運命を知りたくないベータ

riiko

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イギリス編

13、過去への浄化

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 類は全てを話してスッキリしているようだった。でも少しだけ気まずそうにもしている、僕に引かれたって思ったのかな。僕が黙ってしまったのは、僕の過去を思い出していただけで、決してこの子が嫌いだからとかじゃない。

「ごめん、俺帰るね。やっぱり話さなきゃ良かったかな。俺は俺でスッキリしているけど、こんなこと聞かされた方が何も言えないよね」
「あ、そうじゃない。帰らないで」
「えっ?」

 立とうとした類を掴んだ。下から上目遣いみたいな目になってしまったからか、類が頬を赤らめた。僕はその顔を見ていたずら心が出てしまった。

「とてもいい話だった、っていったらちょっと語弊があるけど、でも類の人柄が良くわかるよ。やっぱり類はいい子だね」
「えっ、なんか照れるな」

 類は可愛い顔をした。僕は今の話を聞いて、さらにはその慣れていない顔を見て類が愛おしくなってしまった。

「類は、童貞だからそんなに真剣に悩むんだよ。僕が教えてあげる」
「な、なに。いきなり」

 類を引き寄せてキスをした。類は驚いて僕を引きはがした。

「なんでこんなことするの!?」
「僕は類を嫌ってないよ、むしろちょっと可愛いって思う。そういう人間臭いところアルファにもあるんだなって、安心しているくらいだから。そんな過去の話でまで、人に気を遣うものじゃないよ? 類とのキスは凄くしっくりくるからもう一度したかったの、ダメ?」
「だ、だめじゃないけど……んん」

 その言葉を聞いて僕は類に馬乗りになり、キスした。初めは抵抗して、空をさまよっていた手も、僕の腰を支えはじめてキスに答えてくれた。凄く気持ちいい、僕を相手にするアルファたちはどこか挑戦的で自分が優位に立つことばかりしてきた。だからこうやって組み敷くのは気持ちがいいし、僕を立ててくれる類の優しさを感じる。

「んんっ、やっぱり類のキスは気持ちいいな、この先シテみない? 僕が童貞もらってあげる」
「えっ、待って、ダメだよ。俺は好きな子としかできない」

 キスは簡単にするのに、そのサキはだめなんだ?

「類は僕のコト好きじゃないの?」
「好きだけど、でもそういうのじゃなくて憧れっていうか……」
「そんな難しく考えないで、僕が教えてあげる」

 そう言って僕は類に乗ったまま、上着を脱いだ。類は思わず僕の胸を見た、なんだ好きなんじゃん。僕の小さい胸でもそんな赤い顔するなんて。

 僕は類にキスをして、首を舐めた。

「んんっ、ちょっと、ちょっと待って、ほんとに待って、カイ‼」
「んもぅ‼ そのまま流されちゃえばいいのに、ほら、君のここはもういけそうだよ?」
「あっ、それは、カイがエロイキスをするからでっ」

 類の股間を触ったら、類はびくっとした。完勃ちではないにしても、楽しめそうな大きさだった。さわさわと触る手を抑えられてしまった。

「カイ‼ そんな簡単にアルファに手を出さない方がいい」

 類は逆に僕を組み敷いて、上から真剣な顔をして僕を見下ろした。ちょっとドキドキしちゃったよ。

「いつもこんな強引に誘っているの? その顔で?」
「その顔って……いつもは誘われている側だよ、僕から誘うことはそんなにないかな、特にベッドのことに関しては何もしなくてもみんなすぐ始めたがるからね、だから抵抗されたのは類が初めてかな、でもその気になった?」

 僕は下から類の頬を撫でた。その手を掴まれてまた類は怒ったように言う。

「カイ、やめた方がいい。あなたはとても美しすぎて危険だ。今までは安全な相手だったかもしれないけど、俺、執着系のアルファだよ。現に発情促進剤を飲ませて無理やりつがいにするようなゲスだよ? 未遂に終わったのはその時に助けがあったから。でも今は誰も助けに来てくれないよ?」
「別に助けなんかいらない。僕は今、類と寝たいと思っているから。今度こそ正真正銘の迷いのない同意だよ?」
「待ってよ、もう! なんで俺と寝たい訳? 寝る相手はいるんだろ」

 類は僕を起こすとソファに座らせた。言っていることとやっていることが違い過ぎるでしょ。あんなこと言われたらこれから襲うって思うのに、どこまで紳士なわけ?

