運命の番は姉の婚約者

riiko

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最終章 本当の幸せ

64 始まりの話

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「僕は爽が好きだよ、初めて君を見た日から、目が離せなかった」
「え」

 計画で近づいたんじゃなかったの? 好きと言われて細胞がざわめき立つ。

 そんな俺の感情を読み取ったのか、隆二は自然と俺をソファに座らせて、荷物をクローゼットにしまった。俺が出て行かないように、自然に話しながらしている行動さえ、俺を逃したくないと言われているようで嬉しかった。俺の隣に腰を掛けてきた隆二が言う。

「爽がいつだったか男に酔わされていた場面に、僕と相原が遭遇した。これは本当に偶然だったんだけど。直前に加賀美と会っていたから、その残り香で君が発情したんだ。そして気付いたら僕はベータ男を殴っていた。衝動的に人を殴ったのなんて初めて、茫然としちゃったよ」

 茫然としちゃったよって、いったいどういうことだろう。あの時たしかに運命の香りを察知した。それは隆二と相原に染み着いた加賀美の香りを俺が感知したからだったのか……

「相原が慌てて僕を止めて、君を連れ去った。僕もそれ以上、爽を見ていたら危なかった」
「え、どういうこと?」
「爽は、運命の相手だけが一瞬で恋に落ちるとでも思った?」
「……」
「フェロモンなんかじゃなくたって、人は人に惹かれるんだよ」

 しかし酔っ払いが絡まれているだけで、恋に落ちる?

 ベータ同士の恋だって、アルファとベータの恋だってフェロモンは関係しない。だから、隆二が言うことは実際に起きるだろうが、自分と隆二の間でそれが起こるとは思えない、しいていうなら初めての体を楽しんで、それが気に入ったとか、隆二は結局アルファだったから、やはりフェロモンに惹かれたとかだと思う。

「僕は、あのとき君の事情をすでに知っていた。加賀美に自分の婚約者の弟をつがいにしてくれって頼まれて、運命の糸を切って欲しいと言われていたんだ。加賀美は麗香さんから香りを感じるたびに抑制剤を使用していたけど、正直無理があって、あいつの体も限界だった」
「やっぱり……そういう事情だったんだ」

 運命に抗っているのは自分だけだと思い込んでいた過去を恥じた。

 加賀美も精一杯抗っていたんだ。どうして俺だけが苦しいなんて思ったんだろう。アルファのラットなんて、オメガのヒートより抑制が効かないと聞く。それなのに俺はのうのうと姉と仲良くしていた。

 俺とは方法が違うけど、俺と会った時にフェロモンで誘発されないように、彼は彼なりに対策を考え、実行しようとしていた。

 俺は妊娠することで、その期間フェロモンを感じないように。

 加賀美は俺につがいを作ることで、運命からの呪縛を解き放とうとした。

 ベータの女性を妻にするなら、運命のつがいは早いうちに排除した方が良いに決まっている。アルファなら、何が何でも好きな人を手に入れるために努力をするだろう。だから、決して間違った対処法ではなかった。

 だけど最終的には、お互いに間違えた。

 考え込む俺を見て、隆二は頬に触れてきた。嫌じゃない、どんな事情で俺を求めたにしても、嫌じゃなかった。

「僕はそんな加賀美が不幸だと思ったし、相手のオメガのことも可哀想だと思ったんだ。そんな中、君を調べていくうちに、どんどん惹かれていた。君を欲しいと思ったんだ」

 隆二は運命に翻弄されている、俺たちを憐れんだことから始まった?

「僕が君を会社に入れたのは、もうバレてるよね? どうにかして加賀美から逃してあげたかったんだ。運命に拒絶された人の顛末を僕は知っているから、まだ十代の男の子にそんな経験させたくなくて」
「え?」
「僕も十代の頃、運命に拒絶されたことがあるから、立ち直るのに随分かかったんだ」
「そんなことが……」

 隆二は微笑む。全てを経験したからこそ、俺を気にしてくれていたのかもしれない。

「会社では君の評判もすでに調査していた。すべてに対して、とても好ましいオメガだった。そんな子をずっと調べていたから、実際に会ったら僕はときめいてしまったみたい。爽が会社で僕に工場案内してくれたことがあったんだよ」
「え? どういうこと?」
「僕は本社ベータ社員のふりして爽に会ったことがある。君はとても一生懸命に機械のことを僕に教えてくれたんだ、僕はきっとあの時から君に恋をしていた」
「え、俺、覚えていないけど?」
「爽は人にあまり興味がなかったみたいだよね。でも仕事に集中している姿は、本当にかっこよかった」

 自分の知らないことばかりを隆二が話す。そんなに俺はボケボケしていたのかと自分に呆れた。俺はすでにあの工場で潜伏した副社長に会っていたのかよ。驚きだった。俺が戸惑っているのもお構いなしに、隆二は話を進める。

「それから君と付き合いだしたことも、君を抱いたことも加賀美に言った」
「それは、なんだか嫌だな」
「はは、ごめん。好きな子ができた幸せを友達に自慢したかったんだ。エッチの内容なんて誰にも言ったことないから安心して。爽のそういう姿想像されるだけでむかつくからね」
「あっそ」

 アルファ同士の会話っていったい……

「僕が爽を抱いたことを知ったときの加賀美を見て、危ないって思ったんだ。だから爽を急いで囲った。彼はいつの間にか運命に対して独占欲を持ち始めていた。というか最初から持っていたのを、君のお姉さんという存在を理由に無理やり閉ざそうとした。加賀美は理性でどうにかなると思い込んでいたし、そんな男に一人のオメガの人生をダメにされるのも許せなかった」
「隆二……」
「きっかけは、出会う前から運命に捨てられる可哀想なオメガって思ったことだけど、爽に会って、恋をして、運命に抗おうとして妊娠しようとしている姿を見て、もうだめだった。加賀美から逃れたいからじゃなくて、僕を心から想ってくれた時に妊娠も契約もしたかった。だから今まで妊娠させられなかった。それがこんな辛い思いをさせることになって、ごめん」

 隆二は出会う前から俺のことを想って、そして出会ってからはずっと守ってくれていた。真実を伝えられなかっただけで、俺の演技も見抜いていて、それでも俺に付き合っていた。だったら、俺が運命を確認しに行ったことも、知っていた? 

「もしかして、俺が加賀美さんに会いに行ったこと、気づいていた?」
「ああ、あの日、加賀美からも連絡きたし、護衛も見ていたから……」

 あのとき、加賀美は隆二に連絡を? 

「俺、隆二と向き合うために運命に会いに行ったんだ。フェロモンに負けずにそれでも隆二を想えたら、俺は隆二に一生を捧げるって。加賀美さんを見てヒートがきたけど、俺には隆二がいるって、俺が心から求めているのは隆二だけだって、あの時、俺は運命に打ち勝ったって思ったんだ」
「爽……」
「ごめん、俺の浅はかな行動のすべてが、隆二も姉ちゃんも、加賀美さんも傷つけた」
「爽が必死に、自分や周りの人を想った結果だよ。だけど、これからはそんな無理をする前に夫である僕に相談してほしいな」
「夫って」

 隆二は真剣な顔をした。俺もそれを見て、姿勢を正す。




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