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最終章 ~本編に入らなかったお話~
5 閨係の終わり方(アシュリー視点)
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閨係になった当初は、ひたすら殿下を不快にさせないように頑張ったと思う。でも、段々と僕の心は殿下に奪われていき、僕は彼を好きになってしまった。
ある日後宮官僚が、殿下とシリル様のお茶会の場所に連れて行った。そして陰からこっそりと見るようにと言われたそこでは、殿下が僕には見せないような冷たい顔をしていた。シリル様は終始笑っていたけれど、殿下だけはつまらなそうだった。
「殿下は婚約者が好きではない。しかしお相手のシリル様は公爵家の次男で、彼が殿下を望みました。高貴な身分の公爵家からの縁談を断れず、嫁にしなければいけない哀れな王子なのです。せめて閨でだけはあなたが彼を癒して差し上げなさい」
後宮官僚が僕にそっとそう言ったんだ。
好きでもない婚約者と、義務で月に一度会わなければいけない殿下が哀れだった。
どうしてシリル様は殿下のその顔を見て、笑っていられるのだろう。
政略結婚なんだから彼に笑いかけず、ただ結婚の日まで大人しく待っていればいいのに。それなのに、殿下の愛を望むなんて、なんてずるい人なんだろう――僕はそんな浅はかなことを思ってしまった。
だけど、今ならわかる。
彼らがどれほど互いを好きだったかということを、二人とも貴族の頂点のような人だから、僕なんかには心の内が全くわからなかったんだ。心の中では執着しあうほどの二人のドロドロの愛に、僕は浅はかにも後宮官僚に踊らされて、そこに入り込んでしまった。
◆◆◆
僕は二人の結婚式の日に、ずっと好きだった殿下と番なる計画を実行した。結婚会場の端の方で発情したから、僕の香りを求めて殿下がすぐに来てくれるだろう。
しかしここは他のアルファもいる場所。だから僕は捉えられてしまったけれど、この騎士たちは殿下が配置した騎士であり、殿下が到着するまで僕を守るナイトなのだろうと思った。だって、これは僕と殿下の秘密の計画だったから……その割には掴む手が少しだけ痛い。
少しすると、焦った顔をした殿下が僕のフェロモンに反応していい香りを僕に向けて駆け寄ってきてくれた。
「殿下ぁ! 待っておりましたぁ。僕を番にして……、これでやっとシリル様との呪縛から解放されます。殿下さえラットを起こしてしまえば、誰も止められない。殿下はついに愛しい僕と結婚できます」
殿下は怪訝な顔をして、鼻だけではなく口元までも抑えてこちらを見ていた。
殿下にラットを起こして欲しいのに、周りのアルファの騎士たちが先に、殿下の唯一である僕に対して興奮していた。不敬にも殿下の前で僕に対してラットを起こしていたのは、とても気持ち悪かった。僕は殿下だけにこの香りを嗅いでほしいのに!
「……これは、酷いな。意味不明な言葉を発している」
「はやくぅ――」
殿下の目が冷たいし、なぜか僕を拒絶しているような言葉を吐いていた。どうして? だって、ここで発情することは僕と殿下で決めたこと。僕は体の熱が我慢できずに殿下を誘った。しかし殿下の隣にいるリアム様同様、殿下の目が僕を蔑んでいた。
「殿下、斬りますか?」
「いや、私とシリルの大事な式を中断させたんだ。それなりの処罰を与える」
二人がなにかを言っているが、僕は発情がどんどん強くなり、あまり理性が保てないでいた。なぜかベータの騎士に抱えられ、改装工事中で閉鎖していた騎士団の宿舎まで連れられてきた。
そして、僕の護衛騎士だったリーグたち三人と誰もいない宿舎に入った。リアム様はいつの間にかいなくなっていた。
彼らはアルファだから、僕のヒートに興奮しているのがわかる。どうして殿下は僕の護衛騎士だった三人のアルファまで一緒に移動してきたのだろう。
僕はまだベータ騎士二人に腕を取られていた。
「さて、ここで喘いでいるオメガは、知っての通り私の性欲処理を担当していたアシュリーだ」
「せ、性欲処理?」
リーグが反芻している。そして僕も思わず言葉を発した。
「な、なにそれ。殿下は僕とここで番になるために、来たんでしょ」
「アシュリー少し黙ろうか」
殿下のその言葉を聞いた一人の騎士がそれに頷き、僕の口を布で覆った。僕の護衛騎士をしていた三人はいまだ戸惑っている。
「リーグ、随分我慢させたな。思う存分にアシュリーを抱くといい。とりあえずお前たち三人でアシュリーの熱を冷ましてやってくれ。これは今後、大事な式を乱した罪で断罪される予定だ。その前に正気に戻ってもらわなければいけない。この発情は卑しい薬でも摂取したのだろう。さすがに一人じゃ対応できないだろうから、三人で順番に抱いてやれ」
「く、薬?」
「ああ、薬のせいで抑制剤の処置はできない。そういうオメガの発情を抑えるにはアルファの精液を摂取するしかないのはわかるな? このままでは発情に苦しんで発狂してしまう。悪いがアシュリーを助けてやってくれ」
「え、でも」
リーグが驚いた声を出した。
殿下は気にすることなく、オメガ用の首輪をテーブルに置く。僕を拘束していた騎士は殿下を見て頷き、それを手にとり僕の首にはめた。
「んんん――」
僕は必死に抵抗するも、口は布を当てられて声がでない。殿下がこれから僕を騎士たちに抱かせる。それだけは発情した頭でも理解できた。
なんで、どうして、僕と番になる約束をしたのに……
いや、約束はしていない? 殿下は僕にあの薬を手に入れたいなら自分でやりぬけと言った。それだけだった。僕の計画を聞いて殿下は否定も肯定もせずに、あの時驚いた顔をしただけだった。
「ん、アシュリー嬉しいか?」
「んんん!」
僕は殿下の言葉に涙を流して否定した。
僕は殿下以外を受け入れるなんてできないし、嫌だった。殿下を愛しているから殿下に抱かれてきた。それなのに、なんで今こんな状況になっているの?
「じゃあ皆、アシュリーを頼んだぞ、くれぐれも私とシリルの初夜を邪魔するような報告がないように。しっかり抱きつぶして見張っておけ」
「「「……」」」
リーグたちが戸惑っていた。
彼らが僕にそういう目を向けていたのを知っていた。僕は彼らの主である殿下の恋人だから、必死に思いを隠していたのも実は僕には見えていた。特にリーグは僕を崇拝するような目で見ていた。未来の妃殿下たる僕に向ける目には優越感を感じていたが、今は違う。彼らの僕への邪な想いを知っているからこそ恐怖で震えた。
「どうした? 返事がないが」
「恐れながら、アシュリー様は殿下の大切な恋人では……」
あそこを軽く押さえて、興奮を隠しきれない騎士が殿下に質問していた。僕のヒートに、彼らの体は素直に反応を示している。たった一人の僕が認めた男である殿下だけが、どうして僕の香りに抗っているの?
「そんなわけあるか、私は生まれてからシリルしか愛していない。このオメガは契約を結んだだけの結婚前の閨係……私が最初から仕込んだオメガだ。散々私に仕えてくれて、アシュリーを見張ってくれた礼だ」
「そ、そんな」
僕を見張っていた?
