運命の番は姉の婚約者

riiko

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最終章 本当の幸せ

67 運命の番は姉の婚約

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 加賀美との対面を果たしたあと、俺は隆二に付き添ってもらって、実家に戻った姉に会いに行った。姉は救出された時に、相原からすべての事情を聞かされていたとのことだった。

 俺はというと、隆二とつがい契約をしたばかりで、姉どころでなくなって、ひたすら隆二だけを求めていた期間が続いた。申し訳ない……それほどまでに、隆二以外の男に襲われそうになった記憶が恐ろしくて、俺としてはあり得ないくらい隆二に甘えていた。

 隆二の社会生活大丈夫かな。俺のせいで仕事も中断させたり、長期の休みを取らせたり。

 隆二はオメガをつがいにするということは、それなりにリスクがあることも含めて、アルファやオメガを雇っているから、会社としては問題ないと言っていた。

 改めて、俺がクビになった会社はいいところだった。

 俺、社会復帰できないかな? そう隆二に聞いたら、俺は危なっかしいから、もう自分の目の届かないところには置いておけないと言われた。その通りなので、俺は副社長夫人として優雅に暮らす人生を選ぶことにしたよ。

 そして、両親も今回の問題を知ったようで、娘と息子ふたりの問題には自分たちが口をはさむことではないと、戻ってきた子供たちを出迎えてくれた。ただ一言、辛かったねといって抱きしめてくれた母の胸から、俺はしばらく離れられなかった。それを見ていた隆二と姉が、二人で少し話していたのは横目で見えていた。

 姉は、実は隆二と面識があった。

 俺が浅はかにも、加賀美を最終確認するために礼と春と策略した日、加賀美は姉との待ち合わせ前にラットを起こし、抑制剤の過剰摂取で病院に運ばれた。その時に、姉も俺がその場にいたと知った。

 そして姉は、加賀美がその場で隆二に電話をしていた内容を聞いてしまい、加賀美と隆二が繋がっていることを知ることになった。俺と発情期を過ごした休暇明けに姉からの連絡で、姉は隆二と対面した。

 これまでの経緯を、姉は隆二から聞いて信頼できると思ったらしい。自分の弟を自分の幸せのためだけに友人に任せようとした運命の加賀美よりも、俺を心から愛してくれている隆二と一緒になる方が、俺の幸せだと感じた。その話を俺は姉から聞いた。

「ねぇちゃん……」
「爽が気にすることはないわ、私たちは元から少しおかしな関係だったのよ」

 リビングに姉と二人、ではなく、そこにはつがいになったばかりで心配性まっしぐらの隆二も付き添った。

「麗香さん、今回のことは人の道に反していたとわかっています。あなたたち姉弟をだました結果となり、本当に申し訳ありませんでした」
「榊さん、いいんです。結局あなたは爽に惚れて、あなたの意志でつがいにしたんでしょう? この間お話していた通りになりましたね。むしろあなたを疑ってごめんなさい」

 姉は俺のうなじに気が付いたみたいで、そう言った。隆二は俺の隣に座り、手を握った。

「いいえ、爽が妊娠を望んでいるのに、避妊薬を飲ませたことすら僕は伝えなかったので仕方ないです。どうしても、僕は手段のための妊娠にしたくなかった。僕は、爽を愛しています」
「手段の妊娠? 爽は、まさか、響也と会っても大丈夫なように妊娠を望んだの?」

 姉が俺を見て、驚いた顔をした。隆二、なんてことを言ってくれるんだよ、そう思って隆二を睨んだ。

「それほどまでに、お姉さんの幸せだけを考えていたんです。アルファが苦手だった爽は、子供を孕むということが運命と対峙する一番のいい方法だと思っていたみたいで」
「爽……」

 姉が俺を見て涙ぐんだ。

「姉ちゃん、ごめんなさい」
「私はあなたの姉よ、どんなことでも受け入れる。だから、運命を知ってどうしたらいいか相談してくれたら二人で乗り切れたかもしれない。私を心配してくれたことは優しい子だなって思うけど、私は隠し事をしてほしくなかった。私、そんなに弱い女じゃないわ」

 姉は俺に向き合った。とても美しくて強い人だと思った。

 姉を苦しめていたことを、本当に悔やんだ。運命を知った日、姉に相談すれば良かった。俺は、運命を拒絶しているって、そう言えれば良かった。

「榊さん、爽が考えなしでお馬鹿なのは私の責任です。私を愛してくれているから、優先順位が少しおかしいの。爽と出会ったあなたがまともな方で良かったわ。寛大な方で助かります」

 隆二は微笑んだ。

「どうでしょう。たとえ運命のつがい相手だって、爽が望んでも僕はそれを許さなかったから、爽が僕を選んでくれたからまともになれただけです。あなたの方が寛大ですよ」

 それを聞いて姉は笑った。

「愛の深さの違いですよ。私は響也をそこまで想えていなかったのかもしれません。榊さんは、爽のことが本当に好きなのね。爽、お姉ちゃん安心しているのよ。あなたは一生アルファと縁がないのかと思っていたから、本来オメガであるなら、アルファのつがいがいるのが一番なのよね」
「ねぇ、ちゃん……」

 姉は悲しそうな顔をしてそう言った。本来オメガなら、それはアルファにも言える。だから、姉だってずっとアルファの嫁になっていいのだろうかときっと、自問していたのだろう。重い一言だった。

「加賀美は、あなたのことを相当愛していましたよ。運命の呪縛を切ってあなたを裏切らないように必死だった。非道なやり方だけど……あなたとの未来を優先して、爽を他の男に託した。アルファは本来たったひとりしか愛せないんです。それがベータのあなただったから、加賀美なりに必死に足掻いた」
「バース性って、残酷ね。彼が足掻いているのは知っていたわ」
「え?」

