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第四章 揺れる心
42 姉
しおりを挟む隆二とは、あれから体を繋げる日々に戻った。セフレ関係のときは、週末にホテルでのみ激しい交わりをする生活だったのが、一緒に暮らしていることもあり、そこに平日の情事も加わった。
しかし平日は隆二が遅くに帰宅するから、しない日の方が多い……というわけにもいかず、朝から求められることもあるので、結局ほぼ毎日シテイル。
俺のオメガの機能が少しおかしくなったらしく、抑制剤を止めたのにフェロモンが完全に戻っていないようだった。これもオメガの防御能力とか未知の才能なのだろうか?
隆二はフェロモンではなく、心で求めてと俺に言った。俺の体は、隆二の言葉に従順でついにフェロモンを出さなくなったらしい。もしかしたら今の関係を崩したくないと根底で願う心が、フェロモンを抑制したまま? しかし俺の心は隆二を見つめ直すという行為よりも、運命がいるのに他のアルファに抱かれているという背徳感が強かった。
会った事もないあの人を裏切っているような気がしている。
そんな幸せのような、辛いような、意味のわからない日々が過ぎると、姉から連絡があった。
姉は、あの両親と会った翌日の早朝に出張に出て行ったので直接俺がアルファと付き合っていると聞いていなかったらしい。出張明けに自宅に戻り、両親から俺のことを聞かされたとかで、慌てて俺に電話がきた。
そして電話のあった翌日がちょうど休日だったので、出張明けすぐに二人で会うことになった。ちなみに探りを入れたら、姉は長期出張のため帰ってからはまだ婚約者とは会っていないと言っていたので、フェロモン対策は大丈夫そうだった。
隆二に姉と急遽会うことを言ったら、快く家を出させてくれた。もちろん、以前の護衛とかいう大きな男性が遠くで見守っていた。隆二は彼に俺のことを任せて、隆二が付きそうということはしなかった。
隆二なりに姉弟の逢瀬には気を使ってくれているようで、そこはありがたかった。
いつもの姉と待ち合わせをするお洒落なカフェ。休日ということで、少し混雑していたけれど、着飾った女子たちが多くいて一層華やかな雰囲気だった。こんなところに付き合う男性は大変だ。隆二が一緒に来ることなくて、本当に良かったと素直に思った。
護衛は店には入らずに外で路駐して俺を見守っているらしい。お疲れ様です。
「爽ちゃん! こっちよ」
「あ、姉ちゃん」
先に到着していた姉が、入口できょろきょろする俺を見て、すぐに声をかけて手を振ってきた。俺は姉の席に駆け寄る。
姉は相変わらず美しい容姿で、品がある。こういう人の方が隆二には似合うと思うのに、どうしてこうも普通の品のない男代表みたいな俺を囲うのだろう。久しぶりに外に出てみたら、世間にはこんなにオシャレな女子たちが溢れている。このカフェもそういう人がたくさんいた。だから、俺があまりに平凡な男だということを忘れていたよ。隆二しか見てなくて、そのアルファ代表みたいなイケメン隆二が、俺を大好きだと毎日いうからなんか感覚が麻痺してきたのかも。
「爽ちゃん、アイスティー頼んどいたよ。ほら、飲んで。そしてお姉ちゃんに全て話しなさい!」
「あ、はい」
姉に促されて席に着いた。姉の前にはコーヒーがあった。俺にはレモンティーを頼んでおいてくれていたので、ストローをさして一口飲んだ。
そして、両親が知っていることだけを姉に話した。
「その話なら、もうお母さんから聞いたわよ。そうじゃなくて! そのアルファは大丈夫なの? こんな可愛い私の弟の心に入り込むなんて、許せない。しかもベータだって言って近づいたんでしょ?」
「まぁ、そうなんだけどさ」
心に入り込まれた俺? 改めて身内からそんな風に言われると、自分が恥ずかしわぁ。そんなことを考えていたら、目の前の姉はいまだ怒っているようで、口調が厳しかった。
「そんな男、信用できるの? お母さんはイケメンって騒いでいて話にならないし、お父さんもなんだか認めている感じじゃない? 私だけまだその男に会っていないなんて、不公平よ。お姉ちゃんが見定めてあげるから、連れてきなさい」
「え! やだよ。だめ、まだ俺たちそんな段階じゃない。それなのに隆二が勝手に親に挨拶したんだよ。姉ちゃんに紹介なんてできない!」
姉が不審がった。
「それって、どういうこと? 爽はお姉ちゃんに紹介もできないような男と付き合ってるの?」
「そうじゃないけど、まだ俺も自分の気持ちが良くわからなくて。だって、付き合い始めた時はベータだったし、それなのにいきなり自分の会社の副社長だか、本当はアルファだとか聞かされて。俺は知ってたらアルファとは付き合わないけど、知った今も隆二のことが嫌じゃないんだ。でも俺ちょっと前、妊娠騒動を起こして」
「なんですってぇ!」
妊娠という言葉に、姉が過剰反応した。
あっ、言うつもりないことを自ら暴露してしまった。どうした、俺! こんな感じで流れで姉の婚約者、俺の運命だよ。なんて言ってしまったら、俺のこれまでの努力が報われない。いや、まだ何も報われていない。
「あ、ごめん。その、少し前に想像妊娠してたんだ」
「想像妊娠? って、実際に妊娠して堕ろしたとかじゃないのね?」
「え、違うよ。もし妊娠していたら、喜んで産んでたし」
「え? 爽ちゃんはその男。榊さんだったけ? 榊さんの子供が欲しいの?」
「あっ」
今度は、そこに疑問に思ったらしい。俺の計画は、隆二の子供。ではなく誰かの子供だった。でも今は確実にこの胎に入るのは、隆二の子供がいいと思っている。
「うん。俺、隆二の子供なら欲しい。だから、俺は今、幸せだよ」
「爽ちゃん……」
そうだよ、俺。隆二といて、毎日楽しいし、これを幸せと呼ぶのだと思う。姉と話していて、自分の気持ちがなんとなく見えた。
バース性を除けば、俺は何も迷うことなく隆二を受け入れている。姉はそれ以上何も言わなかった。俺が隆二に恋をしていると思ったみたいだ。
「爽ちゃんが、そんな顔をするの初めて見た。もうお姉ちゃんが口出せることじゃないね。近いうちにお姉ちゃんにも榊さんと会わせてね。あなたが認めた男性なら、きっととてもいい人なんだと思うわ。ちょっと妬けるけど、でも爽ちゃんが幸せならそれが一番嬉しいわ」
「姉ちゃん」
そして姉はとうとうあの人と同棲を始める。その報告も今日はあったようだった。新居を聞いたけれど、俺はそこに行けそうにない。二人が結婚したらお邪魔するよと言った。
俺はもう、決着をつけなくちゃいけない。隆二を認めている。でも、隆二を完全に受け入れる前に、俺はあの人と決着をつける。
自分自身のために、姉のために、そして運命のあの人のために。それからこれから先の隆二を俺が裏切らない確約のために。
俺は最後の賭けに出ることに決めた。
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