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第三章 仮初の関係
36 挨拶
しおりを挟む俺が緊張でどうにかなりそうになると、隣の隆二は全く違うことを話し始めた。
「とはいえ爽君はアルファが苦手なので、まだ完全に僕のことを認めてくれてはいないと思いますが、本日はご両親にご挨拶させていただきたく、そしてお付き合いをお許しいただけないかとお願いするために、場を設けていただきました」
「え?」
俺は隆二を見上げた。挨拶……だけ?
「僕は真剣です。ここは紹介制の店なので、紹介できる相手は身内、もしくは仕事関係に限られていますので本日は婚約者家族と言って予約させていただきました。そこは、申し訳ありません。ですが、僕は爽君と結婚を前提にお付き合いさせていただいています」
「まぁ! いまどき丁寧に交際の挨拶? しかも結婚前提の真剣交際!」
母が輝いた目になった。何を喜ぶ? そこで父が俺に言葉をかけた。
「榊さん、榊さんのお気持ちはわかりました。息子のことをそこまで想っていただき、ありがとうございます」
父が隆二にそう言うと、今度は俺の方を見てきた。
「爽、榊さんの言っていることは間違っていないのか? アルファのことは……」
「あ、それは」
アルファをのことは……その先はわかる。きっと隆二に聞かせられないから気を使って父はそう言ってきた。もしアルファが大丈夫になったと知ったら、今後姉の婚約者と結婚前に会食の場でも設けられたら大変だし、アルファ自体を克服できたかは正直わからない。だって、隆二はまだ俺にフェロモンを嗅がせてきていないから。
「三上さん、それですが。僕は、爽君から過去に何があったか聞いています」
「え……アルファのあなたが、オメガの過去を聞いて、それでも爽を受け入れるんですか?」
父が驚いた声を出した。
「オメガの過去? 爽はただの被害者です。彼を知っている人間なら、奔放なオメガでないことは一目瞭然です。もしかしたら、娘さんの結婚相手のご家庭なら、そういう身内がいることを心配するかもしれませんが、うちはそういう家ではありません。兄の嫁は男性ベータですし、榊家はバース性を気にする家系ではないので」
「それは、理解があって助かります」
隆二の言葉を聞いて、父がほっとした顔をする。隆二は、俺のことを奔放なオメガとは、思っていないらしい。やることは最低だけど、結局実行したのは隆二一人だから、経験値の浅いオメガ認定なのだろう。
それにオメガがレイプ未遂とはいえ、被害者になるには、それなりの理由があることの方が多いのは、隆二だってわかっているはず。だけど隆二は、俺の話をただ聞いてくれて、それでも誤解はせずに受け入れてくれていたんだ。あの時は自分のことを説明するのに頭が回らなくて、本来オメガとはそういう誤解をされるべき人種ということを忘れていた。
隆二はそこまで俺のことを?
やはり、隆二の想いは本物のように思える。両親に挨拶までするって、きっとそうだと思う。俺は、何をぐだぐだとしているのだろう。隆二がアルファ、それだけが問題なら隆二のフェロモンを嗅いで受け入れられるかどうかを確認するべきなのに。どうして俺はここまでしてくれる男を前に、まだ運命の男が脳裏によぎってしまうのだろうか。
俺の脳内は、いまだぐちゃぐちゃのまま、隆二が真剣に話を進めていた。
「僕はそこも含めて、今後は爽君をすべてのアルファから守っていきます。もうそんな悲しい事故は二度と起こさないように、爽君にはボディガードもつけています」
「「「え……」」」
その発言に、三上家一同固まる。一般人にボディガード? いったいどういう意味だろうか。
「えっと、爽は要人でもなく、ただの一般人なので、ボディガードというのは……」
「いえ、これから榊に入ってもらう大事なオメガです。爽を番にするまでは気が抜けないので。そこはアルファの悲しい習性だと思って、ご理解いただけたら幸いです」
「そ、そうですか。アルファなら、そういう考えもあるかもしれませんね。なにより大会社の御曹司なら、ボディガードも日常からいらっしゃる環境でしょうし?」
父が相槌をうつも、あまりに想像できない生活環境らしくて、わからないなりに言葉を精一杯選んでいた。そして俺も脳内が不思議に包まれる。どんな環境だよって。
「あと、爽君がアルファを克服……というのは、まだ早いかもしれません」
「では、榊さんも受け入れられていないということですか?」
父は隆二にあけすけに聞いている。親なら子供を心配してしまうのもわかるけれど、ぶっこんだことを聞くのだなと思ってしまった。そして隆二はそこについてどう思っているのだろう。実際に俺は隆二の考えなど聞いたことがないし、知らない。
「実は、今までずっと彼の前では抑制剤を使用して会っていました。アルファと知られたのも最近です。これからそれを克服して、いつかはアルファである僕を認めてもらいたいと思っております」
「ということは、爽はまだアルファが苦手ということですか? それで榊さんはいいのでしょうか? あなたほどの方なら、爽が相手ではなくても……」
たしかに。親の欲目で見たとしても、俺は普通のオメガというよりベータみたいなただの平凡な男。それが極上のアルファの相手だなんて、誰が見ても釣り合わない。
「三上さん。本当に申し訳ないと思いますが、もう爽君を手放すつもりはありません。心の底から、彼を欲しています。もし私のフェロモンが合わないと判明したら、一生抑制剤を飲んで過ごしてもいいと思っております」
「ぇ……」
隆二のその言葉に驚いた。俺がアルファを受け入れられなければ、一生ベータのフリをする?
