王太子専属閨係の見る夢は

riiko

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第三章 恋とは

38、少し距離ができた

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 俺はあの次のステップとやらに進んだあとから、学園でディーを避けていた。

 あそこまで進んだのに、ディーは俺をまだ抱かなかった。あんなに甘い雰囲気になっても、ぎりぎりまでいっても、最後だけはしない。鈍いと言われる俺だって、俺にはその価値がないことにいい加減に気づく。でも閨係を満足させるのも王太子の仕事のひとつだから、ああやって俺を極限まで昇らせる。

 そんなに頑張ってくれているディーに、俺は言ってはいけないことを言った。俺がフィオナを気にしているなんて、知られたくなかった。というか俺だって知りたくなかった。でも言葉ではっきりと言ってしまったことは取り消せない。

 あのとき、明らかに俺は前の閨担当と比較した。それに言葉に出して、フィオナのことを聞いた。これは絶対、やってはいけないことだと思う。言うなれば、嫉妬だ。

 それについてディーからはとがめられなかったけれど、あのとき明らかに間があった。多分面倒くさいオメガだと思ったに違いない。それに昇りつめているときに、他のオメガの話が出たらしらけるだろう。だから俺は抱く価値がない、そんなオメガ認定をされてしまったんだ。

 閨係が……しかも抱かれてもいない、スタート地点にさえ立っていないオメガが何を言っているんだって、そう思われたに違いない。

 だから俺は俺を抑えるために、後宮の担当日だけを仕事としてディーに向き合うことに決めた。ダイスがいつものよう迎えにきても、体調が悪いとかなにかしら理由をつけてここ三日は執務室に行くことを拒んでいた。

 そしてレイが学園に戻ってきてくれたのもあり、今日の放課後はクラスで残っている連中と話をしていた。そんな平和な時間に、急に変化は訪れた。ドアの辺りでざわざわとしていることに気がついたひとりが言った。

「あれ……なんで殿下が下界に降りてきてんだ?」
「下界って……でもどうしたんだろうな? このクラスのオメガでも物色しにきたりして」
「んなわけないだろー!」
「だよなー」

 などとクラスメイトが話している。ていうか、殿下って……ディーのこと? 俺が首を傾げていると、また別の奴が話に入ってきた。

「もうすぐご結婚される方が、いまさら遊ばないだろう」
「殿下に限ってそれはないな」

 みんなが勝手に、ディーの噂話を進めている。すると、レイが俺に真剣な顔で言ってきた。

「シン、お前はしゃべらないと見た目で騙されるアルファがいるからな、一応気をつけろよ」
「俺を傾国のオメガ呼ばわりするな!」
「あはは、ほんとお前は無いな」

 思わず瞬時に反応したけど、気が気じゃなかった。

 ディーを見たら、今の俺はどんな顔をするのだろう。もしかしたらオメガと言われる顔をしてしまうかもしれない。友人たちは俺をベータみたいに扱ってくれているのに、オメガ墜ちした自分を知られるのは嫌だった。

 目を合わすわけにいかないから、ディーが近くにいるなら、下を向いて入り口を見ないようにしていた。でもそんな努力もむなしく、ディーの強いアルファの香りが近くなってきた。えっ、なんで、もしかして、こっちに来ている? やばい、俺、隠れたほうがいい? いや、逃げよう。

「レイ、俺、ちょっと気分が悪くなったみたい。トイレ行く」
「えっ、だいじょぶ?」
「う、うん。へいき、じゃ」

 言うと同時に、動いた。ディーと会っては行けない気がした。勘のいいレイは俺がディーを見る目で、何か察してしまうかもしれない。それに、俺も自分の中のなにかに気がつきたくなかった。

「ひゃあ」

 こっそりとクラスを抜け出そうとした瞬間、誰かに腕を掴まれた。恐る恐る見上げると、それはディーだった。そしていつもよりも数倍強い、アルファのフェロモンが俺の中に入ってきた。

