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第五章 策略
51 運命の相手1 ~運命のアルファside~
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最初に彼女を見た時、一瞬で目を奪われた。
完璧な女性、自分の理想そのものの見た目だった。そして次に彼女に接した時に確信した。彼女は自分の運命だと。
彼女を落とすのに必死で、彼女のことを一つも調査しなかった。仕事でたまたま知り合ったのも、運命の巡り合わせだと思った。
彼女からいつも仄かに香る香りが、俺の心を動かした。必死になって、彼女を口説き落として付き合うことになったとき、衝撃の事実を知った。
彼女はベータだと。
でも、たしかに彼女からはいつも仄かにフェロモンが香る。会社のアルファたちは、彼女からはフェロモンを香らないといっていたが、薄いけれど自分にだけ感じる。それはもう運命の番でしかないと思った。きっと彼女はフェロモンが元から薄いのだろう、しかし自分には香ってくるということは、自分だけが彼女に認めてもらえたということだと思い、舞い上がった。
それがなにかの誤作動だった。
しかし、それでも彼女が好きだった。今時オメガとしか結婚しないという時代遅れな考えは、もうなくなった。アルファかオメガとしか結婚を許されない古い家だったが、必死に両親を説得して彼女とのことを認めてもらった。
絶対に逃がせられない。オメガではない、ベータ相手にアルファの執着は始まっていた。
そんなある日の彼女とのデートの待ち合わせ、それはいきなり訪れた。
ふいにそのとき、好ましい香りが鼻腔をくすぐった。そして、向こうからは手を振って俺に向かってくる可愛い彼女。いつも彼女からほのかに香る花の香りが、なぜ通りを挟んだ向かい側から強く香るのだろうか。
彼女がこちらにくるのだけれど、道路の向こうからの香りが気になって仕方なかった。そしてそちらの方向を見た途端、心臓が急に音を立てて自分の深いところに響いてきた。
――運命だ!
向こう側にいる運命に俺は気が付いた。そこには俺を見た瞬間、驚いた顔をした少年がいた。そして、うずくまっていた。きっと、ヒートが起きたのだろう。今すぐいかなければ、彼を助けなければ、彼を手に入れなければ。
一瞬にして普通の状態の自分では考えないような思考がめぐらされた。
「お待たせ! 響也!」
「……っ、れい、か」
そっと、道路に足を向けた瞬間、我に返った。最愛の女性が笑顔でこちらに近寄った。
俺は何をしている?
まだプロポーズはしていないが、結婚まで考えている女性がいるのに、なぜ会ったこともない少年にアルファの本質を突きつけられているのだ。目の前には美しい彼女がいる、他の男たちを蹴落とし手に入れた最愛の女。
「ええ、どうしたの? 夏バテでもした? 顔が真っ赤だよ」
「夏、バテ。そうかもしれない、すまない、ホテルで休みたい」
「え、わかった」
麗香に連れられて、すぐに近くのホテルに入った。
普段なら絶対に使わない種類のホテル、いわゆるやる為だけの場所だった。麗香は一瞬戸惑っていたが、俺の体温が急上昇しているのを感じたせいか、すぐに部屋に入った。そして、そのまま彼女を襲った。
行為の最中、何度もやめてと言われた。しかし俺はラットを起こしていて、彼女の中に精を吐き出さなければ収まらなかった。そして、ラット特有の行為をベータの彼女に強要した。
「すまなかった……」
あれからずっと彼女を貪り、気付けばすでに明け方になっていた。日中から夜通し彼女を抱き続けた。彼女は泣いて肩を震わせていた。正気に戻った時、彼女に謝った。彼女は尋常ではない俺の様子に、心配もしていた。一目見て、虐待を疑うくらいの彼女の体の跡に、後悔しかなかった。
「いったい、どうしたの」
「ごめん」
事後の辛い体を起こせないでいる彼女は、手だけ動かして俺の手を握った。
「私はベータだから、アルファのそんなフェロモンを浴びても興奮はできない。ここまでの行為は苦痛でしかないのよ」
