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第二章 男を誘う
8 バー体験
しおりを挟む同僚オメガが連れてきてくれたところは、アルファがあまり出入りのしないバーだと言っていた。少しカジュアルな雰囲気で、みんなでワイワイという感じだった。
「ちょっと飲んで楽しみたい時はここに来るの。本気でアルファを落としたい時は、また別のもうちょっとお高めのところに行くんだよ。でも三上君のターゲットはベータだって聞いたから、ここで大丈夫そう?」
「うん、俺はアルファが苦手なんだ。ここなら雰囲気もカジュアルでいいし、落ち着く」
「それなら良かった。ここはね、オメガが二人で来ても割と安心のところなんだ」
「へ、へぇ」
同僚とテーブル席につくと、同僚は酒を頼んだ。俺はまだ十九歳なのでひとつ年が足りず、ジュースを頼む。少し会話をしていたら、すぐに男二人に声をかけられた。同僚は可愛いからすぐにオメガとわかる。俺も一応オメガに見られたらしい。
オメガが二人で酒を飲んでいると、すぐに声がかかると同僚が事前に話していたとおり、ほんとにすぐに声がかかったことに驚いた。バーってそういうところなのだろうか。これが目的だから問題ないが、なぜかこの軽い雰囲気に気分が乗らなかった。同僚は声を掛けられた相手に嫌悪感がなかったようで、四人で飲んだ。いい具合にみんな酒が入り、楽しそうにしていた。
俺は……楽しくない。
知らない人と話していて楽しいわけがない。世間のことに疎い俺は、流行りのことを言われてもわからないし、知らない男にベタベタ触られるのも正直不快だった。
こんなんで俺、男とできるのか? 妊娠までこぎつけなくちゃいけないのに。
「爽君、もう飲み物ないね。次何頼む?」
「あ、じゃあオレンジジュースでお願いします」
「オッケー」
ひとりの男が自分に飲み物を聞いてきた。気が利く男のようだった。同僚はもうひとりの男と楽しそうに手を絡めていた。同僚は、今日男を引っ掛けるつもりだとここに来る前に言っていたので、納得したが少し驚いた。アルファと付き合うには少し疲れるから、ちょうどいいベータと体の関係だけほしいと言っていた。世間ではビッチと言われる部類なのかもしれないが、そんな同僚に安心した。だからセックスだけの相手を求めていると言っても、引かなかったのだろう。
アルファと付き合うと束縛や本気度などがベータと違うらしい。前回の束縛彼氏には疲れたから、今度は体だけ発散できる軽い付き合いを望んでいると、経験者は語った。頼もしい同僚を尊敬した瞬間だった。
勉強になるぜ。そうだよ、俺は早く妊娠しなくちゃだめなんだから、手当り次第男に抱かれなければ!
ひとりに拘るつもりもないし、父親はいらない。子供さえこの腹にきてくれればいい。
幸いなことに就職した会社は、オメガ手当も、産休制度もしっかりとしていた。だから、それを利用して子育てはこれからひとりで頑張る。とにかく大好きな姉とその男の結婚式さえクリアすればいい。その後の人生はきっと大変だろうけれど、子供とふたりで生きていく覚悟はもうした。
あとはその種をもらうだけ。
そう考えたら会社で男を漁るわけにいかない。お腹の子供に父親は必要ないから、妊娠したことも知らないでいられる相手が良かった。だからこそ、見ず知らずの手っ取り早く体だけ繋げてくれる軽い男しか選択肢は無かった。
「はい、オレンジジュース」
「あ、ありがとうございます」
よし、男は度胸だ! そう思ってオレンジジュースを一気に飲み干した。
「おお、いい飲みっぷり」
「あれ? なんか、これ苦いような?」
一気に飲んだせいか、味がよくわからなかったが、喉があつい。
「そう? ほら、俺もオレンジジュース頼んだから、これも飲んでいいよ」
「ありがとう! じゃ、遠慮なく」
なんだか体が熱くなってきたので、またゴクっと飲んだ。
「三上君、僕は彼とこれから違うお店に行くことになったから、ここで帰るね」
「え、ああ、うん。今日はありがとう」
「いいえ、三上君も楽しい夜をね」
「ああ! じゃあまた会社で」
同僚はこれからしけこむらしい。事前にそう言われていたから邪魔しないし、同僚もこちらの邪魔をしないとお互いにそう決めて、ここに来た。
「ねえ、爽君、俺らも移動しない?」
「え、あ、うん。ちょっとまって、なんか体が熱くて、足が」
「酔っちゃった?」
「酔わないですよ。だって俺オレンジジュースしか飲んでないし、あははは、うはっ、あんた面白いな、あははは」
「あれ? 笑い上戸?」
「暑い、服脱ぐっ」
「え。ちょ、ちょっとまって、服はホテルに行ってからにしよう」
「おお――! 行くぞ、行くぞぉ」
なんかいきなり熱くなってきたが、目的は果たせそうでもっと楽しくなった。この男には若干嫌悪感があったが、今はそれもどこかに行ってしまった。不思議だ。これなら嫌悪感のある男とでも、できるかもしれない。
店を出て、その男に介抱されながら歩いた。
「俺、エッチしたことないけど、いい?」
「え、そうなの? 処女?」
「うん、もらってくれる?」
「うわ、今日は大当たりだな。初物なんてもらえると思わなかった」
「あたりって?」
「ううん、なんでもない、急ごう! ああ、ラブホ検索するからちょっと待ってね」
良かった、こいつは俺を抱けるらしい。
バーを出て、道に立ち止まり、男がラブホを検索していた。その時ふいにアルファの香りがした。
え、この香り……。どうしてこんなところに? あっ、体が! 熱い……。
「えっ、ちょっと、爽君? 大丈夫?」
「熱い、熱い、なに、これ」
「うわっ、これってオメガのヒート? うわあ、マジか! 俺今日超絶ラッキーじゃね?」
「あ、やだ、触らないで。やだっ」
男は道端にもかかわらず爽に抱きついて、股間を触ってきた。いきなりの嫌悪感。体は熱いのに、この男じゃない感が酷い。この男じゃない、欲しいのはコレじゃない。そう思ったら一気に気持ち悪くなった。
「爽君、大丈夫だよ。よっぽどやりたかったんだね、ホテル見つかったから行こうね」
「や、やだ。やっぱりヤダ。あんたじゃない」
「ちっ、こんな状況でわがまま言わないで。ほら、いくよ」
この男じゃないと思うし、どうして今、姉の男のフェロモンが漂ってくるのかわからなかった。俺は土壇場になって、あの男以外に抱かれることを拒んでいるのだろうか。初めて自分の起こした行動に嫌気がさしてきた。これで本当に妊娠できる? それに誰かと寝ようと思うと、こんなにあの男のフェロモンを感じてしまう自分の浅ましさが、姉をまた裏切っている。姉の幸せを願っているはずなのに、自分の行動が、思考が、すべてが姉を悲しませる行為でしかない。
知らない男の子供を孕むことだって、姉は悲しむだろう。何をしても自分はだめだ。そう思ったとき、急に眠気も訪れて意識がとだえた。
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