王太子専属閨係の見る夢は

riiko

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第三章 恋とは

43、嫉妬

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 あんなことがあったからフィオナのことが心配で、またムスタフ夫人にフィオナと会う手配を頼んだら、なんとフィオナは今現在後宮暮らしをしていた。

 フィオナがもともと住んでいた場所は、王都から遠いところだった。俺は学生寮に入れたけれど、フィオナは学生ではないからそこには入れずに後宮の世話になっているとか。

 ムスタフ夫人が言うには、フィオナは基本お勤めのない日、すなわちディーとの閨のない日は、後宮内で静かに過ごしているとのことだった。すぐにでもこの間のことを聞きたくて、約束はしていなかったが、俺はフィオナの閨日ではない今日、後宮に来た。

 いつもの通りに裏口から入ろうとすると、聞いたことのある声が聞こえてきた。それがすぐにディーの声だと分かったので、お勤め日以外にディーにここで会うのは間違いな気がした俺は、そっと茂みに隠れた。だって、ディーが誰と話しているのか気になるんだから仕方ない。

 覗いてみるとそこにはフィオナと数名の侍女がいた。ディーの話し相手はフィオナだった。でも、今日のフィオナはお休みのはず……。いったいどうして。俺が疑問に思っていると、フィオナの嬉しそうな声が聞こえる。俺は耳をそばだてた。

「殿下、今日も素敵でした」
「フィオナこそ、今日も良かった。あなたは美しすぎて、私はつい行き過ぎた行動をしてしまうみたいだ」

 フィオナが美しすぎて……行き過ぎた行動? その言葉を聞き、フィオナの後ろに控えていた侍女二人が「きゃっ」と恥じらう声を出して喜んでいた。

「殿下……恥ずかしいです。でもご満足いただけてなによりです」
「二日連続になって悪いが、明日も楽しみにしているよ」

 二日連続……。ディーとフィオナの会話を聞いてしまった。二人が見つめ合い、事後のような会話をするとディーは去っていった。フィオナと後宮の侍女たちがいつまでも見送りのため、頭を下げていた。ディーが見えなくなると、侍女がフィオナに話しかけた。

「さすがフィオナ様ですわ。殿下ったら、約束の明日が待てずにいきなりいらっしゃるなんて。しかも湯浴みの時間すらもったいないって、もう! 見ていて恥ずかしかったです」
「そ、そうだね。今日の殿下は興奮されていたみたい。僕も突然来られて驚いちゃった」
「さあ、これからしっかりお疲れを取りましょうね」
「うん、だけど体がほてっているから、少しここで風に当るから、先に戻って」
「分かりましたわ、お風邪を召されないうちにお戻りくださいね」

 やはりフィオナは、ディーに激しく求められていた。

 フィオナのもとには約束の日以外にも突然訪れて抱いていた。知りたくなかった事実を知ってしまった。俺は他の閨係の秘密を勝手に知ってしまった罪悪感よりも、フィオナがディーに求められている事実を知って、体から力が抜けてしまった。

 どうして、フィオナばっかり! 

 どうして俺は求められないんだよ、フィオナは堂々と浮気をしてるのに! 俺は、俺は、ディーに言われたとおり、友達とも触れ合わない距離をたもって、ディーだけを意識しているのに! なんであんな裏切り者ばかり優遇されるだよ! 

 悔しくて、こんな卑屈な考えを持ってしまった自分が惨めで、たまらなくなってその場にうずくまった。その時枯れ木を踏んでしい、音を鳴らしてしまった。

「誰かいるの?」

 優しくて心地のよい、高めの声で、フィオナが不安そうに言葉を発した。侍女は先に戻ったようでフィオナは怯えながらそう言った。俺はそっと茂みから顔を出した。するとフィオナが驚いた声を出した。

「シ、シン君!?」
「ああ、ごめん。今日は閨の休みの日って聞いたから会いに来たんだ。でも休みでも、フィオナは殿下と会ってるんだな」
「え、あの、それは……」
「閨係は平等に決められた日だけ会うんじゃなかったの? それなのに、フィオナは休みの日も抱かれてるの?」
「えっ、そんなわけじゃ……」

 こんなこと言いたいわけじゃないのに、口が勝手に動いてしまう。フィオナは困った顔をしている。

「ごめん、殿下とヤッた後で疲れているだろ。勝手に押しかけて悪かったよ、じゃあ」
「待って! 僕に用があったんでしょ。良かったら部屋に来て」
「二人が楽しんでいた部屋に?」
「ち、違う。僕の私室に。そこには殿下が入ったことないから」

 俺は今とっても醜い顔をしている。自分でも分かっている。でも、悔しくて悲しくて止まらない。

「フィオナは一体何回抱かれたの? 俺が抱かれないオメガって聞いて優越感でもあった? ねえ、どうやって誘惑してるの?」
「誘惑って……」
「それに、男いるんだろ? それなのに、他の男に抱かれるのってどんな気分? アルファなら誰に抱かれても気持ちいいものなの? ねえ、ディーはフィオナが閨係をしている今も、男と会っているのを知ってるの? それとも知っていて、二人とも相手の男性を馬鹿にしてこの状況を楽しんでる?」

 俺の嫌味な言葉は、今までのフィオナの困った顔が変わった瞬間だった。

「シン君は、僕が好きな人がいるって話したのに、それなのに喜んで殿下の閨係にでもなったと思ってる? 好きな男がいるのに、他の男に抱かれることが気持ちのいいことに思える?」
「……」

 優しいフィオナから、責められるとは思わなかった。

「僕にも僕の事情があるんだよ。君だってそうでしょ、はじめから殿下が好きだから閨係になったわけじゃないでしょ。僕だって抗えない事情があるんだ。それを喜んでアルファに抱かれるオメガみたいに言わないでほしい。僕は好きな人以外を受け入れることをしたくない、普通のオメガだよ。だけど、家の事情でどうしても嫁に行かなくちゃいけなかった。今度は閨係にならなくちゃいけなかった。みんながみんなシン君みたいに強いわけじゃないんだ」

 その言葉を聞いて、俺は我に返った。どうして、俺がフィオナを責められる立場にいると思ったんだろう。そんな傲慢なことを。今のがフィオナの本音だ。ずっと心を隠して、それでもこの仕事をしている。そんな人に俺はただ言いがかりをつけていただけだった。

「あっ、ごめん、俺」
「僕の事情も知らないのに、勝手な嫉妬心で僕や殿下のことを、シン君の想像だけでそういう人間に仕立てあげるのはやめて」

 フィオナは泣きながらそう訴えてきた。俺は言葉を失う。

「僕は、僕はたったひとりの人と幸せになるために、今この場所でこの仕事をしている。それがどんなに汚いことだって言われても、それが彼と結婚できる唯一の方法だから、一年は自分をだましてここにいるんだっ。それをっ。それをそんな風に、何も知らない君に言われたくない!」
「俺っ、勝手に俺の考えだけで……」

 フィオナはきつい目で俺を見て、続けた。

「シン君だって、学園で毎日殿下に会って何をしてるの? 平等性を問うなら、君こそ優遇されてるじゃない。この間もお忍びで出かけたんでしょ、僕は後宮でしか殿下とお会いしたことはないよ。君こそ抱かれないだけで、僕よりももっと近い位置に殿下といるのに、何が不満なの?」
「そ、それは」

 平等性を言う資格はない。それくらい、ディーの時間を独占しているって、さっきの二人の会話を目撃するまではそう思っていた。それなのに自分のことを棚に上げて、俺はフィオナに何をしているんだ、敵意をむき出しにして。

「体を繋げることがそんなに重要? 君は殿下の心を得ているのに、それなのにまだそれ以上を望むの? じゃあ、君は殿下に何をしてあげた? ほしいほしいばかりじゃ何も手に入らない」
「……」
「僕だって君と同じ、家の事情で売られたオメガだよ。だからって卑屈にならないで、君しかできないことをするべきじゃない? それにオメガだからこうだって、シン君にだけは言ってほしくなかった。僕は、シン君には、もっと広い目で物事を見てほしいから、だからっ、殿下のことを、殿下の言葉や想いを捻じ曲げないで信じてあげてほしい。君がどう感じるかが重要で、僕が閨係として何をしているかなんて気にするべきじゃない」
「う、うん」

 たしかに、なんで俺はフィオナと自分を比較していたのだろう。そんな意味のないことをするくらいに、俺はディーのことで頭がいっぱいになっていた。求めても求められない。抱いてほしくても抱いてくれない。それなのに、キスはいつも優しくて俺を大好きだって言っている言葉も疑いたくなかった。

 だからあの二人の会話はダメージが大きかったんだ。俺に愛を囁くくせに、フィオナを美しいと言って性の対象として可愛がっている。でもそれだってディーのすることで、俺がとやかく言うべき問題じゃない。それなのに、俺は自分が特別だと舞い上がっていた。今になって自分のフィオナへの行動が恥ずかしくてたまらない。

「シン君、君が向き合うのは殿下だよ。殿下は君とどういう関係を築こうとしているか、今までの関わりでは本当に分からないの? もっと彼の内面を見てあげてほしい」
「内面を?」
「明後日、あのサロンに来てくれない? 君に会わせたい人がいるから。だから今日はもう帰って。僕も少し興奮して冷静じゃなかった、ごめんね」
「わ、分かった。俺こそごめん」

 なんとも気まずい雰囲気のまま、その日はフィオナと別れた。
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