運命だなんて言うのなら

riiko

文字の大きさ
上 下
6 / 45
記憶喪失編

6 警察関係者

しおりを挟む
 エルは、警察官のその先にあろう人物の声にビクッとした。

三隅みすみ君、だったかな? 僕のつがいがお世話になったね」
「まさか、神谷警視正のツガイ……ですか?」

 この声の主は、散々エルを抱きつぶして気持ちの悪いことを繰り返し言っていたあの男、神谷だった。エルは振り返る前に、目の前に呆然として立つ警察官を見た。「警視正」と言った。そして神谷であろう男が言った「僕のつがい」で、全てを悟ってしまった。

 この警察官が戸惑っているのは、エルの話でつがいになった経緯を聞いていたからなのだろう。その相手が、自分より上の立場で逆らえない警視正であった。エルは諦めたように後ろを振り返った。

「あんた……、何しに来たの?」
「もちろん、エルを迎えにきたんだよ。まだヒート明けで体は辛いだろう。あまりに長いお散歩はよくないよ」

 さも当たり前のように「迎えにきた」という態度にエルは呆れた。

「散歩じゃねぇし、俺、あんたのとこにいたくないからここに来たの。ってか、なんで俺の居場所わかったの?」
「エル、きちんと名前言ってくれないと悲しいよ」

 長年連れ添った恋人との痴話げんかの後のような神谷の対応に、エルは心底ぞっとする。

「今そんな話じゃねぇだろ。キモいんだよ、ストーカーか?」
「酷いな。つがいに対してそんな言葉。三隅みすみ君もそう思わない?」
「えっ」

 エルとの会話をぽんぽんと交わしていたところで、先ほどから固まっていた警察官に神谷は声をかけた。もちろん声をかけられても、発言権さえ与えられてないような気分の三隅みすみは戸惑う。

「あんたなんなの? お巡りさんが困っているだろ。ストーカーはお帰りください」
「エル、いい加減にしなさい。三隅みすみ君を困らせているのはエルだよ。それから次に僕の名前を呼ばなかったら――」
「ちょっ、ちょっと待ってください!」

 そこで先ほどからエルに「お巡りさん」と呼ばれ続けていた三隅みすみがあわてて止めに入り、神谷の言葉を制しエルに向き合った。

「まず、君の名前はエル君でいいの? 名前覚えてないんじゃなかった? それと神谷警視正が君のうなじを噛んだ人で、合っている?」
「お巡りさんのいう神谷警視正っていうのがそこにいる人なら正解。そいつが俺の首を噛んだ変態。俺の名前は知らない。ただ名前聞かれた時に、とりあえずエルって偽名を名乗っただけ」

 三隅みすみはまた今日何度目かの頭をかかえていた。そして、神谷は三隅みすみに楽しそうに話しかけた。

「可愛いよね。僕の部屋にあったブランドの袋を見て、咄嗟にエルって名乗ったの」
「えっ、気づいていたの?」

 神谷の言葉にエルは驚いた。

「さすがにわかるよ。エル……メスダ君。三隅みすみ君、うちのつがい可愛いと思わない?」
「はぁ、まあ、それは可愛い発想ですね」

 神谷は嬉しそうに「そうだよね」と笑った。三隅みすみは困ったように相槌を打つ。

「エルのことはちょっと前から調べているから大丈夫だよ。僕のつがいだから、慎重にいきたいんだ。わかるだろ?」
「何、勝手に調べているんだよ」
「だって一生を過ごすつがいだよ。どちらにしても僕の職業上、相手のことは犯罪歴がないかとか調べないといけないんだよ。あっ、大丈夫! たとえエルの戸籍が汚れていても秘密裏に処理するだけだから」
「お巡りさん、この人職権乱用しようとしてまーす。キモいんで逮捕してくださーい」

 三隅みすみは苦笑いしながら、神谷に問いかけた。

「神谷警視正は、エル君の記憶喪失を知っていたんですか?」
「いや、君たちの会話で初めて知ったよ。エルは荷物を持ってない状況で保護したんだ。明らかに偽名で自分のことは隠しているから何かあるとは思って、戸惑って逃げだしたエルを泳がせたんだ」
「ということは……」
「エルの靴に、小型のGPSと盗聴器が仕込んであるよ。君だってつがいにはそれくらいのこと、するでしょ」
「はは、まあ、そうですよね。不思議だったんですよ。明らかにつがいになったばかりのオメガの子が一人で自由にしているのが……」

 二人が当たり前のように不審な話をしていることに、エルは戸惑った。神谷の行動は許せないが変態なら仕方ない。だが、この警察官は真面目な青年のように思っていたからショックだった。

「二人とも警察だろ。何あたりまえに会話しているの? 人のことこっそり追いかけて盗聴とか、それ犯罪だかんな」
「いやいや、ごめんね、エル君。これもエル君が忘れているだろうこの世界の常識でね。アルファはつがいのオメガに対して、これでもかってくらい保護をするんだ。だからGPSはみな当たり前に持たせているんだよ」
「やべー世界だな……変態だらけだ」

 そこで神谷は豪快に笑ってエルを抱きしめた。エルは不意に神谷の匂いに包まれて嫌だというよりも、ドキドキした。この男の匂いがやけに安心感を与えることを、瞬時に否定できなかった。

