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四章 清算
旅のエスコートはコブ付きで(3)
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翌日、ウェーネの巨大湖に浮かぶ船舶の快適さは予想以上だった。海ではないから塩気もなく、甲板でも寛げる。
アドルフを船に乗せることについてはやや不安もあったが、パニックになることもなく大人しくしているし、今のところ挙動に心配する要素もなく平穏そのものだ。
強いて言うのならブルーノがあまりにも緊張して気分が優れなかったことくらいだが、それも船舶内での食事であっという間に治った。図太いというか、食の力はすごいというか。
湖の上の船というある意味見通しが良く出入りの制限される状況下にあって、俺は久しぶりに気持ちが緩むのを感じていた。
明日世界でも終わるのかと思うほどの食い気を発揮するロゼオ達を食堂で、甲板で景色や船舶そのものを眺めながらまったりするギルとシズを確認した後、静かな船内の一室でアドルフを丁寧にグルーミングする。ついでにステータスの確認もだ。 ギルとシズは兎も角、ロゼオ、ブルーノ、それにジンがいる前ではやはりメニュー画面を開くのは躊躇ってしまう。画面そのものは他者には見えないようになっているが挙動不審になることは間違いないし、プレイヤーで溢れかえっていた『Arkadia』ならまだしも、この現実でそんなことができるのはマレビトやその影響を受けた人間だけのはずだ。ウィズワルドのおかげで必要以上に警戒する必要はないと分かったものの、これから行く場所はいわく付きであり、ジンがマレビトに関してどういう立場を取っているのか分からない。用心するに越したことはないだろう。
管理人として森で過ごした一年の間、レベルの変動は少しだけ。ウェーネまでの旅を含めても俺は81、ギルは107、シズは開始レベルが低かったため、戦闘経験値そのものは少なくても59まで引き上げることに成功していた。
このアルカディアで生活し始めた頃も感じたことだが、今はいわばずっとログインし続けている状態に等しく、リアルの生活があった元の世界でのレベル上げを思えばかなりレベルが上がるのが早い。
俺やギルはマギ周辺の適正レベルを余裕でクリアしていたためあまり効率的な上がり方はしていないが、本来シズにはキツい場所だ。レベルが上がったことが響いているのか、護衛としての旅の間も弱音を吐くことはなかったし、俺にとってもシズにとってもいいことだったと思う。
シズの資質の『癒し手』は知力の値が効果に影響を与えているようで、ミュリエル指導の元、医療知識についても学んだおかげか、威力は最初と比べて段違いだ。『調合』も覚えているし、勿論『生活魔法』をはじめ、回復魔法も中級のものが習得できるようになってきた。ステータスは俺と同じ方向性だが、シズは完全に回復に特化している。
ギルは今更覚えることなどあるだろうかと思うのだが、熟練度が軒並み上がっていた。対獣人戦など、画面に現れない部分の経験が増えていると思う。ステータスはギルの希望を聞いて、素早さをメインに、筋力と器用さにも割り振っている。
アドルフは進化条件としての大前提であるレベルは92と足りているものの、どうやら今以上に巨大化するため未だ黒大狼のままだ。マギのモンスター図鑑の狼の項目には、進化系として知力が高く魔法を使える種もあったが、そちらは主に尻尾の数が増えていくのに対し、アドルフは筋力と素早さに物を言わせた攻撃が得意であり、図鑑の分類上でいくとひたすら巨大化していく物理攻撃に特化した種のようだ。勿論打ち止めはあるが、さすがにそうなってくると街や村は勿論、城郭都市でも出入りさせにくくなってくる。これから船舶にも載せないといけないし。
サイズを変えるにはスキルが必要だ。『縮小』というものだが、おそらくプレイヤーのみが使える。対象の大きさを変えるもので、一度縮小すれば任意に元の大きさに戻せる。ただし重量はそのまま反映されるため、軽くなったりはしない。そちらは『軽量化』と言って区別されているためだ。
『縮小』は例えば洞窟の中や密林などの制限された空間の中にも荷馬車などを馬ごと持ち込むことが可能で、一度の作業でしこたま採集する際などに有用であるが……このスキル、取得方法がスキルポイントの消費に限られているだけでなく、そのポイントも20必要という、なかなか扱い辛いものなのだ。攻撃特化、防御特化など、何かを極めたい人間にはそんな余裕はなかなかない。それにこまめにインベントリを整理したり、ホームがあれば在庫を抱えることは 難しくないため、生産職で素材となるものの採集を自力で行うプレイヤーか、『飼い慣らし』持ちでモンスターたちを交配させてより使える個体を売る、といったようなことをしているプレイヤーくらいしか持ってなかった。勿論、後者がそれを必要とするのは巨大なモンスターを手頃な大きさで扱うためである。
