運命の番は姉の婚約者

riiko

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第三章 仮初の関係

32 クビ

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 どうしよう、あんなガタイのいい護衛を置いてかれて、逃げようがない。俺は隆二から信用されていない。そうじゃなくちゃ、いきなり護衛を連れてくるはずがない。

 黙々と荷物を片付けた。途中途中に先ほどブロックを解除させられたスマホに、隆二からのメッセージが頻繁に入る。とりあえず既読だけはするようにした。

 家具は備え付けだし、昔の荷物とかは、家を出る時部屋を空にして実家の倉庫に入れさせてもらっているから、大した荷物はない。それでも半年以上暮らした寮にはそれなりに荷物があり、とても半日で片付けられなかった。

 考えがまとまらないまま、時間がきてしまった。

 部屋をノックされたので、開けると先ほどの護衛がいた。

「あの、荷物まだ纏まりきらなくて……明日まで待ってもらえるように副社長にお願いするので、今日は」
「それは、出来かねます。残っている荷物は、副社長の家に後日お届けいたしますので、本日は副社長とお帰りください」

 お帰りくださいって、俺の家ここなのに。俺はいきなりクビになって寮を追い出される。なんて不当解雇なんだろう。人事部に抗議してやる!

「俺、まずは人事に相談を……」
「何を相談されるのですか?」

 優しそうに俺に質問する男。でもデカいし、少し怖い。っていうか護衛って、なんだよ。俺は議員でもなんでもない平民だ。護衛がいるなんて聞いたことがない!

「不当解雇について」
「不当解雇……ですか?」

 驚いた顔をする男。

「爽様は、副社長とご結婚されるのですよね? しかもご懐妊中。今後は家に入られるということではなくて、出産後も働きたい、ということでしょうか? そこはパートナーである副社長と話し合われた方がいいかと」
「……そうですよね」

 普通に考えたら、きっとそうだ。この人はなんの事情も知らないはず。俺が隆二に子種だけ貰っているセフレだってことも。これ以上この人と話しても意味がないと思った。優しく聞き返してくれる質問には答えられなかったので、俺は部屋に戻って、リュックに詰めた荷物と、デパートの大きな紙袋に入った服とかを持った。

「すいません、残った荷物は後で取りにきます」
「大丈夫ですよ、爽様が手を煩わすことはもうございませんので、あとはゆっくりと今後のことを副社長とお話ください」
「その、爽様っていうの止めてください。俺は、ただの一般人で……」

 驚いた顔をした護衛だったが、すぐに優しく微笑み、俺の荷物をさっと持ってくれた。

「では、爽さん。行きましょうか」
「はい」

 そして隆二の待つ車に乗せられる。今度は運転手付きではなくて、隆二の運転する車だった。二人きりになった途端、なぜか心は落ち着いた。知らない大きな男が近くにいたので、実は少し緊張していたようだった。相手はこれから俺をどう扱うかわからないアルファの男、それなのに今までの実績があるからか、隆二といる方が安心する自分がいる。

「爽、荷物は片付いたみたいだね」
「まだ部屋に残ってる。俺、こんな急に寮を出るなんて思ってなかった!」

 助手席に座った途端、隆二がいつもの雰囲気のまま話すことにイラついて、怒りを言葉に乗せた。隆二はそんな俺を見て近づく。きっといつものようにシートベルトを締めるのだと思って、隆二を睨みながら行動を見ていたら、ベルトを締めた勢いで抱きしめられ、濃厚なキスをされた。

「っふ、ん、っちょっと! やめて、もうやらないんだしキスも必要ないでしょ」
「なんで? これからはむしろ一緒に暮らすから、毎日何回もするでしょ」
「どして? だってキスはする時に必要な行為だって、だからしてたって」
「僕がキスしたかったからそう言っただけ。本当ならセックス以外の時もずっとしてたかったけど、そこは我慢していたんだ」

 なにそれ、俺、こいつに騙されてばかり。なにがしたいんだよ。そう言いながら、隆二はハンドルを握り、車が動き出す。

「ひどい! 隆二は俺を騙してばかりだ」
「言っとくけど、僕は一言も自分がベータだなんて言っていないよ。それに爽が単純に人を信じすぎるんだよ、そこが素直で可愛いところなんだけどね。もちろん僕の事は信じてもらっていいけど、他の人には注意するんだよ?」

 隆二は、前を向きながら静かに俺を諫めるように話す。

「都合いい事ばかり!」

 隆二は俺の怒りなどどうでもいいみたいで、車を運転している。そしてしばらく走ると、そこは以前一度だけ来た隆二の家だった。地下駐車場に入ったところで、それに気が付いた。