「エルは素直で可愛いな。はぁいい匂い」
「は、 離せっ」
三隅みすみ君の説明でだいたいはわかっただろう。さ、もう帰ろうね」
「なんでそうなるんだよ、話を聞いていたなら理解しろよ。俺はつがいなんていらないんだよ」

 抱きしめられたまま返事をする。エルはなぜだか抱きしめられて安心してしまい、言葉では拒絶をしていたが、手をほどこうとはしなかった。

「エル、三隅みすみ君も忙しいんだよ、いい加減にしなさい。帰ってからもっと色々教えてあげるから、なんなら記憶なんて失くしたままでもいいからね。これからのことは心配しないで」
「心配だらけだ!」

 エルは困った状況な気がして、三隅みすみを見た。三隅みすみも散々エルの話を聞いていたから、素直に神谷の話を鵜呑みにしていいのか戸惑っていたようだった。

「その、神谷警視正。私はエル君の聴取を先程から担当していていました。エル君の話では、あなたに無理やりされていたというか……このままあなたの所に戻していいのか、はかりかねます」
「僕は三隅みすみ君に疑われているのかな? 早くエルと二人きりになりたいのに、邪魔するの?」

 神谷はエルを開放すると、今度は三隅みすみに向き合った。不穏な空気を察した三隅みすみは慌てて弁明をした。

「いや、あの。エル君はうなじを噛んだ相手を嫌がっていたようでしたから……警察に相談に来た以上、確認も取らないと……」
「ふふっ、脅したみたいでごめんね。僕には誰も逆らえないよね? でも君はエルのことを優先して言いにくいことを僕に言った。優秀だよ、エルがお世話になったのが君でよかった。少し三人で話をしようか」
 
 神谷はふてぶてしく、さっとエルの隣に壁に立てかけてあった簡易的な椅子を持ってきて居座った。そしてエルのほほを触り、瞬く間に軽いキスをした。

「ちょっ、それ、嫌だって言っただろう。こんなところまできて、本当にやめろよ」
「だって、そこにエルがいるんだもん。キス、するよね?」
「ふざけんな、しないだろ!」

 エルは呆れた。出会ってから数えきれないほどのキスをされているから今さら嫌だとかは思わなかったが、当たり前に自分の唇を奪う男に自分はセクハラをされていると思っている。

「なぁ、お巡りさんっ。ていうか、三隅みすみさん? こいつおかしいと思わない。人前でこういうことする人、わいせつ罪で捕まえられない? 俺、嫌だって言ったでしょ」
「エル、名前。言わないともっと深いのをするよ」

 神谷はまたエルの顔の前まで唇を近づけて、真剣な顔でそう言った。

「わ、わかったから! 恭一きょういち、いい加減にやめろ」
「わー、エルがやっと僕の目を見て僕の名前を言ってくれた! 三隅みすみ君、つがいっていいよね、君はもうつがいがいて結婚もしたんだよね。若いのにうらやましいな。僕もエルの身元がわかり次第、籍をいれるからその時は君も結婚式に呼ばせてもらうね」
「うぉい! どんどん妄想飛んでるぞ」

 エルと神谷の掛け合いを見ていた三隅みすみは、ほっとして思わず笑みが出た。エルはそんな状況に恥ずかしくなった。

しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

夢見がちオメガ姫の理想のアルファ王子

葉薊【ハアザミ】
BL
四方木 聖(よもぎ ひじり)はちょっぴり夢見がちな乙女男子。 幼少の頃は父母のような理想の家庭を築くのが夢だったが、自分が理想のオメガから程遠いと知って断念する。 一方で、かつてはオメガだと信じて疑わなかった幼馴染の嘉瀬 冬治(かせ とうじ)は聖理想のアルファへと成長を遂げていた。 やがて冬治への恋心を自覚する聖だが、理想のオメガからは程遠い自分ではふさわしくないという思い込みに苛まれる。 ※ちょっぴりサブカプあり。全てアルファ×オメガです。

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

その溺愛は伝わりづらい!気弱なスパダリ御曹司にノンケの僕は落とされました

海野幻創
BL
人好きのする端正な顔立ちを持ち、文武両道でなんでも無難にこなせることのできた生田雅紀(いくたまさき)は、小さい頃から多くの友人に囲まれていた。 しかし他人との付き合いは広く浅くの最小限に留めるタイプで、女性とも身体だけの付き合いしかしてこなかった。 偶然出会った久世透(くぜとおる)は、嫉妬を覚えるほどのスタイルと美貌をもち、引け目を感じるほどの高学歴で、議員の孫であり大企業役員の息子だった。 御曹司であることにふさわしく、スマートに大金を使ってみせるところがありながら、生田の前では捨てられた子犬のようにおどおどして気弱な様子を見せ、そのギャップを生田は面白がっていたのだが……。 これまで他人と深くは関わってこなかったはずなのに、会うたびに違う一面を見せる久世は、いつしか生田にとって離れがたい存在となっていく。 【続編】 「その溺愛は行き場を彷徨う……気弱なスパダリ御曹司は政略結婚を回避したい」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/962473946/911896785

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版)

処理中です...