「あっ、はっ」
「そんなに急いでどこへ行く。フェロモンが出てるぞ」

 うそ、どうして。どうしよう! というかなんで俺に話しかけるんだよ! これは香ってきたディーのフェロモンに、完全にやられた。

「あ、あの、トイレに」
「本当に、体調が優れないのか? その前にその香りは危険だ。シン、保護する」
「え、いや、だい、大丈夫です」

 周りがざわざわしだした。

 俺達が知り合いなのは誰にも知られちゃいけないのに。オメガフェロモンをまき散らした俺が、まるで王太子を狙っているみたいな感じに見えてしまうかもしれない。今度こそ、不敬罪で捕まってしまう。

 そもそも普通に考えて、なんで王太子ともあろう高貴な人間が、クラスに残っているオメガを気にかけるんだよ。フェロモン出してるオメガなんて、犯罪者として誰かに渡せばいいだろう! 何考えてんだ! みんなが驚いているのが横目で分かった。そしたら、レイが動き出した。

「殿下、失礼ながら私の友人が殿下の足をお止めしたようで申し訳ございません。ほら、シン、こっちにおいで。具合悪いなら俺が支えてやるから」
「レイィ」

 俺は涙目でレイを見て、助けを求めるようなか細い声が出てしまった。

 それでもディーは俺の腕を離してくれないし、いつもの甘いフェロモンじゃなくて、これは威嚇? オメガが嗅いでいい香りじゃない。これは恐怖へと導く、オメガなら固まって動けないタイプのフェロモンだった。

「でしゃばるな。このオメガは私が連れて行く」
「「えっ」」

 俺とレイが同時に声を発した。

「恐れながら私の友人は、殿下の手を煩わせるほどの者ではございません。ご容赦くださいませんか」

 レイは、王族に対する不敬罪を心配してくれてるのだろう。すぐに俺を奪おうとしてくれる。王太子直々にオメガを捕らえるなんて……。これはもう処刑案件だと思う。クラスの皆がアワアワした目でこちらを見て、誰もがオメガの俺を哀れに思っているようだった。するとディーが語る。

「お前たちベータには感じないと思うが、フェロモンが漏れている。よって、私が保護する。それとも伯爵子息はシンの恋人か?」

 なんで俺の名前をしれっと言うんだよ! レイも驚いているじゃねえか! というか、不敬罪ではなくて保護? 

「えっ、シンの名前? いえ、友人です。私には婚約者がおります」
「だったら、簡単にオメガを側におくな。君はエリザベスだけを大切にしたらいいだろう」

 なんだか不穏な空気。俺は、ここでは男爵家オメガ。王太子をなだめることなどできる立場ではない。俺から手を離せとも言えない。

 そこでがらっと大きな音がすると、汗を大量にかいたダイスが来た。

「殿下! 申し訳ありません。私の代わりにシン殿を迎えに行ってくださいまして、ありがとうございます」
「……」

 ディーは不服そうな顔をした。

「シン君、驚かせてごめんね。殿下の仕事をしてたら手が離せなくなって、殿下が俺の代わりに君を捜してくれたみたい。ああ、大変だ、殿下の強いアルファ性に充てられてフェロモンが漏れているね。緊急抑制剤を渡すから、ほら、おいで」
「あ、あの」

 俺は殿下の強いフェロモンに充てられたオメガとして処理されたのか? 決して抑制剤を処方するほどのフェロモンは出ていないと思う。今はこのクラスにベータしかいないから、そう言われたらそうなのかとしか分からないだろう。

「みんなも驚かせてすまなかった。シン殿の家と我が家では今同じ事業をしていて、それで最近はシン殿に学園でも殿下の執務室で手伝ってもらっているんだ」

 みんなが納得したような顔をした。それにしても、ダイスがいつになく焦っていたのが分かった。いったいディーは何をしたかったのだろう。

「じゃあ、シン君を借りていくね」

 そう言って、ディーの手は離されて、ダイスに連れ去られるように教室を後にした。レイは怖い目でディーを見ていた。
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