9 / 71
第二章 男を誘う
9 初めての場所
しおりを挟む見慣れない場所、知らない香り、知らない空間。かすかにいい香りがする気もする。不快じゃない香り、でも自分の男の香りではないのは確かだった。
「大丈夫?」
「え……」
知らない男が話しかけてきた。
全く見たこともない男。バーで知り合った男ではないが、見たこともないようないい男だった。そして清潔感と透き通った香りに安心した。もう、なんのフェロモンも感じない。あの熱く昂ぶらせる強いフェロモンもない、何もない空間に心が穏やかになった。
「あ、あの」
「君、きのう男に無理やり襲われていたんだよ、しかも道端で」
「え、昨日?」
慌てて近くにあったスマホを見ると、あのバーでのナンパから、いつの間にか翌日に日付は変わっていた。
「たまたまそこを通りがかった俺が、君を保護した。さすがにお酒を飲んだ子を警察に引き渡すのもまずいかと思ったし、相手の男は逃げた。君だけその場に残されていたんだ、爽君」
「ど、どうして、俺の名前……」
するとその男は、見慣れた財布を見せてきた。
「悪いと思ったけれど、君の荷物を見た。財布に入ってた保険証を見て住所もわかったけど、そこまでするのは面倒くさかったし、近くのホテルに運んだんだ」
「それは……お手数をおかけしました」
「いいよ、いたいけなオメガの子供を保護することくらい、社会貢献かな?」
オメガの子供……そう言って、その男は優しく笑った。
「でも、どうして子供がお酒なんて飲んだりしたの?」
「子供って、俺十九歳ですけど。でもお酒……俺、お酒飲んだんですかね? オレンジジュースしか飲んだ記憶ないんですが」
「はぁ、じゃああの男に騙されてカクテルをオレンジジュースと言われたんじゃないの? それでも君はまだ二十歳になっていないから、やはりアウトだよ」
「……すいません」
「もうお酒は抜けているみたいだね、ひどい顔だ。シャワーでも浴びておいで」
「ありがとう、ございます」
ベッドから出たら、すこし体がぐらついてしまったら、その男が俺を支えてくれた。
「君は、世話がかかるね。ほら、お風呂まで連れて行ってあげるから」
「え、え、ええ?」
「ふらついて倒れられても困るしね、お風呂から上がったら何があったか聞くよ? それによっては警察案件にもなるし、とにかく子供をそのまま返すわけにはいかないからね」
「はい、すいません」
結構手厳しい大人らしい。
でも抱き上げて風呂まで運んでくれる面倒見のいい大人だと思うと、なぜか安心してしまった。それにこの男からは昨日の男のようないやらしさがかけらも見えなかった。
初めて男を経験するつもりでバーに行って、運良くナンパされた。しかし酒を飲まされて襲われそうになったとか。正直自分の行動の馬鹿さ加減に呆れてしまった。
そして今、知らない男の世話になっている。
抱っこされながら見渡すと、多分高級ホテル。見たこともない広さと清潔感と、都会を見下ろせる景色が窓の外には広がっていた。この人に保護されて朝までぐっすり寝ていたとは……。俺はなんて厚かましいのだろうか。
風呂場も豪華だった。一緒に洗ってあげようかと聞かれたけれど、断った。そしてシャワーを浴びてスッキリすると、そこにバスローブしかなかったので、それを着用した。
「あの、お風呂、ありがとうございました」
「どういたしまして、朝食を用意したから食べなさい」
「あ、すいません。いただきます」
「ふふ、子供は素直に好意に甘えるといいよ」
テーブルにはたくさん料理があった。
「えっ、こんなに?」
「ああ、君の好みがわからなかったから、食べられるだけでいいよ」
この男はいったい……。とてつもなく金持ちのように見える。
「俺は、相原圭吾、三十二歳、番持ちだから君のことをなんとかしようとも思わない。だから安心しなさい」
「えっ、あなたアルファなんですか?」
匂いがしないから、ベータかと思っていた。それにしても超絶かっこいい大人だから、アルファと言われたらそうだろうなとも思う。
「そうだよ、一応君はオメガだから言っておいたほうがいいかと思って。俺には番がいるからそこまでフェロモンも感じないだろう?」
「ああ、そういうことだったんですね。かすかにいい香りがするくらいです」
「君はその辺も疎いのかな? 昨日の相手はベータだったみたいだが、オメガの君のフェロモンに少し当てられていた。オメガはアルファだけを誘う生き物じゃない、ヒートのときは特にベータでも誘ってしまう。何があったか聞くが、その前に食べてしまいなさい」
