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第五章 策略
58 姉の想い 1 〜麗香視点〜
しおりを挟む大好きな弟の運命の番。
それがまさか私の婚約者だなんて夢にも思わなかった。結婚式まで半年を切った頃に響也からそのことを知らされ、途方に暮れた。
先日爽に、響也と結婚すると話したばかりなのに。こんなことってある? どうして今更それを……爽の存在に気付いた瞬間、私に言ってくれていれば、まだ何かできることはあったかもしれない。
響也はもう抑制剤の使用に対して、限界を感じていたようだった。たまに副作用で辛そうにしているのを見ていたから、そこまでの我慢を今までしていたのだと知って、辛くなった。
彼が爽の運命なら、爽が唯一受け入れられるアルファ。
爽は高校生の時にアルファに襲われてから、アルファが怖くて少しでもアルファのフェロモンを感じると怯えるようになった。だから、私に染みつく響也の香りが苦手で、爽と触れ合うときは香りを落とすように気を付けていた。
もしかして今おもえば、それは運命の香りにヒートを起こしかけていたのを私に気付かれないようにしていただけなのかもしれない。そもそも爽が運命を知っているのか知らないのかも、フェロモンを感知できない私には想像がつかない。
でも実際、響也は何度も私に着く爽の香りにラットを起こした。最初はオメガの香りはそこまでアルファ性を揺るがすものなのかと不安に思ったけど、ようやく謎が解けた。
私は、運命なら二人が結ばれてもいいとさえ思う。愛する弟が唯一受け入れられるアルファが私の婚約者なら、二人を引き裂くことはできないと思って身を引こうと考えた。
でも響也は、違った。本能では弟というオメガを欲しがってしまうけれど、私のことを心では愛していると必死に言ってきた。話したこともない相手を、好きだと思っていない相手を、お互いに本能だけで結ばれるのは不幸だと言った彼を信じることにした。そのちぐはぐな想いこそ、彼の心をむしばんでいったのかもしれない。
運命の実態を聞くと、それは不幸でしかないと思った。
好きでもない相手を求める気持ち、好きな相手がいるのに他の人を抱きたいと思ってしまうなんて、なんて残酷なのだろう。
アルファもオメガも、私たちベータからしたら夢物語みたいな部分があったけれど、実際には不幸でしかない。
爽だって、フェロモンが理由で男に襲われた過去を持つ。ただフェロモンを持つオメガということだけで、アルファという強い人種に搾取されるなんて、世の中はとても残酷だと思った。
響也のことを心から愛しているし、弟のことは誰よりも守らなければいけない尊い存在。あの子が過去にアルファに襲われたことで、私の中ではより一層庇護欲が高まったし、爽には心から幸せになってもらいたいと思っている。
爽に榊隆二という彼氏ができたと母から聞いた時は、正直うさんくさくて受け入れられなかった。弟をだましてベータとして近づいたなんて不快。でも、爽はそれでも彼を好きだと自覚したようだから、始まり方は最悪でも、爽が幸せならそれでいいと思っていた。
それなのに、榊との出会いが、まさか響也に仕組まれていたことだったなんて。響也から爽の情報を聞いていて、あえてアルファとしての出会いを避けたなんて、ずるい男としか思えない。でもそれを知ったときはすでに遅かった。爽が榊に恋をしていて、二人は同棲までしてうまくいっている時だったから。それでも、爽がそれに気づかずに、二人の恋が愛になっていたのなら、もうありなのかもしれないとまで思ってしまった。
それよりも響也の恐ろしさを見た。いくらなんでも私たちの結婚の為とはいえ、私の弟をだまして友人に差し出したと聞いたときは、ぞっとした。
そして、もしかしたら響也は爽を求めているのかもしれないと思い始めてしまった。私という婚約者がいるから理性でとどまっているだけ。本当は運命の相手と結ばれたいと思っているに違いないと感じる。
だけど、もう引き返せない。
こんな策略をする男を野放しにしたら、この男に不幸にされる人が絶対に出てくる。彼を愛しているのは確かだけど、私はもうわからなくなっていた。でも、弟を守るためにも、彼と結婚するべきだと思った。いずれは榊と爽は番になる気がしていた。爽はそれほど榊に惹かれているのは姉の目からしたら一目瞭然だった。
せっかく爽が初めて真剣に恋をしているのに、それをただ本能だけで体だけで感じる相手と一生を添い遂げるなんて、絶対にさせたくなかった。もう少し早く二人を出会わせてあげていれば、違った未来もあったかもしれない。私が彼を諦めれば済むだけのことなのだから。
でも彼の本当の姿を知った今、絶対に弟を渡したくなかった。
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