このスキルがイマイチ不人気なのは、更に上級スキルへの派生が見込めない点にある。取得したらそれっきりで、後に続くものがないのだ。この辺りの不遇スキルに関しては大型アップデートで環境が改善、あるいは一新されるのではと言われていたが、少なくとも俺の知る限りそんな予定はなかった。大体、あったところでアルカディアに来てしまった今、どんな風にアップデートが反映されるのか極めて謎だし。
――……兎も角、アドルフを進化させるにはこのスキルの取得は避けられない。場所によって待機させなければならないというのは戦力的に辛いし、世話も手間だ。側に居てくれた方が安心するし、何より毛艶のいいアドルフに触れていると癒される。暖かいし。
幸い、スキルポイントそのものには困っていない。進化させるタイミングとしては運河から陸路へ変わる頃が一番いいが……うん、やはり戦力はあるに越したことはないだろうな。
そんなことを取り留めもなく考えながらアドルフを撫でさすっているとノックの音が聞こえた。アドルフに警戒する様子はない。
「はい」
「ジンだ。入ってもいいか?」
淀みない言葉と聞き慣れた声にどうぞと促すと、ジンがにこにこしながら入ってきた。
「はあ、やっと二人で話せる」
シングルソファに腰を落ち着け、ジンは寛いだ様子で俺を見た。
ジンの言う通り、二人になったのはこれが初めてだ。そうならないように、俺もギルも気をつけていた。
もしかしたらジンはそれも気づいていたかもしれないが、特に何を言われることもないからそれで通していたのだが……。
「何をしてたんだ?」
「……アドルフの形態を次の段階に上げるかどうか考えていました」
「へえ」
ジンの眉が興味深そうに動く。
「それはヒューイが決められるのか?」
「ええ、まあ」
「不思議な力だ」
「俺もそう思います」
少し笑みを浮かべて答えると、ジンもくすりと笑った。穏やかな笑みだった。
「王都では廃れてきたが、王国では基本的に強者は好まれる傾向にある。そうでなくとも、迷うことはないだろ?」
「今よりもかなり大きくなるんですよ」
それで困っていると素直に白状しておく。旅路の細々としたことはジンの世話になっているのだから、一応話は通しておいたほうがいいだろう。
俺の返事に、ジンは心得たように鷹揚に頷いた。
「なるほど、なら、船舶に乗っている間は控えてもらいたいな」
「そうでしょう? 俺も必要以上に離れたくありませんしね」
言いながらアドルフの頭を撫でる。前足に顎を乗せ、リラックスしている様子で尻尾だけをぱたぱたと振る姿に頬が緩むのを止められないでいると、ジンは物知り顔になって鼻を鳴らした。
「優秀な護衛だ。アドルフがいなければ今だってギルに牽制されていたところだし」
一応、許可は取ってきたんだ。
そう続けるジンに、首をかしげる。
「そうでしたね。俺になにかご用ですか?」
「用ってほどのものでもないけど、ヒューイの方がなにか俺に聞きたいことがあるんじゃないか?」
優雅に足を組み俺を見下ろすジンからは、余裕が垣間見えた。いや、それしか感じられるものはないように思える。
……彼を観察して粗探しをすることに意義を見出せないし、変に気にして自分が卑屈になる必要はない。
そう言い聞かせ、俺は少し思考を巡らせた。聞きたいこと。あることはある。
「どうして、ロゼオとブルーノに手を貸すようなことをしたんですか? 一度は止めるように言われた、と聞きましたが、もしあの二人を調べた上で接触したのなら、安易な引き留めは寧ろ焚きつける結果になることは分かったはずです。それどころか、成功率を上げるようなものを提供された」
ジンが味方だと思えない理由の一つはこれだ。対面してから特に気に障るようなことはされていないし、誠実に対応してもらっているとは思う。でも……思いの外ギルの件を引きずっているのかもしれないが、不信な点がある以上心を開くことはよろしくないのではという気持ちが拭えない。そもそも、自分に危害を加えようとした人間の手助けをしていた相手に気を許すこと自体おかしいとも言える。直接対峙してないから、どうすべきかも決めかねるものがあるし。
ジンは、薄く口元に笑みを浮かべたまましばらく俺を見つめていたが、そのまま俺が返答を待っているとふと視線を逸らし、口を開いた。
「……ギルのことは知っていたし、出来れば接触する機会はないかと窺ってもいた。あの二人に声をかけたのは、ルートヴィヒ側の人間に絡めとられまいとしたから。そして相手の懐に入るためにギルの話題を使うのは当然だ。更に言うなら、その場限りで終わるのも困る。失敗して命があったとして、そこを付け込まれて唆された挙句、こっちの予想もつかないことをされたらと思うと、俺は彼らをある程度支持していると示さなければ関心を引くことはできない。なんらかの形で手を貸すか、二人の作戦に加わる必要があった。
