのかもしれない。ちょうど誰も生徒がいなくて、ひとりになれる場所を見つけた。
ディーから逃げ出して、恋に気がついた。
先ほどの会話で、俺はディーへの恋心をやっと自覚してしまった。恋をしてしまった以上、この先ディーの閨係ではいられなくなる。こんなに苦しいのなら、それもありかもしれない。ディーと離れたら、この苦しい気持ちも無くなるかもしれない。
でも、やっぱり、恋が叶わないと分かっていても、あと残りの数か月はディーと過ごしたい。
勝手に葛藤がはじまる。最近の俺は、全てがグダグダだった。こう決めたと思ったら次の瞬間諦めたり、また違う決断をしたり、いったいどうしたと言うんだよ! 人は恋をするとこんなにも全てが定まらなくなるものなの? 初めての感情ばかりで不安になる。
そもそもいつからディーが好きだったのだろうか、フィオナに嫉妬したときはすでに好きだったのだと思う。その前だと、ディーと敬語抜きに話すようになったとき? それとも「ディー」呼びを始めたとき? もしかして、初めて会った確認の日? 恋とはいつ落ちるものなのだろうか、だんだんとそういったひとつひとつの行為が、恋になるのだろうか。でも、確実に会う度に好きになっていったのだと思う。
恋をしていることに最初に気が付いたのはレイだった。レイはその相手が、ダイスだと思っていたみたいだけど。だから俺がディーの執務室に呼ばれているときは、既にディーに恋をしていたのだろう。そしてダイスじゃないとレイに言った時点で、俺が好きなのがディーだということがバレていた。
以前、エリザベスの前でそんな話になった。
レイは俺に一番近いから仕方ないにしても、俺すらも気が付かなかった俺の気持ちにいち早く気がついていた。
俺自身、一生懸命に気が付かないようにしていたけど、もう限界だったんだ。
こんな気持ち、いつまでも騙せるわけがない。今まで好きだと言われても俺からそれを言ったことはない。それだけは言っちゃいけないことだって、後宮から言われていたから。
気持ちがもう限界だ。自分でいうのもなんだが、正直者だ。隠し事をできるタイプではない。現にレイには何も言っていないのに、ディーへの気持ちがバレていたし。ディーの結婚まで、この気持ちを隠せるかは分からない。だったら、やっぱりここは正直に後宮に話して、閨係を降ろしてもらうのがいいのだろうか。でも、でも、期限が決まっているならそれまでディーと後宮を騙せば、何とかなるだろうか。気を抜かずにあと数か月やり過ごせば、それで。
ああ、無理だ! 俺は、俺は、ディーが好きなんだ。無理だよ、なんで、そんなことに気づいちゃったかなぁ。
恋に気が付いた瞬間、叶わないと知って辛いだけなのに、俺は大バカ者だ。この気持ちさえ知らずにいたら、ただただディーの側で約束の日まで一緒に過ごすことができたのに。
そんな風にディーのことをずっと考えていたら、ディーに抱きしめられた時の熱さを思い出してしまった。彼の香りが俺の服にしみ込んでいた。あんな簡単な抱擁でも、ディーの強いフェロモンの香りがしみ込む。心地いい香り、とても好きな香りだった。
あれ……この香りって、初めて嗅いだのは、フェロモンの確認の初対面のときだったか? もっと前にも嗅いだことがあるような……。懐かしさがこみ上げるような、そんな感じ。
香りは記憶を呼び戻すともいう、どこかですれ違ったことでもあったのだろうか。なぜ今ディーの香りが俺の記憶を揺さぶったのかは分からないけれど、ディーの逞しいアルファの香りがとても好きだ。
自分にまとわりつくディーの残り香に酔いしれていると、異変が起きた。
急に心臓が「どくん」と大きな音を立てた。周りに誰かがいたら、この音が聞こえるんじゃないかと思うくらい、初めて感じるくらいの大きな音と衝撃だった。
「はっ、はぁ、はっ、あ、なにっ、これ」
フェロモンだ! 自分からオメガフェロモンが漏れ始めた。まさか、ヒート? 前回から、もうそんなに経っていたのか? だから、だから、さっきはディーの言葉のひとつひとつに、過敏に反応してしまった? ヒートのときは感情がコントロールできないことがある。すっかり自分のヒートサイクルを忘れていた? 俺としたことが、とんだ失態をしてしまった。
でも救いなのは、ディーと離れた今で良かった。閨係はヒート中に王太子と関わってはいけないと言われている。間違いで妊娠しないようにとのことと、うなじを噛んでしまわぬように。王太子がヒートを過ごしていい相手は、婚約者ただひとり。それは絶対の決まりだと言っていた。
やばい、自分の部屋に戻らなければ抑制剤がない。ディーはもう帰っただろうか、それを確認して鉢合わせてしまったら大変だ。発情期はどうも自分を抑えきれない、こんどこそ発情期を理由に縋ってしまいそうだ。
息があがる、苦しい、アルファが欲しい。ディーが欲しい、欲しい、欲しい。
脳裏にはもう好きな相手のことしか浮かばなかった。今までの発情期をどう過ごしていたんだろうか。どうしてもディーのことしか頭に浮かんでこない。
辛い、苦しい、誰か、助けて……。
オメガ専用の談話室だから、オメガさえ誰か入ってきてくれたら抑制剤を分けてもらえるかもしれない。そう思って入口付近まで重い体を引きずって歩いた。すると、自分の服に着いているディーの残り香以上の、ディーのフェロモンを鼻腔に感じた。
な、なんで! ここにディーがいるの?
「シン! 開けるぞ!」
「ディー?」
外から声が聞こえて、やはり実物が来ていることを知った。この部屋はオメガじゃなければ開けることができない。専用のキーが必要だった。ディーと会うには、俺がここを開けるしか方法がない。
「外までシンのフェロモンが漏れている。危険だからシンを連れ出す」
「だ、だめだ、アルファのディーには近づけない」
「ここにはアルファはいなくとも、ベータはいる。お前の発情した顔をベータが見て襲わないとも限らない、だから、私がシンを守りたい」
「……いったい何から守るの? ディーはアルファだ、俺にとっては今一番危険なのはベータじゃない、アルファのディーだけだ」
扉越しに話していると、周りが、ざわざわとしだしている音が聞こえてきた。
寮にはまだ人がまばらだったが、段々と休日の外出から帰って来た学生たちが増えてきたのだろう。そして王太子が寮に来て、オメガ談話室の前で必死な顔で中にいるオメガに話しかけているなど、見られていい姿ではないはずだ。
「もう、いいから! ディーは帰って」
「いやだ。シンを後宮に連れていき、保護する」
「お願いだから、これ以上俺の心を乱さないで」
言葉ではそう言っても、俺はたったひとりのアルファを求めていた。彼に触れたい、彼に抱かれたい、それを、その気持ちを行動を抑える方法がもう分からなかった。
発情期のオメガに思考なんてものは、存在しない。
極上のアルファが壁一つ隔てたところにいるのに、それに縋らないオメガがいるなら見てみたい。だめだ、だめだと思っているのに、思考とはうらあらに手が伸びる。
「シン、お願いだ、愛してるんだ……」
「ディー」
俺はもう何も考えられず、その扉を開いた。
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