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第三章 仮初の関係
34 両親との対面
しおりを挟むその日の、十八時。父の勤める丸の内まできた。隆二は、またあの護衛という人を手配してくれて、丁寧に家まで迎えにきてから、車で待ち合わせ場所まで連れて行ってくれた。
「副社長は、会議が長引いていて少し遅れます。先にご両親と爽さんでお話される時間があるといいだろうとおっしゃっていたので、どちらにしても先に三人で食事を始めていて欲しいとのことでした」
「わかりました。わざわざありがとうございました」
料亭の前で車を降りると、そこにはいつもとは違い、よそ行きの恰好をした母と、いつも通りのスーツ姿の父がいた。
「爽? あら、そちらはどなた?」
母が、俺が高級車から降りてきたのを見て驚いていた。
「三上夫人、私は同じ会社の者です。ちょうど用事があって、ご子息を送り届けただけですよ。本日はどうぞご家族で楽しい時間をお過ごしください」
「あらあら、ご丁寧にありがとうございます。息子がいつもお世話になっております」
「とんでもございません。では、失礼いたします」
男は丁寧に挨拶をして車に戻ろうとした。もしや、これは、両親とここから逃げるチャンスでは? 隆二から一度離れて考えたいし。そう思っていたら、その護衛は俺の耳もとでそっと話しかけてきた。
「何かあればすぐに店の者にお伝えください。私は車を止めたら、外で待機しておりますので」
「え?」
「副社長の大事なお子様がお腹にいるのですから、榊家からは、爽さんをお守りするように言われております」
「そ、そうですか」
そう言って、その男は車に乗っていった。
これは、もはや、かなりの一大事ではないだろうか。たった一つの嘘が、大変なことになる予感。これが嘘だと知られたら、俺は榊家から訴えられる案件? ここまでにこの護衛の日当がいくらか知らないけど、それと、寮の引っ越し代とか、色々請求される? どうしよう、もう妊娠したことにして、流産したって方がいいかな。
そんな真っ青な状況になっていたら、母に呼ばれた。
「爽、そんなところにいないで、早く来なさい」
「あ、はい」
そして父と母と三人で、個室に案内された。料亭、和風の造り、着物を着た女性、見るからに高級な食事処だった。そこで席に着いた途端、母が興奮した。
「三上夫人なんて呼ばれ方して、驚いちゃった。とても丁寧な上司の方なのね。それにしても爽、いったいどうしたのよ、こんな料亭に呼び出すなんて。ちょっと親にたかり過ぎじゃない? ここいくらするのぉ?」
「え、知らない」
「まぁ!」
母が驚いた顔をする。そりゃそうだ。三上家はいわゆる普通の家、外食には行くけど、チェーン店の焼肉屋とか、回転すしとか、ファミレスくらいだ。なんならフードコートにだって家族で行く! こんな所くることはまずない。
「まぁまぁ、母さん。爽は大学費用も掛かっていないし、つつましく暮らしているんだから、たまの贅沢くらいいいじゃないか。息子に食事をご馳走してやるのも俺たちの楽しみだろう?」
「父さん……」
父がそう言って、財布を見ていたので「ごめん、父さん……」と心の中で謝罪した。
今月の残りの給料、まだあるはず。クビになったけれど、来月の振込はきっとある。だからカードで支払おうと心に誓った。隆二の奴! 三上家の財政を知らないからって、なんてところを予約して! 段々腹がたってきた。それに、育ちが違い過ぎる。隆二の住んでいるセレブマンションと、俺の実家の一軒家。全てにおいてクオリティーが全然ちがう。そんなやつとこの先一緒にいる未来なんか見えるはずもない。
姉はどうして、そういう種類のセレブアルファと付き合えているのだろうか。まぁ姉は三上家が産んだサラブレットだから、そういう世界でも生きていけるのかもしれない。社会人になって随分たつし、いろんな世界を見たんだろう。俺は社会人一年目で引きこもりだし、仕事はどちらかというと底辺なので、見る世界が変わらない、むしろ実家にいる時よりも貧相になっている。
「でも、こんな素敵なところならお姉ちゃんにも声かければ良かったわね」
「あ、そうだよね」
そんなことできるはずがない。これが俺と両親だけなら、もちろん姉にも声を掛ける。だが、ここには後程ヤバイ奴がくるんだ。本当にごめん、と両親に心でまた謝罪する。
仲居が飲み物を聞いてくるので、両親はビールを頼んでいた。俺はウーロン茶。とりあえず飲み物を頼むと退出した。
「爽、こんなところに呼び出すなんて、いったい何があったの? 怒らないから言ってみなさい」
「母さん、いきなりいいじゃないか。せっかく親子水入らずで会っているんだから、野暮な話は後にしても」
「こういう話は先に聞いておかないと。せっかくの素敵なお店のお食事も喉を通らないでしょう」
両親がそう言うのもわかる。俺はこれから食事ができる気がしない。
「うん、あの」
「爽、ゆっくりでいいから。落ち着いて言いなさい。家を売れば金もなんとか工面できるし、たいていのことは金で解決できる。弁護士の知り合いもいるし、とにかく専門的な人に頼ることもできるからな、隠し事はせずに、話しなさい」
「え……違うよ、俺そんな悪いことはしてない、と、思う?」
父は俺がなにかやらかしたと思っている?