「わかってる。わかっているけど、昨日麗香と会った瞬間に、運命の番を見た」
「え?」
麗香が驚いた顔をした。
「それで、アルファのラットが引き起こされた」
「それって、抗えないっていう、都市伝説のあれ?」
「きっとそうだ。オメガの顔をしっかりと見たわけじゃないけれど、フェロモンを感じて。でも俺が愛しているのは麗香だから、だから、オメガの元に行きたくなかった。だけど、ラットは収まらなくて、どうしても抱きたい衝動が抑えられなかったんだ」
「……」
彼女は何かを考えるようにして黙った。そして、抱かれ過ぎて辛いだろう体を起こした。
「響也、あなたが私の香りが好きだと言っていたけれど、それはまやかしよ。私を抱いて、満足したの? 本当はそのオメガを抱きたかったんじゃないの?」
「違う! 体は反応しても、心は麗香を、麗香が好きなんだ! 俺だって、こんな不確かなものに惑わされたくないし、全く知らない相手を体だけ求めてしまうなんて、運命なんておぞましいとしか思えない」
そうだ、俺は拒絶したんだ。
俺は、榊みたいになりたくない。あいつは運命を受け入れたのに、拒絶された。あいつのあんな姿を見ていたからわかる。運命に拒絶されたアルファの末路なんて、俺はごめんだ。それに俺には一生を考えている麗香がいる。あいつの時とは全くといっていいほど、状況が違う。
「麗香、頼む。俺を、捨てないでくれ……」
アルファとして、いつも麗香には頼れる男として見て欲しくて、こんな弱気な自分を見せたことがなかった。麗香は俺に幻滅しているかもしれない。そう思って、麗香の瞳を見たら涙を流していた。
「辛かったね。それなのに、私を選んでくれてありがとう」
「麗香、麗香っ! 愛しているんだ。こんな気持ちになったのは、麗香だけだ! 運命を拒絶する方法は必ず考えるから。俺の心はフェロモンなんて不確かなものではなくて、麗香という大切な女性だけを求めている」
麗香は微笑んだ。
「わかった。あなたが運命を選ばないというなら、私はあなたを信じる」
「麗香!」
彼女の寛大な心に、俺は安堵した。この女だけは絶対に手放せない、アルファの執着は運命をも拒絶するほどだった。
***
ここから数話、運命サイドのお話が続きますが、こちらを読まなくてもお話はわかります!
そのままこの章は飛ばしていただいても大丈夫です。
完璧な女性、自分の理想そのものの見た目だった。そして次に彼女に接した時に確信した。彼女は自分の運命だと。
彼女を落とすのに必死で、彼女のことを一つも調査しなかった。仕事でたまたま知り合ったのも、運命の巡り合わせだと思った。
彼女からいつも仄かに香る香りが、俺の心を動かした。必死になって、彼女を口説き落として付き合うことになったとき、衝撃の事実を知った。
彼女はベータだと。
でも、たしかに彼女からはいつも仄かにフェロモンが香る。会社のアルファたちは、彼女からはフェロモンを香らないといっていたが、薄いけれど自分にだけ感じる。それはもう運命の番でしかないと思った。きっと彼女はフェロモンが元から薄いのだろう、しかし自分には香ってくるということは、自分だけが彼女に認めてもらえたということだと思い、舞い上がった。
それがなにかの誤作動だった。
しかし、それでも彼女が好きだった。今時オメガとしか結婚しないという時代遅れな考えは、もうなくなった。アルファかオメガとしか結婚を許されない古い家だったが、必死に両親を説得して彼女とのことを認めてもらった。
絶対に逃がせられない。オメガではない、ベータ相手にアルファの執着は始まっていた。
そんなある日の彼女とのデートの待ち合わせ、それはいきなり訪れた。
ふいにそのとき、好ましい香りが鼻腔をくすぐった。そして、向こうからは手を振って俺に向かってくる可愛い彼女。いつも彼女からほのかに香る花の香りが、なぜ通りを挟んだ向かい側から強く香るのだろうか。
彼女がこちらにくるのだけれど、道路の向こうからの香りが気になって仕方なかった。そしてそちらの方向を見た途端、心臓が急に音を立てて自分の深いところに響いてきた。
――運命だ!
