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第三章 仮初の関係
26 葛藤
しおりを挟むそして日曜の朝になった。金曜の夜から交わり、ホテルのルームサービスで大量の食事を頼む。その日はそこから動かず、食べて、ヤッテ、風呂入って、ソファでやって、風呂でもして、そして寝落ちして、食事して、ヤッテ、なんて乱れた週末を過ごしたのだろう。
さすがに日曜の朝はぐったりして起きた。
すでに服を着て、さわやかな隆二がそこにいたのは驚きだった。こっちは疲労困憊なのに、隆二はつやつやしているように見えた。
「おはよう、爽。もうお昼だけどね。明け方までしていたから、そんなに寝てないか? どうする、寝起きにまたスル?」
さわやかな隆二は、さわやかじゃない発言をする。というか、もう昼だったのか。
「おい」
「ん?」
「腰が、立たない……」
ヤル発言にはこの体では、応えられない。腰が痛いし、体中がだるい。こういう行為って筋肉痛になるんだ……。驚きだ。
「はは、さすがにそうだよね。部屋にマッサージ呼んであげるから、待ってて」
「ちょ、いいよ。そんなの。マッサージの人がきたら、きっとどこがお疲れですか? って聞かれるだろう。そしたら、ヤリすぎで腰が痛くて、なんて言えるか! ボケっ、初心者に何さらしてんじゃ! もっと手加減しろよ」
「だって、爽がもっともっとって強請るから。爽ってば最中、胎ませて、隆二の子供が欲しい、お腹に隆二の熱いの入ってくるぅって、それはもう色気ムンムンでずっと言うから。その言葉に興奮して、僕も精が尽きるくらい頑張っちゃった! オメガの子って、興奮するとスイッチ入っちゃうんだね、とても可愛かったよ。本当に、とても。爽のこと、大事にするね」
楽しそうに隆二はそう言った。
朝から、いや昼から、自分の情事の内容を聞かされて、穴が入ったら入りたいという気分を初めて知った。なぜ抱かれた男に、辱めの言葉攻めを受けているのだろうか。そんなこと、本当に隆二に言ったのだろうか。発情期でもないのに、覚えていない。軽くラリっていたらしい。オメガは生きていくうえで、性行為が必須だと、教科書で習ったことがある。多分本能的に、そういう行為が好きなんだと思う。そういう体にできている。そう思うことにした。
子種のために隆二とセフレ関係になったのに、まるで恋人同士の事後のような会話に罪悪感を覚えた。自分はいったい、今、何をしているのかと急に思った。
「隆二、オメガをバカにするなら、もういい。この関係はもう終わりでいい。俺、自分が誰かと体を交えることで、こんなふうになるなんて知らなかったし、知りたくなかった。快感を求めて、今男を欲しているんじゃない! ただ子供が欲しいだけ。それなのに、そんな風に言うなら、もう相手はお前じゃなくていい」
「ごめん。バカにしたつもりは……」
隆二が慌てて謝った。そして触れてこようとしたけれど、すぐにその手を払ってしまった。
言いながら、自分の目的と心のバランスがおかしいと気づいて、悔しくて涙が出てきた。隆二が言ったことは、そんなに怒る台詞じゃない。ただの事後の甘い会話なのだろうけれど、オメガの本質を言い当てられた気がして苦しかった。きっと、付き合っている相手だったら、ただ恥ずかしいで終わることだろうけど、俺は違う、ただの子種だけを貰う関係。そう言わないと、心が崩れそうになった。
「爽……ごめん。僕、舞い上がって」
隆二がベッドの隣に座って、触れずに、少し声が震えてそう言った。
「いいよ、もう。普通に恋人なら当然だろう。でも、俺はセフレだって言ってここにいる」
「そうだね、そうだった。それを納得して爽と関係を結んだのに、本当にごめん」
謝らせたいわけじゃない。隆二は申し訳ないという表情をしている。きっと、心から謝罪している。というか、これは謝罪するべきことでもない。また自分の中に罪悪感がつのる。