彼らの中でも、唯一本気で僕を想っているリーグだけは戸惑いを隠せないようだったけど、他の二人は確実に僕を抱けると思ったのだろう。殿下の言葉を聞いた直後、僕を飢えた目で見ていた。
僕はその凶器な視線に怖くなり、震えて涙を流して殿下に縋ろうとした。
「ふ――っ。んんっ!」
だけど、騎士に押さえられて殿下の元にたどり着けることはなかった。
「お前たちが相手にしないなら、別に他の奴に任せてもいい。ただ、お前たちは名の知れる家の立派なアルファだ。私の大事な部下の相手をさせるのは、アシュリーへの恩情だ。断るならそれでもいいが……」
殿下は僕を哀れな目で見てくる。
「んんんん、んんんん!」
「ほら、アシュリーもお前たちとは仲がいいから、お前たちに相手にしてもらいたいと泣いて訴えている。アシュリー良かったな。他の者なら結婚式を乱した犯罪者のお前を大事に扱ってくれずに暴力も振るわれるかもしれない。この者たちは私の信頼のおけるアルファだ。きっときちんと扱ってくれるぞ」
そこでちらりと殿下がリーグを見ていた。
リーグの股が卑猥な形へと変えていたのが見えて、僕はもう怖くてたまらない。あれを僕に挿れるつもりなんだ。
僕はもう、この断罪から逃げられないと悟った。
どうして? 僕はただ殿下を愛しただけなのに。殿下と一緒になる日をただ夢見ただけなのに。シリル様に多少嫌なことを言った記憶はあるけど、最後はシリル様も僕と殿下のことを受け入れてくれた。そして殿下は僕を夢中にさせた張本人なのに。ただの閨係として終わらすだなんて。
王族の結婚式に乱入したことがそんなに罪なことだなんて思わなかった。だって、そこで僕と殿下が結ばれたらシリル様は確実に結婚を白紙に戻せるし――シリル様はそれを望んでいた。
殿下だって嫌いなシリル様と別れられる方法があるならそれに縋ると思った。
それなのに、なんで!?
「殿下のお心、ありがたく頂戴いたします」
「ああ。褒美だからな、楽しめ」
そうして、殿下は僕に目を向けることなく、ベータ騎士二人を引き連れてあっさりと出て行った。解放された僕はその場でしゃがみ込む。
ラットを起こしているアルファが三人。僕を見てくる。そして、一人が僕の手を取った。怖い、怖い、怖い!
「やだー。嫌。殿下以外僕に触るな、殿下ぁ――」
僕はそうして、ラットを起こしたアルファ三人と交わることになった。
殿下以外の人と初めて交わったけれど、その時の僕はすでに薬でヒートを起こしていたので、むしろ快楽しかなかった。とにかくヒートで体が熱い。今までヒートの時はどんなに疼いても殿下に相手にしてもらえなかった。ヒートでのアルファとの交わりがここまで求めていたものだとは知らなかった。
本当に知らなかったんだ。だから僕はずっと殿下に抱かれて幸せに浸っている。そんなまどろみの中、三人の男に犯され続けていた。
◆◆◆
断罪の後、僕は生かされた。
シリル様を諦めるために、リアム様は僕の番にさせられた。
かわいそうな男、そう思いながらも、すでに僕の番になっていたリアム様を僕は認めるしかなかった。
リアム様の家に囲われた。これは、処刑までの処置なのだろうか。
僕の家は落ちぶれていて、貴族教育をされてこなかった。それを専属の教師を付けてくれて、リアム様の家で僕は日々健康に過ごしていた。
そして僕のお腹には子どもがいることがわかった。誰の子どもなのだろう。あのヒートの時、呆然と三人の騎士に抱かれていた。そして最後にリアム様だった。意識がある交わりはリアム様だけかもしれない。それでも僕は殿下に捨てられたことがショックで、毎日悪夢にうなされる。
そうするとリアム様が不器用に抱きしめてくれる。
番の香りが安心するみたいで、僕は彼に縋った。
リアム様は僕を嫌いだったはず。だけど、彼は責任感が強いから、番にしたオメガを放り出せないのだと思った。
しばらくすると、リアム様が言った。すべての調査の結果が出て、処罰も終わったと。これまでの後宮官僚のしでかしたこと。そして、父の処刑の話を聞かされた。
僕はその場で泣き崩れると、そこで懐かしい声が聞こえた。
「兄さま?」
そこには、一年前に泣く泣く離れた弟がいた。リアム様の家の従者が僕の弟と手を繋いで部屋に入って来た。
「な、なんで……」
「リアム兄様が、僕をここに連れてきてくれたの。ひっく、ひっ、にいさま。会いたかったよぉ」
そこで僕はリアム様を見上げた。
王族に反したものは一族全員処刑。殿下はそう言った。僕を断罪したとき、弟だけは助けてくれると言っていたけれど、殿下のあの怒りを見たらそれすらも叶わないかもしれないと思っていた。
「あ、あ、あああー―」
「にいさまぁ」
僕は泣きながら、弟に歩み寄り、抱きしめた。精一杯強く強く。
弟も僕の胸で泣いていた。ずっと心細かったのだろう。一年前に別れたのに背は少し大きくなっても相変わらず細かった。
そもそも、閨係になんてなりたくなかった。でも、父親から売られて王都にきた。そのお金で弟が生きていけるのなら、そう思って幼い弟をあの家に一人残して王都に来たのに、この子はどんな生活をしていたのだろう。
この一年で僕は随分汚れてしまった。
この子を抱きしめる手が、もう汚くなってしまった。だけど、この子があの父と同じように斬首刑にならなかったことに、強く感謝した。
「アシュリー」
「リ、リアム様」
リアム様が僕に声をかけてきた。その声はとても穏やかで、僕はいつの間にかリアム様の声が好きになっていた。
「この子は我が家で引き取った。もうお前たちは離れることはない。この家でこれから暮らせばいい」
「ど、どうして。どうして僕にそこまで!」
「お前は私の唯一の番だからだ」
リアム様が僕と弟の抱擁を見て、そっと僕の肩に手を乗せた。
僕は泣き続けた。僕は散々、リアム様とシリル様二人をからかった。それなのに、僕を引き取ってからのリアム様は、ずっと僕を支えてくれる。まさか弟のことまで気にしてくれているとは思わなかった。この人に一生ついていくって、その時思った。リアム様はその後、殿下に僕との結婚の許しを貰ったと言って、僕と正式に夫夫となった。
どうして? そう聞くと、リアム様は微笑んだ。いずれわかると。
そして僕はシリル様と再会した。その時、リアム様と本当の意味で心が繋がったと思った。
―― アシュリー視点 おわり ――
ある日後宮官僚が、殿下とシリル様のお茶会の場所に連れて行った。そして陰からこっそりと見るようにと言われたそこでは、殿下が僕には見せないような冷たい顔をしていた。シリル様は終始笑っていたけれど、殿下だけはつまらなそうだった。
「殿下は婚約者が好きではない。しかしお相手のシリル様は公爵家の次男で、彼が殿下を望みました。高貴な身分の公爵家からの縁談を断れず、嫁にしなければいけない哀れな王子なのです。せめて閨でだけはあなたが彼を癒して差し上げなさい」
後宮官僚が僕にそっとそう言ったんだ。
好きでもない婚約者と、義務で月に一度会わなければいけない殿下が哀れだった。
どうしてシリル様は殿下のその顔を見て、笑っていられるのだろう。
政略結婚なんだから彼に笑いかけず、ただ結婚の日まで大人しく待っていればいいのに。それなのに、殿下の愛を望むなんて、なんてずるい人なんだろう――僕はそんな浅はかなことを思ってしまった。
だけど、今ならわかる。
彼らがどれほど互いを好きだったかということを、二人とも貴族の頂点のような人だから、僕なんかには心の内が全くわからなかったんだ。心の中では執着しあうほどの二人のドロドロの愛に、僕は浅はかにも後宮官僚に踊らされて、そこに入り込んでしまった。
◆◆◆
僕は二人の結婚式の日に、ずっと好きだった殿下と番なる計画を実行した。結婚会場の端の方で発情したから、僕の香りを求めて殿下がすぐに来てくれるだろう。
しかしここは他のアルファもいる場所。だから僕は捉えられてしまったけれど、この騎士たちは殿下が配置した騎士であり、殿下が到着するまで僕を守るナイトなのだろうと思った。だって、これは僕と殿下の秘密の計画だったから……その割には掴む手が少しだけ痛い。
少しすると、焦った顔をした殿下が僕のフェロモンに反応していい香りを僕に向けて駆け寄ってきてくれた。
「殿下ぁ! 待っておりましたぁ。僕を番にして……、これでやっとシリル様との呪縛から解放されます。殿下さえラットを起こしてしまえば、誰も止められない。殿下はついに愛しい僕と結婚できます」
殿下は怪訝な顔をして、鼻だけではなく口元までも抑えてこちらを見ていた。
殿下にラットを起こして欲しいのに、周りのアルファの騎士たちが先に、殿下の唯一である僕に対して興奮していた。不敬にも殿下の前で僕に対してラットを起こしていたのは、とても気持ち悪かった。僕は殿下だけにこの香りを嗅いでほしいのに!
