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最終章 ~本編に入らなかったお話~
2 王太子フランディル 2
しおりを挟むその後、リアムからシリルを無事に帰したと報告を聞いたが、シリルの態度は冷めてしまっているようなので、早く誤解を解くようにと真剣に言われた。
最近、シリルは友人の令息や令嬢たちと一緒にランチをしているらしい。そこにアシュリーも参加したと聞き驚いた。アシュリーとは完全に縁を切ったはずなのにいったい……
その席に、オメガ以外は入れないと言われたリーグでは中での様子がわからなかったと言う。
シリルがランチに行く前、アシュリーがすごい剣幕でシリルの教室に乗り込んだ。シリルの友人がアシュリーに対して怒りを隠せなかったのを見兼ねて、シリルが双方をなだめるために個室に入ったらしい。ランチから出てきたアシュリーはご機嫌だったと聞いたが、中ではいったい何があったのだろうか。
アシュリーのことが気になり、シリルに問いただそうとした。しかし、シリルの可愛さにアシュリーのことは忘れてしまい、私はいつもの間にか愛を囁いていた。
私に対してシリルが冷めているとリアムは心配していたようだが、杞憂であった。シリルに私を信じて欲しいと伝えると、信じているし周りなど気にならないと言ってくれた。
私の口づけを最初は抵抗するも、最後は受け入れていた。涙を流して喜んでくれた。そして愛の告白も断られなかった。
――それこそが答えだ。
アシュリーという男爵家の子息など、シリルにとってはどうでもいい存在であり、シリルを悩ませる程の問題でもなかったのだろう。
ただ、私への想いに対して私の時間を割いてはいけないと控えめになっただけだった。本当に気配りができて可愛らしい。
愛の告白も済んだし、これからは月一回の茶会以外は、最後の学園生活を一緒に過ごすことにしよう。ここならゼバン公爵に邪魔をされない唯一の場所だ。シリルの私生活の時間だと、公爵が邪魔して会う時間をもらえないのはわかりきっていた。
それからは毎日シリルと会い、会えばキスをしていた。そんなことをしていたら、シリルのオメガ性が刺激されて当たり前だった。私がシリルの発情を促してしまった。
泣いているシリルを前に、私の愛を伝えたくなり、つい彼を触ってしまった。私の愛撫にあっけなく達してしまうと、そこで彼の発情が始まってしまったのだ。
私の前で初めてのヒートを起こし、母の友人であるフィオナ殿にシリルを託すことになってしまった。
これまでは発情期を迎えないように、極力触れ合うなと後宮から言われていたのだが、シリルにキスをしてから止まらなくなってしまった。案の定、後宮からは相当苦言を言われてしまった。何のためにこれまで閨担当を王太子につけていたのだと……
しかし、シリルが発情した今もう閨係という存在は過去のこと。そう思い、これからはシリルだけに触れることを、シリルの発情明けを楽しみに待っていた。
シリルの発情明け、公爵邸まで迎えに行き一緒に登校をした。ずっと憧れていたのだが、馬車という空間で二人きりになることを禁じられていたのでできなかった。しかし、もう発情期を迎えたシリルならいいだろう。シリルはとてつもない色気を醸し出し、前にも増して私の欲求が深くなってしまう。
学園にシリルと行き、そのまま初めて彼を裸にして愛した。といっても最後までせずに、二人で欲望を出し切るという行為だけだったが、やっと恋人らしい時間を持てたことに嬉しくなった。
シリルは私のすることに、同意してくれた。このまま最後まで……という彼の言葉に興奮してしまい、シリルが気を失うほどのフェロモンを浴びせ、なんとかその場で私が最後まで暴走することを抑えられた。
彼との触れ合いは最高だった。
シリルと濃厚な時間を堪能して、余韻に浸りながら帰城後は気分良く自室で過ごしていると、父からの急な呼び出しがあった。至急とのことで急いで陛下の執務室に行くと、そこにはシリルの兄であるゼバン公爵家嫡男アランがいた。
私が部屋に入った瞬間、まるで野蛮人でも見るかのような蔑んだ目で見られた。
公爵家嫡男だけあり完璧な作法だったが、目だけはそうではなかった。王家に仕える者の目ではない。
確か父親と一緒で、たいそうシリルを可愛がっていたから、きっとシリル絡みだろう。風呂では香りの強い石鹸を使って、念入りに私の匂いを落としたつもりだったが、もしやシリルの色気から私たちのことを勘ぐったのか?
