運命の番は姉の婚約者

riiko

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第二章 男を誘う

11 バー御影

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 身支度を整えて、相原の紹介してくれたバーに行った。

 地図アプリを見ても、少し迷うくらいわかりづらいところにあったので、初めての人はなかなか入りづらい。まず知っていなければ見つけられない。紹介制と言っていたから、初めてでひとりでくる人がいないのかもしれない。もはや簡単には見つけられないというのが目的なのだろう。隠れ家バーという感じだった。

「バー御影みかげ……ここか」

 重厚な扉を開けると、そこは夜にぴったりな幻想的な世界だった。

 薄暗い店内はそこまで広くなく、カウンターと、ふたつほどのテーブル席があるだけだった。ちらほらと人はいるが、まだ二十時になったばかりの店内は閑散としていた。

「いらっしゃいませ、良かったらこちらのカウンターへどうぞ」
「あ、はい」

 カウンターには、とても美しい男性がひとりでいた。

 バーテンダーの服装がかっこいいというよりは、妖艶な美しさを出していた。長い黒い髪を後ろにひとつに結んで、清潔感もあるけれど、女のように華奢ではなく男とわかる。それなのに、なぜか目がいってしまう美しさがあった。

「こちらは、初めてですよね?」
「あ、はい。昨日知り合った方から、ここを教えてもらって。相原さんっていう方なんですが……」
「ああ、貴方が。相原から聞いておりますよ、何をお飲みになりますか?」
「あの、アルコールの入っていないものってありますか?」
「ええ、じゃあノンアルコールでお出ししますね」

 メニューを見せられてもわからなかったので、お任せでお願いした。酒を飲める年齢じゃありません、なんて言って追い出されるわけにいかなかったから、酒を飲めないことにしたら、普通にノンアルを勧めてくれた。

 そっと美しいグラスに入ったキラキラした飲み物を出してくれた。

「相原は、僕の夫なんです」
「え!?」
「驚きました? 彼は僕のつがいで夫です。また外泊したから事件かと思ったら、オメガの男の子を保護したなんて言うんだもん。嫉妬したんですよ」
「それは、すいません」
「ふふ、彼はとても面倒見がいいんです。こちらには出会いを求めてお越しになったとか?」
「はい、実は昨日……」

 カウンターでバー御影のマスター、相原みかげと話をした。最初から親しみやすい人で、昨日のことを気づけば全て話していた。といっても、やはり寝るだけの相手を探しているなんてビッチ発言はできないので、恋人が欲しくて出会いを求めていたと言った。

「社会人になったし、俺もそういう経験もしてみたいなって思って……」
「ふふ、初々しくて、いいですね」
「まさか、酔わされてホテルに連れ込まれるとは思っていなくて……」
「それは、怖かったね」
「そ、そうですね」

 酒が入らなかったら、イケたかもしれない。

 運命の香りを思い出さなければ、ホテルであの男の子種を貰っていたかもしれない。怖かったのは確かだけど、今度こそ怖がるわけにはいかない。とにかく既成事実を! ひとり意気込んでいると重厚なバーの扉が開いた。

「あっ、いらっしゃいませ」
「みかげさん、カウンターいい?」
「どうぞ」

 ドアの方向に向かって挨拶をするみかげと共に、俺もそちらを目で追った。そこには仕立ての良さそうなスーツを着た男性がいた。ここは紹介制バー、ということは常連だろう。名前を気軽に言ったその男は、少し離れた席に座った。

「じゃあ、ごゆっくり。まずはこのバーに慣れてみるといいよ。あと良さそうな人がいたら、僕に言って。大体のお客さんのことは頭に入っているから、見極めてあげるね」
「はは、それは頼もしいです。ありがとうございます」

 みかげは、その男の接客についてしまった。しかし、まだ人はあまりいない店内。引っ掛ける相手も見当たらない。今しがた入って来た男は、妻がどうのと早速、世間話をしていた。妻がいる男は問題外。さすがに子種を貰って子供を産むにしても、奥さんがいる人の子供を産んでしまうのは、その奥さんに知られないとはいえ悪い気がする。

