運命だなんて言うのなら

riiko

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覚醒編

40 運命を知る

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「僕の貴重な時間を奪った。その罪は重い……もしそれをつぐなう気があるのなら、一生僕の側で君の時間をくれないか?」
「え?」

 俊は想像していた返しが来なかったことに驚いた。

「そもそも僕の時間の価値は君が決めるものじゃない、僕が決めるものだ。そして僕の時間の価値は、俊と過ごすことで意味が生まれる。それこそが価値ある人生になる」
「え、え?」

 神谷は微笑みながら言った。

「君と出会う前は普通に生きていたんだ。それこそ普通に、何でもそつなくこなして、仕事だってすればするほど成果があがる。それがアルファとしての自分の価値なのかなって、そう思って生きてきた」
「……」
「君に出会って初めて、自分の渇きを知った」

 渇き……その言葉を聞き、俊はすとんと何かが落ちた。

「神谷さんも?」
「俊も? 僕は俊に出会ってから初めて満たされた。ううん、満たされていなかったことも知らずに生きてきた。君が僕の渇きを教えた、そして君というオアシスだけが僕の渇きを癒してくれると知った。木は太陽と空気だけではだめなんだ、干からびてしまう。そこに水が入ってこそ、やっと生きていける。僕にとって俊はそういう存在、あって当たり前で、なければ死んでしまう」

 俊の目からは大粒の涙があふれてきた。

 まさか、この言い表せない摂理を、神谷も同じ感覚におちいっていたとは知らなかった。なければならない、当たり前にこの世に存在するもの。いうなればつがいは水、自然の恵み、何か一つ欠けたら存在する事すらできない。体の中の水分に等しい存在だった。

「でも、それは、僕が運命疑似薬を使ったから……」
「それなんだけど、それって、オレンジ味のラムネだった?」
「えっ! 知ってるんですか? その存在を……まさかもう警察も把握している!?」

 俊は驚いた。闇で売買されているものだと思っていたが、もうすでに警察はその事実を知っている、急いで裕に連絡をしなければいけない。木島の組の誰かが大きな犯罪に手を染めているなら、責任者として木島も罪に問われてしまうかもしれない。焦りだした俊に、神谷は微笑んだ。

「俊、落ち着いて。そんな薬はないんだよ」
「ふぇ?」
「相変わらず、驚いた顔は可愛いな」
「ど、どういうことですか?」

 神谷は飴玉を手に出して、俊に見せた。

「どうして神谷さんがこれを?」
「それはね……」

 おもむろにそれを取り出して、神谷は俊の目の前でそれを口にした。

「あぁぁ。だめ、早くそれを出して! 体に変な影響でたら困るから!」
「うん、ちょっと甘いな。どう? 俊はこれで僕に運命を感じてくれる?」
「え? そんなのずっと前から僕は神谷さんに……」
「ほら、それが答えだよ」
「え?」
「俊は、僕と対面する前から、この包み紙の中身を口にする前から、僕を運命だってわかってたんじゃない?」

 神谷に言われた言葉に思い当たる節はあった。

 しかし自分のような何の特徴もない、底辺のオメガにこんな上等なアルファが運命の訳がない、ずっと自分にそう言い聞かせてきた。自分は憧れのアルファを見つけてストーカーになっただけのオメガ。その方が、自分に夢を見なくて楽だった。だから、ずっとこの根底にある言葉はしまってきた。

 ――運命だなんて。

「僕はずっと、ずっと感じていた。君が初めて訪れたという、講演会の日からずっと……。俊の記憶を聞いてやっとわかったよ。君は僕を求めていた、そして僕も君を求めた。君があの記憶を失った日に、はじめて行動に移してくれたからこそ、僕たちは出会うことができた」
「ど、どうして。でも確かに僕はその薬を……」
「裕君から、伝言があるんだ」
「えっ、裕から? あっ!」

 俊は思わず自分の口元に手をもっていった。裕との繋がりは隠さなくてはいけない大事なこと。そう思ったが、神谷はソワソワするように楽しそうに話した。

「もう君たちに繋がりがあることは知っているよ、木島さんから全て聞いたからね。ただ裕君は僕と木島さんの会話は知らなかったから、ひたすら俊とは会っていない、知らないを通していたけどね。でも最後にひとことだけ言ってくれたんだ。もし俊に会うことができたら伝えて欲しいって」
「え、なんですか?」

 神谷の話し方から、不穏な感じはない。そして木島に対しても寛大なように見えた。犯罪は成立しなかったのだろうか?

「あの飴玉は勇気が出るおまじないを込めた、ただのラムネだって」
「え!!」
「記念にあげるって言われて、僕も貰ったの。このラムネは裕君の愛情みたいだね」
「そ、そんなことって……」

 あの飴玉もといラムネは、何の薬でもなかった。

 いや、確かに薬だった。そのツールのお陰で、俊は犯罪に手を染めてでも神谷と会いたい、対面したい、そう思ったのだから。繋がらなかった人と初めて繋がりを持つことができたきっかけのものだった。

 勇気を与えるくすり……。

「そうでもしなくちゃ、俊はきっかけがなかった。だからこれから俊が何かを告白したら許してやってくれって、そう言われたよ」
「……裕」
「僕たちの出会いは、必然。君が僕に近づいてくれたから早まったけれど、君が僕に近寄ってくれなければ、僕がどんな手を使ってでも君を探し出した」
「うっ、ぼく、ぼくっ」

 自分は神谷をだましてつがいにしたわけではなく、運命の二人が出会ったからあそこで絆が生れた。俊の目にはたくさんの涙がとめどなくあふれでてくる。もう涙をどれだけ流しても枯れることはない、この男が側に居る限り、俊にはまるで湧き水のように枯渇することなく次々と水が与えられる。どんなことがあっても、もう渇きを知ることはなくなった。すべては繋がったから、出会ってしまったから。

 俊は泣きながら、神谷にそっと近づいた。

「か、神谷さん」
「恭一。忘れた? 僕の名前」
「きょ、きょういち……僕、僕はあなたが好きです」
「僕も俊が好きだよ、愛している。もういいかな? 抱きしめても」
「うん、抱きしめて。僕を抱きしめてくださいっ。運命だなんていうのなら、抱きしめて!」

 そして俊は神谷の胸で泣いた。渇くのを恐れることなく泣き続けた。
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