……だが、加わったところでとても成功するとは思えない。君はギルを合法的に犯罪奴隷として所有しているわけだし、犯罪奴隷の解放は勿論、譲渡もそう簡単にはできないのは知ってるだろ?」
苦笑を漏らすジンに相槌を打つ。
「大体そんな形で対面を果たせば俺の第一印象も地に落ちる。手を貸すにしてもあからさまに攻撃的な武器を持たせるわけには行かない。だから姿消しの妙薬と三種類の香を持たせた。俺のことを口止めしなかったのは、ギルが俺の影を察してくれればと思ったからだな。作戦は失敗する。ギルは二人とは面識がある。だったら、いろいろ問いただすだろうと考えるのは自然なことだ」
なるほど。その点で行くと、俺たちは見事にジンの思惑通りに動いたわけだ。
「まあ、そのまま二人を手元に置かれてしまったから、俺が出ていくしかなくなったわけ。別に君に敵意はないさ。どのみち二人の存在がなければ冒険者組合と学院に手を回してから会うつもりでいたし。あの香も合法的な範囲のものだから、渡した量を考えても死ぬ心配はなかったし」
何気なく零された台詞に内心で固まってしまう。まさかその香のちゃんぽんで三日も寝込んだということは言わない方がいいだろう。俺のプライド的に。
よし、話題を変えよう。
「……そうですか。理由についてはまあ、それで納得しました。俺達も例の貴族の手が入ってこないようにと考えていたので。
じゃあ、そうですね、ギルのために俺宛の招待状を持ってこられたこともそうですけど、そもそも、ギルに例の件が片付くところを見せようとするほどギルに執着していることも気になるといえば気になります。そのせいでギルが警戒してますから」
「ふうん? 別になにをしようって訳でもないけどな……うん。全部説明することはできるけど、驚かせたいし、今は下手に情報を漏らすことは避けたいから、秘密としておこう。大丈夫。きちんと分かるような展開になっているからさ」
ジンはそう言うと、顎に手を当てて何かを考えるように視線を外した。それから、
「確約できる。あの方はこの件で恩に着せることもないし、なにか良からぬ企みをしているわけでもない。誓ってもいい」
「別に嘘をつかれているとは思ってないですよ」
真正面からの嘘を見破る術もないが、それ以上に口ではどうとでも言えるはずのことを思わせぶりに秘匿したりするくらいだ。一々ブラフかと疑うのも馬鹿らしい。
「……例の貴族の娘について聞いても……いや、知ってるんですか?」
「一通りね。ギルの件があってから、俺も動いてたわけだし……」
「どういう流れで今回に繋がったのか知りたいです。話を聞く限り、権力を振りかざして冒険者組合相手にさえ強硬な姿勢を崩さなかったようですけど」
「いや、その件で冒険者組合関係者の貴族に対する心証は一気に悪くなった。一応緘口令は敷かれたようだが、人の口を実際に塞ぐことなんかできないしな。噂程度の広がり方はしている。
冒険者はただ横暴で他所ではやっていけないどうしようもない奴の掃き溜めだと思われがちだが、なんの繋がりがなくとものし上がっていける……そうでなくとも暮らしていける機会のある職だ。
王国は弱者には厳しい。その分、その素質を発揮することができれば生きていくことができる。冒険者組合はそういう奴と出会うことのできる場でもある。そう思う貴族たちは決して蔑ろにはしないし、下賤だなんだと見下している貴族であっても、冒険者組合の持つ権限を軽視はできないものだ。現に件のことがあって、冒険者組合は王都から手を引くとまで言い出して、宥めるのに苦労した」
「……それで、結果は……」
「最終的に王が謝罪した……らしい。公にはなってないが、冒険者組合側がひとまず落ち着いたということはなんらかの取引があったはずだ。そもそも一連の出来事自体が表沙汰になってない。問題の家の財産の一部を差し押さえ、それを組合へ寄付という形で渡しもしたって聞いたな。……だがまあ、そんなことで許されるような話でもない。あれは許されざる暴挙だし、権力の誤った使い方を助長する悪しき前例になる可能性がある」
「それなのに、ギルの指名手配は取り消されなかったんですか?」
さらに疑問をぶつけると、ジンは渋い顔をした。
「その時点で一ヶ月もかかった。しかもギルはすでに逃げた後で、ギルが被害者だという証拠はない。宝石だのなんだの盗まれ姿をくらましたと言われれば、そうでないと証明するのは難しかった。それに、その頃には実際に暴れ始めていたしな」
「ああ……」
なんというか、間が悪すぎる。