「……これは、酷いな。意味不明な言葉を発している」
「はやくぅ――」
殿下の目が冷たいし、なぜか僕を拒絶しているような言葉を吐いていた。どうして? だって、ここで発情することは僕と殿下で決めたこと。僕は体の熱が我慢できずに殿下を誘った。しかし殿下の隣にいるリアム様同様、殿下の目が僕を蔑んでいた。
「殿下、斬りますか?」
「いや、私とシリルの大事な式を中断させたんだ。それなりの処罰を与える」
二人がなにかを言っているが、僕は発情がどんどん強くなり、あまり理性が保てないでいた。なぜかベータの騎士に抱えられ、改装工事中で閉鎖していた騎士団の宿舎まで連れられてきた。
そして、僕の護衛騎士だったリーグたち三人と誰もいない宿舎に入った。リアム様はいつの間にかいなくなっていた。
彼らはアルファだから、僕のヒートに興奮しているのがわかる。どうして殿下は僕の護衛騎士だった三人のアルファまで一緒に移動してきたのだろう。
僕はまだベータ騎士二人に腕を取られていた。
「さて、ここで喘いでいるオメガは、知っての通り私の性欲処理を担当していたアシュリーだ」
「せ、性欲処理?」
リーグが反芻している。そして僕も思わず言葉を発した。
「な、なにそれ。殿下は僕とここで番になるために、来たんでしょ」
「アシュリー少し黙ろうか」
殿下のその言葉を聞いた一人の騎士がそれに頷き、僕の口を布で覆った。僕の護衛騎士をしていた三人はいまだ戸惑っている。
「リーグ、随分我慢させたな。思う存分にアシュリーを抱くといい。とりあえずお前たち三人でアシュリーの熱を冷ましてやってくれ。これは今後、大事な式を乱した罪で断罪される予定だ。その前に正気に戻ってもらわなければいけない。この発情は卑しい薬でも摂取したのだろう。さすがに一人じゃ対応できないだろうから、三人で順番に抱いてやれ」
「く、薬?」
「ああ、薬のせいで抑制剤の処置はできない。そういうオメガの発情を抑えるにはアルファの精液を摂取するしかないのはわかるな? このままでは発情に苦しんで発狂してしまう。悪いがアシュリーを助けてやってくれ」
「え、でも」
リーグが驚いた声を出した。
殿下は気にすることなく、オメガ用の首輪をテーブルに置く。僕を拘束していた騎士は殿下を見て頷き、それを手にとり僕の首にはめた。
「んんん――」
僕は必死に抵抗するも、口は布を当てられて声がでない。殿下がこれから僕を騎士たちに抱かせる。それだけは発情した頭でも理解できた。
なんで、どうして、僕と番になる約束をしたのに……
いや、約束はしていない? 殿下は僕にあの薬を手に入れたいなら自分でやりぬけと言った。それだけだった。僕の計画を聞いて殿下は否定も肯定もせずに、あの時驚いた顔をしただけだった。
「ん、アシュリー嬉しいか?」
「んんん!」
僕は殿下の言葉に涙を流して否定した。
僕は殿下以外を受け入れるなんてできないし、嫌だった。殿下を愛しているから殿下に抱かれてきた。それなのに、なんで今こんな状況になっているの?
