4 / 31
本編
4、お見合い相手
しおりを挟む大学を後にして、都内一等地にあるホテルへと向かった。面倒くさいけれどこれから結婚までの間、決めることなどもあるのでお見合い相手に会わなければいけないことが何度かある。有難いことに結婚式までには猶予があるから、その間僕は遊べるだけ遊ばなくてはいけないから、正直少しの時間も会いたくない。
憂鬱だ、非常に憂鬱だった。
「由香里、待っていたよ。今日もとても綺麗だ」
「小湊さん、お待たせしてしまって申し訳ありません」
「そんな他人行儀な言い方よしてくれ、俺のことは達夫と呼んで、由香里」
いきなり二度目の対面で呼び捨て、そして僕の手をねとって触ってくる。僕はにっこり笑ったけれど、無理!! あまりに脂ぎった顔と、ドテっと出たお腹。そして汗で濡れた手。すべてが無理だった。
本来の僕のお見合い相手であったのは、この人の甥っ子の小湊洋平。しかし番を得て彼が無理になったからと、達夫が名乗りをあげてきた。後妻でしかも僕で四人目、見た目もアルファとは言い難いくらい酷い。何もかもが生理的に無理なレベルだった。だからこそ僕はこの人に手篭めにされる前に、せめて見目のいい若い男と一度でいいから思い出が欲しかった。
「いや、それにしてもこんな若いお嫁さんをもらえるなんて、甥っ子には感謝しかないな。オメガのハニートラップのお陰で、俺が由香里を嫁にできるんだから」
「ハニートラップ? ですか」
「そうだよ、甥っ子が由香里のことを自慢するから悔しくてね、愛人を甥にしむけたんだ。それがまさか番にまでなるなんて驚きだが、それで俺にチャンスが回ってきて君を手に入れることができた。あんな経験値のないアルファより、俺のほうがよっぽど由香里を満足させてあげられるよ」
「……」
ゲスい、ゲスすぎる。番ができたってハニートラップだったの!? あのアルファ、優しそうな人でどことなく頼りなさそうな面も見え隠れしていたけれど、実の叔父に騙されるなんて驚きすぎてむしろ僕は笑うしかなかったよ。
「そうでしたか」
「あぁ、可愛い由香里、早く君とひとつになりたい」
ウゲ! 気持ち悪いっ!! きっと愛人オメガもこの男が気持ち悪くて、かっこよくて爽やかな洋平さんに一目惚れしちゃったんだろうな。めちゃくちゃその愛人の気持ちが今、分かってしまった。羨ましいな、そのオメガ。とにかく僕と体の関係を持ちたいと、遠回りに言うこの男を回避しなくては。
「それは、結婚式を挙げてからですよ。式についての僕の望みは特にないので小湊さんにおまかせしますね」
そこで僕は席を立とうとした。
「えっ、由香里? このあと上の部屋を取ってあるから一緒に……」
「忙しい小湊さんのお時間を奪えません、また式のことで何かあったらご連絡ください」
にこって笑って、有無を言わさずその場を去った。もう無理だ、これ以上話したくない、気持ち悪い、マジで無理。僕本当にあのおじさんに買われたの?
今日は最悪の気分になった。気分転換に美味しいケーキでも食べるぞ!!
祖母には小湊と会うと言っているから少しくらい遅くなっても、仲良くやっていると思って心配はされないだろう、だって僕が気に入った彼の甥っ子が相手だと祖母はまだ思っているからね。
あんなおじさんと結婚が決まったなんて言ったら、祖母は僕と逃げると言いそう。祖母が元気に何不自由なく過ごせることが僕の望みだから、人から追われるような後ろめたい人生には出来ない。だからこそ結婚式まで、あの人が僕の旦那さまになることは言えなかった。
悲しみと悔しさが滲み出てきてたまらない気持ちになった。やはりこんな顔で祖母に心配かけられないから、一人でどこかで時間を潰そうと思ってカフェを探して歩いた。
まだ夕方、先程あのおじさんと会ったのは、ビジネス街にある高級ホテルだったので周りは仕事中の会社員たちが忙しく歩いている。僕には無縁の世界、僕は結婚と同時に大学を退学してあのおじさんの家に入って、きっと外の世界とは切り離されるんだ。
あの人、前に会ったときに僕を囲うって意気揚々と話していた。オメガにとって番に囲われるのは最上級の喜びだろうと、何もすることなく旦那の帰りを待つ優雅な妻でいさせてあげると言われても、迷惑極まりなかった。
歩いているとひときわ大きいビルが見えた。名前からしてここは、もしかして陽子と梨々花の言っていた人、上條先輩の家の会社? さすがだな、上位種アルファ家系。
あの二人は上條先輩に処女の相手をしてもらったらいいと簡単に言っていたけれど、やはり無理じゃないかな? そんな凄い人の相手はきっとそれなりのステータスを持つオメガたちだと思う。陽子の友達ならきっと上流階級の人のはず。あの二人はいいところのお嬢さんだ、なぜか庶民の僕と仲良くしてくれるいい子達だった。それに仮にも婚約者付きのオメガを抱いてくれるかは謎だ。
そんなことを思って、そのビルの近くにあるカフェに入った。平日のこの時間はカフェで仕事をしている会社員もいれば打ち合わせのようなことをしている人もいる。僕は一応お見合い相手とホテルで会う約束をしていたから今日はきちんとした恰好をしていたので、会社員の中にいても浮いてはいないようだけど、それでもいつものように視線は痛いほど感じる。
この見た目のせいなのは分かっているけれど、僕だって一人でお茶くらいしても良くない!? 良くないよね、座ればたちまちナンパをされる。ほんとどうして顔だけこんな綺麗に生まれてきてしまったのだろう、普通の人生送りたい。
25
お気に入りに追加
1,495
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
トップアイドルα様は平凡βを運命にする
新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。
ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。
翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。
運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる