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第三章 仮初の関係
31 緊急事態
しおりを挟む車中で、隆二が普通に話しかけてくる。
「爽、急に電話繋がらなくなって辛かった」
「降ろしてください」
後部座席に二人で座っている。丁寧に俺のシートベルトを締めてきた。隆二が近寄っても、フェロモンは感知しない。いったい、どうして? そもそも隆二がここの副社長だなんて聞いていない。自分の就職した会社だけど、役員の顔になんか興味はなかったし、副社長がまさかの榊隆二、俺のセフレだとは思わなかった。
「もう仕事もしなくていいし、僕の家でゆっくりと過ごせばいい。これからの事は何も心配いらないから」
「何、言っているんですか? 車から降ろしてください」
そもそも子供なんていないし、仮にできていたら、セフレ関係は終わりのはず。だから子供ができたとメッセージを送ったら、隆二の役目も終わりだと理解してもらえると思っていた。
「僕がここの副社長だって黙っていたことに怒った? でも仕事なんて関係なくない?」
「いい加減にしてください。俺、クビなんですよね? 寮から出て行くので荷物まとめに戻ります」
いきなり仕事も失った。ここの福利厚生を利用して子育てをするつもりだったのに、俺の全てが奪われた。アルファってだけじゃなくて、本社の人間。きっと、隆二は俺の存在を知っていた。だから、すんなりとここに来て俺を迎えにこれたのだろう。だけどいったい、いつから?
「話が噛み合わないな。爽、いい加減話聞いてくれるかな?」
ビクッとした。こいつからはもうアルファの威厳みたいのがある。こういうアルファ特有の力も、今まで俺といて隠していたんだ。初めて目の当たりにするアルファという生き物に、びびってしまった。
「ごめんね、もう隠さなくていいかと思って、抑制剤の使用はやめたんだ。少し興奮するとアルファの力? ちょっとした威圧とかそういうのが漏れるから気を付けてはいるんだけどね。今までは爽の前で抑えていた」
「……」
隆二が不意に、うなじの香りを嗅いできた。
「な、なに!?」
「爽からはオメガの匂いしないね、やっぱり妊娠するとフェロモンの影響でにくくなるのか」
俺はこいつがアルファだとわかって、抑制剤を飲んだ。
もう会わないとは決めていたけど、アルファだ。アルファが抱く相手がオメガだとわかって抱いたなら、何かしら目的があるはず。少なからず想われていた。だから簡単に諦めてもらえるかはわからなかったから、もし会うことになってもアルファに欲情しないための予防策として飲み始めた。
週末はどこで飲んでも、今まで隆二に見つかっていた。だから今週も男漁りを開始したら、どこかで隆二に会ってしまうかもしれない。その時にフェロモンに気づかれたら、妊娠していないことがバレてしまうから、しばらくは予防策として抑制剤を飲むことに決めた。
屍のように過ごした週末、それだけは答えが出た。だから今朝から抑制剤の服用を始めたところだった。
「だんまり? じゃあ、僕から話すから聞いていてくれる? アルファだって、気づいていた?」
「……」
「気づいてないよね。爽と会うときは強めの抑制剤で匂い消していたし、格好にも気をつけてベータに見えるように努力もした。なんでわかったの?」
そういう事だったのか。アルファっぽいとは時々思っていたけど、匂いもわからないからどうして俺にはわからないのかが不思議だった。騙された俺が思うのもなんだが、ベータに見える努力は、できていないと思う。
「あなたの遊び相手に声をかけられました。それで副社長がアルファだと知りました」
「誰だろう? それで別れることにしたの?」
誰だろうって……。あの後、会ってやったんじゃないのかよ!