「あいつも自分なりに下調べをして狙いを定めていたらしいが、腐っても貴族だ。そいつらがやっていた悪事と、実際に被害にあったという件は別にして考え、それぞれに適切な対応をしなければならなかった。まあ、ざまあみろという市民の声は隠せなかったようだがな」
疲れたようにそう言うジンに、徐々に俺も事態がどう変化して行ったのかが見えてきた。
「あいつ、仕事が早すぎるんだよ。悪人ばっか狙うのはまあ百歩譲っていいとしても、それを好き勝手に狙って暴れ回って、悪人どもが抱き込んでた盗賊団を締め上げてくれたのには礼を言わんでもないがその後処理でいつまで経っても接触できんわ、悪事の露見した貴族どもの処分で首をすげ替えるのに追われて貴族の力関係はどんどん変わって盤上がひっくり返る勢いだわ、しまいにゃ勝手に逃げ出す馬鹿な小者まででてくるわ。そんなやつらでも一応任せた仕事はあったわけでいくら腐ってても仕事の勝手が分かってるのとそうでないのとじゃそれだけで全然違うんだよ何もかもが滞るっつーのもう単純に人手不足すぎで過労で死にそうだ寧ろ殺す気かこっちまで殺す気かそうなんだな馬鹿が!」
振り返ってみて今まで溜めていたものを思い出したのだろう。ジンは苛立った様子で頭を抱えたかと思うと、勢いよく顔を上げて俺を見た。目が据わっている。
「正直、ちょっとくらいは意趣返ししたかった」
「はあ」
ぼさぼさになった髪を整えながら、ジンは気持ちを切り替えるように顔を揉み解すと、ソファにゆったりと身体を委ねた。長く大きなため息が漏れる。
「おかげであいつに手を回すのも難しくてなあ……あの方は丁度いい機会だから存分に暴れさせて膿を出すとか仰るし……出すにも後始末のための下準備がいるっての。結局、当の本人は山の中に突っ込んで国を出て行ったけどな。それからは盗賊団をねらって潰して回ってたようだ……この辺りはそっちの方が詳しいかもしれないな。
で、散々何処かの誰かさんが暴れてくれたおかげで、例の家が他にやらかしていたことの証拠も掴めてな。逃げられないよう証拠固めをして、そもそもの諸悪の根源が娘だってことを突き止めたと、そういうわけだ」
「……つまり、家のその……ご両親の企みではなかった、と」
「当主な。あの家はもっと厳格なはずだったから驚いた。実の娘に、内側から蝕まれていたのさ」
ジンが何を思ったのかはわからない。ただ、どこか遠い目をして、やりきれないように目を伏せた。その姿から、モルゲンシュテルン侯側の人間らしい彼とルートヴィヒ侯の関係が分からなくなる。今回、例の娘を排除できると言った時のジンの表情は晴れ晴れとしていた。今語られた内容を考えても、ジンがモルゲンシュテルン侯の手足か、部下として動いていることは間違いなさそうだ。『伝手がある』と言っていたが、本人と面識もあるようだし、口ぶりからしてもかなり近い位置にいるように思える。だから漠然とルートヴィヒとモルゲンシュテルンは政敵だと思っていたのだが、違うのだろうか。あるいはモルゲンシュテルン家は対立関係にあるが、ジン個人としては別なのか。
「では、当主……さまは悪くなかった?」
「いや、娘の言いなりになっていたのは事実だ。実際に事を運んでいたのは当主だから、非がないはずはない」
「……なら、そもそも、その厳格な家の当主さまがどうして娘の言いなりになってたんですか」
「娘がギフトを悪用したからさ」
渋い顔だった。
「ギフトの有無は敢えて公表しない場合が多々ある。有用性が疑問視される場合が殆どだ。だが、例の家の場合は逆だった。有用すぎる故に隠され、そして当主もその力を厳しく律するよう求めた。娘もそれに応えていた。あの家は最初から狂っていたわけじゃない……ま、ここで言えるのはそこまでかな。具体的なことは向こうで、然るべき場所であの方がお話になる。その方が、俺の口から言うよりはずっと信憑性も説得力もあるだろ」
分かり易く話を打ち切られ、今のところ踏み込めるのはここまでだと明確にされる。まあ、ある程度の全貌は分かったからいいか。ジンの立場と本業に関しても、大凡のことはなんとなく感じられた。
「そうですか。でも、今の時点でも結構な内容だと思うんですけど……」
「いいや、王都に限って言うなら既に噂として広がっていることに過ぎない。……この程度、と思えるくらいには、言えないことの規模がでかいのさ」
にんまりとジンが笑みを浮かべる。その表情には先ほどまでの疲れ切った様子やどこか淋しそうにも思える気配など微塵もなかった。
「じゃあ、今のは嘘かもしれない?」
「いいや。こんな、いずれ真偽が分かるようなことで嘘をついても仕方がない。……覚えておくといい。貴族たちは足をすくわれるような安易な嘘は言わない。だが、知り得る確たる事実について、全てを語ることもない」
「はあ……」
結局どうなんだ?