「じゃあ皆、アシュリーを頼んだぞ、くれぐれも私とシリルの初夜を邪魔するような報告がないように。しっかり抱きつぶして見張っておけ」
「「「……」」」
リーグたちが戸惑っていた。
彼らが僕にそういう目を向けていたのを知っていた。僕は彼らの主である殿下の恋人だから、必死に思いを隠していたのも実は僕には見えていた。特にリーグは僕を崇拝するような目で見ていた。未来の妃殿下たる僕に向ける目には優越感を感じていたが、今は違う。彼らの僕への邪な想いを知っているからこそ恐怖で震えた。
「どうした? 返事がないが」
「恐れながら、アシュリー様は殿下の大切な恋人では……」
あそこを軽く押さえて、興奮を隠しきれない騎士が殿下に質問していた。僕のヒートに、彼らの体は素直に反応を示している。たった一人の僕が認めた男である殿下だけが、どうして僕の香りに抗っているの?
「そんなわけあるか、私は生まれてからシリルしか愛していない。このオメガは契約を結んだだけの結婚前の閨係……私が最初から仕込んだオメガだ。散々私に仕えてくれて、アシュリーを見張ってくれた礼だ」
「そ、そんな」
僕を見張っていた?
彼らの中でも、唯一本気で僕を想っているリーグだけは戸惑いを隠せないようだったけど、他の二人は確実に僕を抱けると思ったのだろう。殿下の言葉を聞いた直後、僕を飢えた目で見ていた。
僕はその凶器な視線に怖くなり、震えて涙を流して殿下に縋ろうとした。
「ふ――っ。んんっ!」
だけど、騎士に押さえられて殿下の元にたどり着けることはなかった。
「お前たちが相手にしないなら、別に他の奴に任せてもいい。ただ、お前たちは名の知れる家の立派なアルファだ。私の大事な部下の相手をさせるのは、アシュリーへの恩情だ。断るならそれでもいいが……」
殿下は僕を哀れな目で見てくる。
「んんんん、んんんん!」
「ほら、アシュリーもお前たちとは仲がいいから、お前たちに相手にしてもらいたいと泣いて訴えている。アシュリー良かったな。他の者なら結婚式を乱した犯罪者のお前を大事に扱ってくれずに暴力も振るわれるかもしれない。この者たちは私の信頼のおけるアルファだ。きっときちんと扱ってくれるぞ」
そこでちらりと殿下がリーグを見ていた。
リーグの股が卑猥な形へと変えていたのが見えて、僕はもう怖くてたまらない。あれを僕に挿れるつもりなんだ。
僕はもう、この断罪から逃げられないと悟った。
どうして? 僕はただ殿下を愛しただけなのに。殿下と一緒になる日をただ夢見ただけなのに。シリル様に多少嫌なことを言った記憶はあるけど、最後はシリル様も僕と殿下のことを受け入れてくれた。そして殿下は僕を夢中にさせた張本人なのに。ただの閨係として終わらすだなんて。
王族の結婚式に乱入したことがそんなに罪なことだなんて思わなかった。だって、そこで僕と殿下が結ばれたらシリル様は確実に結婚を白紙に戻せるし――シリル様はそれを望んでいた。
殿下だって嫌いなシリル様と別れられる方法があるならそれに縋ると思った。
それなのに、なんで!?
「殿下のお心、ありがたく頂戴いたします」
「ああ。褒美だからな、楽しめ」
そうして、殿下は僕に目を向けることなく、ベータ騎士二人を引き連れてあっさりと出て行った。解放された僕はその場でしゃがみ込む。
ラットを起こしているアルファが三人。僕を見てくる。そして、一人が僕の手を取った。怖い、怖い、怖い!
