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第三章 仮初の関係
28 隆二の秘密
しおりを挟むあれから何度目かの週末、隆二と会うためにバー御影に向かう。もうこの行動も慣れたものだった。
繁華街から少し外れた隠れ家的な静かな場所。そこを目指して歩いていると、バーの近くの道で突然、知らない男に話しかけられた。
「ねぇ、ちょっと」
「え?」
振り返ると、俺と同じくらいの身長の男だった。オメガにしては背の高い方の俺と同じ、多分相手はベータかもしれない。一応オメガなら、なんとなくだけど雰囲気でわかるから。
「あんた、隆二の何?」
「え……隆二って、あなたこそいきなりなんですか?」
男は挑戦的な目で見てきた。明らかに敵意。これはひょっとして、修羅場というやつだろうか。一瞬で悟った。こいつ、隆二の元カレか、セフレか、とにかく体の関係を持っていると。
「元遊び相手。あんたは?」
「……今の遊び相手」
やはりセフレのひとりだった。しかも過去の。約束通り、今は俺だけなのかもしれない。隆二の言葉はなんとなくだけど信頼できるから、嘘を言っていないと信じている。
「ふ――ん、首輪ね。やっぱりアルファはオメガがいいんだ」
その男は、俺の首にあるオメガ専用の防衛品であるネックガードを見てそう言った。ネックガードは、ふいに発情がきたときに、たとえアルファに襲われたとしても、うなじだけは守る道具。これを装着していれば、うなじを噛まれることがない。すなわち番にならなくて済む。
番は生涯に一度だけの契約。ヒートの性交中にオメガのうなじをアルファが噛むことで、オメガの細胞がそのアルファ一色に生まれ変わる。
番になってしまったら、一生そのアルファとだけしか肉体関係を持てない。そのアルファと一生を添い遂げると覚悟を決めなければ、うなじは守るのが通常だ。だから番のいないオメガは首をネックガードで守るので、それを見たら一目でオメガとわかってしまう。オメガと知られたくなくてネックガードをしないという人もいるが、それで知らないアルファと番事故にでもあったら、オメガもアルファも救われない。
アルファは、オメガのヒートに抗えない。アルファだって必ずしも襲いたくてオメガを襲うわけじゃない。まともなアルファだったら、見ず知らずのオメガを番にしたら相当悔やむだろうし、もしかしたら責任として結婚するという人もいるかもしれない。
それほど重要なことだから、俺はネックガードをしっかりと着けていた。
「なんのこと? オメガとかアルファとか関係ないだろう」
いったい今なぜ、バースの話を。隆二は、たしかに男を抱く手順は手慣れていた。だからベータの男でも抱けるのだろう。そもそもベータの男がそうそうオメガばかり相手にできるとも限らない。大抵のオメガはアルファを求めるから。
「それ、マジで言ってるの? ベータがアルファに相手にしてもらうって、とても貴重なんだよ。あんたみたいなオメガにはゲイのベータの気持ちなんてわからないだろう。オメガってだけでアルファに選ばれるなんて、不公平だ」
「バース性の話は、元来不公平なことだよ。でもそれを初対面のあなたとどうして俺が討論しなくちゃいけないの?」
この男はいったい何を言いたいのだろう。男は悔しそうな顔をした。
「隆二が一人に絞ったのは聞いていたけど、やっとわかったよ。相手がオメガだからだ。アルファの性欲についていけるのはオメガだけだっていうけど、あんた、いったいどんなテクで隆二を独り占めできたの?」
「ちょっとまってよ、さっきからどういうこと? なにか、勘違いしていない? 俺が今、関係を持っている男は隆二って名前で間違いないけど、そいつはベータで、アルファじゃない」
「え、あんたバカなの? あんなにハイスぺ男が、ベータなわけがないだろ。オメガなのに、フェロモンでアルファがわからないの?」
「え? どういうこと……」
その男は呆れた顔をした。そして俺だって驚いている。だって、隆二からはフェロモンなど感じたことはない。だから目の前の見ず知らずの男の話など、到底信じられない。