なんだか教師と生徒という関係にしか思えなかった。俺は遠慮なく美味しいご飯をたくさん頂いた。普段は節約のため朝食を抜いているが、食べていいなら食べたい! と興奮した。
とても美味しいホテルのルームサービスを頂いたあと、当たり障りなく話した。
彼氏が欲しくなって、バーに行ったと。そしてナンパされた男とホテルに行くところだったが、急に怖くなってしまったのと、多分酒が回って眠くなったからその場で倒れてしまったことを話した。
「君には、危機感というものがないのか? ヒート中に出歩くなんて」
「すいません」
ヒート中ではない。あの時までは普通だった、急に俺の運命の香りが漂ってきて、そして体が熱くなった。でも、どうしてそうなったのかわからない。彼がそこにいたわけでもないのに、ましては彼の香りをまとう姉がいたわけでもない。どうしてそうなったのだろうか。考え込んでいると、目の前の男が話を続けた。
「急に怖くなっても、ああいう場ではもうホテルに連れ込まれて今頃泣いていただろう。しかも酒を飲まされたことさえも気が付かないなんて」
「お酒飲んだことなかったから、味がわからなかったし……」
「はあ、今回は警察に突き出さないが、今後気をつけなさい。昨日の男はベータですぐに逃げるようなやつだからよかったものの、 もしアルファに目を付けられていたら、たとえ俺が通行人として助けに行っても、無理だったぞ」
この人は、たまたま友人と一緒に飲んでいた帰り、明らかにおかしな痴話喧嘩っぽいカップルが気になって見ていたら、俺が気を失って、あのベータ男が周りをキョロキョロと見渡してから抱きかかえたから、犯罪だと思ったらしい。そしてこの人、相原が警察ですがどうしましたって聞いたところ、男が俺を置いて逃げたって。
警察という嘘までつかせてしまった。
「あ、安心してくださいっていうのはおかしいかもしれませんが、俺がアルファに目をつけられることは絶対にないです」
「は?」
「俺は引きこもり体質なので会社と寮しか移動しないから。それにアルファが苦手なので、もともとベータの男を誘うつもりでした」
「アルファ……苦手なのか?」
「あの、すいません。相原さんは大丈夫みたいです。番さんがいるからかな? ギラギラしてないし、匂いも薄いから」
「ああ、アルファのフェロモンが苦手なのか? 俺は妻以外にフェロモンを出すつもりもないし、警察だから一応抑制剤も常に取っている」
「……そういうことなんですね」
まさかの本気で警察だったらしい。犯罪歴がついたら、さすがに親が泣く。相原がいい人で良かったと、安心した。
64
お気に入りに追加
2,356
あなたにおすすめの小説

初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
運命の番ってそんなに溺愛するもんなのぉーーー
白井由紀
BL
【BL作品】(20時30分毎日投稿)
金持ち社長・溺愛&執着 α × 貧乏・平凡&不細工だと思い込んでいる、美形Ω
幼い頃から運命の番に憧れてきたΩのゆき。自覚はしていないが小柄で美形。
ある日、ゆきは夜の街を歩いていたら、ヤンキーに絡まれてしまう。だが、偶然通りかかった運命の番、怜央が助ける。
発情期中の怜央の優しさと溺愛で恋に落ちてしまうが、自己肯定感の低いゆきには、例え、運命の番でも身分差が大きすぎると離れてしまう
離れたあと、ゆきも怜央もお互いを思う気持ちは止められない……。
すれ違っていく2人は結ばれることができるのか……
思い込みが激しいΩとΩを自分に依存させたいαの溺愛、身分差ストーリー
★ハッピーエンド作品です
※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏
※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承くださいm(_ _)m
※フィクション作品です
※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです
全寮制の学園に行ったら運命の番に溺愛された話♡
白井由紀
BL
【BL作品】
絶対に溺愛&番たいα×絶対に平穏な日々を過ごしたいΩ
田舎育ちのオメガ、白雪ゆず。東京に憧れを持っており、全寮制私立〇〇学園に入学するために、やっとの思いで上京。しかし、私立〇〇学園にはカースト制度があり、ゆずは一般家庭で育ったため最下位。ただでさえ、いじめられるのに、カースト1位の人が運命の番だなんて…。ゆずは会いたくないのに、運命の番に出会ってしまう…。やはり運命は変えられないのか!
学園生活で繰り広げられる身分差溺愛ストーリー♡
★ハッピーエンド作品です
※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏
※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承ください🙇♂️
※フィクション作品です
※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

あなたと過ごした五年間~欠陥オメガと強すぎるアルファが出会ったら~
華抹茶
BL
子供の時の流行り病の高熱でオメガ性を失ったエリオット。だがその時に前世の記憶が蘇り、自分が異性愛者だったことを思い出す。オメガ性を失ったことを喜び、ベータとして生きていくことに。
もうすぐ学園を卒業するという時に、とある公爵家の嫡男の家庭教師を探しているという話を耳にする。その仕事が出来たらいいと面接に行くと、とんでもなく美しいアルファの子供がいた。
だがそのアルファの子供は、質素な別館で一人でひっそりと生活する孤独なアルファだった。その理由がこの子供のアルファ性が強すぎて誰も近寄れないからというのだ。
だがエリオットだけはそのフェロモンの影響を受けなかった。家庭教師の仕事も決まり、アルファの子供と接するうちに心に抱えた傷を知る。
子供はエリオットに心を開き、懐き、甘えてくれるようになった。だが子供が成長するにつれ少しずつ二人の関係に変化が訪れる。
アルファ性が強すぎて愛情を与えられなかった孤独なアルファ×オメガ性を失いベータと偽っていた欠陥オメガ
●オメガバースの話になります。かなり独自の設定を盛り込んでいます。
●最終話まで執筆済み(全47話)。完結保障。毎日更新。
●Rシーンには※つけてます。
【完結】今更愛を告げられましても契約結婚は終わりでしょう?
SKYTRICK
BL
冷酷無慈悲な戦争狂α×虐げられてきたΩ令息
ユリアン・マルトリッツ(18)は男爵の父に命じられ、国で最も恐れられる冷酷無慈悲な軍人、ロドリック・エデル公爵(27)と結婚することになる。若く偉大な軍人のロドリック公爵にこれまで貴族たちが結婚を申し入れなかったのは、彼に関する噂にあった。ロドリックの顔は醜悪で性癖も異常、逆らえばすぐに殺されてしまう…。
そんなロドリックが結婚を申し入れたのがユリアン・マルトリッツだった。
しかしユリアンもまた、魔性の遊び人として名高い。
それは弟のアルノーの影響で、よなよな男達を誑かす弟の汚名を着せられた兄のユリアンは、父の命令により着の身着のままで公爵邸にやってくる。
そこでロドリックに突きつけられたのは、《契約結婚》の条件だった。
一、契約期間は二年。
二、互いの生活には干渉しない——……
『俺たちの間に愛は必要ない』
ロドリックの冷たい言葉にも、ユリアンは歓喜せざるを得なかった。
なぜなら結婚の条件は、ユリアンの夢を叶えるものだったからだ。
☆感想、ブクマなどとても励みになります!
☆ムーンライトノベルズにも載せてます。
☆ 書き下ろし後日談をつけて、2025/3/237のJ.gardenにて同人誌にもします。通販もあります。

トップアイドルα様は平凡βを運命にする
新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。
ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。
翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。
運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる