運命の番は姉の婚約者

riiko

文字の大きさ
上 下
36 / 71
第三章 仮初の関係

36 挨拶

しおりを挟む

 俺が緊張でどうにかなりそうになると、隣の隆二は全く違うことを話し始めた。

「とはいえ爽君はアルファが苦手なので、まだ完全に僕のことを認めてくれてはいないと思いますが、本日はご両親にご挨拶させていただきたく、そしてお付き合いをお許しいただけないかとお願いするために、場を設けていただきました」
「え?」

 俺は隆二を見上げた。挨拶……だけ?

「僕は真剣です。ここは紹介制の店なので、紹介できる相手は身内、もしくは仕事関係に限られていますので本日は婚約者家族と言って予約させていただきました。そこは、申し訳ありません。ですが、僕は爽君と結婚を前提にお付き合いさせていただいています」
「まぁ! いまどき丁寧に交際の挨拶? しかも結婚前提の真剣交際!」

 母が輝いた目になった。何を喜ぶ? そこで父が俺に言葉をかけた。

「榊さん、榊さんのお気持ちはわかりました。息子のことをそこまで想っていただき、ありがとうございます」

 父が隆二にそう言うと、今度は俺の方を見てきた。

「爽、榊さんの言っていることは間違っていないのか? アルファのことは……」
「あ、それは」

 アルファをのことは……その先はわかる。きっと隆二に聞かせられないから気を使って父はそう言ってきた。もしアルファが大丈夫になったと知ったら、今後姉の婚約者と結婚前に会食の場でも設けられたら大変だし、アルファ自体を克服できたかは正直わからない。だって、隆二はまだ俺にフェロモンを嗅がせてきていないから。

「三上さん、それですが。僕は、爽君から過去に何があったか聞いています」
「え……アルファのあなたが、オメガの過去を聞いて、それでも爽を受け入れるんですか?」

 父が驚いた声を出した。

「オメガの過去? 爽はただの被害者です。彼を知っている人間なら、奔放なオメガでないことは一目瞭然です。もしかしたら、娘さんの結婚相手のご家庭なら、そういう身内がいることを心配するかもしれませんが、うちはそういう家ではありません。兄の嫁は男性ベータですし、榊家はバース性を気にする家系ではないので」
「それは、理解があって助かります」

 隆二の言葉を聞いて、父がほっとした顔をする。隆二は、俺のことを奔放なオメガとは、思っていないらしい。やることは最低だけど、結局実行したのは隆二一人だから、経験値の浅いオメガ認定なのだろう。

 それにオメガがレイプ未遂とはいえ、被害者になるには、それなりの理由があることの方が多いのは、隆二だってわかっているはず。だけど隆二は、俺の話をただ聞いてくれて、それでも誤解はせずに受け入れてくれていたんだ。あの時は自分のことを説明するのに頭が回らなくて、本来オメガとはそういう誤解をされるべき人種ということを忘れていた。

 隆二はそこまで俺のことを? 

 やはり、隆二の想いは本物のように思える。両親に挨拶までするって、きっとそうだと思う。俺は、何をぐだぐだとしているのだろう。隆二がアルファ、それだけが問題なら隆二のフェロモンを嗅いで受け入れられるかどうかを確認するべきなのに。どうして俺はここまでしてくれる男を前に、まだ運命の男が脳裏によぎってしまうのだろうか。

 俺の脳内は、いまだぐちゃぐちゃのまま、隆二が真剣に話を進めていた。

「僕はそこも含めて、今後は爽君をすべてのアルファから守っていきます。もうそんな悲しい事故は二度と起こさないように、爽君にはボディガードもつけています」
「「「え……」」」

 その発言に、三上家一同固まる。一般人にボディガード? いったいどういう意味だろうか。

「えっと、爽は要人でもなく、ただの一般人なので、ボディガードというのは……」
「いえ、これから榊に入ってもらう大事なオメガです。爽をつがいにするまでは気が抜けないので。そこはアルファの悲しい習性だと思って、ご理解いただけたら幸いです」
「そ、そうですか。アルファなら、そういう考えもあるかもしれませんね。なにより大会社の御曹司なら、ボディガードも日常からいらっしゃる環境でしょうし?」

 父が相槌をうつも、あまりに想像できない生活環境らしくて、わからないなりに言葉を精一杯選んでいた。そして俺も脳内が不思議に包まれる。どんな環境だよって。

「あと、爽君がアルファを克服……というのは、まだ早いかもしれません」
「では、榊さんも受け入れられていないということですか?」

 父は隆二にあけすけに聞いている。親なら子供を心配してしまうのもわかるけれど、ぶっこんだことを聞くのだなと思ってしまった。そして隆二はそこについてどう思っているのだろう。実際に俺は隆二の考えなど聞いたことがないし、知らない。

