回帰したシリルの見る夢は

riiko

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番外編

ザインガルド王妃による息子の閨教育 2

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 ディーが静かに話し始める。

「私は運が良かった。ある程度の教育を終えてから初めての恋をした。シンという最愛に出会えたんだ」
「俺も。俺も初めての恋がディーで良かったよ、最後の恋もディーだけど」

 ディーは優しい顔をして、俺を見つめる。
 この顔がすごく好き。何年経っても俺を愛してくれるたった一人の最愛の人。

「だが、フランディルは違う。あの子は先に恋をした。だからとても悩んだと思う」
「最初に恋をしたなら何を悩むの?」

 恋をしたなら、ただその恋を楽しめばいい。
 ディーは婚約者がいる状態で破断にするために、俺を手に入れるために頑張った。フランディルは初めから幸せしかないのに。俺はディーの言っている意味がわからなかった。不思議そうな顔を見せると、ディーが真剣な顔をする。
 俺たちの部屋、というか国王陛下の広い私室に二人きり。二人きりで過ごす時には従者もいれたくないというディーの独占欲で、ディーの茶は俺が淹れる。そのカップがすでに空になっているのを見て、だいぶ真剣にこの時間を過ごしていたと急に感じる。
 俺たちは、息子を愛している。だから、息子の話は大抵時間を取って話すようにしていた。

「忘れたか? フランディルはただの子どもじゃない。王太子として教育を受けている特別な子だ」
「あいつは、俺にとってはただの子どもだよ」

 そこでディーがふっと微笑む。

「そうだな、シンや私にとっては最愛の普通の息子だ。だが、いずれは私の地位を受け継ぐ立場であるフランディルは、普通の子どもではだめなんだ。シンは慣例を無視してこの美しい胸で育ててきたし、私も普通の親としての愛情も注いできた」
「あ、んん、いきなり摘むな」

 ディーはフランディルを愛している、それは俺もわかる。
 その話で、俺の胸の突起をむぎゅっと摘む必要あるか? 母乳で育ててきた王族はいない。俺がそうしたいと言ったのをディーや義理母である前王妃陛下は許してくれた。そのことを伝えるために俺の胸を摘んで押しつぶすディー。真面目な話なのかわからなくなから、俺はディーの手を払った。

「ふふ。だけどね、シン。やはり王族は特殊なんだ。立場が見合う相手としか婚約できないし、たとえ婚約者が好きでも結婚前は抱けない。そして、婚約者以外に恋もできない。シンは特例だけどね」
「そうだな。でもフランディルは幼い頃からシリルが好きだったから、実る恋をしているだろう。好きな相手が、運良くゼバン公爵家の子息だったから、初めから立場が見合っているし悩むことない」
「忘れた? 私とシンのつがい契約したあの日のこと」

 急になんで俺たちの契約の日の話になるんだろう。

「忘れたというか、覚えてない。ディーもだろう」
「ああ、そうだ。記念すべきうなじを噛んだ瞬間を覚えていない。唯一覚えているのは、獣のようにシンを噛んだ瞬間と血の味とシンのたまらないフェロモンの香りだけだ。それが私たちの人生で一度きりの記念すべき瞬間の記憶だった」
「ディー……」

 俺のうなじを優しく触りながら、ディーは懐かしい顔をした。
 俺は、その時の記憶がなくても幸せだった。ディーは違うのかな? あれから二十年近い歳月が過ぎたというのに、そんな話を聞くことになるとは思わなかった。

「後悔……してるのか?」
「しているわけないだろう。最愛のシンとつがいになれた喜びは今でも覚えている。だけど、ムスタフ伯爵夫人が凄い形相でシンを抱きかかえたのを忘れられない。血に塗れたシンを私から保護した夫人の焦った顔を見て、私は正気に戻ったんだ」

 初夜のあと、あまりに部屋からも出てこない俺たち。獣のように交わる音に、心配した後宮医師ムスタフ伯爵夫人がつがい契約後の現場に足を踏み入れた。そこで意識を失っている俺を激しく抱くディーを引き剥がし、俺のうなじを手当してくれたって後から聞いた。
 トラウマになっていたのか? 
 その時のことは覚えていないからそこについて話したことはなかったが、あの一瞬でディーはラットから覚醒したのだろう。

「ディー、俺は幸せしかなかったよ。その次の発情期は丁寧に抱いてくれただろう。あれですべて上書きされたから、俺にとってディーとヒートを過ごすのは幸せしかない。ディーだけが、そんな辛い思い出を抱えていたなんて知らなかった。ごめんな」
「いや、私も幸せだよ。ただ、一年好きなシンを抱かずにいたことが、そこまでの暴走に繋がるとは思っていなかったんだ。シンに初めて出会った時、ムスタフ伯爵夫人と約束したんだ」
「え?」