「ねぇ、りゅじ、ナニ、言ってるんだよ」
「爽、ごめんね。それほど本気なんだ。爽はフェロモンのことを言うけれど、フェロモンが関係しない関係だってある。世の中は、アルファとオメガだけが惹かれあうわけじゃない」
「そ、そんなの、アルファが言うセリフじゃない!」
「爽だって、僕とはフェロモン関係なく付き合ってくれたんでしょ? 結局フェロモンは人の心に作用しない。爽自身が証明しているじゃないか」
「それはっ」
そこで母が割って入ってきた。
「まぁ、二人のことはわかりました。まだ恋愛始めたばかりのうぶな感じなのね。せっかくだし、お食事始めませんか? 二人の恋愛模様を私たち親が見守るのもおかしいし、それは二人きりの時に話し合うべきことよね。今日はお付き合い始めますっていう挨拶ってことでいいかしら?」
母の提案で、いきなり空気が変わった。隆二もハッとして、母を見た。いつものように二人きりではないのだから、こんないつものやり取りを両親に見せていることに、俺も恥ずかしくなった。
「あ、はい。ご両親の前で失礼いたしました。そうです、私たちはこれから歩み寄っていく最中でして」
「わかりました! 二人の交際の報告はしかと受け取りましからね。恋愛の始まりって色々あるし、二人がどういう結末になろうと、結婚と妊娠だけは報告くれれば結構よ」
どきっ、と心臓の音が聞こえそうなくらい高鳴った。今日、隆二はその報告のために両親を呼び出した。俺が最後通告を受け取るかのような気持ちになっていると、隆二が言った。
「その時は、ぜひお伝えいたします!」
「楽しみだわぁ、私にこんなイケメン息子ができるなんて、娘の婚約者の方もイケメンだし、息子の彼氏の榊さんまでイケメンだし! テンション上がる」
「僕のことは隆二とお呼びください」
「まぁ、じゃあ、隆二君と呼ばせていただくわ! 私のことを理恵って呼んでくださるかしら?」
「理恵さん、これからもよろしくお願いします」
おいおい、母はなにを言っているんだ。そう思ったけれど、楽しそうだった。
それから四人で食事を楽しんだ。父も寡黙ながら、ぽつりぽつりと隆二に、家族関係とか、仕事のこととかを質問していた。やはり息子の彼氏(仮)という存在は気になるのだろう。もしかしたら安心したのかもしれない。息子は一生、アルファとは付き合えない。そして産む側のオメガなのに、過去のトラウマからそれも今後ないかもしれないと思っていたかもしれない。
姉の婚約者が運命だと知られないために、あの事件を都合よく利用したことは、両親と姉を傷つけた。息子が、弟が、トラウマを抱えて生きていく。そう思わせてしまった。
隆二という最高のアルファは、両親が息子の過去を少し忘れてくれるのには、とてもいい相手だったと思う。俺だって、隆二を認めている。フェロモンはさておき、隆二自身は俺のことを考えてくれるし、行動の端々で優しいし、俺を優先してくれている。セフレでいた時だって、もしかしたら隆二の中では特別なオメガとして俺を見てくれていたのかもしれない。俺だけが足掻いていたけれど、隆二は俺と恋愛をしていた?
考えることが沢山あるのに、今日はもう何も考えず、久しぶりに安心した両親の顔を見られて、俺は舞い上がっていた。隆二も楽しそうに過ごしている。時間はあっという間に過ぎてお開きの時間になった。
そして隆二は最後まで、俺の妊娠のことを親には言わなかった。
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