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番外編
愛妻家上條楓の日常 1
しおりを挟む早朝の外の明かりが寝室に入り込んでいた。目が覚めると隣には寄り添うようにくっつく最愛の妻がすやすやと夢の中にいた。いつも思う、この瞬間が幸せだって。
「ん――、かえでぇ」
「ん?」
「今夜のデザートはねぇ、むにゃむにゃ」
ふふっ、いつもの寝言か。何を買って帰れば良いのか、たまに教えてくれるから助かる。そしてそれを仕事帰りに持って帰ると、なんで僕の欲しかったものが分かるのって、由香里が喜ぶ。
俺は番だからだよっていうけど、由香里がこうやって教えてくれるのからだ、それは秘密だけど。さて今夜のデザートは何がいいのかな?
「ふふふ、僕だよぉ」
「ぐほっ」
「かえでぇ、好きぃ――」
またモゾモゾと俺に擦り付いてくる。こいつは確信犯じゃないのか!? 今夜食べてくれと言っている。今夜と言わず、今すぐ襲いたい。だめだ、それをしたらまた怒られる。
前に寝起きにすぐはじめたら、その時は由香里もノリノリでつい会社に行くのも忘れて、というかその日は重要な案件がなかったから午後からでいいやと早々と、由香里と午前中いっぱい致すと決め込んだ。
そして午前10時、由香里がうっとりした顔で俺を見ながら言った。今何時? そして俺は普通に時間を告げると。
「なにやってんの!? 桜は! 桜の朝ご飯、それに幼稚園も!! あぁ大変だ、楓のバカァ! あ、動けない、楓ぇ、息子ほったらかして朝からなにやってんの!!」
由香里が泣き出した。
「ゆ、由香里、落ち着け」
抱き過ぎた自覚はある、さすがに由香里の今日はベッドで過ごすことになるだろう。由香里が動かない体で涙を溜めながら俺を恨めしそうに見る、その顔もたまらなくセクシーで好きだ。いや、由香里をなだめなくては!!
「楓の魅力に負けた僕も悪いけど、僕たちは親なんだよ、それなのに大事な息子にご飯もあげずにスルことじゃないでしょ!! 早く桜を見てきて!」
「桜はもう幼稚園に行った。飯も食わせた、由香里がイッて少し落ちている間に、桜の支度は済ませていつものように伊藤に幼稚園に送らせたから大丈夫だ」
俺の魅力に負けた? 可愛いことを言う。俺の方が負けっぱなしだけど、体力があるし俺の方が状況判断能力も高い、もちろん一人息子も愛しているからネグレクトなんてするはずない、そこは抜かりなくこなしておいた。聡い桜は母親が起きてこないことは、俺の執着度が高い日だと分かっているから、母と会えなくとも変わらず朝を過ごし、運転手の伊藤と仲良く幼稚園に行った。本当に出来た子だ。
「そうなの? ありがとう、ごめん。言い過ぎた」
「いや、いいよ。俺こそ由香里の魅力に負けて朝から無理させてごめんね。今日は一日ゆっくりしていて」
「う、うん。でも僕、桜に今日会ってないから寂しい。幼稚園にこっそり見に行こうかな」
「だめだ! いや、いつも言っているだろう? 俺がいない時のお出かけはダメだって」
「でも伊藤さんの車で行くならいいでしょ? 毎朝愛おしい楓の遺伝子を見ないと、僕の朝は始まらない。楓と桜を愛しているから、分かるでしょ?」
いや、全然分からん。俺は由香里さえ見られればそれで満足だ。そりゃ、桜は可愛いけど俺にとっての一番は由香里だから、でも由香里は俺も桜もと一番が二つある。解せない。子供はいつか巣立つのに、どうしてそんなに毎日確認しなくてはいけないのだ。
「ねぇ、かえでぇ」
「ぐっ、その顔で見るな。可愛すぎる、じゃぁ俺が会社に行く前に一緒に幼稚園に訪問しよう。桜は可哀想だけど今日は早退させて、由香里と家に帰す。それなら今日のお外を許すよ」
「えっ、そんなことしたら、桜に嫌われちゃうじゃん!!」
「でも、迎えに行く以外に幼稚園に行くなんて、勝手な保護者と思われて桜が幼稚園で肩身の狭い思いするぞ、だったら家の用事で迎えにきたって言うしかないだろ」
