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第四章 揺れる心
48 後悔
しおりを挟むそこで、姉のスマホが鳴った。
「あっ、彼だ。ちょっと待ってて」
「うん、俺のことはいいから、ごゆっくり」
そして姉は席を立ち、テラス席の方へと出ていき、電話に出ていた。
あの発情期から一週間以上過ぎた。でも妊娠って、いつわかるんだろう。アルファと発情期を過ごしたということは、俺の胎には確実に子ができているのだけは確かだ。
姉の体からは彼のあのフェロモンも感じない。姉はすでに彼と同棲をしている。それなのに薬を飲んでいない今、その香りを察知できないということは、俺は運命を克服した!
「運命の番」と対面できるチャンスがついにきた。姉から結婚の話を聞かされてからだいぶ経過した。そしてあと少しで姉の結婚式、ついに、俺は野望を達成したんだ。
感動を噛みしめていると、姉が戻ってきた。
「あら、爽ちゃん嬉しそうな顔してどうしたの?」
「え、なんでもない。それより、彼氏さんなんだって?」
俺の問いかけに、気まずそうにぼそりと姉は言う。
「ああ、なんかね。結婚式のことで急遽、決めなくちゃいけないことがあって。今、彼の会社に宝石商がきて、彼じゃわからないっていうし、実際目で確認しないと確かなことを言えないからね、これから彼のオフィスに行かなくちゃいけなくなったの」
少し困った顔をする姉。ランチの後は映画を見に行く約束をしていた。それはまた次の機会かもしれない。
「え、そうなの? 残念だけど、じゃこの後の映画はまたにしよう」
「あっ、爽ちゃんも一緒にどう? お姉ちゃんの身に着ける宝石、爽ちゃんにも選んでほしいな。ほら、妊娠してるなら、彼のことももう大丈夫かなって思って」
いきなりの姉の発言。そうか、フェロモンを感知しない妊娠中ならアルファにも挨拶くらいできるだろう。
「どうといわれても、俺に宝石はわからないよ」
「いいのよ、一緒にいるだけで。結婚式の前に一度紹介できるいい機会だと思うの」
姉がそう言った。そうだよ、胎には子がいる。しかも正真正銘アルファの遺伝子を受け継いだ子供だ。
「……そう、だよね」
結婚式前に一度、対面を果たした方がいい。香りはクリアしても、もしかしたらめちゃくちゃタイプな男で、親族の集まりで俺の目がハートになってしまったらこまるだろう。今日なら、まだ目撃者が姉だけだし、姉の男を見て緊張してしまったくらいに姉なら思ってくれるかもしれない。俺のことを知らない誰かがそんなものを目撃したら、姉の婚約者に目を輝かせる淫乱オメガだとでも言われかねない。
男は度胸だ。まずは、実践編の前に準備段階として、強力な抑制剤を摂取している、俺の運命に会ってみるべきだ。
今の俺は、隆二の子供のおかげで最強のはず。
「わかった。じゃあいい機会だし、俺も弟として挨拶くらいしないとね」
「やった! それじゃあ宝石決めた後に映画に行きましょう」
「うん」
俺がアルファと対面しても大丈夫だと、姉も安心したようだった。
姉は弟がアルファを克服できたと思って、喜んでいる。そんな中、義理の兄になる人だけがだめだなんて許されるはずかない。俺の潔白を今日、証明してやる!
俺に運命なんていない。
運命なんかに左右されない。大切なのは、たったひとりの姉だけだ。姉の男が、たとえ俺の運命だとしても、克服できるところを自分自身で証明して見せる!
そう意気込んで、姉に連れられ姉の男が務める会社にタクシーで向かった。急遽、姉の婚約者のオフィスに行くことになったから、映画の時間も一本遅らせるから帰りは遅くなると、隆二に連絡を入れておいた。
姉の男は大企業の重役として個室で仕事をしている。秘書には話がついているようで、俺たちは応接室に通された。最後に会ったとき、というか見たとき、礼が言うにはこちらの車には気が付いたようだった。だけど俺には気が付かなかった。気が付いたら、姉が何か言っているはず。弟バカの姉なら、きっと俺の写真くらいは婚約者に見せているだろうし、アルファ家系なら恋人の家の調査くらいしている……隆二がそうだったし。
だから会っても、ただ初めまして姉をよろしくお願いしますと言うだけだと、そんな軽い気持ちになっていた。隆二の子供が胎にいるなら、無敵状態だと、俺は勝手に思い込んでいた。
後に、このときの選択を後悔することになった。
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