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第三章 仮初の関係
29 職場
しおりを挟む金曜の夜は、久しぶりに一人で過ごした。隆二にお別れメッセージを送信して、勝手に終わりにした。まだ子供ができていない今、隆二がダメなら次に進まなければいけないのに、そんな気分になれずにいた。
そして翌日も、なんだかだるくて外に出る気がしなくて一日寮でぼぉっとしていた。俺の中で、隆二の存在が大きくなり過ぎていた。まさか、初めから範囲外の男だとは思わなかった。アルファなら絶対にむり。そう決めていたのに、というか本当にアルファなのかもいまだにわかっていない。
あのベータは、隆二のことを検索すればすぐに出てくると言っていた。
だけど、今さらどこの誰かなんて知ったところで意味はない。まだ自分の中ではベータの隆二でいて欲しかった。疑問は、切る。それは防衛本能だから仕方ない。隆二が仮にベータのままでも、一度疑った心はもう無理だった。これ以上本気にならないうちに……今ならまだ引き返せる。
隆二がアルファなら、俺は「運命の男」以外のアルファを受け入れられたということになる。喜ばしいこと、ではない。俺の中の今までの葛藤が無駄になる。「運命の男」が欲しいという本能に抗ったけど、ずっと「運命の男」が心に住み着いていた。だから家も出た。ううん、家を出たのは、姉と付き合う男が実家に尋ねてきたら、運命がバレるのを恐れたからだ。
俺は、何を考えている?
全てが矛盾してきた。俺が求めているのは運命だけど、絶対に姉の幸せのためには求めてはいけない。だから求めていないと自分自身に言い張っている。
言い張っている? 俺は運命じゃなくても受け入れられるということ? わからない、わからないけど、一度の強姦未遂事件で、アルファは無理だと悟ったはず。それが答えのはず。それを信じて今までベータと関係を持つということをしようと行動をしてきた。その唯一の相手が、ベータではなくアルファだった……?
仮に隆二がアルファで、抑制剤の使用をやめた時、俺がそのフェロモンを毛嫌いしたら? それこそ傷つく、俺も隆二も。あんなに気持ち良く抱いてもらえた相手を受け入れられなくなった瞬間、今までの俺と隆二の時間が辛い経験に変わってしまう。
やはり、知らなくていい。
知っているのは、沢山のことを教えてもらえたことだけ。いい思い出を汚したくない。隆二との経験があれば、きっと大抵の男を喜ばせられるはず。それを教えて貰ったいい経験にするべきだと思った。
これ以上、自分に幻滅したくない。
これ以上、傷つきたくない。
これ以上、隆二を……。だめだ、ここからは自主規制。考えてはだめだ。そう、俺はまた妊娠するために、ベータの男を誘う日々に戻るだけ。
それでも、この週末は動けそうにない。思った以上に、なにかダメージが酷い。久しぶりにできた一人の時間だったのに、何の生産性もないまま、月曜を迎え、いつも通り作業着に着替え出社した。
朝食を食べる気分でもなかったので、食堂には寄らずに、早めに仕事場に到着した。まだ始動前で、人も少なかったけれど、どこにでも早めに来る人種というモノはいるので、就業前の楽しいひと時という会話をしている人たちがいた。
俺はいつもぎりぎりに入るから、会話などあまりしてこなかった。こんな俺が休憩室にきたことが珍しかったのか、顔見知りのパートさんが話しかけてきた。この人は家庭のあるベータ女性で、いつもなにかとオメガ社員のことを気にかけてくれるいい人だった。
「ねぇ、今日の作業、本社から視察が来るって急に決まったらしいよ」
「え? そうなんですか?」
会話をしながら、おせんべいどお? と定番の差し入れを渡してくれたけれど、お腹いっぱいなのでと断った。隆二の真実を聞いてから、どうも食欲がない。
「本社って言ったら、エリートアルファが沢山いるっていうじゃない! もうドキドキして作業どころじゃないわよね」
「それは、そうですね」
迷惑な話だ。アルファが沢山くるとか。でもオメガを見つけるためにアルファがくることもあるし、やはりたまに視察にくる本社の人間はいる。それでも見合い目的以外でくるのは、ベータの社員が多かった。オメガが多く働く場所なのに、いきなりアルファ引き連れてくるとか! 本社勤務のやつら、邪魔するなよ。
朝から気分がますます悪くなった。そこで空気が変わるように、以前バーに一緒に連れて行ってくれたオメガの同僚がやってきた。
「ふわぁぁー、おはようございまーす」
「あらあら、眠そうね?」
「そりゃ、週末は楽しんでいましたからね!」
「ご馳走様!」
「あっ、おせんべいただき!」
お盛んなオメガ男の同僚が、月曜の朝にふさわしくけだるそうな雰囲気でやってきた。きっと、誰かと夜を過ごしたのだろう。
「あ、三上君、最近は収穫どう?」
せんべいを食いながら、普通に男は見つかったかと話しかけてきている。
「収穫って、三上君、日曜園芸でもしてるの?」
さすが、ベータマダム。清い、清いよ、会話が。オメガの同僚が収穫と言ったらひとつしかない。同僚は笑っていた。
「全然だめだよ。あ、えっと、何も育っていませんよ」
オメガ同僚にそう言ってから、マダムには育っていないと言った。同僚みたいに可愛い部類のオメガではない俺が、男漁りする人種には見えないだろうし、朝からそんなこと聞きたくないだろうと思ったから、適当にベータマダムには話を合わせた。
「あらぁ、じゃあ、今度うちの庭で作ったプチトマト持ってくるわね!」
「うわ、僕もほしいなぁ」
「はいはい、あなたたち、二人にもってくるからね」
「わーい」
二人の会話が成立していた。そしてオメガ男子は笑っていた。
「じゃ、三上君。週末また遊ぼうよ、僕が収穫のサポートをするね」
「オメガの男の子同士、仲が良くてなんだかいいわねぇ、ふふ。お互いが同じ趣味なんていいことよね。土を触ると人の心が洗われるんですって」
「へぇ、土にそんな作用が? 僕と三上君とはちょっと前から収穫についての話し合いをしていて、今度こそ成功させますね!」
そうか、土に触れようかな……。
オメガ同僚と、ベータマダムは微笑ましく笑っている。会話、噛みあっているのが不思議だった。そうだよ、土じゃなくて、プチトマトじゃなくて、俺は男を収穫しなくてはいけない。だから同僚の誘いを受けることにした。そんな微笑ましい良くわからない会話をしていると、就業時間になった。
各自、持ち場へと移動する。
黙々と作業をするタイプなので、特に誰かと仕事中に話すこともない。集中していると、何度が声を掛けられているのに、全く気が付かなかった。
「三上君! 三上君、おーい、聞こえるかーい」
「え、あ、ああすいません」
そこには面倒見のいい、主任がいた。
「いいよ、君の集中力はいつ見ても素晴らしいね」
「ありがとうございます? えっと、なにか用ですか?」
「ああ、君にお客さんだよ」
「え?」
「ちょっと、会議室まで一緒に来てくれるかな?」
俺に客、いったい誰だろう。というか今までそんなこと一度もない。仕事中スマホは持っていないので連絡が入っていてもわからない。だから、急用があって呼ばれたとか? ここで働いていることは家族と、高校時代の仲のいい友人二人だけしか知らない。あいつらに何かあったか、家族になにかあったかしか思いつかなかった。急に不安になった。
午前中の仕事の最中に主任に呼ばれ、その後をついていった。
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