「なんで類と寝たいのかな。なんか同情? セックスなんてそんな凄いものじゃないってことを教えてあげたかったの。経験すればそんなふうにすぐ誰かを襲おうなんて思わないかもしれないし、僕は類と寝てみたい。お互いにいい経験になると思わない?」
「……思わない。カイのセックスへの想いがそういうものだとしても、俺は違う。経験してないから強くは言えないけど、俺は好きな人としかしたくない。それは付き合いたいとか結婚したいとかそう意味の好きで、憧れだけで誰かを抱きたいわけじゃない」

 模範解答だ。でも好感が持てる、今までそんな人がいなかったわけじゃないけど、そういう人は初めから付き合わなかった。だって僕は人と付き合うことがもう嫌だった、その先の別れが怖くて付き合うことはできない。でもこの子はオメガをつがいにしたいタイプ。誠実だから嘘はつかなそう。

「実はね、僕にもトラウマがあるの。聞いてくれる?」
「えっ」
「あ、まずソレ抑える? セックスが嫌なら口でしてあげようか?」
「あっ」

 類が赤い顔をして自分の股間を抑えた。可愛い、こんな可愛いアルファとなら、僕はもしかしたらトラウマを乗り越えられるかもしれない。僕だって一生誰彼構わずセックスをして過ごすのがいいことだって思っていない。でも、僕はセックス依存症に近いモノがある。それをしないと不安でたまらなくなるのは、いまだ爽のことを考えてしまうから。セックスさえしてれば少しの間はあの時の出来事を忘れられる。だから僕にとっては食事をするのと同じくらいに必要な行為。

「君の話も聞いたんだから、僕の話も聞いて。今日は泊っていってよ、もう君を襲わない、だからシャワールームでソレ、処理してきたら?」
「あっ、ごめん。じゃあ話聞く前に、シャワー借りる」

 ふふ、優しい子だ。泊れという命令に素直に従うんだからね。

 シャワーを済ませた類は気まずそうに立っていた。僕だってベータのモデルだから背はそれなりに高いけど、類の方が少し高かった。これくらいの誤差なら大丈夫だろうと僕の部屋着を渡しておいた。うん、ちょっとぴったりしているけど、それはそれで類の素敵な肉体が見えて悪くない。

 気まずそうにする類に適当に過ごしていてと言って、僕もシャワーを済ませた。その後、僕はワインを飲んで、類は一応未成年だから炭酸を出しておいた。

「泊ってくれてありがとう、類は日本人だからかなぁ? なんかこっちで知り合った人の中では初めて警戒心なく接している気がする」
「カイはガード固そうに見えて緩いし、なんか心配だな」

 類はふふっと笑った。

「僕はこう見えて警戒心の塊だよ、人を信じない、だから誰とも付き合わない。体だけの関係しか築いてこなかった。でも仕事は別。仕事は裏切らないから……人生をかけているって言うとちょっと言い過ぎだけど、早く自立したかったんだ。たまたま出会えた仕事だけど案外しっくりきて、モデルで食べていくのも僕には合っているかなって、だから真剣に取り組んでいる」
「うん、わかるよ。カイを見ていたら。作品からも伝わる」
「ありがとう。じゃあ、今度は僕の過去の話だね」

 そうして僕は包み隠さず過去の話をした……多分初めて。

 両親も叔父夫妻も、僕の後見人をしてくれる写真家も、みんなこの内容は知っていても、僕からは聞いていない。誰も聞けなかった、古傷をえぐるよりはそっとしておこう、そして新しい世界を見せようと必死だったから。それにこんなことも友人たちにも言えなかった。僕は逃げるように日本を去ったから、誰も僕と爽の過去を知らない、そんな世界に行きたかった。

 話を聞き終えた類は、僕の手を握った。

「カイ、話してくれてありがとう。俺なんかよりも、断然辛い経験だ」
「そんなことない……確かに僕は過去のことが原因でこんなひねくれた考え方になっちゃったけど、それは僕という個人だからそうなっただけ。辛さや感じ方は人それぞれだからそれは図れないよ。でもそう言ってくれて、ありがとう」

 類は僕の目をじっと見た。

「カイ、抱きしめてもいい?」
「え……」
「ごめん、俺なんかじゃどんな言葉も浅くなる。アルファの俺は何を言っても軽薄な言葉にしかならない、だからせめて」
「いいよ、抱きしめて」

 僕はニコって笑って類に腕を開いた。そして類はそこに絡むように僕の体を抱きしめてギュって力強く僕を包んだ。なんだかあったかい、体はくっついているからそうだけど、でもそうじゃなくて心がぽわってする。

「カイ、今まで辛かったね。カイは凄い、本当に凄いよ。俺はカイという人を尊敬する」
「……類」

 なんだか泣けてきちゃった、僕も案外類をバカにできないくらい、まだまだお子ちゃまなのかもしれないな。でも過去について泣くことを止めたからこそ、浄化しきれていなかった。体を開くことによって、アルファを屈服させることによって、過去に受けた傷を癒そうとしていただけで、そんな行為で癒されるわけがなかったんだ。ただ傷に絆創膏をはっただけで中身の傷は治らないまま、ジュクジュクと膿だけが溜まっていたのかもしれない。僕は類の背中にある手に、ぎゅって力を込めた。

「カイ?」
「……海斗」
「え?」
「僕の名前は海斗、二人の時はそう呼んで」
「海斗……素敵な名前だね」
「ありがとう……」

 類の方が僕より五歳も年下なのに、なんなのこの包容力は。悔しいけど僕は類の胸でその夜、久しぶりに泣いた。
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