「おお、フランディル来たか!」
「陛下、お呼びでしょうか。それにゼバン公爵家子息もおいでとは?」
「フランディル、ここは非公式の場だ。父と呼んでいい」
「では父上。いったい何事ですか? それにアランまで」
「お前に確認したいことがある」
この国の王である父は、非公式の場ではかなり気さくなタイプだった。ゼバン公爵とは行動を共にすることも多くあり、その息子であるアランともよく一緒に仕事をしている。私もその関係上、アランとはよく絡む。父がこのように言葉を崩す人間は少数だが、アランもその一人であることから王家との信頼関係がよくわかる。
そのアランの溺愛する弟の、しかも嫁入り前の体を好きにしているなんて知られたら、婚約関係も危うくならないこともない。
「ここは、濁してもなんだから単刀直入に聞くが、シリルを抱いたのか?」
そうきたか。なるほど、父の向かいに座るアランの顔が歪んでいる理由はこれか。
「抱いておりません」
「殿下、いささか男らしさに欠けるなんとも無責任なご発言でしょう」
アランは相当腹が立っている様子。父は困った顔をしてアランを宥めている。
「フランディル、そうは言ってもシリルがそう申したそうだ。何もなくシリルがそのような嘘を言う子だとも思えないのでな、お前にコトの次第を聞く必要がある」
「シリルが?」
てっきりアランが勘ぐって直談判をしに来たと思ったが、シリルが。ふふっ、可愛いな。だからあんな台詞を言ったのか。ウブにも程があるぞ。
「婚約者としての条件を満たせなくなったから、破談にしたいとアランに相談したらしい」
「破談にはしません。私の嫁はシリルだけです」
父からの言葉に即答した。するとアランが冷めた顔で口を開く。
「殿下。嫁入り前の弟を傷物にした償い、どう落とし前をつけてくれるのでしょう」
「そうは言われても、私は抱いてはいない」
アランが敵意むき出しに真っ赤な顔でむかってくる。その行動に私は驚いた。まさか王太子の胸倉を掴むなんて、非公式の場でも不敬に当たる行為をこの男がするとは。
「だったら、なぜシリルは泣きながら抱かれたと話すんですか!? あの子は自分の欲望を抑えきれずに殿下に迫ったと、王家に秘密を抱えられないと泣いて償っていた。罪深い自分は家から出て、平民になるとまで言っているです! それなのに、肝心の相手はシリルを宥めず傷物にしたばかりか、オメガの一生をただ一度のお遊びで壊して、さらにはヤッてないとは!」
「なんだ、それは! 私から逃げるなど許すわけがない。あれは私のオメガだ。どこぞの平民になどくれてやるものか!」
アランは私の返答に驚いた顔をした。私が本気ではなく遊びでシリルに手を出したと決めつけてきたから、想像と違う答えだったのだろう。
「じゃあ、なぜもう少し待てなかったのですか。結婚まであと少しなのに、いくらシリルが可愛いからって、欲望のはけ口に利用するなど!」
「落ち着け、アラン。そなたの言いたいことはわかるが、私は本当に最後まではしていないのだ。シリルはあまりにウブで、経験がないからあの行為が最後までいたしたと思ってしまったようだ。その、兄君に言うのもなんだが、要はシリルの欲望を吐き出させたらそのまま気を失って、それで目覚めた時には全て終わったあとだと思ったのではないだろうか。ははっ、可愛いな」
アランの腕の力が緩んで、ようやく解放されたと同時にアランはあまりに予想外のことを言われて変な声をもらした。
「な、なんですと?」
「だから、シリルが達し……」
「もうよい!」
そこで父が遮った。まあシリルの可愛い情事のことなど誰にも教えたくないからそれでいい。
「フランディル、ではシリルの勘違いということでいいのか?」
「そうですね。でもアランには感謝する。シリルのそんな可愛い勘違いを教えてくれて。私の婚約者は王国一純真で可愛くて奥ゆかしいと再確認したよ。それに熱烈に私を求めたとそなたに言うくらい、私を想ってくれているのだと自信がついたぞ。安心しろ、間違いなくシリルは処女だ」
「……熱烈に求めたとは、言っておりません」
