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第三章 恋とは
39、愛のことば
しおりを挟むディーとダイスの後を歩く俺は周りからは異様な光景に見えるらしく、やたらと好奇な視線を感じる。俺は逃げることができなかった。そして、いつものディーの執務室に入った。
「ディー、いい加減にしろ! お前のその行動で大変なことになるんだ!」
「ダイスがシンを三日も確保できなかったからだろう。ほら、私が行ったら簡単にシンは着いてきた」
「着いてきた……じゃないだろう。あの状況は着いてくるしかなかったの間違いだ」
「どちらにしても、三日ぶりに会えたんだ。もう邪魔をするな、退出を許可するよ」
ダイスはいつもと違って、本気で怒っていた。
「あのな、お前に物申す人がいないから、俺が言ってやってるんだ。お前の勝手な行動がシン君を苦しめるってなんで分からない? 俺が行かなかったら、王太子に体だけ望まれたオメガとして見られる。しいてはこれからのシン君の危険に繋がるのが何故分からない?」
「なにが危険なんだ、この学園で守るには私ほどの人物はいない」
「バカか! 王太子が関わりのない男爵家のオメガと話すだけで、人はどう見るか想像もつかないのか? お前はシン君への執着を隠さなかった、それはお前が溺れたオメガというように見えるだけだ。たとえ閨係だと知られなくても、婚約者のいる男と寝るオメガだと言われたら? シン君の容姿と男爵家という低い爵位のオメガが、一部の貴族にどう扱われるかくらい、お前の頭でも分かるだろう」
「……」
二人が喧嘩を始めた。
俺はどうしていいか分からずに、ただ二人のやりとりを見ていた。というかダイスはそこまで考えて、俺のことを助けてくれたのか。でもな、ダイス、残念ながら俺はディーと寝ていないんだよ。だから実際は婚約者のいる男には抱かれていないオメガだ。そこはきっとどうでもいいところだろうけど、なんとなく頭の中でツッコミをいれたくなった。でもさすがディーを支える人だけある。すべてが見えているところは、さすがとしか言えない。ディーよりもよっぽど冷静な男だと俺は感心した。
そこでディーが俺に目を向けた。
「シン、すまない。そんなつもりはなかった。ただ、会いたくて」
「ディー」
ディーは寂しそうな顔で俺に謝った。そんな顔をさせたくて会わなかったわけじゃないのに、俺はちょっと罪悪感を覚えた。そして真綿でくるまれたかのような優しい抱擁に包まれた。
「ダイスも、すまない。私が行き過ぎた行動をしたのを諌めてくれてありがとう。どうもシンのことになると、理性を失うらしい」
「ああ、そのための俺だ。だがな、オメガに理性を失うようじゃ、王太子として失格だ。お前はただのアルファじゃない。国という大きなものを背負うお前は、番を得ても決して我を失ってはいけないんだ。それができないようなら、シン君は王太子の相手としてふさわしくない。それを肝に命じておけ」
「ああ、分かっている。忍耐を鍛えたつもりが、できていなかった」
「分かればいい、二度はないぞ。とにかくこれまで以上に忍耐を学べ」
俺を抱きしめながら、ディーはダイスに怒られていた。どちらが立場が上か分からないな。でもそんなディーだから俺は惹かれたんだと思った。ん、惹かれた?
いや、それより俺、ダイスにふさわしくないって言われてなかった? 我を失う相手って……俺? 二人の話が理解できないでいると、いつの間にかダイスは退出していた。
「シン、あまり私の心を乱さないで。一日だって会えないと辛いのに、三日はさすがに耐えられなかった」
「うん、ごめんな」
「私が何かしたのなら、謝る。お願いだ、これまで通りここに来てほしい」
だったら「俺を抱いて」そのひとことが言えなかった。
「うん、ディーが謝ることなんてひとつもないよ。俺の心が弱いだけだ」
「シン、好きだよ、愛してる」
「……」
初めて言われた言葉に、細胞が騒ぎ出した。
俺は顔をあげられずディーの胸に一層深くうずめた。そしてディーも深く強く俺を抱きしめた。だめだ、この男はまた俺を乱す。そんな言葉に重みも意味もないことなど俺が一番知っている。仮に愛しているなら、なぜ抱かないのか分からない。だから俺はその言葉の真意を聞くのが怖くて、そのままにした。
そしてキスをして、いつも通りの日常が戻った。ダイスはディーに忍耐を学べと言ったが、それは俺にこそ当てはまる言葉だった。俺こそ、ディーに惑わされすぎて本来の役目を忘れるところだった。閨係に「こころ」はいらない、王太子の好きなようにさせる。どうして俺は自分が辛いからって、ディーを避けるような身分不相応なことをしてしまったのだろう。俺こそ、ただの人形として過ごせばいいものを、一国の王子相手に感情をさらけ出しすぎてしまった。
あの言葉「次はない、忍耐を学べ」それはまさに俺に対する戒めだった。
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