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第五章 策略
55 運命の相手5
しおりを挟む俺たち三人は相原の妻で番の相原みかげが経営しているバー御影で飲んでいた。
「みかげ君、聞いてよ。僕、最近気になる子がいるんだ」
「へぇ、隆二さんが? 珍しいこともあるんだね」
カウンターで、榊がみかげに話している。気になる子というのは、爽のことらしいが、みかげは俺たちの計画なんて知らないし、番である相原がこういう腹黒いことは絶対に自分の妻には言うなと念を押していたので、俺は榊に深く聞けなかった。
きっと榊もまだあまり話す気がないのだろう。それでわざわざ当たり障りない話をするために、バー御影を選んだに違いない。
「でも隆二さんが気になる子って、どんな子?」
「うん。僕の会社にいる子で、とても一生懸命に仕事をする子。やっぱり仕事を頑張る子って輝いているよね。それに好感の持てる元気な男の子」
「わーお。隆二さんにもついに春がくるのかな? 遊び相手しかいない人が、本気になるのってゾクゾクしちゃうね、圭吾!」
みかげが楽しそうに旦那に話している。
「榊、俺の妻をゾクゾクさせるなよ」
「はいはい」
相原が自分の番に独占欲を丸出しにする。オメガを嫁にするとはこういうことか。それなら俺だって、麗香に対して同じような感じだから、相手はオメガでなくても成立するはずだ。
麗香からも爽が仕事を頑張っているという話を聞いていたから、なんだか運命の俺以外が、爽について語っているのが悔しかった。
榊の話を聞いて、なぜかイライラしてアルファの威圧を出してしまった。それに驚いた相原は、自分の妻の店でアルファの威圧を出した俺をバーから追い出した。
みかげと榊は俺の怒りなどなんとも思っていないようで、二人は店で話を続けていた。
「お前、なんなんだよ! お前が榊に運命を譲るって話だったじゃないか」
「ああ」
「だったらなんでお前が怒るんだよ。榊はただ自分が落とす子を自慢していただけなのに。それに、知っているか? 榊、あの弟のこと相当気に入っているぞ。隠れて調査して、自分でもあの子に会いに行っていた」
「え?」
榊は、こっそりと工場に変装して内部に入り込んだらしい。強めの抑制剤を使用して、工場見学にきた本社ベータ社員を装い、作業中の爽にいろいろと仕事を聞いて、彼の人となりを自分の目で確認したとのことだった。そこで榊は爽を気に入って、実際に会う計画を立てていると相原に言っていたそうだ。
それを聞いて、何とも言えない気分で一人帰宅したその後、爽と榊は出会った。本当に偶然だった。
相原と榊は、みかげの店が混んできたので、近くの店で飲みなおそうとバーを出たところで、偶然男に絡まれている爽を見た。そして爽は、俺の威圧を少し前に浴びていた相原と榊に付着した俺の香りを感じて、ヒートを起こしたようだった。二人はその時に運命の威力を感じたらしいが、それどころではなく、急いで爽を救出した。
その時、相原が爽を助け、榊はなんと爽に酒を飲ませてホテルに連れ込もうとしていた男を殴り蹴り、意識を失わせていた。それを見た相原はもちろん、榊も自分の行動に驚いていた。榊はすでに自分のオメガ認定をしているようで、爽に対して不思議な感情を覚えていたらしい。そして相原の部下をその場に呼び、倒れた男の回収をさせ、その男を強姦罪の罪で刑務所にぶち込んだ。
その事件があった後日、相原に呼び出された。
「俺、あの時、榊はこの子に本気になるって思った。榊もすでに気を失っている爽に独占欲を覚えていたらしくて、自分じゃ襲ってしまいそうだからって、俺に朝まで保護するように頼んだんだ」
「榊が? どうして、そんな普通のオメガにそこまで惹かれるんだ? しかも俺の運命だぞ?」
俺のその言葉に、相原は呆れた顔をした。
「さあな、俺には榊の本当のところなんてわからない。ただ、初めは同情から爽を助けようとでも思ったんじゃないか? 自分が運命を失ったから、運命を失うオメガを哀れに思って。でも爽を調べて、彼を知っていくうちに、どんどん惹かれたって言っていた。恋をしたんだよ、榊は」
「……」