アランは悔しそうだ。アランのことだ。きっとこれを期に私との婚約を破棄させて、嫁にもやらず自分のもとでシリルを一生可愛がろうと思っていたのだろうが――そうはさせるか。
「アラン、念のため言っておくが、私はシリルを結婚前に抱いて婚約を破談にするつもりなど毛頭ない。私だってシリルを欲していたが耐えたんだ。さすがにシリルが事後と勘違いをしていたとは思わなかったが」
「殿下、何をおっしゃりたいのですか? 私の弟を不埒な目で見ないでいただきたい」
アランがイライラしているのを隠しもしない。
だが間違った方向で伝わると大変になるから、正直に言わなければと思った。していないと本人に納得してもらうには、兄から説明された方がいいだろう。
「とにかくだ、入れるわけにはいかないから……わかるだろう? 愛し合う二人が互いに求め合えば、大量のフェロモンがでる。それでシリルがフェロモンに酔って気絶したんだ。フェロモンを消すためにシリルを風呂にいれたんだ。その行為から、シリルは事後だと思ったんだろう」
「……あなたは! シリルになんてことを!」
そこで父が入ってきた。
「フランディル、あまりアランを怒らせるな。アラン、これでシリルはまだ王家との繋がりは切れない、平民になるなど以ての外だ。シリルにきちんと今回のことを伝えなさい」
「……はっ」
アランが悔しそうにするも、陛下の言葉には逆らえないらしい。いやいや、私も王太子なんだけど? さっき胸倉を掴んできたことを忘れたのか? 不敬だが、まぁ仕方ない。勘違いさせた私にも非がある。
「して、フランディル。お前は最近やたらとシリルに迫っているらしいな。発情期を遅らせる処置をしていたのに、性的な触れ合いをして早めたと。最後までしないからいいというわけではない。オメガがヒートをひとりで迎えるのがどんなに辛いことなのか、わかっていない。お前の浅はかな行動がシリルを苦しめたのは確かだ」
「……はい」
確かにあんなに清廉潔白なシリルに、抱いて欲しいとまで言わせてしまった。発情期を早めたのは私の落ち度だった。
「私もゼバン公爵の手前、何もしないわけにはいかない。フランディルの最近の行動は親として指導しなければいけないと思っていた矢先に、このようなことになった。よって、お前はシリルとの接触を結婚まで禁止とする」
「ええっ! なぜですか!? シリルは私の可愛いオメガです」
やっと開花したシリルに、最後まではしないにしても毎日キスをする計画があった。それにたまに抜きあいっこでもして親交を深めようと思ったのに!
「これ以上、シリルを辱める行為は許さん。あんなに素直ないい子が、自分からお前に迫ったと今になって後悔するくらい泣いたのだ。本来なら発情期を経験しなければ、お前のフェロモンを嗅がなければ、自分の性衝動を抑えられないという状況にならなかったはずだ。全てはお前が結婚前なのに、清らかなシリルに近づきすぎたことが原因だ」
「ですが!」
「お前は忍耐を知るべきだ」
父は頑なに許してはくれなかった。アランがニヤニヤとうすら笑いを浮かべている。私との結婚を破談にできなくても、少しは復讐できたとでも思っているのか。
今になって、発情を迎えた婚約者と触れ合えないなんて! 今まで耐えてきたからこそ、今度こそ自由に会えると思っていた矢先に。
まだ結婚式まで半年ほどある。
父の決定を破るわけにいかないが、耐えられない。今だって先程のシリルの可愛い顔が目に浮かぶ。明日またシリルを可愛がろうと思っていたのに。
「フランディル、あと少しの辛抱だ。ここでゼバン公爵の怒りを買うわけにはいかないのだ。アラン、悪いが父親には今日の出来事を内密にしてくれないだろうか? 最近の王太子の行きすぎた行為はよく注意されていたので、今さらだが措置として結婚まで公式の場以外は会わせないと決めたことを伝えてくれ」
「はい、陛下の御心遣いに感謝致します」
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