これは飽くまで噂話であって実際は違う……とするには、真に迫っていたように思えた。ジンが動いていたことに関しては間違いないはず。噂でボカせる範囲に関してはそういう態にして真実を口にした……くらいが妥当な線だろうか。貴族たち、と言う表現も引っかかる。ギルたちはジンについて、良い家に生まれたのではと口にしていたが、ジン自身も貴族なんだろうか。
「結局分からないことが増えただけのような気もしますが」
「はは、そうやって悶々としてもらった方が、分かった時より一層すっきりするだろ?」
思わず零れた文句めいた言葉をし、ジンはどこか優美にも見える笑みで跳ね飛ばした。
嫌な感じはしないが……自分自身の判断を信じきれないのが困ったところだ。
「そうだといいんですけど」
全てを語られないことを前提にしなければならないなら、自分の都合のいいような解釈をするかもしれない。それが最終的に俺自身の足を引っ張ることにならなければいいのだが……
「取り敢えず、俺よりもギルが納得できるのなら今回のことはそれでいいです」
「ありがとう。きっと君にとっても良い状況になると思うから、楽しみにしてくれ」
……その『良い状況』が本当に良いのか、どういう意味を持つ『良い』なのか分からない。
曖昧に笑ってみたものの、やはりジンとは気の置けない関係になれる気がしないことだけがはっきりした気がする。
アドルフを船に乗せることについてはやや不安もあったが、パニックになることもなく大人しくしているし、今のところ挙動に心配する要素もなく平穏そのものだ。
強いて言うのならブルーノがあまりにも緊張して気分が優れなかったことくらいだが、それも船舶内での食事であっという間に治った。図太いというか、食の力はすごいというか。
湖の上の船というある意味見通しが良く出入りの制限される状況下にあって、俺は久しぶりに気持ちが緩むのを感じていた。
明日世界でも終わるのかと思うほどの食い気を発揮するロゼオ達を食堂で、甲板で景色や船舶そのものを眺めながらまったりするギルとシズを確認した後、静かな船内の一室でアドルフを丁寧にグルーミングする。ついでにステータスの確認もだ。 ギルとシズは兎も角、ロゼオ、ブルーノ、それにジンがいる前ではやはりメニュー画面を開くのは躊躇ってしまう。画面そのものは他者には見えないようになっているが挙動不審になることは間違いないし、プレイヤーで溢れかえっていた『Arkadia』ならまだしも、この現実でそんなことができるのはマレビトやその影響を受けた人間だけのはずだ。ウィズワルドのおかげで必要以上に警戒する必要はないと分かったものの、これから行く場所はいわく付きであり、ジンがマレビトに関してどういう立場を取っているのか分からない。用心するに越したことはないだろう。
管理人として森で過ごした一年の間、レベルの変動は少しだけ。ウェーネまでの旅を含めても俺は81、ギルは107、シズは開始レベルが低かったため、戦闘経験値そのものは少なくても59まで引き上げることに成功していた。
このアルカディアで生活し始めた頃も感じたことだが、今はいわばずっとログインし続けている状態に等しく、リアルの生活があった元の世界でのレベル上げを思えばかなりレベルが上がるのが早い。
俺やギルはマギ周辺の適正レベルを余裕でクリアしていたためあまり効率的な上がり方はしていないが、本来シズにはキツい場所だ。レベルが上がったことが響いているのか、護衛としての旅の間も弱音を吐くことはなかったし、俺にとってもシズにとってもいいことだったと思う。
シズの資質の『癒し手』は知力の値が効果に影響を与えているようで、ミュリエル指導の元、医療知識についても学んだおかげか、威力は最初と比べて段違いだ。『調合』も覚えているし、勿論『生活魔法』をはじめ、回復魔法も中級のものが習得できるようになってきた。ステータスは俺と同じ方向性だが、シズは完全に回復に特化している。
ギルは今更覚えることなどあるだろうかと思うのだが、熟練度が軒並み上がっていた。対獣人戦など、画面に現れない部分の経験が増えていると思う。ステータスはギルの希望を聞いて、素早さをメインに、筋力と器用さにも割り振っている。
アドルフは進化条件としての大前提であるレベルは92と足りているものの、どうやら今以上に巨大化するため未だ黒大狼のままだ。マギのモンスター図鑑の狼の項目には、進化系として知力が高く魔法を使える種もあったが、そちらは主に尻尾の数が増えていくのに対し、アドルフは筋力と素早さに物を言わせた攻撃が得意であり、図鑑の分類上でいくとひたすら巨大化していく物理攻撃に特化した種のようだ。勿論打ち止めはあるが、さすがにそうなってくると街や村は勿論、城郭都市でも出入りさせにくくなってくる。これから船舶にも載せないといけないし。
