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第五章 策略
53 運命の相手 3
しおりを挟む「しかし、婚約者の弟をどうやってアルファと番わせるんだ。そもそもそいつはアルファが苦手なんだろう?」
相原が空気変えるように言った。
「ああ、そうらしい」
「相原の知り合いで、誠実でオメガを大切にするアルファを知らないか?」
「いきなりそう言われても……誠実でオメガを大切にするアルファ代表なら、ここにいるんじゃないか?」
「え」
二人で榊を見た。
「僕? 僕は、オメガのフェロモンに負けてエッチしちゃった奴だよ? それからはオメガを抱いてないし。僕にはセフレしかいない不誠実野郎だけど?」
「あれは、あのオメガからお前を誘ったからだろう。お前は耐えていた。それにお前はオメガ改革を今やっているところじゃないか」
「でも、僕、オメガはもう……」
相原と榊が話をしている。
榊の実家の経営している会社で、オメガへの不当な扱いが見つかった。オメガへのパワハラをしていた上層部が一層された。そして榊がその役職に就くために、実家に引き戻された。会社の立て直しのために、オメガ雇用に力を入れている最中で、政府の要望もあり榊がそのプロジェクトの代表として動いている。
きっと榊はオメガに興味がないからこそ、出来ることだと思う。
オメガをただの働く人間として見られる男だからこそ、会社の役に立つことと、政府からの認定を受けることで利益が生まれる、そう打算的に考えていたのだろう。仕事としてでも、オメガに役立つ社会にしているのなら、少なからずオメガには優しい男だと思う。
もし榊なら、爽を番にしたらきっと一生守ってくれる気がする。運命に出会う前までは、割と真面目な付き合いをする一途な男だった。もし番にしないなら、それはそれで少し安心する。
そして俺は、榊が本気にならないことを知っていた。
あの頃のこいつを見ていたら、もう二度とオメガを抱けないと思ったから、特に相原の言葉を否定せずに聞いていた。やはり自分の運命を誰かに託すなど、本来できないことなのかもしれない。矛盾する心に苦しんだ。いったい、俺は爽をどうしたいというのだろう。
「お前、あれから十年以上たったんだ。いい加減克服しろよ。それに爽って子、おまえの好みど真ん中だろ」
「え? あっ、本当だ」
相原から写真を見せられた榊は、目の色が変わった。
たしかに榊の好きそうな男だった。榊はあれ以来、オメガオメガしたような可愛らしい人種とは付き合わなくなった。相当なトラウマなのかもしれない。いつも付き合うのは、ベータの男。爽は一見ベータに見えなくもない、普通の青年だった。麗香から聞く限り、男前な性格だし、話を聞いているとベータの弟がいるのかと思えるくらい。実際に付き合った当初は、弟の話を良く聞かされていて、ベータだと思っていた。発情期が弟にきたと聞いて、初めて麗香の弟がオメガだと知ったくらいだった。
榊がじっと写真を見ている。なんだか、その目が嫌だった。俺の運命を性欲の対象として見定めているような気がした。
「やっぱりいい、今の提案は忘れてくれ」
「え?」
俺がそう言うと、榊は驚いた顔をした。慌てて榊から爽の写真を奪った。
「まさか麗香さん捨てて、その子に行く気になった? それならそれが一番いいんじゃないの?」
「いや、それはない。俺は麗香だけだ」
榊の言葉には秒で否定できた。それなのに、どうして俺は爽を他のアルファに渡せないと思ったのだろう。榊は何か考えるような顔をしたと思ったら、まさかの発言をしてきた。
「じゃあさ、まずはその独占欲をどうにかしなよ、というかいいよ。僕がその子を落としてあげる。一度会って話してみないと何とも言えないけど、気に入ったら、僕が貰ってもいいんだよね?」
どうして、榊が爽を? こいつがオメガに本気にならないことはわかっていて、俺は相原の提案に頷いていた。それなのに、榊の目がなぜかアルファらしく見えて戸惑ってしまった。
「え、あ、ああ、お前なら安心だ」
本心のような、本心ではないような、咄嗟に曖昧な返事をしてしまった。
本当にいいのか? 自分の運命を他のアルファに託しても。
でも、こいつはもう運命に惑わされることがない。こいつの番になるオメガは、絶対に不幸な事故は起きない。とても安全なアルファだ。それに社会的成功者であり、性格も温和で、友人の自分から見ても、悪いところを探れないくらいのいい男だと思う。
榊が何を思い、爽を手に入れようとしているのかわからなかったが、俺にはもう時間がない。とにかく麗香とのこれからを確実なものにするためには、その弟がそれまでに番を得ることだけだ。
「お前ら、オメガ一人の人生がかかっているんだ。簡単に二人だけで決めるなよ」
「え、ああ」
相原が呆れた顔で言った。
「榊も、いくらタイプだからと言っても、相手がお前を好きになるかなんてわからないし、実際に会ってみたらお前がそいつを気に入るとも限らない」
「わかっているよ。だから本気で好きにならなくちゃ、僕だって番にしようなんて思えないから。それにその子が可愛そうで。運命に会う前から拒絶されて、しかも運命がこんなに近くにいるのに、受け入れてもらえないなんて。だったら加賀美に会う前に僕に恋をしたら、少しは救われるかもしれないよ」
榊は笑いながら言った。それを見た相原が呆れた顔をする。
「お前、楽しんでないか?」
楽しんで俺の運命を番にするなど、許せることではないが、相原もわかっている。榊は実際に、そんなことをするような奴ではないと。
「恋愛なんて、楽しんでなんぼでしょ。というか僕が本気になるかどうかはわからないけど、本気になったら僕はもう運命を諦めないよ。その子を貰うから。いいんだね、加賀美」
「運命って、その子は俺の運命だ」
「その運命を親友に渡すくらいなんだから、僕にとっても突然きた運命の導きじゃない? 会うはずの予定もない子と、運命繋がりで出会うことになるなんて」
「お前が気に入るとは限らないが、気に入ったなら遠慮するなよ。俺の目の前にだけは顔を出させないようにしてくれ」
「りょーかい!」
なんとも腑抜けな返事から、榊は本気にならない。ただこの状況を楽しんでいるだけだと思った。俺は麗香と結婚ができるのなら、正直直接会ってもいない運命の未来などどうでもいい。そう自分に言い聞かせて、あとは榊に任せてその件から身を引いた。
榊と相原で何かを計画すると言っていたが、俺はもう運命に関わりたくない。ただ結婚までに、爽が誰かと幸せになってくれることを願っていた。
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