王太子専属閨係の見る夢は

riiko

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第三章 恋とは

45、フィオナと秘密の話

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 アストンが去ると一気に静かになった。

 あいつはアルファのくせに気さくで騒がしい男だった。あまり見ないタイプのアルファだなって思った。といっても、アルファはディーとダイスくらいしか知らないけどな。

「シン君、話を合わせてくれてありがとう」
「い、いや。俺こそ、本当にごめん。フィオナの事情を何も知らずに、俺の勝手な思い込みでこの間はフィオナを傷つけた」
「ちょ、頭を下げるなんてやめてよ。僕だって悪かったって思ってる。ついあんな風にシン君にあたっちゃって、こちらこそごめんね」

 俺が頭を下げていたら、フィオナが俺の両肩を掴み、逆に謝られた。話をしようと言われて、アストンが帰ったあともサロンではフィオナと二人で過ごした。

「彼と僕は、グレイテス子爵……僕の元夫に引き合わされる前に、たまたま出会ったんだ。そこで当時十六歳だった彼と僕は恋に落ちた。だけど彼はまだ何の力も無くてね。僕と彼の祖父が結婚するのを、涙を流して見ているしかなかった」
「そんなことが……」

 そしてフィオナはアストンの祖父と結婚したその夜、処女をアストンに捧げた。男としての機能を失っていた夫は、妻に若いオメガを娶ったは良いが夜の相手はできなかった。そこで自分の孫に目の前で可愛いフィオナを抱かせて、それを見て喜んでいたという変態ジジイだったことが、フィオナには救いだったとか。好きな相手と、たとえ夫の前だとしても体を交えることができたから、そう言ったフィオナはとても美しかった。

 そもそも結婚する時に、すでに病気を患い余命が少ないと聞かされていたのだが、その後二年も生きたという。その二年、夫の前でしか交わることを許されなかった。

 グレイテス子爵が亡くなるまで耐えて、フィオナが未亡人になったそのときに一緒になろうと二人で誓い結婚生活を耐えてきた。アストンは父親が外で作った子供ということで、両親がこの世を去ってグレイテス家に引き取られたばかりで何の力もない子供だった。

 たったひとりの血の繫がりのある自分に、必ず祖父は爵位を譲るしかない。アストンはそれが分かっていたから、フィオナを連れ去ることより残された時間を耐えることを選んだ。アストンとフィオナは、二人でこの生活を子爵が亡くなるまで続けると決意したとのことだった。

 やっと子爵が息を引き取ると、その時すでにフィオナの父親は次に売る相手を見つけていた。そんな時に閨係の話が入って、また誰かの後妻になってアストンと結ばれないよりはその方がいいと思い、フィオナは父親を説得したと言った。父親も王家の紹介の方がはるかに金銭的に高い相手と縁を結べると計算して、それを納得させた。

 そして後宮には、フィオナ自らアストンとの仲を頼み、それを父親には知らせないことと、閨係を始めるにあたり、実家との縁を切ることを条件に出した。後のことは後宮で閨係終了時に実家を説得すると言われて、今に至るということだった。

「凄い事情があったんだな。俺は単に親に売られただけで、閨係になんの思い入れもなかったけど、フィオナは凄いな」
「そんなことないよ。でもアストンを愛しているんだ……とても愛してる。だから、僕は誰に何を言われようと、彼と結婚するためなら何でもするよ。たとえシン君に僕のことを否定されることになっても……」

 フィオナは少しだけ悲しそうにそう言った。

「否定しない、できないよ。フィオナとアストンを見ていたら、俺なんかが何も言えない」
「こんな僕をズルいと思ってもいいよ」
「もうしつこいな! 思わないよ、俺こそ人には人の事情があるのに、ただ見えるところだけで勝手に勘違いして、浅はかだった」

 フィオナが優しく笑った。

「本当はね、僕は蔑まされても仕方ないって思ってる。事情を知らなければ、あざといオメガだって誰もが思うに決まっているし、僕はアストン以外の人からなら何を思われても構わないって思っていたんだ。だけど、シン君には人をただ見える部分だけで決めつけないで欲しくて、それで僕は大人気なくあんな言い方をしちゃったんだ」

 なんでだか、フィオナは俺のことを成長させようとしているようだった。なぜか、そう感じた。

「いいや、言ってもらえて助かるよ。俺もなんで自分の偏った考えだけで人のことを決めつけたんだろうって、反省してる」
「ふふ、僕は君に高望みをしてるんだ。どうか、これからも救われないオメガの味方になって欲しい。君ならきっと、そういう人を守ってくれる、そんな大きい人になれると思うんだ、君の未来に期待してる」

 フィオナはいったい俺をどの位置で見ているんだろう。貧乏貴族で親に売られたオメガなだけで、閨係になったから王立学園に通わせてもらえているけど、俺自身にはなんの力もないし。未来に期待されても、ただ結婚することだけを抗うことすら、もしかしたらできない、ただの力のないオメガだ。

