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番外編【隆二視点】
本当の出会い 2
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爽が僕の家の会社に入社して二か月が経った頃。
元部下の丈君と行きつけのバー御影で会った時、ちょうどくたびれたスーツを着ていたので、それを譲り受けた。ベータの働く社員っぽいから頂戴と言ったら、笑って脱いでくれた。毎日会社に寝泊まりをし、大きな山場を越えたばかりでハイテンションになっていた丈君には、僕の着ていたスーツを渡した。それを見ていたみかげ君が笑っていた。相原は何かに気づいたようで聞いてきたから、僕は行動に移ることにしたとだけ言った。
――そう、僕は精一杯の変装をして爽の働く工場に出向いた。
もちろん副社長だとは言わず、本社の社員として工場視察に行った。
新人がどれだけ知識をつけているのかの査定と、部署移動したばかりなのでどういう製品を扱っているのかを見てみたいと、工場長に言うと快く応じてくれた。僕は適当に見ているふりをして爽を指さし、あの彼に案内をさせてくれと頼む。
すると工場長はなぜかホッとした顔をする。
「彼について、なにか?」
「いえ、彼、三上君なら仕事ぶりを披露するのにちょうどいい子だと思ったんです。高校卒業と共に就職したので不安だったのですが、とても真面目でやる気のある子ですよ。本社の人を会わせるのも、彼にとってはいい刺激になるでしょう」
「そうですか」
資料の通りだ。三上爽は真面目でやる気に満ちている。これなら運命の番なんかに一生をとらわれずに、むしろ働く男として生きる方が幸せかもしれない。
そう思いつつ工場長に導かれ、例のオメガに初めて対面した。
「三上君、ちょっといい?」
「は、はい」
彼がこちらを向いた。
一瞬、心臓がどきっとする。なんていい目をしているんだ……。まだ運命を知らず、ただ目の前のことに一生懸命になっている若者そのものだった。
そして資料で見る通り、自分のタイプだと思った。実物を見て、なお好みど真ん中だった。それもあり一瞬高揚してしまい、そんな自分に焦る。抑制剤を飲んでいなければ、きっとアルファのフェロモンが全開になっていたに違いない。
「こちらの坂本さんは、本社の方で今度工場関連の仕事に就くことになったんだ。三上君も覚えたてのコトを人に話すいい機会だし、ちょっと案内して差し上げてくれないかな?」
「わかりました」
僕は坂本という偽名を使い、この工場に来た。
「三上君、よろしくお願いします」
「俺でよければ。でも、俺もここに入社して間もないので、もし不快に思うようならすぐに先輩社員の方にお願いするので、遠慮なく言ってください」
「ありがとう」
やはり好感が持てる青年だと思った。
その後も、この子はよく勉強しているようで、聞いていて気持ちが良い。こういう優秀なオメガの子が、これからも沢山働いてくれると嬉しいとさえ思ってしまった。
「三上君、丁寧な案内ありがとう」
「いえ、俺なんかの説明でわかりました?」
「ああ、十分だよ。君は今後どうしていきたいの? まずはこういった現場からスタートするのがオメガの高卒の子の働き始めになるけど、この先本社勤務してみたいと思わない?」
「え? ああ、思いません。俺、オメガだけの職場を探していたので、ここが心地いいんです」
「そうなんだ」
調査はしていた。
高校生の頃アルファに襲われた過去があり、アルファを苦手としている。彼は、それを包み隠さずに面接の時に話していた。アルファと接点を持つような仕事はできないけれど、雇ってもらっていいのかと……。素直な子だと思った。
そういうオメガの子も世の中には少なからずいる。だからこそ、こういった環境を好むオメガにとって、いい職場なのかもしれない。
「それに、ここの寮すごいんです! 好待遇で、ごはんもおいしいし、ここに住んだらもう他には行けません!」