「実は、今までずっと彼の前では抑制剤を使用して会っていました。アルファと知られたのも最近です。これからそれを克服して、いつかはアルファである僕を認めてもらいたいと思っております」
「ということは、爽はまだアルファが苦手ということですか? それで榊さんはいいのでしょうか? あなたほどの方なら、爽が相手ではなくても……」

 たしかに。親の欲目で見たとしても、俺は普通のオメガというよりベータみたいなただの平凡な男。それが極上のアルファの相手だなんて、誰が見ても釣り合わない。

「三上さん。本当に申し訳ないと思いますが、もう爽君を手放すつもりはありません。心の底から、彼を欲しています。もし私のフェロモンが合わないと判明したら、一生抑制剤を飲んで過ごしてもいいと思っております」
「ぇ……」

 隆二のその言葉に驚いた。俺がアルファを受け入れられなければ、一生ベータのフリをする? 

「ねぇ、りゅじ、ナニ、言ってるんだよ」
「爽、ごめんね。それほど本気なんだ。爽はフェロモンのことを言うけれど、フェロモンが関係しない関係だってある。世の中は、アルファとオメガだけが惹かれあうわけじゃない」
「そ、そんなの、アルファが言うセリフじゃない!」
「爽だって、僕とはフェロモン関係なく付き合ってくれたんでしょ? 結局フェロモンは人の心に作用しない。爽自身が証明しているじゃないか」
「それはっ」

 そこで母が割って入ってきた。

「まぁ、二人のことはわかりました。まだ恋愛始めたばかりのうぶな感じなのね。せっかくだし、お食事始めませんか? 二人の恋愛模様を私たち親が見守るのもおかしいし、それは二人きりの時に話し合うべきことよね。今日はお付き合い始めますっていう挨拶ってことでいいかしら?」

 母の提案で、いきなり空気が変わった。隆二もハッとして、母を見た。いつものように二人きりではないのだから、こんないつものやり取りを両親に見せていることに、俺も恥ずかしくなった。

「あ、はい。ご両親の前で失礼いたしました。そうです、私たちはこれから歩み寄っていく最中でして」
「わかりました! 二人の交際の報告はしかと受け取りましからね。恋愛の始まりって色々あるし、二人がどういう結末になろうと、結婚と妊娠だけは報告くれれば結構よ」

 どきっ、と心臓の音が聞こえそうなくらい高鳴った。今日、隆二はその報告のために両親を呼び出した。俺が最後通告を受け取るかのような気持ちになっていると、隆二が言った。

「その時は、ぜひお伝えいたします!」
「楽しみだわぁ、私にこんなイケメン息子ができるなんて、娘の婚約者の方もイケメンだし、息子の彼氏の榊さんまでイケメンだし! テンション上がる」
「僕のことは隆二とお呼びください」
「まぁ、じゃあ、隆二君と呼ばせていただくわ! 私のことを理恵って呼んでくださるかしら?」
「理恵さん、これからもよろしくお願いします」

 おいおい、母はなにを言っているんだ。そう思ったけれど、楽しそうだった。

 それから四人で食事を楽しんだ。父も寡黙ながら、ぽつりぽつりと隆二に、家族関係とか、仕事のこととかを質問していた。やはり息子の彼氏(仮)という存在は気になるのだろう。もしかしたら安心したのかもしれない。息子は一生、アルファとは付き合えない。そして産む側のオメガなのに、過去のトラウマからそれも今後ないかもしれないと思っていたかもしれない。

 姉の婚約者が運命だと知られないために、あの事件を都合よく利用したことは、両親と姉を傷つけた。息子が、弟が、トラウマを抱えて生きていく。そう思わせてしまった。

 隆二という最高のアルファは、両親が息子の過去を少し忘れてくれるのには、とてもいい相手だったと思う。俺だって、隆二を認めている。フェロモンはさておき、隆二自身は俺のことを考えてくれるし、行動の端々で優しいし、俺を優先してくれている。セフレでいた時だって、もしかしたら隆二の中では特別なオメガとして俺を見てくれていたのかもしれない。俺だけが足掻いていたけれど、隆二は俺と恋愛をしていた?

 考えることが沢山あるのに、今日はもう何も考えず、久しぶりに安心した両親の顔を見られて、俺は舞い上がっていた。隆二も楽しそうに過ごしている。時間はあっという間に過ぎてお開きの時間になった。 

 そして隆二は最後まで、俺の妊娠のことを親には言わなかった。

しおりを挟む
感想 256

あなたにおすすめの小説

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

運命の番ってそんなに溺愛するもんなのぉーーー

白井由紀
BL
【BL作品】(20時30分毎日投稿) 金持ち‪社長・溺愛&執着 α‬ × 貧乏・平凡&不細工だと思い込んでいる、美形Ω 幼い頃から運命の番に憧れてきたΩのゆき。自覚はしていないが小柄で美形。 ある日、ゆきは夜の街を歩いていたら、ヤンキーに絡まれてしまう。だが、偶然通りかかった運命の番、怜央が助ける。 発情期中の怜央の優しさと溺愛で恋に落ちてしまうが、自己肯定感の低いゆきには、例え、運命の番でも身分差が大きすぎると離れてしまう 離れたあと、ゆきも怜央もお互いを思う気持ちは止められない……。 すれ違っていく2人は結ばれることができるのか…… 思い込みが激しいΩとΩを自分に依存させたいα‬の溺愛、身分差ストーリー ★ハッピーエンド作品です ※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏 ※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承くださいm(_ _)m ※フィクション作品です ※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです

全寮制の学園に行ったら運命の番に溺愛された話♡

白井由紀
BL
【BL作品】 絶対に溺愛&番たいα×絶対に平穏な日々を過ごしたいΩ 田舎育ちのオメガ、白雪ゆず。東京に憧れを持っており、全寮制私立〇〇学園に入学するために、やっとの思いで上京。しかし、私立〇〇学園にはカースト制度があり、ゆずは一般家庭で育ったため最下位。ただでさえ、いじめられるのに、カースト1位の人が運命の番だなんて…。ゆずは会いたくないのに、運命の番に出会ってしまう…。やはり運命は変えられないのか! 学園生活で繰り広げられる身分差溺愛ストーリー♡ ★ハッピーエンド作品です ※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏 ※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承ください🙇‍♂️ ※フィクション作品です ※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

あなたと過ごした五年間~欠陥オメガと強すぎるアルファが出会ったら~

華抹茶
BL
子供の時の流行り病の高熱でオメガ性を失ったエリオット。だがその時に前世の記憶が蘇り、自分が異性愛者だったことを思い出す。オメガ性を失ったことを喜び、ベータとして生きていくことに。 もうすぐ学園を卒業するという時に、とある公爵家の嫡男の家庭教師を探しているという話を耳にする。その仕事が出来たらいいと面接に行くと、とんでもなく美しいアルファの子供がいた。 だがそのアルファの子供は、質素な別館で一人でひっそりと生活する孤独なアルファだった。その理由がこの子供のアルファ性が強すぎて誰も近寄れないからというのだ。 だがエリオットだけはそのフェロモンの影響を受けなかった。家庭教師の仕事も決まり、アルファの子供と接するうちに心に抱えた傷を知る。 子供はエリオットに心を開き、懐き、甘えてくれるようになった。だが子供が成長するにつれ少しずつ二人の関係に変化が訪れる。 アルファ性が強すぎて愛情を与えられなかった孤独なアルファ×オメガ性を失いベータと偽っていた欠陥オメガ ●オメガバースの話になります。かなり独自の設定を盛り込んでいます。 ●最終話まで執筆済み(全47話)。完結保障。毎日更新。 ●Rシーンには※つけてます。

【完結】今更愛を告げられましても契約結婚は終わりでしょう?

SKYTRICK
BL
冷酷無慈悲な戦争狂α×虐げられてきたΩ令息 ユリアン・マルトリッツ(18)は男爵の父に命じられ、国で最も恐れられる冷酷無慈悲な軍人、ロドリック・エデル公爵(27)と結婚することになる。若く偉大な軍人のロドリック公爵にこれまで貴族たちが結婚を申し入れなかったのは、彼に関する噂にあった。ロドリックの顔は醜悪で性癖も異常、逆らえばすぐに殺されてしまう…。 そんなロドリックが結婚を申し入れたのがユリアン・マルトリッツだった。 しかしユリアンもまた、魔性の遊び人として名高い。 それは弟のアルノーの影響で、よなよな男達を誑かす弟の汚名を着せられた兄のユリアンは、父の命令により着の身着のままで公爵邸にやってくる。 そこでロドリックに突きつけられたのは、《契約結婚》の条件だった。 一、契約期間は二年。 二、互いの生活には干渉しない——…… 『俺たちの間に愛は必要ない』 ロドリックの冷たい言葉にも、ユリアンは歓喜せざるを得なかった。 なぜなら結婚の条件は、ユリアンの夢を叶えるものだったからだ。 ☆感想、ブクマなどとても励みになります! ☆ムーンライトノベルズにも載せてます。 ☆ 書き下ろし後日談をつけて、2025/3/237のJ.gardenにて同人誌にもします。通販もあります。

それ以上近づかないでください。

ぽぽ
BL
「誰がお前のことなんか好きになると思うの?」 地味で冴えない小鳥遊凪は、ある日、憧れの人である蓮見馨に不意に告白をしてしまい、2人は付き合うことになった。 まるで夢のような時間――しかし、その恋はある出来事をきっかけに儚くも終わりを迎える。 転校を機に、馨のことを全てを忘れようと決意した凪。もう二度と彼と会うことはないはずだった。 ところが、あることがきっかけで馨と再会することになる。 「本当に可愛い。」 「凪、俺以外のやつと話していいんだっけ?」 かつてとはまるで別人のような馨の様子に戸惑う凪。 「お願いだから、僕にもう近づかないで」

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです

処理中です...