「地位もお金もある男、それにあのテクニックとスマートさ。それだけでも普通にアルファでしょ。まぁ、僕たちベータはアルファかなんて聞かなくちゃわからないけど。隆二のこと調べたら、すぐにわかるよ。まさか知らずに近づいたの?」
「ごめん、本当に言っている意味がわからない」
「フルネームでネット検索しなよ。とにかく、今日は僕に譲って。隆二が、御影にまた通い始めたって噂聞いたけど、いつも同じオメガといるっていうから、バーの前で待っていたんだ。君に会うために」
隆二はアルファ、そして隆二を譲れと言うこの目の前のベータ男。今の状況は、いったい。
オメガの俺がアルファのフェロモンに気づかないわけがない。番持ちの相原の香りだってほのかにわかる。それに、俺を過去襲ったアルファの香りもわかった。もちろん「運命の男」の香りも。街中にはそんなにアルファと遭遇することはないけれど、たまにすれ違う人にアルファがいるくらいはわかる程度に、いつだってアルファの香りは感知する。ただ発情期ではないから、欲情するまでではない。この人、アルファだなってわかる程度。でも、隆二から、そんなことを感じたことは一度だってない。
「ねぇ、やっぱり勘違いしていない? 隆二はベータだよ。フェロモンを感じたことないし」
「ああ、仕事で急にラットが起こらないように、割と抑制剤を常用しているって言っていたから、もしかして隆二、君と会う時もラットになりたくなくて、薬飲んでいたんじゃない? もしくは君を騙していたとか? まあ僕としてはどちらでもいいけどさ」
「抑制剤……」
たしかに抑制剤を使用したら、運命の番以外ならフェロモンは感知しないかもしれない。でも、どうしてそんなことをする必要があるのかわからないし、他人の言葉を素直には信じられない。だけどなんだかしっくりくる自分がいるのに気が付く。
「それより! セフレが一人に絞られたからって、君が特別ではないよ。君がただオメガだからだ。アルファはオメガに酔うって聞いたことがある。そうじゃなくちゃ、君みたいな平凡な見た目で選ばれるわけがない。隆二みたいなフラフラしたアルファより、オメガなら本気の相手を見つけたらいいじゃないか。今夜譲ってくれない? たまには相性のいい男と寝たいんだ」
色々とツッコミどころがある会話だけれども、俺はたった一つが気になった。
「あなたは、隆二と相性いいの?」
隆二は初めて俺と寝た後、相性がいいと言った。しかし、目の前のベータの男も相性がいいと言う。俺はもう何がなんだかわからなくなった。
「そう、隆二ほど体の合う人いないんだよ、忘れられなくて。きっと、今夜君が現れなかったら、僕の相手してくれるはず。隆二はそういう男だから、いつも早いもん勝ちだった」
「……そう」
それは、すごい、最低な男なのでは?
でもセフレなんてそういうものか。お互いがお互いに、体を交わす契約。俺だってそう。たまたま俺一人に絞ってくれていたけれど、隆二は本来、定宿があるくらいに、いつでも誰かを抱くタイプの人間なのだろう。
そんな俺の知らない過去の体関係のことはどうだっていい。今は俺だけのはず。だから、こんな男に今夜隆二を貸してと言われても、普段の俺なら速攻でお断りしているはず。
でも、隆二がアルファなら別だ。隆二を目の前に、アルファかと聞く勇気はない。知ってしまったら、今までの俺の何かが崩れてしまう。初対面の男のコトバなんて信じる価値もないのに、どうしてだか全てがしっくりきてしまった。
隆二はアルファ。真実か嘘かなんてどうでもいい、そんな疑問が生まれた時点で、隆二とは終わり。
「隆二のことはもういらない。好きにしたらいいよ」
「え? いいの?」
「誘いなよ、隆二きっとあなたのことを抱いてくれるよ」
「あ、ありがとう」
その男は、先ほどまでの剣幕はなく、素直にお礼を言ってきた。そして俺はその場を立ち去った。
寮に戻ったときに、スマホをみると着信があった。メッセージも入っている。開くともちろんそれは隆二からで、まだ来ないのかと入っていた。
あのベータの男から聞かされていないのだろうか。それならそれでもいい。
俺は隆二に嘘をついた。
「妊娠したから、隆二との関係はこれで終わり」
そう送信して、隆二の番号をブロックした。
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