サイズを変えるにはスキルが必要だ。『縮小』というものだが、おそらくプレイヤーのみが使える。対象の大きさを変えるもので、一度縮小すれば任意に元の大きさに戻せる。ただし重量はそのまま反映されるため、軽くなったりはしない。そちらは『軽量化』と言って区別されているためだ。
『縮小』は例えば洞窟の中や密林などの制限された空間の中にも荷馬車などを馬ごと持ち込むことが可能で、一度の作業でしこたま採集する際などに有用であるが……このスキル、取得方法がスキルポイントの消費に限られているだけでなく、そのポイントも20必要という、なかなか扱い辛いものなのだ。攻撃特化、防御特化など、何かを極めたい人間にはそんな余裕はなかなかない。それにこまめにインベントリを整理したり、ホームがあれば在庫を抱えることは 難しくないため、生産職で素材となるものの採集を自力で行うプレイヤーか、『飼い慣らし』持ちでモンスターたちを交配させてより使える個体を売る、といったようなことをしているプレイヤーくらいしか持ってなかった。勿論、後者がそれを必要とするのは巨大なモンスターを手頃な大きさで扱うためである。
このスキルがイマイチ不人気なのは、更に上級スキルへの派生が見込めない点にある。取得したらそれっきりで、後に続くものがないのだ。この辺りの不遇スキルに関しては大型アップデートで環境が改善、あるいは一新されるのではと言われていたが、少なくとも俺の知る限りそんな予定はなかった。大体、あったところでアルカディアに来てしまった今、どんな風にアップデートが反映されるのか極めて謎だし。
――……兎も角、アドルフを進化させるにはこのスキルの取得は避けられない。場所によって待機させなければならないというのは戦力的に辛いし、世話も手間だ。側に居てくれた方が安心するし、何より毛艶のいいアドルフに触れていると癒される。暖かいし。
幸い、スキルポイントそのものには困っていない。進化させるタイミングとしては運河から陸路へ変わる頃が一番いいが……うん、やはり戦力はあるに越したことはないだろうな。
そんなことを取り留めもなく考えながらアドルフを撫でさすっているとノックの音が聞こえた。アドルフに警戒する様子はない。
「はい」
「ジンだ。入ってもいいか?」
淀みない言葉と聞き慣れた声にどうぞと促すと、ジンがにこにこしながら入ってきた。
「はあ、やっと二人で話せる」
シングルソファに腰を落ち着け、ジンは寛いだ様子で俺を見た。
ジンの言う通り、二人になったのはこれが初めてだ。そうならないように、俺もギルも気をつけていた。
もしかしたらジンはそれも気づいていたかもしれないが、特に何を言われることもないからそれで通していたのだが……。
「何をしてたんだ?」
「……アドルフの形態を次の段階に上げるかどうか考えていました」
「へえ」
ジンの眉が興味深そうに動く。
「それはヒューイが決められるのか?」
「ええ、まあ」
「不思議な力だ」
「俺もそう思います」
少し笑みを浮かべて答えると、ジンもくすりと笑った。穏やかな笑みだった。
「王都では廃れてきたが、王国では基本的に強者は好まれる傾向にある。そうでなくとも、迷うことはないだろ?」
「今よりもかなり大きくなるんですよ」
それで困っていると素直に白状しておく。旅路の細々としたことはジンの世話になっているのだから、一応話は通しておいたほうがいいだろう。
俺の返事に、ジンは心得たように鷹揚に頷いた。
「なるほど、なら、船舶に乗っている間は控えてもらいたいな」
「そうでしょう? 俺も必要以上に離れたくありませんしね」
言いながらアドルフの頭を撫でる。前足に顎を乗せ、リラックスしている様子で尻尾だけをぱたぱたと振る姿に頬が緩むのを止められないでいると、ジンは物知り顔になって鼻を鳴らした。
「優秀な護衛だ。アドルフがいなければ今だってギルに牽制されていたところだし」
一応、許可は取ってきたんだ。
そう続けるジンに、首をかしげる。
「そうでしたね。俺になにかご用ですか?」
「用ってほどのものでもないけど、ヒューイの方がなにか俺に聞きたいことがあるんじゃないか?」
優雅に足を組み俺を見下ろすジンからは、余裕が垣間見えた。いや、それしか感じられるものはないように思える。
……彼を観察して粗探しをすることに意義を見出せないし、変に気にして自分が卑屈になる必要はない。
