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第一章 閨係のはじまり
2、売られた子息
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家族全員が寝静まったある日の夜、急に父親に呼び出された。
田舎の領地にある屋敷は、見た目だけは領主の屋敷らしく見える立派な門構えだったが、そこを守る門番もいなければ、家族四人には専属のメイドもいないくらい、中身は落ちぶれていた。実情は、貴族とは言えないような生活をしていたが、物心ついた頃からそれが普通だったのであまり気にしていなかった。
母は働き者で、屋敷を数名のメイドと共に切り盛りしていた。父は何か分からないような仕事ばかりを持ってきては、頭を抱えていた。そんなダメオヤジに急に呼び出されることに腹がたったが、また金が無くなってきたのか、そう思っただけだった。
俺がたまたま森で採取したキノコが高級品と分かり、それに父が目を付けて売られてしまったのは知っているが、仕方ない。少しでも家計の役にたつには、自分の腹を高級品で満たすより金になった方がいい。そう思ったので、本格的にキノコ採取をしろという話なのかと、気楽な気持ちで父親の簡素な執務室に入った。
すると全く予期せぬことを言われた。
「シン、お前は明日からお勤めが決まった」
「は?」
珍しく父親の書斎に呼ばれたと思ったら、なぜか父が持ってきたであろう仕事の話をされた。父親が持ってくる仕事はろくなことがないと知っている俺は、あからさまに嫌な顔をした。
十八歳で最後の学生生活を満喫中だったが、貧乏貴族のオメガなので、やはり教育を受けさせるのを惜しんだのか? もう少し学生の身分でいられると思ったのに。
目の前に座る俺の父親であるラードヒル男爵が偉そうに、そして勝ち誇った顔で俺にそう言った。オヤジは、若い頃は見た目が良かったと母親に聞いたが、今の姿からは全く想像できない。
商才が無いのに、新しいことを初めては皆を苦しめる。こいつが本当に優等種と言われるアルファなのかは全く持って疑問しかなかった。
私腹を肥やす金もないはずなのに、腹はどっぷりと出ていてまるで妊娠後期のような体型。似合わない顎髭と似合い過ぎる二重顎。俺と弟は絶対母親似だ。唯一、赤茶色の髪の毛と緑の瞳だけが父親から俺と弟に遺伝したが、それだけだった。
「あちらからの話が、今日まとまったんだ」
「くそオヤジ、いつからそんな話をしてやがったんだ。あちらってどちらだよ! というか、俺学校辞めるの?」
「いや、あちらのご支援でお前は王立学園に編入することとなった」
「……は?」
王立学園だと? うちみたいな貧乏貴族が支払える学費では無い。というか王立学園とは王都にある。ここは王都から馬車で二日はかかる田舎だ。
ご支援って、いったいどういうことだ? というか先ほどからあちらって濁してきやがって……なんだよ。
怪訝な顔で目の前の腹の出た狸オヤジを睨んだ。
「シン、これから話すことは国家機密であり、王宮でもこの事実を知る者は少ない。これはこの家でも俺とお前の二人しか知らされることを許されていない」
「なんだよ、こぇーな。オヤジは国家機密を知るような身分じゃねぇだろ。なにやらかしやがった!?」
「落ち着いて聞け、俺もなぜお前なのか何度も聞いたくらい信じられない話だった。簡潔に話すと、お前は一年限定で王太子のお相手に選ばれた」
「……は」
お相手ってなんだ? 俺は全く理解できずに素でキョトンとした顔になった。オヤジは気まずそうに言葉を続けた。
「だから、王太子の閨の相手としてお前はご所望された」
「はぁ!?」
「これはもう逆らえないのだ。後宮からのご命令であり、決定事項だ」
「なんだぁ、そりゃ!」
オヤジは珍しく真面目な顔をしている。こんな顔は初めて見るから、不本意ながら本当のことだと理解はできたが、なんだ? 閨って……。
閨って、閨って、アレだよな。体の関係を結ぶアレだよなぁ。その相手って、いきなりどうしてそうなるんだよ!
「つーか、待て。お前、散々俺をアルファに嫁がせるって頑張ったじゃねぇか! それがどこをどう飛ばしたら王太子の夜の相手だよ。そんな使い古しのオメガじゃ、今後絶対に嫁の貰い手ないぞ。オヤジの野望はもうそこで終わりなのか?」
「それなら安心しろ。この仕事を一年こなしたら、お前は上流階級のアルファの嫁になれるとのお約束を後宮よりいただいている」
「は?」
ジョウリュウカイキュウのアルファ……だと? 俺の夢は自由民、平民だ!
