運命の番は姉の婚約者

第五章 策略

52 運命の相手2

　
　彼女は俺を受け入れてくれた。

　それからも交際を続ける中、愛をはぐくんでいた。しかし彼女からは、いつも運命の香りがしていた。以前は仄かに香る程度の香りは、確実に明確なものになっていた。

　そして、いい加減に気付いた。

　彼女にはオメガの弟がいて、溺愛していた。いつも聞かされていた、彼女の愛するやんちゃな弟のことを。彼が発情期を迎えたと聞いてから、なぜか麗香の体からも以前より濃いフェロモンを感じた。

　きっと麗香の弟が、俺の運命のオメガなのだろう。俺の頭の中は、まるで他人事かのように冷静に物事を考えていた。

　それから彼女には内緒で、三上爽みかみそうのことをこっそりと調べた。

　高校三年生の爽は、実家暮らし。麗香も生まれてからずっと実家で暮らしているから、それで匂いはついたのだろう。以前はまだ彼が未発情ということで、香りは強くなかったが、発情を期にフェロモンは放たれ、彼女に着く残り香として運命の俺にだけに作用していた。

　麗香に知られるわけにはいかない。実の弟が、恋人の運命の番つがいだということを。

　自分はベータの女性と生涯を共にすると決めていた。

　そして運命のオメガはもう判明した。むしろこれは吉報である。運命を知らずにいて、ある日突然目の前にしたとき、抗える気がしない。ベータの妻を持っていたら、そういう問題はいつかやってくる。それが特定できたことは朗報でしかない。

　運命のオメガが、他のアルファと番つがいにさえなってしまえば、もう俺が運命を感知することはない。しかし麗香の話によると、爽は色恋事をまだ経験していないという。アルファが苦手だから、彼は一生アルファと番つがいにならないかもしれないと言っていた。

　それは困る。そしたら麗香の弟が運命だとばれる確率の方が高くなってしまう。どうにかして、麗香の弟には番つがいを作ってもらわなければならない。

　麗香から、両親に会ってほしいとは言われても、弟に会ってほしいとは言われていない。それもあり、麗香に気付かれるのはまだ猶予があったが、今後彼女と生涯を共にするならいつかは会わなければならない。

　爽はアルファに襲われたことがあり、トラウマからアルファを怖がっていると聞いた。俺の運命がそんな目に合っていたなんて……その襲ったアルファを葬りたいと思った。

　油断すると、運命のオメガへの独占欲もいつの間にか湧いてきてしまう。いや、違う、俺が愛しているのは麗香だけだ。誤作動だ、そう思ってやり過ごしていたが、たまに麗香から香る爽を感知すると、タガが外れて麗香が泣いてやめてというまで貪っていた。

　麗香はアルファと付き合うということは、いつなんどき性欲が爆発するかわからないねと言って、いつも笑って許してくれた。

　こんな寛大な女性を絶対に、絶対に逃せられない。

　俺は焦っていたのもあったけれど、心は冷静だった。爽に番つがいができれば全ては解決する。しかし、俺の運命をその辺のアルファにくれてやる気にはならなかった。

　そんな中、アルファの友人たちに会った。彼らならなにかいい知恵を与えてくれるかもしれないと、そう願った。

「それは大変だったね、でも本当にそんなことってあるんだ」

　友人の榊隆二がそう言った。いつもは相原の番つがいが経営しているバーで集まるところだが、さすがにオメガに聞かせられる話ではないので、ホテルのラウンジに集合をかけた。

「彼女と上手くいっている今、そんなことが起こるのは不幸でしかないな」

　相原は面倒臭そうにそう言うが、俺たちの中で実は一番面倒見がいい。なにせ警察官僚などという面倒臭いしごとをしているくらいだ。

「俺はいったいどうしたらいいんだ、本気で彼女を愛している」
「でも、麗香さんってベータだろ。それじゃ加賀美は運命との糸を切ることはできない」

　そうだ。爽に番つがいがいなくても、俺に番つがいがいたらいくらかオメガへの耐性がつくはず。運命には抗えないだろうが、多少は変わる。しかしオメガ側に番つがいがいないとそこはやはり難しい。オメガのうなじを他のアルファが噛むことで、細胞が変わる。

　すなわち運命の糸は切れる。

「そうだ、俺はずっとあのオメガに悩まされる……」
「あのオメガって、麗香さんの弟だろう」
「一番やっかいだけど、一番近くで監視もできる。ただ俺ではない誰かの番つがいになってもらわなければならないが……」

　榊が辛そうな顔で俺を見てきた。

　榊は十代の頃、運命と対峙した過去を持っている。運命に気が付いた時、すでにその運命のオメガは婚約中だった。榊は相当悩んでいたし、そのオメガに告白もしていた。フェロモンの作用だけで襲わないように、必死に耐えていた。しかしそのオメガは、婚約者が好きだといいながら、榊を襲った。

　二人は禁忌を犯した。番つがい除けの首輪をしていたので、番つがいにはならずに済んだが、コトが終わった後に婚約者を裏切ったオメガは発狂した。フェロモンに狂って、運命の恐ろしさを目の当たりにしたとき、もう二度と会うべきじゃないと榊に言い、何もなかったかのようにすぐに婚約者と番つがいになった。それから、榊は運命を失った。

　運命を失うアルファを見たのは、その時が始めてだったが、衝撃的だった。しばらくの間、榊は生活能力をなくしていた。それを見ているから、運命の怖さを知っている。

　榊は数か月、死んだような生活をしたのち社交の場に戻って来た。その時はすでに以前の榊とは少し違っていた。ベータとばかり体だけの恋愛を繰り返すようになった。こいつはもう二度と誰かを愛することはできないと、相原と俺は思った。もともとオメガに目を向けるような奴ではなかったから、以前とは変わらないといえば変わらないけれど。

「でも、僕が言うのもなんだけどさ。運命を知って、そのオメガを失うのは相当辛いよ」
「榊……」

　運命を失ったアルファの言葉は、重みがあった。

「オメガが他のアルファと番つがいになった瞬間、喪失感が凄かった。加賀美もそれを味わうの？　それでも麗香さんを取るの？」
「俺は……フェロモンなんかに左右されたくない。心は麗香だけだ」
「そっか、それじゃあ応援しなくちゃね」

　榊はつまらなそうな顔をしてそう言った。まるで、そんな無理なことできもしないから。そう言っているようだった。