言葉を失った。でも結果、最高のアルファと番になれるなら、俺の運命は幸せを得られるのではないか? それなのに、俺はいったい。
「お前、もう諦めろ」
「え?」
「自分の婚約者だけを想えよ、お前が始めたことだ。もう榊を止められないぞ。爽に御影を紹介したから、お前はもうここにはもう来るな。榊は御影に来た爽を落とすって決めたと言っていた」
「あ、ああ」
そんなことを聞かされ、それ以降は爽のことを聞いていなかった。そして久しぶりにいつものラウンジで相原含めて三人で会ったとき、榊は報告してきた。
「爽が、すっごく可愛いんだ。僕もうメロメロで」
目の前で惚気る榊、殴りたい気分だった。まさかこんなにも短期間で、二人がうまくいっているなんて、思いもしなかった。
「加賀美、良かったな。榊は本気で爽を愛しているみたいだ。俺も二人のこと見守っているから安心しろ。まぁ爽は何を考えているのかわからないけど、榊は本気だ」
「そうか。でも爽が嫌がるなら無理に進めないでほしい」
榊が先ほどまでのとろけた顔を止めて、真顔でこちらを見てきた。
「たとえ、爽が僕になびかなくても、それはもう加賀美には関係ないことだろう。自分が他の女性と結婚したいからって、その弟を売った。もうお前がとやかくいう権利はないよ」
「爽は俺の運命で、彼女の大切な弟だ。権利ならある」
言われたことが正論過ぎて悔しかった。
「ねぇ、今さら嫉妬? もう運命は諦めたんでしょ。初めの段階ならまだ引き返せたけど、僕はもう爽を誰にも渡す気はないよ」
「おまえ、まさか本気なのか?」
「当たり前でしょ。爽の体はもちろん、今は少しずつ心も僕に開き始めてきたんだ」
「体……抱いたのか?」
「何度もね」
テーブルにある手を強く握りしめた。自分の運命が他の男に抱かれている。それを知って、どうしようもない気分になった。このままここに居たら、なにか誤作動を起こしそうで怖かった。
「加賀美、大丈夫か?」
相原が心配した声を出した。
「え、あ、ああ。俺今日は帰るわ。榊、お前が本気なら早く番にしてくれ、一刻も早く俺の運命を断ち切ってほしい」
「加賀美……このままじゃ、ミイラ取りがミイラになる。運命を早く忘れてしまいなよ。僕のペースで爽を手に入れるから、お前は麗香さんにだけ向かっていって」
「わかってる」
「悪いけど、僕は爽に本気だ。たとえ運命だろうと、親友だろうと、もう誰にも爽を奪わせない」
「……ああ、それでいい」
麗香は俺の話を聞いて、再度俺を受け入れてくれた。ベータからしたら運命の番は夢物語でしかないが、実際のその話を聞いたら、哀れなストーリーでしかないと感じたようだった。
榊の本気を聞いた数日後、弟に彼氏ができたことを麗香から知らされた。
もちろん、榊が俺の親友だということも、俺が策略したことも麗香は知らない。二人は自然に出会って恋をしたと思っている。
その榊は、すでに爽の家族に挨拶をしたらしい。もう外堀も埋め始めている。麗香は俺との未来に戸惑っていないわけではなかったが、爽にアルファの彼氏ができたことで、「運命はこの人よ」と目の前に付きつけるようなことは、むしろ拷問でしかないと思ったと言った。運命がいかに残酷だということを理解し、俺との未来に突き進むと心を決めてくれた。
どうやら榊は本気らしい。それを喜んでいいのか、悔しいのかもう俺には自分の心もわからなくなっていった。
運命は出会ってすぐに結ばれる。
誰もがそう言う。たしかにそうなのかもしれない。俺は、ずっとそれに抗っている。それが良いに決まっているのに、心と体のバランスを時々失いそうになる。運命に抗うことがこんなにも辛いことだとは知らなかった。時が経てばたつほど、爽が他の男に抱かれていると知れば知るほど、本能が暴走しそうになる。運命を他のアルファに抱かせている。自分がしたことなのに、どうしても、心がおかしくなる。
俺は、もうこの時すでに何かがおかしかったのかもしれない。
魂に刻まれた刻印を、自分から手放した。滑稽なアルファだと、後に人は言うかもしれない。
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