「なんなのよ、そのさっきからの煮え切らない態度は! まさかお付き合いしてる人ができたとか?」
「え」
今度は母がそう言った。さすが女子、鋭い。その発想に驚いた俺。
「まぁまぁ、そういうことなのね、おめでたいわ!」
「いや、あの、えっと」
「どんな子? 爽は男性はだめだから、女の子よね。相手はオメガ? ベータ? ねぇあなた、爽にやっと彼女ができたわぁ!」
母は嬉しそうに父にそう言っていた。
「ちょ、まってよ」
しどろもどろしていると、そこに先ほど注文した飲み物が運ばれてきた。仲居が丁寧に、両親のグラスにビールを注ぐ。
「わー! ビールで乾杯しましょ!」
「ちょ、母さん、違うから、話聞いてよ」
そこで仲居が、終幕のひとこと。
「三上様、この度はご婚約おめでとうございます」
「え?」
「榊様には古くからご利用いただいております。お身内となられる三上家でも今後は、当料亭をご贔屓いただければと思います」
「え、今婚約って言いました? おみうち?」
両親ビール片手に唖然。まさかのそんな真剣な相手が俺にいるとかまでは思っていなかったようで、両親驚き過ぎて時がとまる。
やはり、ココは隆二の行きつけならぬ、もはや創業一族榊家の行きつけ? 終わった。俺の人生終わった。
「爽、どういうこと?」
「爽、いったい何があったんだ!」
両親の焦った言葉に、仲居が驚いた顔をした。
「申し訳ありません。その、ご予約の際に、榊様の婚約者様のお名前でと言われたので……。なにか間違いがあったかもしれません」
「婚約者だとぉ!」
父が大声を上げていた。終わった。俺は終わった。
そこで、失礼いたしますという声と共に、障子が開かれた。同じ着物を着た女性が沢山いた中、極上妻みたいな品のある着物を着た女性が入ってきた。
「わたくし、ここの料亭の女将でございます。この度はご利用誠にありがとうございます。そして、仲居が大変失礼いたしました。お待ち合わせの方がお見えですので、お通しさせていただきます。後程、お料理も運ばせていただきますが、まずはご歓談してお待ちくださいませ」
「え、え?」
女将という女性が丁寧な挨拶をしてお辞儀をすると、両親は姿勢を正した。そしてその後ろから、極上のアルファ男が登場する。それは、もちろん隆二だった。
「お、おとこ? アルファ?」
父がまずそのひとこと。そうだよね、強姦未遂にあっておきながら男に走るとは思っていなかったよね? そして母の反応は少し違ったようだった。
「あ、あなたは!」
え? 知り合い? 隆二はそんな二人の戸惑う反応を知ったか知らずか、部屋に入ってきて、そして正座をして挨拶を始めた。
「はじめまして、爽君と真剣に交際させていただいている、榊隆二と申します」
隆二のその姿を見て、俺もなぜか畏まった。
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