「なんだ、それ。俺の未来は木こりだぞ。この仕事を終えたら俺は領地に帰るつもりだから、今後はアルファやオメガと触れ合う機会なんてなくなる……って、ご褒美の貴族との結婚を断れるならの話だけどな」
「え……木こり?」

 フィオナが驚いた顔をした。フィオナは俺に何を望んでいるんだよ! たかだか落ちぶれた男爵家の人間が、オメガを守る側みたいな大きいことする奴になるわけがないだろう。救われないオメガの力になるって、いったいなんだよ。俺はただ実家に帰りたいだけだ。

「俺、この先誰かを望むことは無いと思う。どうしても誰かと結婚することがこの閨係の決まりなら仕方ないけど、でも俺はもう一度自分の育った場所に帰りたいんだ。そこで一生を過ごしたいし、森と一緒に生きていきたい。だからいつか後宮のオジサンに、結婚はしなくていいかって相談しようと思うんだ。それか形だけ妻でもいいって言ってくれる人を探してってさ」
「シン君は……帰りたいの?」
「ああ、帰りたい。本当は今だってこんなところで学生するより、田舎暮らしがしたいし、家族に会いたい」
「でも、お父さんとは仲が良くないんじゃ?」
「オヤジとはね、だけど母親と弟とは仲がいいし、向こうには友達も沢山いる。それに領民を守りたいからさ、オヤジに任せていたらたちまち領民たちが露頭に迷うことになるから、俺は何としてでも弟が爵位を継ぐまでは、あの土地を守りたいんだ」

 そうだよ、俺はこんなところでくすぶっているわけにはいかない。今まで何を腑抜けていたんだろう。なんで、閨係以上の感情を持とうとしていたのだろうか。フィオナに嫉妬して突っかかるなんて、情けない。今だけの期間限定のことに、どうして俺はこんなにも感情を揺さぶられなくちゃいけないんだ。改めて言葉にして、自分がどう生きていこうとしていたのかを思い出した。

「で、でも、シン君は殿下のことを特別に想っているんじゃないの? 僕に嫉妬するくらいに。それなのに、まだ領地に帰りたいの?」
「ああ、もう止めて。ほんとごめん、恥ずかしいところ見せたよな。というかさ、たかだか閨係がなんで嫉妬なんて浅はかなことをしたんだろう、俺どうかしてたよ」

 フィオナのお陰で、俺は今やっと自分のことを考えることができたみたい。晴れ晴れとした気持ちになったところで、フィオナが突っかかってきた。

「そんなことないよ! だって、あの優しい殿下からの愛情を受けたら、もうひとりの担当者に嫉妬するくらいの感情は持ってもおかしくないでしょ」
「フィオナは俺に嫉妬する? しないだろう。だから俺が人として浅はかなだけで、間違えていたんだよ」
「でも、僕は愛する人がいるし、殿下からの愛情は受けてないからであって、君はそうじゃないでしょ、殿下のこと好きじゃないの?」

 フィオナが珍しく強い口調で俺に問いかけてきた。というか、この間からフィオナは強い。儚いオメガではないな。強い想いでこの仕事もするくらいだ。自分の考えをきちんと持っていて、それでいて愛する人と結ばれるためなら手段も選ばない強さを持っている。

「好きか嫌いかで言えば、好きだよ。あんないい人嫌いになるわけないだろう。だけどそれは仕事相手だからだよ。フィオナ、俺たち閨係はなんて言われたか覚えてないの? 殿下を愛してはいけない、愛を求めてはいけないって最初に言われただろ」

 そうだよ、俺は軌道修正をしなければいけない。

 何度も血迷って、勝手に盛り上がって、勝手に悲しんで、勝手に怒って。情緒不安定かよ!? これは仕事だ、期間限定の仕事。フィオナみたいに強い心を持って臨まなければいけないことなんだ。フィオナの事情を聞いて、フィオナの強さに触れて、俺はやっと自覚をした。

 ディーを愛してはいけない。愛を受けてもいいが自分からは何も望んではいけない、初めに言われた契約を危うく破るところだった。

「でも人の心はそんなに単純じゃないよ。僕のことを睨みつけたあの感情はどこにいっちゃったの?」
「だから、もう恥ずかしいからそれは言わないで」
「でも」
「この話は終わりだよ、でもフィオナと話せて良かった。アストンのことも教えてくれてありがとう。あと少しだけど残りの期間、同じ担当者として頑張ろうな!」
「う、うん。でも……殿下のこと」
「ほら、もう行こうぜ! また後宮で会おうな」

 まだ何か言いたそうなフィオナだったが、これ以上俺の心をさらけだしてはいけないと思い、強制的に話を終わらせた。

 ディーのことはもう考えてはいけない。とにかく残りの期間、心を乱されないようにお勤めを果たそうと、そう誓った。
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