運命の番は姉の婚約者

riiko

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第一章 運命の番を知る

1 プロローグ

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 それは夏の終わりの、まだ少し汗ばむ陽気のそんな日だった。

 休日に呼び出されたカフェ。室内だというのに、大きな木がセンターには堂々と存在感をこれでもかというくらい主張している。いかにも女性が好きそうな洗練された洒落た空間だった。そこにはいつも通りの優しくて温かい、そしてとても美しいこの世で最も大切な姉がいた。

 いつもと変わらない、大好きな姉との穏やかな休日。

 いや、どうやら今日はそんな予想を反して、奈落の底へ落される日だったらしい。姉がなにか言いたそうにしていたのは、途中からなんとなく気が付いたが、自分からは何も聞けない、そんな雰囲気だった。いつも通り他愛もない話をする中で、姉がぼそっと言った。

そうちゃん、私、彼と結婚することになったの……」
「ぇ……」

 今年高校を卒業して、すぐに就職した爽は、姉とこうして休日をたびたび過ごしていた。爽は、両親と八歳年上の姉と四人家族。姉は、歳の離れた弟を幼い頃からとても可愛がり、両親もそんな姉弟を愛していた。平和な三上みかみ家では、爽は何不自由なく暮らしていたが、高校卒業と同時にある事情から家を出た。

 両親と姉はベータで、爽だけが唯一のオメガという性だった。それでも両親も姉も性別のことは気にせずに愛され、仲のいい家庭で育ったと今でも自信を持って言える。

 オメガはいろいろと大変といわれる中、両親は立派に爽を育てた。姉はとても優秀で、大学を出て一流企業に勤めた。両親からも自慢の娘であった。爽は、優秀とは程遠いが、それなりに勉強も頑張り、素行も悪くなく普通の男子高校生だった。

 普通に育ててもらったお陰なのか、三上家ではバース性にこだわるような思考は生れず、爽も未発情だったこともあり、オメガ性に対して大した苦労もせずに、知識も乏しいまま当たり前に大学進学を目指して受験勉強をしていた。

 それが、人生が変わる出会いを果たしたせいで、大学進学は諦めて働きに出て半年が経った。

 姉は二十七歳、結婚適齢期といったらそうなのかもしれないが、交際しているアルファの男がいたから、そろそろ結婚の話が出るのもわかる。

 爽はひそかに姉とあの彼が破局することを願っていた。しかし願いはむなしく、ついに二人は名実ともに結ばれる運びとなった。

 こんなに苦労して運命の痕跡を消している間、運命の男はただただ安心して恋人と未来の約束をしていた。なんだかむなしいような悲しいような、なんとも言えない感情が自分の中にあった。

「爽ちゃん……やっぱり、だめかな?」
「え、あっ、ちがう。ごめん、びっくりして、おめでとう」
「あっ、ありがとう! 爽ちゃんからおめでとうって言ってもらえると思ってなかった」

 姉は少し涙目になっていた。実の弟相手に、相当な気を使わせていたことを思うと、申し訳なく感じる。

 姉がコーヒーを口に運ぶのを見て、爽は氷が解け切ったアイスカフェラテをストローで吸い切った。

「どうしても、半年後の結婚式には、爽ちゃんにも出席してほしいの……」
「う、うん」

 ああ、ついにあれを始めなければいけないのか。姉の喜ぶ顔とは裏腹に、心はこの薄まったカフェラテのように、なんとも言えない曖昧な状態になっていた。



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