そう言い聞かせ、俺は少し思考を巡らせた。聞きたいこと。あることはある。
「どうして、ロゼオとブルーノに手を貸すようなことをしたんですか? 一度は止めるように言われた、と聞きましたが、もしあの二人を調べた上で接触したのなら、安易な引き留めは寧ろ焚きつける結果になることは分かったはずです。それどころか、成功率を上げるようなものを提供された」
ジンが味方だと思えない理由の一つはこれだ。対面してから特に気に障るようなことはされていないし、誠実に対応してもらっているとは思う。でも……思いの外ギルの件を引きずっているのかもしれないが、不信な点がある以上心を開くことはよろしくないのではという気持ちが拭えない。そもそも、自分に危害を加えようとした人間の手助けをしていた相手に気を許すこと自体おかしいとも言える。直接対峙してないから、どうすべきかも決めかねるものがあるし。
ジンは、薄く口元に笑みを浮かべたまましばらく俺を見つめていたが、そのまま俺が返答を待っているとふと視線を逸らし、口を開いた。
「……ギルのことは知っていたし、出来れば接触する機会はないかと窺ってもいた。あの二人に声をかけたのは、ルートヴィヒ側の人間に絡めとられまいとしたから。そして相手の懐に入るためにギルの話題を使うのは当然だ。更に言うなら、その場限りで終わるのも困る。失敗して命があったとして、そこを付け込まれて唆された挙句、こっちの予想もつかないことをされたらと思うと、俺は彼らをある程度支持していると示さなければ関心を引くことはできない。なんらかの形で手を貸すか、二人の作戦に加わる必要があった。
……だが、加わったところでとても成功するとは思えない。君はギルを合法的に犯罪奴隷として所有しているわけだし、犯罪奴隷の解放は勿論、譲渡もそう簡単にはできないのは知ってるだろ?」
苦笑を漏らすジンに相槌を打つ。
「大体そんな形で対面を果たせば俺の第一印象も地に落ちる。手を貸すにしてもあからさまに攻撃的な武器を持たせるわけには行かない。だから姿消しの妙薬と三種類の香を持たせた。俺のことを口止めしなかったのは、ギルが俺の影を察してくれればと思ったからだな。作戦は失敗する。ギルは二人とは面識がある。だったら、いろいろ問いただすだろうと考えるのは自然なことだ」
なるほど。その点で行くと、俺たちは見事にジンの思惑通りに動いたわけだ。
「まあ、そのまま二人を手元に置かれてしまったから、俺が出ていくしかなくなったわけ。別に君に敵意はないさ。どのみち二人の存在がなければ冒険者組合と学院に手を回してから会うつもりでいたし。あの香も合法的な範囲のものだから、渡した量を考えても死ぬ心配はなかったし」
何気なく零された台詞に内心で固まってしまう。まさかその香のちゃんぽんで三日も寝込んだということは言わない方がいいだろう。俺のプライド的に。
よし、話題を変えよう。
「……そうですか。理由についてはまあ、それで納得しました。俺達も例の貴族の手が入ってこないようにと考えていたので。
じゃあ、そうですね、ギルのために俺宛の招待状を持ってこられたこともそうですけど、そもそも、ギルに例の件が片付くところを見せようとするほどギルに執着していることも気になるといえば気になります。そのせいでギルが警戒してますから」
「ふうん? 別になにをしようって訳でもないけどな……うん。全部説明することはできるけど、驚かせたいし、今は下手に情報を漏らすことは避けたいから、秘密としておこう。大丈夫。きちんと分かるような展開になっているからさ」
ジンはそう言うと、顎に手を当てて何かを考えるように視線を外した。それから、
「確約できる。あの方はこの件で恩に着せることもないし、なにか良からぬ企みをしているわけでもない。誓ってもいい」
「別に嘘をつかれているとは思ってないですよ」
真正面からの嘘を見破る術もないが、それ以上に口ではどうとでも言えるはずのことを思わせぶりに秘匿したりするくらいだ。一々ブラフかと疑うのも馬鹿らしい。
「……例の貴族の娘について聞いても……いや、知ってるんですか?」
「一通りね。ギルの件があってから、俺も動いてたわけだし……」
「どういう流れで今回に繋がったのか知りたいです。話を聞く限り、権力を振りかざして冒険者組合相手にさえ強硬な姿勢を崩さなかったようですけど」
「いや、その件で冒険者組合関係者の貴族に対する心証は一気に悪くなった。一応緘口令は敷かれたようだが、人の口を実際に塞ぐことなんかできないしな。噂程度の広がり方はしている。