こいつ一体どれだけの人数と付き合って……。俺は毛色が違うから楽しんでいただけ? 節操ない。ほんとにアルファはムカつく。苛立ちはどんどんと強くなるが、でも一応副社長らしいので敬語で話を続けた。
「俺たちは付き合っていませんから、別れようがありません」
「そうだったね、じゃあ何で僕をブロックしたの?」
だから妊娠したから終わりって。そういう意味のメール送ったじゃないかよ。面倒くさそうに俺はもう一度そのことを話した。
「妊娠したから、もうあなたは必要じゃありません」
「冷たいな。父親いらないとは言っていたけど、妊娠したら会わないとは言ってなかったじゃないか?」
「えっ、」
なんでそうなるんだ? 子種だけ欲しいって言ったから、子種と二人の関係は別? 捉え方の違い?
「うちの会社、会長職には僕の父親が就いている。ちなみに兄が社長だけど、兄はベータの男性と結婚したから子供はいない。爽は榊の跡取りを妊娠したんだ。爽の子供は会社全体に大事な存在だ。そんな爽を手放すと思った?」
「え」
そんな一族全員役職とか、あるのかよ。
いや、アルファ創業一族なら、大体アルファの子息に会社が任されるから、あるかもしれない。だから、次男の隆二の子供でさえ、将来はこの会社の役員になることは決まっているのだろう。そういう事か、こいつの遺伝子は貴重って事。孕めば誰でもいいのかよ。
「じゃあ、なんで俺に子種をくれたんですか? 俺はあなたが御曹司なんて知らなかった。孕ませてくれるなら誰でも良かったのに、そんないわく付きの種なんか欲しくなかった」
「だって、爽を愛してしまったんだ。君はアルファが嫌いっていうから言えなかった」
嫌いと、言ったかもしれないけど、それは隆二と会ってから。こいつは初めから、フェロモンを出していなかった。あのベータの男が言っていた。隆二は日ごろから抑制剤を常用しているって、だから初めての時も気が付かなかった。そしてベータが良いと言ったことを覚えていて、それからもアルファと知られないように気を付けたのかもしれない。
「俺たちはただのセフレですよね?」
「僕は始めから君に惚れていたよ。好きでもない子にこんなに時間をかけない、僕は一応これでも結構忙しいんだ」
おかしいとは思っていたけど、俺のことを? はじめから騙されていたんだ。なんて事だ。妊娠したと言ったら離れられると思っていたけど、それじゃ逆効果だったんだ。どうしよう。
「副社長、話はわかりました。いったん落ち着いて考えたいから、とりあえず寮に戻ってもいいですか?」
「さっきから、その敬語やめて。今まで通り名前呼んで、これからは夫夫になるんだから」
「夫夫って……俺は! 子供だけ欲しくて旦那は必要ない。そう言った!」
「それも知っているよ。爽が嫌なら籍はおいおいでいいけど、番にはしていいよね?」
「つ、がい」
「出産しないとヒートは戻らないからできないけど、子供産んだ後に色々考えていこう。まずは一緒に暮らせばいいか、ご両親にも挨拶へ行かなくちゃ」
恐ろしくなった。俺の馬鹿げた計画がこんなことになってしまうなんて。じゃあ、妊娠してなくても俺は解放されない? それこそ無理やり番にされてしまうんじゃないのか。
「副社長、俺まだ妊娠したばかりだし、今色々言われても困ります」
「その線を引いた話し方は嫌だな」
隆二は、先ほどから俺の敬語を不快に思っていた。今はそこで争うべきではないので、いつもの口調に戻した。
「わかった。隆二、今はとりあえず帰して」
「逃げるでしょ?」
鋭いな。
「逃げない。寮に行って自分の荷物まとめてくるから、自分の後片付けくらい自分でしたい」
「わかったよ、じゃあ、夕方また迎えに来るからそれまでに荷物まとめて」
そして隆二は前の運転手に指示してまた会社へと戻ることになった。寮の前に車がつくと俺を降ろし、警護という名の監視役を残して隆二は去っていった。
去り際に人前だというのに濃厚なキスをしていった。
アルファと知った今、そのキスに嫌悪感がなかったことに、俺は自分に驚いた。
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