王太子専属閨係の見る夢は

riiko

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第三章 恋とは

48、恋に気づいたとき

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 いったいどうしてこんなところに、王太子がひとりでいるのだろう。驚きすぎて固まっていると、ディーが静かに言葉を続けた。

「サチウス・ロジャー、ロジャー伯爵家の次男か」
「え……」

 サッチーは伯爵家の人間なのか。ってそこじゃないし! なんでディーはそんなことを知っているんだ。というか、なんで先ほど会っていた男の名前を言われたのか、分からなかった。戸惑っていると、ディーはいきなり濃厚なキスをしてきた。

「ん、んん、い、いきなり何!? というか、なんでこの部屋にいるの!?」
「シンはほっておくとすぐに他の男に行くからだよ」
「へ?」

 何を言っているんだ? ディーがこの部屋に勝手に入って俺を待っていたことも、学園が休みの日にこんなところまで来ていたということも全く意味が分からなかった。

 俺って、戸締りしなかったっけ? それになんでディーが俺の部屋を知っているのだろうか。言われたことと、ディーの行動に、疑問しかなかった。

「私が唯一シンに会えない日に、シンは他の男と手を握って楽しそうにしていたな」
「手って……別に握ってはいない」
「楽しそうにしていたのは、否定しないの?」
「友達と話して、楽しそうにしちゃいけないの? というか何? 今日は俺、お勤めの日でもないし、休みの日までディーに何か言われなくちゃいけないの?」
「他の男と親しくするな、そう言ったはずだ」

 ディーは怒っている。最近の俺達は会えば険悪な雰囲気になっているのは、どうしてなのだろう。そう思うも、俺の言葉も止まらなかった。

「他の男と親しくするなって、俺に友達も作るなって言ってるの? そもそもどうして俺が今日サッチーに会ったことを知ってるんだよ」
「シンには影をつけている」
「影って、なに?」
「シンにもしものことが起こらないように、王太子専属騎士に見張らせている」
「は!?」

 呆れた。そんな風に見張られていたなんて知らなかった。というか俺なんか見張っても何も出てこないのに、俺がなにか裏切り行為でもすると思ってるのかよ! 俺は信用されていなかったんだって、悲しくなった。でも待てよ、閨係に監視をつけてるなら、もしかしてフィオナも? それこそフィオナとアストンは不敬罪で捕まっちゃうじゃないのか?

「なあ、もしかしてフィオナも監視してるの?」
「フィオナにはつけてない、シンだけだ」
「ふ――ん、俺だけね。俺はいつまでたっても仕事もさせてもらえないのは、信用が無いからなんだな。だから監視して、俺を見極めるまで手を出さないって考え?」
「そんなんじゃない! 心配だからだ、シンは自覚がなく人を惹きつける。私が一瞬で恋に落ちたように、誰か他の男がそうならないとも限らない、だから!」

 また恋だとか抜かしやがる。ディーの言葉は俺にはもう響かないよ、どんな理由で言い訳しようとも、ディーは俺を信用していない。それがよく分かった。舞い上がっていつも落とされる、だったらもう期待させないで欲しい。

「ディー、俺は閨係の契約は守っている。これ以上俺に何も望まないで……」
「シン。君はいつまでたっても閨係にこだわって、私を見てくれないんだな」
「何言ってるの? ディーこそ、俺は閨係なのに、いつまでもその恋人ごっこに付き合わせて、俺の本来の役割すらさせてくれないじゃないか!」
「そんなに私と閨を過ごしたいのか?」
「え……」

 俺が望んでいるかって聞いているのか? 俺は、どうしたいのだろう。とにかく自分の立ち位置をキチンと把握したいだけだ、決して抱かれたいわけじゃない。多分そうだ、改めて聞かれて戸惑ったが、要らないと言うなら自分から処女を渡す必要なんてない。

「シンは私に抱かれたいのか?」
「……もういい、処女でいられるのなら、それに越したことはないし、別にディーに抱かれたいわけじゃない。俺の仕事だからそれをしなければいけないと思っているだけだ、いいよ、ディーが抱かないだけでこの仕事を終えられるのなら、別にもういい。だから、俺の休みの日まで口出さないで欲しい。俺は好きな奴と付き合う」
「あの男のことか? シンが付き合いたいと言った時点で、彼の家は潰す。一生王都に来られないようにしてやる」
「は?」
「シンが私以外の男も女も選べる日はない」
「なにを、言っているの? 俺を一生閉じ込めておくつもり? オメガの俺を! 手も出さずに、性欲も満たさずに、そうやって近寄る人間を排除するの?」
「シンが私以外の誰かを選ぶなら、そうする」

 話にならない、ディーの考えていることが全く分からない。これ以上はもう俺だってお手上げだ。

「分かった、よく分かったから、もう帰ってよ。俺は誰とも付き合わない、それでいいだろ。次のお勤めの時も、ディーがしたいようにすればいい。どうせ俺のことを抱かないで俺の心が乱れるのを楽しむんだろう。あと数か月我慢したら、それも終わりだからいいよ。俺たちは契約で繋がっているだけの関係なんだか、ん、んんん」

 最後まで話すことはできずに、ディーに唇を塞がれた。どうして、こんな険悪な雰囲気の中、キスをして、俺の口内を無遠慮に貪るのだろう。

「どうして、シンはそんなに私を怒らせるの?」
「は? ディーのやってることも考えてることも分からないのに、その俺がディーを怒らせてるなんて、言える?」
「私はシンだけだと言ったはずだ、シンを愛してる。その私を苦しませる行動をどうしてできるの? ほかの男と会わないでということがそんなに難しいことか? 私から……愛していると言っている私から離れるという言葉をどうしてそんなに軽く言えるの?」

 ディーは悲しそうな顔で何かを訴えてくるが、俺には残念ながら王子の考えることを理解する頭がなかった。そしてディーは俺を抱きしめてきた。

「シン、愛しているんだ」
「……」
「シン」
「じゃあ、俺を今すぐ抱きなよ。愛してるならできるだろ」
「……それは、できない」
「それがディーの答えだよ、もう帰ってよ、これ以上俺をみじめにさせないで……」

 ディーの力が緩むと、俺はディーの胸から飛び出して、部屋から出た。

 涙を見られたくなくて寮を駆けだして、ひとりになれる場所を探した。こんなに誰かに執着したことも今までない。俺なりにディーに想われようと今まで必死だったんだって、今気が付いた。でも、こんなわがままを言ってしまった手前、もう俺をディーは見てくれないと思う。ディーは愛してると言った。でも、俺を抱かない。フィオナのことは何度も抱いているのに、俺のことはそういう対象ではないのだと思う。アルファとオメガが愛を語るのに、体を交えないことなんてありえない。俺はこのままディーの側にいたら、いつか、いつかうなじを噛んで欲しいと言ってしまいそうで怖かった。

 抱いてもらえないオメガが、なんてことを考えているのだろう。

 ディーの優しさに、俺はいつしか夢を見てしまったんだ。ディーに愛される夢を。こんなこと気が付きたくなかった。

 俺は、俺こそがディーに恋をしてしまった。

 気が付きたくなかった。
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