運命の番は姉の婚約者

最終章 本当の幸せ

63 二人の続き

　いつもの部屋、いつもの香り、いつものベッド。

　そこで目が覚めた。ふと枕元にある時計を見ると、運命と邂逅した翌日の昼になっていた。ふつうの平日、隆二は仕事に行ったのだろう。清潔になった体と、真新しい包帯が首に巻かれている。

　俺と隆二は、番つがいになった。

　手当、してくれたんだ。

　昨日は運命に会って、襲われかけたところを隆二に助けられた。でも真実を知った。隆二は初めから友達に頼まれて、番つがいにするために俺に近づいた。

　ご丁寧に、会社まで入社させてくれて。

　あの時は必至過ぎて何も考えていなかったけれど、おかしいところは多々あった。まず、入学を諦めたからって、大学入試に通った頭なら大丈夫という理由だけで、いきなり社員として高校卒のオメガを雇うものだろうか。大した試験も面接もなく、初めて会社訪問した日に働くにあたっての条件や、寮などの説明をされた。それほど人材に困っているのかと思いきや、入社してみると人手不足というわけでもなさそうだった。

　あれは副社長として、隆二が初めから手を回していたのだろう。

　バーで会ったのも、相原の紹介。相原と初めて出会ったときにも隆二はいたし、その前から俺を知っていて、俺をはめた？　そして、こっちがただ子種を貰おうと近づいたと思っていたけど、最初からアルファたちの手の内だったんだ。

　高校三年のあの夏、加賀美も俺に気が付いていた。その時すでに姉と付き合っていた。人前で発情する自分の運命の番つがいを無視して、姉とデートを続けた。それがもうあの時決断した彼の答えだった。

　姉と結婚するために、俺を排除する決意をしたんだ。

　そして隆二に相談した。隆二は社会人になった俺に行動を起こしたのは、姉が彼との結婚を決めてから。焦った彼は隆二に行動に移すように言ったのだろう。

　すべてはあの日、加賀美が隆二の名前を出しただけの憶測だけど、どういう流れで俺に近づいたかだけは明確だった。

　隆二は俺に運命がいることを初めから知っていて、俺が子種を求める理由も検討がついていたってことだろう。それでも妊娠させてくれなかったということは、隆二の答えもまた出ていた。加賀美という親友のために、俺を夢中にさせた。そして子供は欲しくないけれど、番つがいにはしてもいいと思っていたのかもしれない。

　俺と隆二のこれまでの時間のすべてが嘘だとは思いたくない。

　だから、せめて番つがいにしてもらえただけで十分だよ。それで、もういい。俺は隆二を忘れて生きていけばいい。彼と付き合うことになって会社は辞めさせられてしまったから、これから生きていくために働き口を探さなければならない。それから実家とも、もう縁を切ろう。どの面下げて姉に会えばいいのかわからない。

　初めから俺が素直にみんなの前から消えていれば、こんな不幸が起きずに生きていけたかもしれないのに。どうして俺は、妊娠にこだわってしまったのだろう。

　無理をした体に鞭打って、起き上がった。丁寧に隆二と揃いのいつものパジャマを着させられていた。それを脱いで、クローゼットから適当な服を取り出し着替えた。

　寝室の扉を開けてリビングに出ると、そこには番つがいになったばかりの男がいた。

「隆二……いたんだ」
「ああ、爽、おはよう。もう大丈夫？　発情は引いたね」
「うん、おかげさまで。隆二が番つがいにしてくれたから、やっと運命の呪縛から解放されたよ、ありがとう」

　隆二が驚いた顔をしていた。そもそもそれが俺に近づく目的だったはずだろう、何を驚く必要があるんだよ。

「なんだか、呪縛からの解放が目的の番つがいって言われているようで、それは嫌だなぁ」
「事実じゃん」

　リビングに置いてあった自分のカバンを見た。中にはスマホと財布が入っているし、中身は変わっていないようだった。

「え、どこか行くの？」
「うん。今まで世話になった。元気でね」

　隆二が焦った声を出す。

「え、え、え？　なに？」
「さよなら、俺の番つがいさん。今度は人に頼まれたからって、オメガを簡単に番つがいにするなよ」

　玄関に向かおうとしたら、隆二に腕を取られた。

「なに？」
「なにって、何言っているの。番つがいになったんだから、そう簡単にこの部屋から出すと思う？」
「え？　監禁でもするつもり？」
「そうだね、爽はほっとくと変なこと起こすから」

　変なこと、もう起こさないよ。こりごりだよ、こんなこと。隆二を前に泣きたくないし、縋ってしまって、困らせたくなかった。隆二の目的を知った今、これまでと同じ関係でいられないことくらい俺にもわかる。好きだから、もう困らせたくない。

「もう大丈夫だよ、姉ちゃんたちの邪魔はしない。俺は、どこか誰も俺の知らないところで暮らすから、本当は子供ができたら俺たちの関係は終了のはずだったけど、隆二は最後まで子供作ってくれなかったし、初めから俺たちに関係なんて何もなかったんだよ」
「ちょっと、待って。爽は誤解している」
「誤解じゃなくて、理解している」

　手を振り払った。泣きたくない。それでも自然と瞳からは雫が零れ落ちる。好きな人と離れなくちゃいけないのに、涙を流さない方法は知らないよ、俺。

　俺の涙を隆二は指ですくった。

「全力で、愛の告白をされているみたい」

　隆二は温かい眼差しを向けて、そう言った。

「悪いかよ。ていうか、してないし」
「ううん、フェロモンがもううるさくて。番つがいになるとそういうのもわかるようになるんだね、全身で爽が僕を好きだって言っている。愛しているっていう風にしか聞こえないよ」

　隆二がそう言って、笑う。

「笑いたきゃ笑えよ、フェロモンなんかなくたって、俺は元から隠し事ができてなかったからな。初めから、隆二は俺のこと笑っていたんだろう。もう、それでいいよ、俺疲れたから、ひとりになりたい」

　本当は、叶うことなら、愛されなくても隆二のそばにいたい。だけど、そんなみじめなことはもうできないし、彼を縛り付けたくない。

「悪いけど、この先、爽がひとりになることはないよ」
「え？」
「僕の番つがいになったんだよ。一生を誓ったんだ、これからの人生に爽が僕以外のところを選択できる日はこない。番つがいにしてって言ったのは、爽だ。それが爽の答えで責任だよ」
「責任って……そんなの、いらないだろう。隆二は友人からの頼みで俺を番つがいにしただけ、計画はそれで終わりでしょ？」