「ごめん、隆二を傷つけたいわけじゃない。自分の性のことに無頓着だったから、だから戸惑ってる」
「わかるよ」
わかるはずない。フェロモンで乱れることのないベータの男に。そう思ったけれど、それはベータをバカにする言葉に繋がるから、言わない。でも、わかるよと言った言葉は、わかろうとしてくれていることだと思った。
「だから、隆二とは無理」
「どうして?」
「だって、隆二と寝ると、おかしくなる。俺は感情なしに、ただ胎に子種を入れてくれる男がいい。こんな気持ちになりたくない」
「どんな気持ち?」
隆二の優しい声に安心する。
そうやって誘導されると、自分の心が見えてきそうだった。今までのことを全て話して、隆二に縋りたい。そう思ってしまいそう。だけど、隆二にこんな罪深い考えを知られたくないとも思った。姉の婚約者という、自分の運命から逃れるためだけに、誰かの子供を妊娠したいなんて。そんなことを聞かされた相手はどう思うだろうか。利用されていて嫌な気分になるに違いない。
言うなれば、運命の男の代わり。俺と運命に利用されるためだけの行為。
それとも哀れに思う? オメガとアルファの運命説は、必ず結ばれるという有名な話。それに抗うオメガなんて、頭のおかしな人認定されるかもしれない。そもそも姉の婚約者に欲情しているとも思われたくない。何をどう説明しても、自分というオメガを堕とす言葉しか見つからない。なによりも隆二に軽蔑されたくない。
こんな気持ちって、どんな気持ちだろう。今は、それを考えてはいけない。そう思い、心をふっと閉ざした。そしてこれ以上、秘密は暴けない。
「ごめん。言えない。そもそも自分がわからない。だから、そういう本質に触れる相手とは、一緒に居られない。本当に、ごめん。俺、隆二といるとなんか辛い」
涙が零れる。それを隆二が手でぬぐう。そして、そっと抱きしめられた。心が揺れ動く、どう動いているかなんて知らない。だけど、隆二といると、なにかに届きそうな気がしてしまう。
「もう、爽を惑わすことは言わない。約束する、爽に負担になることも言わない。僕の心だけにとどめておく」
「……」
それって、つまり、隆二は俺を想っているということだと思った。
鈍い俺にだってわかる。隆二は俺のことが好き。そんなことを言われたけれど、俺がそういう相手を求めていないと言ったから、隆二は確信をつく言葉を言わなくなった。どうしてただの平凡なオメガの俺に、隆二は惹かれたのだろう。それすらもわからないし、隆二が言わないでくれているのに、そんな確信に迫れない、聞けない。そして、俺の心も乱されている。隆二がそうやって寄り添ってくれるから、ずっと流されてしまう。これを拒絶する方法を俺は知らない。
運命と対峙する方法を成功させる方が難しいはずなのに、今の俺には、隆二とただのセフレ関係という心の状態でいる方が難題だった。
拒絶しきれない自分、そして完全に拒絶したくないと思う自分、全てが今、隆二に向いているという恐怖。子種が手に入れば終わる関係。
それなのに、どうして、俺は……。
「爽、お願い、なんとか言って」
「隆二……」
「これからは、週末だけ。爽に子種をあげるためだけに会うし、エッチのことをそれ以外の時に言わないって約束する。爽をバカにしたことはないし、ただ嬉しくて言っちゃっただけ。本当にこれからは気を付けるから、この関係を続けさせて。かならず爽の野望は叶えてあげるから」
隆二が真剣な声で言う。抱きしめられているから顔は見えない。俺の今の表情を見られるのは困るから、俺は隆二をぎゅっと抱きしめ返した。思いのほか、体が疲れていたからか力が入らなかったけれど、隆二はちゃんとくみ取ってくれた。
「ありがとう、爽」
そう言って、頭を撫でられた。その手に安心する自分は、なにがおかしいのかすでにわからなくなっていた。
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