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第二章 男を誘う
17 再会
しおりを挟むその若いベータ男の丈とそれなりに盛り上がった。話をしていたら、なんとなく、もしかしたら、この男を誘えるのではないだろうかと思えてきた。
そして、みかげにばれないように、その男の手をカウンター越しに握った。反応は悪くない。男は少し顔を赤らめたが、手を外されることがなかった。
「丈さん、俺、この後まだ時間があるんですが」
「え、あ、俺もあるけど、じゃあ、もう一杯飲む? おごるよ」
「いえ、そうじゃなくて……二人きりになれる場所に、ってえええ!」
丈の後ろには、まさかの男が立っていた。黒いパンツとシャツというラフな格好ながらも、モデルさながらのスタイルの良さが、彼の美しさを引き立たせている。前回同様、スーツ姿ではなく、ふらっと立ち寄ったような恰好だった。このバーはスーツ姿の男が多い中、この姿は目立つというより、男前すぎる見目の良さの方が目立っているように見えた。
「丈君、その子は僕の連れなんだ。悪いけど下で結んでいる手を離してくれない?」
「えええ、隆二さん? 何してるんすか、え、爽君は隆二さんの連れ? わぁ、みかげさん酷いわぁぁ」
そしてなぜか隆二にどうして見えていたのかわからないが、繋いでいる手のことを指摘され、丈が素早く離した。そして丈も隆二を知っているようだった。ここは思いのほか、客同士も繋がっているのかもしれない。ここではやはり男を漁ることは無理だと再度確認した。
「丈さん、その人と知り合い?」
「こら、爽。もう僕の名前忘れたの? あんなに熱い夜を過ごしたのに」
ただ丈に聞いただけなのに、そこで隆二が答える。そのあとに丈が焦った声をだす。
「うわっ、二人はもうそんな関係性?」
「そうだよ。とにかく、丈君ごめんね。今日は僕がおごるからね、恋人のわがままに付き合ってくれてありがとう」
「ぇ……」
今、俺のことを恋人と言わなかったか?
丈はじゃあと言って、愛想よく席を立ってしまった。そして、俺は戸惑う。一度寝ただけの相手を恋人と呼ぶ、目の前の男が恐ろしかった。
「俺、隆二と恋人になったつもりないけど?」
「処女を僕にくれたのに?」
「ねぇ、あからさまにそういう話、やめてよ」
「ごめん、でも爽がいけないんだよ。黙って帰ったりするから」
「それは、悪かったよ」
隆二はそう言いながら、隣に座る気配はない。もうここで男漁りできないと思い、財布を出そうとすると手を掴まれた。
「え?」
「みかげさん! 爽、連れて帰るね、お代置いとく!」
「あ、隆二さんお迎え? じゃあまたね」
「え、お迎えって……」
向こうのみかげに、隆二が話しかけるとこちらを向いたみかげが頷いた。隆二はテーブルに一万円札を一枚置いて、そして俺の手を取りバーを出た。あまりの速さと、思いのほか、隆二の手の強さに驚いて抵抗するのを忘れてしまった。
「ど、どこ行くの?」
「二人きりになれる場所」
「どうして?」
「爽と一緒にいたいから」
いつの間にか掴まれた手は、俺の腕から指さきへと移動し、恋人繋ぎのような形になって街を歩いた。夜の街頭以上に、ビルのネオンが眩しい。周りは陽気な大人や、学生、夜の街を楽しむ人たちで賑わっている。そんな中、男が二人で手を繋いで歩くことは大して目立たない。
こうやって隣を歩いていると、普通に恋人同士なように見えなくもないかもしれない。そんなことを考えて数分、隆二に連れられていくと、そこは隆二と初めてを交わしたホテルだった。
「ひょっとして、俺の体、忘れられなかった?」
「ああ、もう爽以外考えられない」
おちょくろうと思って言った言葉に、まさかの本気の回答がきてしまった。そんなにオメガの初めてが良かったのだろうか。隆二をそっと見上げた。
「これから、スルの?」
「爽が望むなら。でも、僕としては二人のこれからを話したい」
「それは、遠慮しとく。でもいいよ、しよう。俺も隆二が忘れられなかった」
隆二が、というより隆二とした行為が。思いのほか楽しかったし気持ち良かった。発情期で隆二を思い出すくらいには、運命を忘れさせてくれた。
それに、自分からターゲットを見つけなくても向こうから来てくれた。やはり、妊娠するなら隆二ほどの男の子供がいいと思ってしまった。高望みだけど、この男の子供なら安心して愛せる気がした。
「隆二、今夜も俺を抱いて」
「爽……」
隆二は切なさそうな顔をしてけれど、そのまま俺を部屋まで連れて行った。
「やっぱりこの部屋なんだ」
「ああ、とりあえずすぐ入れるように、ずっと借りっぱなしなんだ」
「意気投合した相手と寝るために?」
「否定はしないけど、そうだね。仕事でこのホテルは使うから、ちょっとした作業の時とか、少し仮眠を取るようにね」
まるで自分の家かのように、コーヒーポットに粉をセットして、抽出が始まる。部屋中にいい香りが漂い始めた。
「ねぇ? この部屋で俺とお茶をするために、わざわざ連れてきたの? 今はそんな時間じゃないよ、もう夜なんだしやることは一つじゃないの?」
「そう? 親睦を深めるのに、お茶はいいアイテムだと思うけどな? コーヒーでいい? あっ、紅茶の方がいいかな」
「ううん、コーヒーがいい。なんかすげぇいい香りしてる」
「豆にはこだわってるんだ」
そんな他愛もない話をしていた。俺はいったい何をしているんだ。ああ、また貴重な金曜日が潰れていく……。
なんとなく、隆二は今夜俺を抱かない気がした。
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