 ひとりで、ちびちびと出された飲み物を飲んでいると、テーブル席にいた男がドリンクを持って、隣に座った。

「えっと?」
「こんばんは、ひとり……だよね?」
「え、はい」
「俺もひとりなんだ」
「……」

 いやいやいや、あんた二人でいたよね、あっちのテーブル席に。今しがた連れが出ていったのを俺は見ていたぞ。

「ああ、さっきまでいた人は急な仕事の呼び出しで会社に戻ってしまってね」
「そうですか」
「何、飲んでいるの?」
「なんだろ、おまかせで出してもらったのでよくわかりません」
「ふふ、そう。君は……オメガだよね?」
「はい、そういうあなたは?」

 いきなりバース性を聞いてくるものだろうか? よくわからない。その男はよくいる会社員風なちょっと身ぎれいな感じがする男、年齢はだいぶ年上に見えた。十代の俺から見たら誰もが年上には間違いないだろう。それにここは俺みたいな子供が来るところではない気が早くもしてきた。

「俺はベータだよ。ここはみかげさんのパートナーの目が厳しくてね、アルファは基本出禁らしいよ」
「そうなんですか」

 すごい情報だ。アルファは出禁。なんて素晴らしいバーだろう。昨日出会った相原に感謝した。求めている狩場にちょうどいいじゃないか! だけど、どうもお上品な雰囲気のお店だけあって、ホテル行くか! みたいな感じになれるような気がしない。

 その男はいつの間にか隣に居座って普通に会話をしていた。正直、つまらない。これがバーの過ごし方? はじめにオメガかって聞いたのはなんだったのかというくらい、清いお話しかしてこない。それを俺は「はい」とか「へえ」とか「すごいですね」とかの相槌しかうっていない。

 多分金持ち、会社を経営しているとか言っていた。

 この男と話しているといつの間にか店内は人が増えていた。男が席を立ち、トイレに行った。男と離れた瞬間、ため息がこぼれた。なんだか疲れたな。会話を楽しみに来たわけではなくて、はやくホテルに行ける相手を探しに来ただけなのに。安全で楽しくお酒を飲む相手としては最高かもしれないが、残念ながら俺の目的はそんなことではない。金持ち男なんて引っ掛けるだけで、オメガとして何か言われそうだからゴメンだ。

 ここも失敗かもしれない、ここには俺に見合う……というか、ただやり逃げしてくれるような男はいないかもしれない。相原は上質な出会いの場としてここを紹介したのだ、目的と全く合わない。もう帰ろうかな……。そう思い席を立とうとして、財布をポケットから取り出した。バーの主人であるみかげは、相変わらず来る人来る人の対応で話をしていて、お金をいつどのタイミングで渡せばいいのか戸惑ってしまった。

 なんとなく、さきほどの男がトイレから戻る前にこの店を出たかった。

「君、つまらなそうだね」
「え……」

 左隣にいつの間にかいた客に話しかけられた。

「今トイレに行った人は、初対面?」
「……はい」

 その男は、この場の雰囲気に良く溶け込んでいる大人の男。先ほどの人より断然若い気がするが、自分よりはずっと年上、きっと三十代半ばくらいな気がする。そして、今まで見た男で一番顔がいい。といっても、引きこもりだからそこまでたくさんの男を見てきたわけではないが、みかげのつがいである相原と並ぶ美男子だった。

 隣に座っているので、身長はまだわからないけれど、自分より背は高そうだ。そして、鼻も高い。こういう男とキスをしたら鼻はぶつからないのだろうかと、全く今思わなくてもいいことを考えている自分がいた。それほどまでに、現実離れした顔が目の前にいた。

「彼に興味あるの?」
「いえ、興味は……無いかもしれません」
「ふふ、それは、面白いね。それであの人が戻る前に帰ろうと思った?」
「はあ、まあ」
「ふふ、じゃあお兄さんに任せなさい」

 そしてその男は、みかげのもとまで歩いていき、軽く会話をしていた。客との会話を遮り店主と話せるのは、やはりこの男もかなり常連と見えた。そしてみかげはウィンクをしてきた。いったいなに?

「会計は終わらせたから、店を出られるよ」
「え、あ、俺の分払います」
「いいよ、カードで切ったし、あっ、そうだ。じゃあ次の店でおごってよ」
「え?」
「君をあの男性から救い出したお礼にね」
「……わかりました」

 ひょんなことから男を誘うことに成功した。

 というか俺からは誘っていない、まんまと誘われただけだ。男はラフな格好をしていたから、先程の重厚な男性とはだいぶ違う。これならもしかしてワンナイトに持ち込める? 簡単にオメガを誘うチャラ男なんて、今の理想そのものだった。


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