「う――、じゃあ桜が帰ってくるまで我慢する」
悔しそうに由香里はぶすっとして言った。そんな顔すら愛おしい。俺は由香里の顔を撫でた。
「くすぐったいよ」
「由香里はいい子だ。俺の息子を愛してくれてありがとう」
「何言っているの、僕の息子でもあるし。もちろん最愛の楓の子供だから特別愛おしいんだろうな――。あの子は本当に可愛くてカッコいい!! でも楓にそっくりすぎて将来が少し心配になる」
「なんで心配なの?」
「だって、楓かっこいいし。モテたし、将来楓みたいに手当たりしだい遊ぶような子になったら僕泣いちゃうよ」
「え、あっ、でもそれ由香里と出会う以前の話だし、今では誰もが認める愛妻家だよ?」
「そうなんだけどね、ふふ。桜はほんと可愛いよね、いつも僕と過ごしてくれて楓がいない時でも僕寂しくないのは、桜のおかげだよ」
「あまり桜のことばかり褒めると、実の息子でも嫉妬はするんだよ」
由香里は桜を溺愛しすぎている。それは俺にも責任はあるけど、由香里が美しすぎて心配なんだ。子供を産んでからもどんどんキレイになる、だから俺は俺と一緒じゃなければ外出は許していない。桜に構うしかない状況は俺が作ったようなもんだ。
由香里の親友二人はそれを知っているから頻繁に我が家に遊びに来てくれる、それは俺も許している。みんな結婚をしても、子どもを連れてお茶をするような可愛らしいオメガ同士の交流はいまだ続いている。もちろん我が家の中での限定だけど。たとえ親友三人でもオメガだけでは外に出さない。あの二人の旦那ともそこはタッグを組んで決め込んでいる。理解あるアルファ男性とアルファ女性が二人の番で助かった。
由香里は一人での外出を許されなくても、すねたことはない。俺がいない間は、それなりに家でも楽しめるようにはしている。俺が休みの日は由香里も桜も疲れるくらい外に連れ回して楽しませるから、それでまた平日家に籠もっても問題ないようだ。俺の休日の家族サービスは抜かりない、それは愛する家族が家で過ごしても満足するように休日で疲れさせる計画だが、それなりにみんな仲良く楽しめるのでそんな一週間の流れは悪くなかった。
でも愛する妻を占領する桜にはたまに嫉妬する。俺は少し不貞腐れた顔をしてそう言うと、由香里は笑った。
「もう、可愛いヤンデレさんだね。そんな心配いらないの分かるでしょ。愛してる、楓」
「俺も愛してる」
***
そんな懐かしいことを思い出していたら、俺の愚息もオッキしてきた。すると目覚ましのベルが鳴ったので俺は急いで目をつむった。
「ん、んん――」
由香里が起きたようだ。俺に気を遣ってすぐに目覚ましを止める。いつも寝ている俺にギュッて抱きついてから、まだ眠そうな吐息を吐いて起きる準備をするのが毎朝の流れ。そして俺の唇に由香里の唇が軽く触れる。毎朝の寝起きのキスは俺が寝ていてもしてくれる。実は、俺はそれが楽しみで由香里よりも早く目が覚めてしまうのだ。
由香里は寝ている俺にキスをしているのを知られていないと思っている。前にその流れで濃厚なキスをし返したら、由香里が驚いていた。それを察知してまた寝たふりをしたら、由香里がホッとしたので、これはオメガの嫁が秘密にしている行為なのだと悟った。知られたことで毎朝のこの行為がなくなるのは辛いから、知らないふりをして毎朝寝起きの由香里の唇を味わっている。たまに舌をこっそり入れてきてくれる日もあるが、今日はバードキスの日だったらしい。
由香里はささっとベッドを出て、俺たちのために美味しい朝食を作ろうと頑張って起きてくれた。きっと眠い目を擦っているのだろう。少しして寝室を後にした。
そんな上條家の朝の習慣に、今朝の俺も大満足だ。いつもと違うのは、寝言のせいで朝から自己処理をしなければいけなくなったことくらいだったが、それも由香里を想う時間なので幸せだった。
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