 セフレの時は避けていた家に、まさかの今度はセフレを卒業して来てしまった? しかも、もっと状況は悪い。なんなら嫁候補的な感じだと思う。

 警戒しながら家に入ったが、その日はそのままいつものように、ホテルで過ごすときと変わらずにまったりした時間が始まった。なにも変化がないような? 風呂にゆっくりと入っている間に、夕飯を隆二が用意してくれて一緒に食べた。まさか料理をする人だとは思わなかったから驚いた。しかもうまかった。

「爽の口に合う?」
「うん、すげぇうまい!」

 隆二は俺の言葉に嬉しそうに笑った。

 こういう柔らかい笑顔を見ると、アルファだということを忘れてしまう。いや、実際に隆二がアルファだとは、いまだ感じていない。先ほどは強い威圧に驚いたけれど、今の自分は抑制剤を使用しているので、隆二のフェロモンを感知していない。

 すなわち、いつも通りだった。

 それに安心して、くつろいでしまう自分。まだ二度目の訪問なのに、まるで我が家かのように風呂に入り夕食を食べる俺の警戒心、どこに行った? 俺はもぐもぐとおかずを口に運ぶ。隆二は食べるよりも俺を見ている時間の方が長い気がする。やっぱり落ち着かない。

「あんまり、見るなよ。食いづらいだろう」
「え、ああ、ごめんごめん。これからは爽の健康管理は僕がしっかりとするからね!」
「いいよ、そんなの。それより寮を出なくちゃいけなくなるなんてがっかりだよ。俺あそこの待遇気に入っていたのに」
「ああ、それは良かった。うちの会社はオメガ雇用に力を入れているからね。オメガの爽がそう感じてくれたなら、そんなに嬉しいことはないかな」

 そんな会話をして食事を終えた。だらだらとソファで過ごしていると、風呂を終えた隆二が隣にきた。

「爽、明日病院に行こう」
「え?」
「だって、妊娠したなら、主治医を決めて出産できる病院に診察してもらわなくちゃ」

 それは、困る。だって妊娠していないから。そして俺は無職。だらだらとこの至れり尽くせりな状況に甘えている場合ではなかった。

「ねえ、隆二」
「ん?」
「俺、やっぱりつがいも結婚も嫌だ」
「どうして?」

 隆二はその言葉を予想していたようで、そんなに驚いた反応ではなかった。

「言ったよね? アルファ嫌いなんだ。だから隆二がいい人でもアルファである以上、一緒に居たくない」

 隆二はなんでこんな俺と一緒にいたいんだろう。子供ができたから? できてないって言えば諦めてくれる? 今はまだどうでていいかわからない。隆二は俺を離すつもりはない。それだけはわかるから、怒らせてこのままこの家から出してもらえないなんて事だけは避けなくちゃ。逃げるいい方法を探ることにしよう。

「子供は?」
「隆二は子供欲しいの?」
「ああ、大好きな爽との子供は欲しいよ」
「それも、約束と違う。はじめは子種だけくれるって言った」
「そうでも言わないと、爽は受け入れてくれなかったでしょ? 好きな子を落とすのに必死な男は何でもするよ」
「じゃあ、子供産んだらあげる。その時連絡するから、俺とは関わらないで?」

 隆二が真顔になって、俺をソファに押し付けた。掴まれた腕が少し痛い。

「え? こわいんだけど……」
「爽は子供産んだらそれで終わり? 自分で育てたいと思ってなかったの? 母性本能はどこへ行った?」
「俺はひとりで育てたいって言った。次違う人の子供作るから今回は諦めるよ」

 自分でも、言っていることがむちゃくちゃだ。最初に隆二に言ったことから、ころころと変わっている。言い訳が苦しい。

「ねえ、いい加減本当のこと言ったら? 母性本能なんて嘘でしょ」
「なんでそう思うの?」
「爽は隠し事が下手だから」

 俺をかかえ起こして、背もたれに体重をかけて二人横に座りなおした。

「隆二が子供欲しいなら、他のオメガに産んでもらいなよ。俺はアルファとはこのまま一緒にはいられない」
「僕は爽がいい。爽はもしかして夢を見てるの? 運命と出会えるのを待っているとか?」

 その言葉に怒りを覚えた。何も知らない奴が勝手に俺と運命を語るなと! そして、もはや俺は運命を待っているのか、拒絶したいのかも、もうよくわからない。自分がわからない。でも、姉の婚約者を欲しがることだけは絶対にダメだ。

「そんなものいらない! 俺、ほんとにアルファ無理だから」
「でも僕と寝られたよ」
「それは、隆二がフェロモンを抑えていたからだろう!」
「今は抑えていない」

 いつになく真剣な隆二の顔に、どう応えていいかわからない。もしかしたら、隆二ならアルファでも大丈夫なのかもしれない。でも、それを確かめるのは怖い。もし俺が抑制剤を止めて、隆二のフェロモンを感じた時、いつかのアルファたちみたいに、嫌悪感のある匂いを感じてしまったら嫌だった。だったらフェロモンなんか知らずに過ごしたい。

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