「やだー。嫌。殿下以外僕に触るな、殿下ぁ――」
僕はそうして、ラットを起こしたアルファ三人と交わることになった。
殿下以外の人と初めて交わったけれど、その時の僕はすでに薬でヒートを起こしていたので、むしろ快楽しかなかった。とにかくヒートで体が熱い。今までヒートの時はどんなに疼いても殿下に相手にしてもらえなかった。ヒートでのアルファとの交わりがここまで求めていたものだとは知らなかった。
本当に知らなかったんだ。だから僕はずっと殿下に抱かれて幸せに浸っている。そんなまどろみの中、三人の男に犯され続けていた。
◆◆◆
断罪の後、僕は生かされた。
シリル様を諦めるために、リアム様は僕の番にさせられた。
かわいそうな男、そう思いながらも、すでに僕の番になっていたリアム様を僕は認めるしかなかった。
リアム様の家に囲われた。これは、処刑までの処置なのだろうか。
僕の家は落ちぶれていて、貴族教育をされてこなかった。それを専属の教師を付けてくれて、リアム様の家で僕は日々健康に過ごしていた。
そして僕のお腹には子どもがいることがわかった。誰の子どもなのだろう。あのヒートの時、呆然と三人の騎士に抱かれていた。そして最後にリアム様だった。意識がある交わりはリアム様だけかもしれない。それでも僕は殿下に捨てられたことがショックで、毎日悪夢にうなされる。
そうするとリアム様が不器用に抱きしめてくれる。
番の香りが安心するみたいで、僕は彼に縋った。
リアム様は僕を嫌いだったはず。だけど、彼は責任感が強いから、番にしたオメガを放り出せないのだと思った。
しばらくすると、リアム様が言った。すべての調査の結果が出て、処罰も終わったと。これまでの後宮官僚のしでかしたこと。そして、父の処刑の話を聞かされた。
僕はその場で泣き崩れると、そこで懐かしい声が聞こえた。
「兄さま?」
そこには、一年前に泣く泣く離れた弟がいた。リアム様の家の従者が僕の弟と手を繋いで部屋に入って来た。
「な、なんで……」
「リアム兄様が、僕をここに連れてきてくれたの。ひっく、ひっ、にいさま。会いたかったよぉ」
そこで僕はリアム様を見上げた。
王族に反したものは一族全員処刑。殿下はそう言った。僕を断罪したとき、弟だけは助けてくれると言っていたけれど、殿下のあの怒りを見たらそれすらも叶わないかもしれないと思っていた。
「あ、あ、あああー―」
「にいさまぁ」
僕は泣きながら、弟に歩み寄り、抱きしめた。精一杯強く強く。
弟も僕の胸で泣いていた。ずっと心細かったのだろう。一年前に別れたのに背は少し大きくなっても相変わらず細かった。
そもそも、閨係になんてなりたくなかった。でも、父親から売られて王都にきた。そのお金で弟が生きていけるのなら、そう思って幼い弟をあの家に一人残して王都に来たのに、この子はどんな生活をしていたのだろう。
この一年で僕は随分汚れてしまった。
この子を抱きしめる手が、もう汚くなってしまった。だけど、この子があの父と同じように斬首刑にならなかったことに、強く感謝した。
「アシュリー」
「リ、リアム様」
リアム様が僕に声をかけてきた。その声はとても穏やかで、僕はいつの間にかリアム様の声が好きになっていた。
「この子は我が家で引き取った。もうお前たちは離れることはない。この家でこれから暮らせばいい」
「ど、どうして。どうして僕にそこまで!」
「お前は私の唯一の番だからだ」
リアム様が僕と弟の抱擁を見て、そっと僕の肩に手を乗せた。
僕は泣き続けた。僕は散々、リアム様とシリル様二人をからかった。それなのに、僕を引き取ってからのリアム様は、ずっと僕を支えてくれる。まさか弟のことまで気にしてくれているとは思わなかった。この人に一生ついていくって、その時思った。リアム様はその後、殿下に僕との結婚の許しを貰ったと言って、僕と正式に夫夫となった。
どうして? そう聞くと、リアム様は微笑んだ。いずれわかると。
そして僕はシリル様と再会した。その時、リアム様と本当の意味で心が繋がったと思った。
―― アシュリー視点 おわり ――
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