運命の番は姉の婚約者

riiko

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第二章 男を誘う

20 実家

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 結局、朝から何回か致したせいで、あの日はそのまま寮でダラダラして終わってしまった。夜まで遊ぶ体力も、その日誰かと体を交えたいとも思えなかった。

 日曜は久しぶりに、実家に帰った。

 電話をしたら、姉は連休を取って月曜まで旅行に行っていると聞いたので、それなら姉の彼氏が訪ねてくることはないだろうと思ったからだ。たまには両親にも会いたい。

「爽、あなたったら、全然帰ってこないなんて、なんて親不孝ものなの!」
「ごめん、会社に慣れるのに必死でさ」
「その割にはお姉ちゃんとはちょくちょく会っているっていうじゃないの」
「ほんと、ごめんって、今日は母さんのごはん楽しみにしてる」
「まぁ、この子ったら」

 家に入ると安定の母親が迎え入れてくれた。そして、その向こうのリビングにも安定の父親がいる。特に運命の香りもしない、いつもの我が家の匂いに安心した。

「父さん、ただいま」
「おう、爽、お帰り」

 父がそわそわしているのがなんとなくわかった。父は恥ずかしがり屋だから、母や姉のようにズバズバと物は言えないけれど、そこが男らしくて好きだった。

「元気?」
「ああ、元気だよ、お前はどうなんだ」
「元気にしてるよ。仕事も楽しいし、社会人にも慣れてきた」
「そうか」

 父の隣に座って、他愛もない話をした。そして母がお茶を持ってリビングにやってくる。

「そういえば、あなたの会社オメガに対する待遇すごいわね。この間テレビに出ていたわよ」
「え、そうなの?」
「イケメン社長さんがインタビュー受けてたわ。オメガも普通に正社員として働ける環境つくりに力を入れているって、あの社員寮も爽の入社時からできたんでしょ」
「そうそう、ちょうどオメガ雇用改革中ってことで、俺なんかがすんなり社員になれたみたい。今年は大量採用って面接の時に言ってたから、ラッキーだった!」
「しかも寮で朝夕の食事と、会社での社員食堂は、オメガはただなんでしょ、いいなぁ!」
「うん、オメガの体調管理も兼ねての寮だって説明された。ほんと凄いよね」

 俺の会社は、かなり凄いと思う。

 若い社長が社会貢献のために、オメガを積極的に引き入れているとのことだった。社会はもう昔とは違って、少しずつ変わっているみたい。実際に、俺がオメガだからと言って辛い経験をしたことなどない。一度アルファに襲われたけど、未遂だったし。中にはいまだにアルファが一番、みたいな時代遅れの人もいる。姉の嫁ぐ家がそんな感じみたいだが、それでもベータの嫁を受け入れてくれたんだから、時代は良くなったようだ。

「あ、そういえば爽、お姉ちゃんの結婚式に着ていく服は? お金あげるからちゃんとしたのを買いなさいよ」
「俺だって給料もらってるんだよ、だから自分の金で買う」
「あら、いっちょ前に!」

 母が笑う。そして、父がぼそっと言う。

「爽、その、初めての給料のときの贈り物ありがとう。大事にしてる」
「何今さら。あの時電話でお礼言ってくれたじゃん」
「あら、お父さんったらね、よっぽど嬉しかったみたいで、毎日葉っぱのお手入れしてるのよ」
「え! 父さんそんな人だったっけ?」
「息子からの贈り物は、人を変えるのよ」

 父が照れくさそうに、窓辺にある大きな植物を見ていた。

「我が家から、爽がいなくなって寂しかったけれど、こんな大きくて存在感のある木をくれたんだ。大切にしなくちゃな」
「父さん……」

 前に、リビングに大きな木でも買おうかと言っていた母の言葉を思い出して、初めての給料では、自分では絶対に買わない、おしゃれな植木鉢に入った木を贈った。それを思いのほか父が気に入ってくれていた。

「お姉ちゃんも、来月にはこの家からいなくなるしな」
「え、結婚はまだ先じゃないの?」
「もう新居を買ったそうで、結婚前に一緒に暮らすらしいぞ」
「そうなんだ……」

 それでは、俺が妊娠するまではもう姉に会えないかもしれない。一緒に暮らすなら、香りを消す時間なんかないだろうし。

「爽、戻ってこないか?」
「え?」
「社会人になって自立したい気持ちもわかるけど、麗香れいかが嫁に行ったら、響也きょうや君もそうそうこの家には来ないと思うし。爽のアルファ嫌いは、彼も考慮してくれるはずだ」
「父さん……」

 父は知っていた。

 姉の婚約者がアルファだから、俺がこの家を出たことを。いきなり家を出るなんてよっぽどの決意だと思ったのかもしれない。それを知りながら自由にさせてくれた両親に感謝した。妊娠したら、戻ってこようかな。知らない男の子供を身ごもったとかなんとか言って。会社の制度がしっかりしているけれども、それは休みとか給料とかの面で、妊娠して子育てをするのは自分だ。実際、初めてのことだから自分一人で子育てができるかもわからないし、やはりまだ親元にいたい気持ちもあった。

「いずれね、でも、ありがとう」
「ああ、爽がその気になったらいつでも帰ってきなさい」
「……うん」

 その日は実家で夕食を食べて、夜遅くに寮に戻った。きっと後一度くらいしか姉と会える気がしない。あの男、運命の人、加賀美響也かがみきょうやと俺は、俺が妊娠しなければ絶対に会えない。香りを察知されてもいけない。

 いよいよ、本格的に動き出す。

 そう心に決めた。


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