 姉の言葉に、俺は驚いた。姉はただただ幸せな婚約生活を送っていたと思っていた。

「爽、私知っていたの。彼は運命のつがいを拒んでいたことを」
「どういうこと?」
「彼、私と付き合いだした頃、運命に出会ったって言っていた。ちょうど一緒にいる時だった。それで急いで彼を介抱したの。彼は絶対に香りだけで惹かれる相手なんて嫌だって、私を愛しているって必死になっていた」

 じゃああの夏の日、加賀美も姉も俺も、運命に対峙していた。

「それからは、そんなこと言わなくなったけど、でも思い返してみたら、彼がベータの私相手にラットなんて起こすはずもないのに、たびたび彼は興奮していた。それはいつだって、私があなたと会った後だった」
「え」
「だけどある時、爽が一人でヒートを過ごすからって、あなたの寮に差し入れを持っていったでしょ。そのあと彼に会ってさすがに気づいた。その時聞いたの、彼の運命があなただって。でも彼は抗っていたから、それが答えだって思って。ごめんなさい」
「そんなことないよ、加賀美さんと会わなかったお陰で、俺は心から求める人を見つけらえたんだよ」

 隣に座る隆二の手をぎゅっと握った。そしてそれを見た姉は微笑んだ。すべてを吹っ切れたかのような晴れた顔をしていた。

「麗香さん、もう加賀美とは本当に終わりなんですか?」
「そうね、そのつもり。彼が運命に抗っていたのは認めるけど、私の弟にただ私と結婚するためだけに、勝手につがい候補を決めて、だまして爽を巻き込んだことは、人間性を問われる問題だわ」

 姉は意思の強い顔をしていた。

「でも、それはあなたを愛するがゆえに」
「愛していても、やってはいけないこともあるの。榊さんだったからよかったけど、とんでもない男を差し向けてでもいたら、爽はつがいに捨てられたオメガになっていた」
「それは……違います。あいつは爽のことを考えて、まずは僕たちに話を持ち掛けた。僕は、オメガを不当に扱う人間ではないと加賀美は知っていたし、無責任につがいにするとはあいつも思っていなかった。加賀美の知り合いで、爽に見合う人間をあいつは吟味したんです。それで僕は選ばれた」
「え」

 隆二の言葉に姉は戸惑っていた。

「運命のつがいですよ。そんな大切な子……ましてや自分の婚約者の弟に、変な男を差し向けるはずがない。あなたも見たでしょ、加賀美はあなたを愛しているけど、爽のことも大切に思っていた。ただあの時はフェロモンが勝って、爽を無理やり手に入れようとしてしまったけど、あれでも相当抗ったアルファです。普通なら出会った瞬間、襲ってつがいにしていた。それを何年もあいつはひとりで抗った」
「そうですね」

 姉は、何かを考えるような遠い目をしていた。

 フェロモンのことは姉もあれから学んで、少しは理解したようだったけれど、大切な弟を騙して、友達のつがいにしようとした策略については、到底許せる行為ではないと、そこが別れた理由になった。

 でも、運命を失くしてでも姉を手に入れたかったという気持ちは、俺には痛いほど伝わったので、俺も隆二も何度も姉に話した。

 加賀美は、あの後、どうしても姉を諦めきれずに、そして同時に運命を失った後遺症が出て、体だけではなく、あのアルファが心を病んでしまった。

 運命とはそれほどまでの衝撃なのだろう。むしろ、そんな弱ったアルファには、つがいのオメガを作るしか、立ち直る方法はないのではないだろうかと、周りも心配したくらいだった。それでも加賀美は姉以外もう欲しくないと頑なだった。

 姉は、そんな風に弱ってしまった元婚約者を哀れに思ったのか、すこしずつ歩み寄った。結局、姉もまた彼を相当愛していたからこそ、憎しみに変わっただけで、あの二人は確実な愛があった。

 時間はかかったけれど、婚約関係は解消せずに、でも結婚には踏み切れずに二人は時間をかけて向き合った。加賀美は後遺症から、オメガやアルファのフェロモンを感じなくなっていた。それもあり、姉はアルファとしての機能を失った男をほっておけなかった。全ては自分と出会ったから、自分を愛したからの結果だと、姉は彼を受け入れていた。

 結局、俺の運命のつがいは、運命の糸は切れても姉の婚約者のままだった。

 きっと、俺たち二人は運命に気が付いた時、姉に話すべきだった。

 それが対処法だったんだ。ひとり知られずに解決しようと間違いだらけの対処法はお互いが選んでしまった。素直に姉に話して、それで俺につがいができるまでは加賀美との接触はしないような処置を取ろうと、三人で協力していれば、あんな不幸な回り道はしなくて良かった気がする。

 それだと隆二と出会えなかったかもしれないけど、でもどこかでなんの策略も無く、隆二と出会って普通に恋が始まって結ばれる未来もあったかもしれない。今となってはもうわからないけれど。

 俺はもう間違えない。

 自分を犠牲にしてまで、誰かを守ろうなんて、オメガの俺がおこがましいにもほどがある。それに、もう相談すべき最愛がいる。なにか悩んだら、自分で解決策を見つけたとしても、かならず隆二に相談するという決まりができた。

 隆二もその方が安心するというのだから、それに従う。といっても、隆二とつがいになったからの俺に、そんな激しい決断をしなければいけないことなど何ひとつなく、ただただ幸せだった。

 そんな中、俺と隆二は順調に進んでいた。




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