生き生きした目で話す内容は、とても可愛らしくて笑ってしまった。
「はは、そんなにここ気に入ってくれているんだ。オメガ改革をした本社の人間がそれを聞いたら、喜ぶよ。ありがとう」
「え、あ、いえ。なので、俺、今のこの環境に凄く満足しています。高卒で雇ってくれたこの会社には、貢献して一生懸命働いていきたいと思っています!」
「ふふ、君は元気がよくていいね。会社を好きになってくれてありがとう」
そんな会話をして、工場を去った。
帰りの車では、秘書が不思議そうに僕の顔を見てくる。僕は爽のことを思い出して、少しにやけていたらしい。とても気持ちのいい子だ。久しぶりに僕の何かが刺激される。
「副社長、その緩んだ顔も不快ですが、もういい加減、そのきったないスーツ脱いでくれません? なんか若干くさいし」
「はは、手厳しいなぁ。丈君の頑張った戦闘服なのに」
アルファ女性の美人秘書には、丈君の香りは不服だったらしい。ハキハキしてとてもできる女性で、安心してこの会社で仕事をしてこられたのも、彼女のお陰だ。
「それにしても三上爽のこと随分念入りに調べていますけれど、そういった意味での職権乱用は困りますよ? 社内でオメガを探さなくても、副社長なら困っていないんじゃないですか?」
「え、ああ、三上君は親友の婚約者の弟くんなんだ。だから、安全な我が社で保護してくれって親友からこっそりと頼まれていてね」
秘書は納得したような顔をする。
たしかに理由も言わずにずっと三上爽を調べろと言っていたから、やっと謎が解けたのだろう。
僕は親の経営する会社に、立て直しの意味も込めて転職してきた。以前の証券会社では毎日精力的に仕事をし、合っているとは思ったが、父と兄から頼られたのでは戻らないわけにはいかない。それに兄はベータ男性と結婚したばかりで、弟の僕に後継者問題をどうにかして欲しいようだ。僕もあの運命以来オメガはごめんだし、女性よりも男性が好きだから子供は難しい気がする。まぁ跡取りがいなかったらその時はその時だって、両親も気楽に言って兄の嫁を受け入れていたから、そこは大した問題ではなさそうだ。
運命に対峙した過去については、家族には言っていない。
これは親友である加賀美と相原にしか話していないこと。もちろんその当時の担当医にも口止めをした。自分でもなんとなく、オメガに捨てられたということを誰にも知られたくなかった。アルファのそんな意地が少しは僕にもあったらしい。
「それで、そんな見え透いた変装までして? ご立派な友情ですこと。というか副社長、あなた暇じゃないんですからね、もうここに来るのはおしまいですからネ!」
「はいはい、でも僕の作ったオメガ政策がとてもうまくいっているのをこの目で見られて嬉しかったなぁ。とくにオメガ寮での食事には有名シェフに監修を頼んでよかった。三上君とっても喜んでくれていたよ」
自分もまだこの会社に入社して間もない。加賀美に話を聞いたばかりの頃は爽のことまで正直手が回らなかったけれど、アルファということもあり、割といろんなことを同時に進行させるのは、嫌いじゃなかった。
そして今、会社の見直しも終わり爽に集中できる時がやっときたわけだ。その成果も少し見えて嬉しくなった。
「たしかに政府への心証もいいし、素晴らしい改革でしたね。私ももっとオメガの子が社会で活躍できる社会になることを望んでいます。副社長、ありがとうございました」
彼女が真摯な瞳で、お礼を言う。
「え? ああ、君の弟くんも、オメガだったか。うちコネ入社枠用意できるから、その時は遠慮なく言ってね」
「まぁ、呆れた! うちの弟は優秀なので、そんなものなくても姉の私のいるここに入社できますから!」
「ははは、ごめんごめん。でも、これからはオメガの子の役職者が増える会社にしていくからね、優秀な子はぜひうちに来てほしいな」
それが、僕と爽の初めての出会いのエピソードだった。
その頃は、単に優秀なオメガに将来どんな仕事を任せよう、としか考えていなかった。いや、もしかしたらあの時から、すでに爽への執着は始まっていたかもしれない。
自分の中に眠っていたアルファの本能が目覚めはじめる、そんな日だった。
元部下の丈君と行きつけのバー御影で会った時、ちょうどくたびれたスーツを着ていたので、それを譲り受けた。ベータの働く社員っぽいから頂戴と言ったら、笑って脱いでくれた。毎日会社に寝泊まりをし、大きな山場を越えたばかりでハイテンションになっていた丈君には、僕の着ていたスーツを渡した。それを見ていたみかげ君が笑っていた。相原は何かに気づいたようで聞いてきたから、僕は行動に移ることにしたとだけ言った。
――そう、僕は精一杯の変装をして爽の働く工場に出向いた。
もちろん副社長だとは言わず、本社の社員として工場視察に行った。
新人がどれだけ知識をつけているのかの査定と、部署移動したばかりなのでどういう製品を扱っているのかを見てみたいと、工場長に言うと快く応じてくれた。僕は適当に見ているふりをして爽を指さし、あの彼に案内をさせてくれと頼む。
すると工場長はなぜかホッとした顔をする。
「彼について、なにか?」
「いえ、彼、三上君なら仕事ぶりを披露するのにちょうどいい子だと思ったんです。高校卒業と共に就職したので不安だったのですが、とても真面目でやる気のある子ですよ。本社の人を会わせるのも、彼にとってはいい刺激になるでしょう」
「そうですか」
資料の通りだ。三上爽は真面目でやる気に満ちている。これなら運命の番なんかに一生をとらわれずに、むしろ働く男として生きる方が幸せかもしれない。
そう思いつつ工場長に導かれ、例のオメガに初めて対面した。
「三上君、ちょっといい?」
「は、はい」
彼がこちらを向いた。
一瞬、心臓がどきっとする。なんていい目をしているんだ……。まだ運命を知らず、ただ目の前のことに一生懸命になっている若者そのものだった。
そして資料で見る通り、自分のタイプだと思った。実物を見て、なお好みど真ん中だった。それもあり一瞬高揚してしまい、そんな自分に焦る。抑制剤を飲んでいなければ、きっとアルファのフェロモンが全開になっていたに違いない。
「こちらの坂本さんは、本社の方で今度工場関連の仕事に就くことになったんだ。三上君も覚えたてのコトを人に話すいい機会だし、ちょっと案内して差し上げてくれないかな?」
「わかりました」
僕は坂本という偽名を使い、この工場に来た。
「三上君、よろしくお願いします」
「俺でよければ。でも、俺もここに入社して間もないので、もし不快に思うようならすぐに先輩社員の方にお願いするので、遠慮なく言ってください」
「ありがとう」
やはり好感が持てる青年だと思った。
その後も、この子はよく勉強しているようで、聞いていて気持ちが良い。こういう優秀なオメガの子が、これからも沢山働いてくれると嬉しいとさえ思ってしまった。
「三上君、丁寧な案内ありがとう」
「いえ、俺なんかの説明でわかりました?」
「ああ、十分だよ。君は今後どうしていきたいの? まずはこういった現場からスタートするのがオメガの高卒の子の働き始めになるけど、この先本社勤務してみたいと思わない?」
「え? ああ、思いません。俺、オメガだけの職場を探していたので、ここが心地いいんです」
「そうなんだ」
調査はしていた。
高校生の頃アルファに襲われた過去があり、アルファを苦手としている。彼は、それを包み隠さずに面接の時に話していた。アルファと接点を持つような仕事はできないけれど、雇ってもらっていいのかと……。素直な子だと思った。
そういうオメガの子も世の中には少なからずいる。だからこそ、こういった環境を好むオメガにとって、いい職場なのかもしれない。
「それに、ここの寮すごいんです! 好待遇で、ごはんもおいしいし、ここに住んだらもう他には行けません!」
生き生きした目で話す内容は、とても可愛らしくて笑ってしまった。
「はは、そんなにここ気に入ってくれているんだ。オメガ改革をした本社の人間がそれを聞いたら、喜ぶよ。ありがとう」
「え、あ、いえ。なので、俺、今のこの環境に凄く満足しています。高卒で雇ってくれたこの会社には、貢献して一生懸命働いていきたいと思っています!」
「ふふ、君は元気がよくていいね。会社を好きになってくれてありがとう」
そんな会話をして、工場を去った。
帰りの車では、秘書が不思議そうに僕の顔を見てくる。僕は爽のことを思い出して、少しにやけていたらしい。とても気持ちのいい子だ。久しぶりに僕の何かが刺激される。
「副社長、その緩んだ顔も不快ですが、もういい加減、そのきったないスーツ脱いでくれません? なんか若干くさいし」
「はは、手厳しいなぁ。丈君の頑張った戦闘服なのに」
アルファ女性の美人秘書には、丈君の香りは不服だったらしい。ハキハキしてとてもできる女性で、安心してこの会社で仕事をしてこられたのも、彼女のお陰だ。
「それにしても三上爽のこと随分念入りに調べていますけれど、そういった意味での職権乱用は困りますよ? 社内でオメガを探さなくても、副社長なら困っていないんじゃないですか?」
「え、ああ、三上君は親友の婚約者の弟くんなんだ。だから、安全な我が社で保護してくれって親友からこっそりと頼まれていてね」
秘書は納得したような顔をする。
たしかに理由も言わずにずっと三上爽を調べろと言っていたから、やっと謎が解けたのだろう。
僕は親の経営する会社に、立て直しの意味も込めて転職してきた。以前の証券会社では毎日精力的に仕事をし、合っているとは思ったが、父と兄から頼られたのでは戻らないわけにはいかない。それに兄はベータ男性と結婚したばかりで、弟の僕に後継者問題をどうにかして欲しいようだ。僕もあの運命以来オメガはごめんだし、女性よりも男性が好きだから子供は難しい気がする。まぁ跡取りがいなかったらその時はその時だって、両親も気楽に言って兄の嫁を受け入れていたから、そこは大した問題ではなさそうだ。
運命に対峙した過去については、家族には言っていない。
これは親友である加賀美と相原にしか話していないこと。もちろんその当時の担当医にも口止めをした。自分でもなんとなく、オメガに捨てられたということを誰にも知られたくなかった。アルファのそんな意地が少しは僕にもあったらしい。
「それで、そんな見え透いた変装までして? ご立派な友情ですこと。というか副社長、あなた暇じゃないんですからね、もうここに来るのはおしまいですからネ!」
「はいはい、でも僕の作ったオメガ政策がとてもうまくいっているのをこの目で見られて嬉しかったなぁ。とくにオメガ寮での食事には有名シェフに監修を頼んでよかった。三上君とっても喜んでくれていたよ」
自分もまだこの会社に入社して間もない。加賀美に話を聞いたばかりの頃は爽のことまで正直手が回らなかったけれど、アルファということもあり、割といろんなことを同時に進行させるのは、嫌いじゃなかった。
そして今、会社の見直しも終わり爽に集中できる時がやっときたわけだ。その成果も少し見えて嬉しくなった。
「たしかに政府への心証もいいし、素晴らしい改革でしたね。私ももっとオメガの子が社会で活躍できる社会になることを望んでいます。副社長、ありがとうございました」
彼女が真摯な瞳で、お礼を言う。
「え? ああ、君の弟くんも、オメガだったか。うちコネ入社枠用意できるから、その時は遠慮なく言ってね」
「まぁ、呆れた! うちの弟は優秀なので、そんなものなくても姉の私のいるここに入社できますから!」
「ははは、ごめんごめん。でも、これからはオメガの子の役職者が増える会社にしていくからね、優秀な子はぜひうちに来てほしいな」
それが、僕と爽の初めての出会いのエピソードだった。
その頃は、単に優秀なオメガに将来どんな仕事を任せよう、としか考えていなかった。いや、もしかしたらあの時から、すでに爽への執着は始まっていたかもしれない。
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