「お前はなんだかんだ言っても、アルファの嫁になりたかったのか。そこだけは安心したぞ。平民なんかとつるむから、てっきり卒業したら木こりにでもなるのかと心配したが……」
「今話しているのはそんなコトじゃないだろう!」
そうだよ、俺の夢は木こりだよ。オヤジ、人を見る目がないくせして、そこだけは見抜いてやがったな! というか今はそれどころじゃない。
「あ、ああ。そうだったな」
「最近こそこそ動いていると思ったら、何をやらかしたらこんな貧乏貴族が王族の目につくんだよ。コトの経緯を一語一句違わずに話せ」
いつもの尊大な態度ではなく、オヤジとしては珍しく俺にキチンと向きあい、これまた丁寧に事の詳細を伝えてきた。その内容を濁さなかっただけに、真実味が増した。
そして下級貴族が想像もつかない、王家の事情を聞くことになった。
田舎の領地にある屋敷は、見た目だけは領主の屋敷らしく見える立派な門構えだったが、そこを守る門番もいなければ、家族四人には専属のメイドもいないくらい、中身は落ちぶれていた。実情は、貴族とは言えないような生活をしていたが、物心ついた頃からそれが普通だったのであまり気にしていなかった。
母は働き者で、屋敷を数名のメイドと共に切り盛りしていた。父は何か分からないような仕事ばかりを持ってきては、頭を抱えていた。そんなダメオヤジに急に呼び出されることに腹がたったが、また金が無くなってきたのか、そう思っただけだった。
俺がたまたま森で採取したキノコが高級品と分かり、それに父が目を付けて売られてしまったのは知っているが、仕方ない。少しでも家計の役にたつには、自分の腹を高級品で満たすより金になった方がいい。そう思ったので、本格的にキノコ採取をしろという話なのかと、気楽な気持ちで父親の簡素な執務室に入った。
すると全く予期せぬことを言われた。
「シン、お前は明日からお勤めが決まった」
「は?」
珍しく父親の書斎に呼ばれたと思ったら、なぜか父が持ってきたであろう仕事の話をされた。父親が持ってくる仕事はろくなことがないと知っている俺は、あからさまに嫌な顔をした。
十八歳で最後の学生生活を満喫中だったが、貧乏貴族のオメガなので、やはり教育を受けさせるのを惜しんだのか? もう少し学生の身分でいられると思ったのに。
目の前に座る俺の父親であるラードヒル男爵が偉そうに、そして勝ち誇った顔で俺にそう言った。オヤジは、若い頃は見た目が良かったと母親に聞いたが、今の姿からは全く想像できない。
商才が無いのに、新しいことを初めては皆を苦しめる。こいつが本当に優等種と言われるアルファなのかは全く持って疑問しかなかった。
私腹を肥やす金もないはずなのに、腹はどっぷりと出ていてまるで妊娠後期のような体型。似合わない顎髭と似合い過ぎる二重顎。俺と弟は絶対母親似だ。唯一、赤茶色の髪の毛と緑の瞳だけが父親から俺と弟に遺伝したが、それだけだった。
「あちらからの話が、今日まとまったんだ」
「くそオヤジ、いつからそんな話をしてやがったんだ。あちらってどちらだよ! というか、俺学校辞めるの?」
「いや、あちらのご支援でお前は王立学園に編入することとなった」
「……は?」
王立学園だと? うちみたいな貧乏貴族が支払える学費では無い。というか王立学園とは王都にある。ここは王都から馬車で二日はかかる田舎だ。
ご支援って、いったいどういうことだ? というか先ほどからあちらって濁してきやがって……なんだよ。
怪訝な顔で目の前の腹の出た狸オヤジを睨んだ。
「シン、これから話すことは国家機密であり、王宮でもこの事実を知る者は少ない。これはこの家でも俺とお前の二人しか知らされることを許されていない」
「なんだよ、こぇーな。オヤジは国家機密を知るような身分じゃねぇだろ。なにやらかしやがった!?」
「落ち着いて聞け、俺もなぜお前なのか何度も聞いたくらい信じられない話だった。簡潔に話すと、お前は一年限定で王太子のお相手に選ばれた」
「……は」
お相手ってなんだ? 俺は全く理解できずに素でキョトンとした顔になった。オヤジは気まずそうに言葉を続けた。
「だから、王太子の閨の相手としてお前はご所望された」
「はぁ!?」
「これはもう逆らえないのだ。後宮からのご命令であり、決定事項だ」
「なんだぁ、そりゃ!」
オヤジは珍しく真面目な顔をしている。こんな顔は初めて見るから、不本意ながら本当のことだと理解はできたが、なんだ? 閨って……。
閨って、閨って、アレだよな。体の関係を結ぶアレだよなぁ。その相手って、いきなりどうしてそうなるんだよ!
「つーか、待て。お前、散々俺をアルファに嫁がせるって頑張ったじゃねぇか! それがどこをどう飛ばしたら王太子の夜の相手だよ。そんな使い古しのオメガじゃ、今後絶対に嫁の貰い手ないぞ。オヤジの野望はもうそこで終わりなのか?」
「それなら安心しろ。この仕事を一年こなしたら、お前は上流階級のアルファの嫁になれるとのお約束を後宮よりいただいている」
「は?」
ジョウリュウカイキュウのアルファ……だと? 俺の夢は自由民、平民だ!
「お前はなんだかんだ言っても、アルファの嫁になりたかったのか。そこだけは安心したぞ。平民なんかとつるむから、てっきり卒業したら木こりにでもなるのかと心配したが……」
「今話しているのはそんなコトじゃないだろう!」
そうだよ、俺の夢は木こりだよ。オヤジ、人を見る目がないくせして、そこだけは見抜いてやがったな! というか今はそれどころじゃない。
「あ、ああ。そうだったな」
「最近こそこそ動いていると思ったら、何をやらかしたらこんな貧乏貴族が王族の目につくんだよ。コトの経緯を一語一句違わずに話せ」
いつもの尊大な態度ではなく、オヤジとしては珍しく俺にキチンと向きあい、これまた丁寧に事の詳細を伝えてきた。その内容を濁さなかっただけに、真実味が増した。
そして下級貴族が想像もつかない、王家の事情を聞くことになった。
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