 ディーは身分を隠して俺と森で出会い恋をした。
 その後、ムスタフ伯爵夫妻に協力を仰いだ。その当時の後宮医師として、王子の閨事情を知っていたムスタフ伯爵夫人は、一つの危険性もディーに話した。
 王族はもとより性欲が強い、だからこそ閨相手が必要だった。だけど、ディーは俺と出会ってから俺以外を抱くつもりはないと宣言した。それをムスタフ伯爵夫人は懸念したという。一年もの間、誰も抱かないことはできるのかと。
 愛情がなくても、オメガを抱いてきたことでアルファとしての健康を保たれていた。性欲を発散することは、健康的な生活を手にすることに繋がる……らしい? そこは俺が王族アルファではないから、全くわからない領域だったが、専門の医師が言うならそうなのだろう。
 しかも、すでに愛する相手がいるのに抱けない。
 まだ十代の安定していないアルファができることじゃないと、ムスタフ伯爵夫人は医者として心配した。
 そんな事情があったことを知らなかった。
 好きな相手を見て、我慢することがどんなに辛いことなのか。――それがあのつがい契約に繋がった?
 最初の交わりこそは気を使ってくれたけれど、二回目からはディーがいきなりの本気モードになったのは俺も覚えている。幸せだったけれど、体が辛かったのも本当。
 そういう経緯から考えると、王族アルファたるフランディルが精通してから結婚までの数年間を耐えられるはずがないし、耐えられたところでシリルが初夜で傷つくのは想像がつく。
 後宮官僚だったおっさんもムスタフ伯爵夫人も、今はすでに引退して後宮から離れているが、次代の後宮への申し送りにそのことは伝えられたらしい。
 だから今回の後宮は、俺たち世代の教訓から、フランディルへの教育を今まで以上に力を入れると、ディーは閨教育が始まる時に後宮から聞いた。
 そしてフランディルが精通したあと、ディーはフランディルから相談を受けたと言う。
 自分はシリルが好きだから、初めてはシリルを抱きたい……シリルだけを愛したいと。だがこのままでは、結婚前にシリルを襲ってしまいそうだとフランディルは悩んでいた。
 王族の嫁になるということは、絶対に処女という決まりは覆せないとディーはフランディルに説明した。
 シリルはまだ性に疎い。年々可愛くなるシリルを前に、性欲を抑えるには他のオメガを抱くことも必要なことだと、閨教育のことをディーが息子に話した。
 そしてディーは自分の経験として、それをしてきたということも伝える。だが本当にシリルを我慢できるなら、閨教育については自分で後宮を管理して、やらないという制度をつくることは反対しないと言ったが、きっと無理だろうとディーはその時思ったと言った。
 ディーは、挿入以外のことで少し発散できたことは大きかったと言う。それは俺が閨係だからできたことで、シリルは公爵家の人間で、これからヒート管理が入る。
 結婚前に発情期を抑えるために、触れ合いどころがキスの一つもできない。
 精通から結婚までの数年間を耐えられず、シリルを襲う未来しか想像つかなかったから、好きな相手がいるフランディルこそ、他で発散しないとダメだろうと、ディーは思ったという。
 婚約者でも、処女ではないとわかったら側室にしかできない。
 しかしゼバン公爵のラミスがそれを許すわけがないから、やはりフランディルは閨係で発散するしかないだろう。
 最後の判断はフランディルに任せた。そしてその後、フランディルの閨教育は始まった。
 それ以降、フランディルがディーに相談することはなかったし、フランディルなりに何かを決断して受け入れているとディーは感じた。
 ディーにはダイスとアストンという親友がいたから、フランディルも同じ年のダイスの息子には、閨のことも相談しているだろうと、親と話すよりは友人と話して成長するしかないと思い、そのままディーも閨教育のことは気にしていなかった。
 そんな話をディーから聞く俺は、改めてディーを父親として尊敬した。ちゃんと息子のことを考えてくれていたんだ。

「そうだったんだ……」
「ああ、だから私はフランディルが不誠実だとは思わない。仕方のないことなんだ。王族だからこそできないことが多いし、守らねばならない体制もある」
「フランディルも悩んでいたんだな」
「ああ、せめてこの悩みがシリルに伝わらないように、後宮のことはシリルの父であるラミスにも漏れてはいけない。あの二人が結婚できるまでもうすぐだ。そして今年は最後の年だから、私がシン以外で経験しなかった処女オメガを抱くだろう。処女を抱く必要性も、もうわかるだろう?」

 ディーでさえも暴走したつがい契約。
 俺は木こりをしていて体力があったが、それでもあれから次の発情期近くまでは、体を繋げることができないくらい疲弊していた。それが、愛されて守られてきた上位貴族のオメガのシリルだったのなら……

「初めての相手を壊さないため?」
「そうだよ」

 なんだか母親としては複雑だった。
 そして愛するアルファと結婚する日を夢見たことのあるオメガとしても……王族とはそういうところ。それを言われてしまうとなんとも。
 せめて相手であるシリルがそれを知ることなく、笑ってフランディルと結ばれてくれれば、この閨教育も救われるだろうか。
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