向こう側にいる運命に俺は気が付いた。そこには俺を見た瞬間、驚いた顔をした少年がいた。そして、うずくまっていた。きっと、ヒートが起きたのだろう。今すぐいかなければ、彼を助けなければ、彼を手に入れなければ。
一瞬にして普通の状態の自分では考えないような思考がめぐらされた。
「お待たせ! 響也!」
「……っ、れい、か」
そっと、道路に足を向けた瞬間、我に返った。最愛の女性が笑顔でこちらに近寄った。
俺は何をしている?
まだプロポーズはしていないが、結婚まで考えている女性がいるのに、なぜ会ったこともない少年にアルファの本質を突きつけられているのだ。目の前には美しい彼女がいる、他の男たちを蹴落とし手に入れた最愛の女。
「ええ、どうしたの? 夏バテでもした? 顔が真っ赤だよ」
「夏、バテ。そうかもしれない、すまない、ホテルで休みたい」
「え、わかった」
麗香に連れられて、すぐに近くのホテルに入った。
普段なら絶対に使わない種類のホテル、いわゆるやる為だけの場所だった。麗香は一瞬戸惑っていたが、俺の体温が急上昇しているのを感じたせいか、すぐに部屋に入った。そして、そのまま彼女を襲った。
行為の最中、何度もやめてと言われた。しかし俺はラットを起こしていて、彼女の中に精を吐き出さなければ収まらなかった。そして、ラット特有の行為をベータの彼女に強要した。
「すまなかった……」
あれからずっと彼女を貪り、気付けばすでに明け方になっていた。日中から夜通し彼女を抱き続けた。彼女は泣いて肩を震わせていた。正気に戻った時、彼女に謝った。彼女は尋常ではない俺の様子に、心配もしていた。一目見て、虐待を疑うくらいの彼女の体の跡に、後悔しかなかった。
「いったい、どうしたの」
「ごめん」
事後の辛い体を起こせないでいる彼女は、手だけ動かして俺の手を握った。
「私はベータだから、アルファのそんなフェロモンを浴びても興奮はできない。ここまでの行為は苦痛でしかないのよ」
「わかってる。わかっているけど、昨日麗香と会った瞬間に、運命の番を見た」
「え?」
麗香が驚いた顔をした。
「それで、アルファのラットが引き起こされた」
「それって、抗えないっていう、都市伝説のあれ?」
「きっとそうだ。オメガの顔をしっかりと見たわけじゃないけれど、フェロモンを感じて。でも俺が愛しているのは麗香だから、だから、オメガの元に行きたくなかった。だけど、ラットは収まらなくて、どうしても抱きたい衝動が抑えられなかったんだ」
「……」
彼女は何かを考えるようにして黙った。そして、抱かれ過ぎて辛いだろう体を起こした。
「響也、あなたが私の香りが好きだと言っていたけれど、それはまやかしよ。私を抱いて、満足したの? 本当はそのオメガを抱きたかったんじゃないの?」
「違う! 体は反応しても、心は麗香を、麗香が好きなんだ! 俺だって、こんな不確かなものに惑わされたくないし、全く知らない相手を体だけ求めてしまうなんて、運命なんておぞましいとしか思えない」
そうだ、俺は拒絶したんだ。
俺は、榊みたいになりたくない。あいつは運命を受け入れたのに、拒絶された。あいつのあんな姿を見ていたからわかる。運命に拒絶されたアルファの末路なんて、俺はごめんだ。それに俺には一生を考えている麗香がいる。あいつの時とは全くといっていいほど、状況が違う。
「麗香、頼む。俺を、捨てないでくれ……」
アルファとして、いつも麗香には頼れる男として見て欲しくて、こんな弱気な自分を見せたことがなかった。麗香は俺に幻滅しているかもしれない。そう思って、麗香の瞳を見たら涙を流していた。
「辛かったね。それなのに、私を選んでくれてありがとう」
「麗香、麗香っ! 愛しているんだ。こんな気持ちになったのは、麗香だけだ! 運命を拒絶する方法は必ず考えるから。俺の心はフェロモンなんて不確かなものではなくて、麗香という大切な女性だけを求めている」
麗香は微笑んだ。
「わかった。あなたが運命を選ばないというなら、私はあなたを信じる」
「麗香!」
彼女の寛大な心に、俺は安堵した。この女だけは絶対に手放せない、アルファの執着は運命をも拒絶するほどだった。
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