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覚醒編
36 俊奪還 1
しおりを挟む――家を出て三日目、いまだ行方がわからないとはどういうことだ。
神谷は焦っていた。
部下たちに指示を出しエルこと俊の捜索を開始した。いつものカフェで張っているが来ない。そしていつも一緒に休日を楽しんだ公園にも張らせているが、そこにも現われる気配もない。
エルの親友である柏木裕の恋人、木島孝彦の所有マンションを割り出したが、周辺の監視カメラにも俊は映っていなかった。マンションに籠られてしまったらおしまいだ、探しようがないと神谷は頭を抱えていた。
しかし部下の一人から貴重な発見があったと報告を聞き、神谷の胸は高鳴った。それは俊の携帯番号だった。以前の勤め先の従業員から聞き出したその番号には、いくら電話をしても出ることはなかった。
さすがに記憶を失くしてから相当な日数が過ぎた。今さら繋がるとは思ってはいないにしても、解約はされていないことに喜びを見出した。
そして三日も離れていることに限界を感じた神谷は、強引に行動を起こすことにした。なんとしても今日は俊を抱きしめる。それを胸に想い、三隅を呼び出し話した。
「僕は今日、木島のところに行こうと思うんだ」
「木島って、それは神谷警視正が手を出していい場所ではないはずですが……」
「ああ、四課の案件だよね。だけど番だよ? 番対策犯罪なら僕も少し権限はある」
「でもそんな犯罪は……俊君は自分から出ていった書置きもある以上、犯罪としては立件しにくいですし、事務所に令状もなく行っても相手にされませんよ」
「警察というより、まずは個人として会いに……かな?」
呼び止める三隅の話も聞かずに、神谷は車に乗り込むと、すかさず三隅も乗って来た。
「えっ、三隅君?」
「俺もついていきます」
「そ、そう? 君こそ、首突っ込んで大丈夫?」
「それは大丈夫でしょう。警視正が課長に話してくれているんですよね? 俺は今、警視正の部下として動いていますから。バース犯罪ならあなたが動いても問題ないですし」
「助かるよ」
そして木島のいると言われている組織の事務所前に来ていた。案の定、自分の顔は広く知れ渡っていることもあり、警察として警戒をされているようにも見えたが、組員にはすんなりと木島の部屋まで連れていってもらえた。
***
「おお、これは、これは。どこぞのアルファ様かと思いきや、有名な神谷警視正ではありませんか」
「木島孝彦さんですね? 警視庁バース犯罪課の神谷恭一と申します。突然の訪問失礼いたします。早速ですが、僕がここに尋ねる理由はもうおわかりですね?」
「なんだろうな? マル暴でもないバース犯罪の刑事さんが俺に用とはいったいなんのことやら」
木島は、暴力団というわりには落ち着いた大人の男という余裕が見えた。神谷の方が俊のこともあり全く余裕がない、三隅にはそう見えてしまった。
「では単刀直入に言います。僕の番はあなたの恋人の友人です。あなたのマンションに滞在いるのでしょう?」
「ああ、マンションにオメガは何人か囲っているのでね。どのマンションの、どのオメガだろうな」
「お前の恋人である柏木裕の孤児院からの親友、小松俊だ」
「へぇ、すごいな。なんの荷物も持っていないオメガから、良くそこまでたどり着いたもんだ。まぁ座れよ」
余裕の木島に勧められるままに、神谷と三隅は席に着いた。
「俊、いい子だったろ? 俺のお気に入りのオメガだ。いずれは番にしようと約束していたのにな、あっさりあんたにレイプされて番にまでされてしまうなんて可哀想に。泣いていたぞ」
「な、なんだ。それ」
神谷はそれに対して無言。木島の言葉に、まず三隅が反応した。
「あんた聞いてないの? そこのイケメン刑事さんは俺の俊をレイプしたんだよ、記憶喪失をいいことに番にまでして。そうだろ?」
「そうだ、出会ったその日に俊を抱いて番にした。僕たちは運命だったんだ、だから返してくれ」
悪びれる様子もなく、神谷はあっさりと認めた。そして返せと。
番にするつもりだった、この男はそう言った。俊は記憶が戻る前はこの木島の恋人だったとでもいうのだろうか。とても俊を愛していると言うような熱量は感じられない、どちらかというと、はべらしているオメガの一人、三隅から見たらそんな印象だった。
俊が神谷の番である事実は知っているようだった。今それを言っても全く意味がないことをなぜこの男は言うのだ。挑発? 三隅は木島の言葉に何か裏がありそうだなと一人冷静に頭の中で組み立てていた。
番のこととなると余裕がない神谷、それはわかるが、今の話の内容は俊を失ったばかりの神谷にはこたえるだろうと三隅は思う。
「アルファは番を何人も持てるしな、とにかく俺の一番のイロが、俊も一緒じゃなきゃいやだって喚くから、二人とも引き取る予定だったのを、俊だけあんたに攫われた。俺も鬼じゃないさ、記憶喪失になっていたなら仕方ない。今度こそ三人で新婚生活を始めるところなんだよ。わかるだろ? 俊は自ら帰って来た。だから邪魔するなよ、あんたは俊に捨てられたんだ」
「悪いがそれは無理だ。俊はもう僕の番であって、今後あなたとは何もできない。諦めてくれ」
神谷は木島に頭を下げた。俊のためなら何度だってそうする。もし頭を下げるだけではだめだとしたら、権力を持って制圧する覚悟もあるのだろう。
「そうだな。でも俺のイロが諦められないっていうんだよ。弟も一緒じゃないとダメだって、あんたみたいな得体のしれない警察に、番にされてしまった俊を憐れんでいるんだよ。現にあんた、俊の記憶が戻ったらあっさり捨てられたらしいじゃねぇか」
「そ、それは……僕たちはまだ何も話していない。僕はまだ俊とは会っていないんだ」
「あんたさ、俊の記憶がいつ戻ったか知ってるか? もう会ってるんだよ、あんたはエルじゃなくて俊に」
「え……」
神谷は驚いた。もしやとは思っていたが、俊としての記憶は少し前から戻っていた?
俊は記憶が戻っても、神谷と俊としての今後を何も話さずに、神谷の元から去るという選択をした。その事実を神谷は目の前のアルファから伝えられた。
「あんたは向き合わなかったんだよ、なぁ? お前いつから俊の身元を割り出していた? 知っていて泳がせていたんじゃないのか?」
「あなたには関係ない」
「まぁ、お前ら二人のことに関しては関係ないけどな。とにかく俊が俺のところに来たのも、暮らしているのも、俊の意思だ。あんたが知っているエルってオメガはもうどこにもいない。諦めな、番解除の治療なら俺がいい医者に連れていくから心配するな。こちとら警察関係者と関わりなんて持ちたくないからな、慰謝料なしに俊は引き取ってやるよ」
「ふざけるな!」
神谷が声を荒げたことに、三隅は驚いた。冷静沈着、穏やかな神谷で有名だった。その人が、大声を上げてやくざ相手に怒鳴っている。
「ふはっ、神谷サン、余裕ないね」
「俊に会わせろ、さもなければ」
「さもなくば?」
「お前の組を潰す。どんな罪でもきせてお前を一生ブタ箱の中にいれて、俊とその友人は僕が保護する」
「ふはっ、それ警察官が言う? 三隅君だっけ? コノヒトやばいね。私怨で逮捕するって」
三隅は言葉をふられて、あわてて神谷に話しかけた。
「警視正、いくら何でもそういうことを言ったら……」
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