冒険者はただ横暴で他所ではやっていけないどうしようもない奴の掃き溜めだと思われがちだが、なんの繋がりがなくとものし上がっていける……そうでなくとも暮らしていける機会のある職だ。
王国は弱者には厳しい。その分、その素質を発揮することができれば生きていくことができる。冒険者組合はそういう奴と出会うことのできる場でもある。そう思う貴族たちは決して蔑ろにはしないし、下賤だなんだと見下している貴族であっても、冒険者組合の持つ権限を軽視はできないものだ。現に件のことがあって、冒険者組合は王都から手を引くとまで言い出して、宥めるのに苦労した」
「……それで、結果は……」
「最終的に王が謝罪した……らしい。公にはなってないが、冒険者組合側がひとまず落ち着いたということはなんらかの取引があったはずだ。そもそも一連の出来事自体が表沙汰になってない。問題の家の財産の一部を差し押さえ、それを組合へ寄付という形で渡しもしたって聞いたな。……だがまあ、そんなことで許されるような話でもない。あれは許されざる暴挙だし、権力の誤った使い方を助長する悪しき前例になる可能性がある」
「それなのに、ギルの指名手配は取り消されなかったんですか?」
さらに疑問をぶつけると、ジンは渋い顔をした。
「その時点で一ヶ月もかかった。しかもギルはすでに逃げた後で、ギルが被害者だという証拠はない。宝石だのなんだの盗まれ姿をくらましたと言われれば、そうでないと証明するのは難しかった。それに、その頃には実際に暴れ始めていたしな」
「ああ……」
なんというか、間が悪すぎる。
「あいつも自分なりに下調べをして狙いを定めていたらしいが、腐っても貴族だ。そいつらがやっていた悪事と、実際に被害にあったという件は別にして考え、それぞれに適切な対応をしなければならなかった。まあ、ざまあみろという市民の声は隠せなかったようだがな」
疲れたようにそう言うジンに、徐々に俺も事態がどう変化して行ったのかが見えてきた。
「あいつ、仕事が早すぎるんだよ。悪人ばっか狙うのはまあ百歩譲っていいとしても、それを好き勝手に狙って暴れ回って、悪人どもが抱き込んでた盗賊団を締め上げてくれたのには礼を言わんでもないがその後処理でいつまで経っても接触できんわ、悪事の露見した貴族どもの処分で首をすげ替えるのに追われて貴族の力関係はどんどん変わって盤上がひっくり返る勢いだわ、しまいにゃ勝手に逃げ出す馬鹿な小者まででてくるわ。そんなやつらでも一応任せた仕事はあったわけでいくら腐ってても仕事の勝手が分かってるのとそうでないのとじゃそれだけで全然違うんだよ何もかもが滞るっつーのもう単純に人手不足すぎで過労で死にそうだ寧ろ殺す気かこっちまで殺す気かそうなんだな馬鹿が!」
振り返ってみて今まで溜めていたものを思い出したのだろう。ジンは苛立った様子で頭を抱えたかと思うと、勢いよく顔を上げて俺を見た。目が据わっている。
「正直、ちょっとくらいは意趣返ししたかった」
「はあ」
ぼさぼさになった髪を整えながら、ジンは気持ちを切り替えるように顔を揉み解すと、ソファにゆったりと身体を委ねた。長く大きなため息が漏れる。
「おかげであいつに手を回すのも難しくてなあ……あの方は丁度いい機会だから存分に暴れさせて膿を出すとか仰るし……出すにも後始末のための下準備がいるっての。結局、当の本人は山の中に突っ込んで国を出て行ったけどな。それからは盗賊団をねらって潰して回ってたようだ……この辺りはそっちの方が詳しいかもしれないな。
で、散々何処かの誰かさんが暴れてくれたおかげで、例の家が他にやらかしていたことの証拠も掴めてな。逃げられないよう証拠固めをして、そもそもの諸悪の根源が娘だってことを突き止めたと、そういうわけだ」
「……つまり、家のその……ご両親の企みではなかった、と」
「当主な。あの家はもっと厳格なはずだったから驚いた。実の娘に、内側から蝕まれていたのさ」
ジンが何を思ったのかはわからない。ただ、どこか遠い目をして、やりきれないように目を伏せた。その姿から、モルゲンシュテルン侯側の人間らしい彼とルートヴィヒ侯の関係が分からなくなる。今回、例の娘を排除できると言った時のジンの表情は晴れ晴れとしていた。今語られた内容を考えても、ジンがモルゲンシュテルン侯の手足か、部下として動いていることは間違いなさそうだ。『伝手がある』と言っていたが、本人と面識もあるようだし、口ぶりからしてもかなり近い位置にいるように思える。だから漠然とルートヴィヒとモルゲンシュテルンは政敵だと思っていたのだが、違うのだろうか。あるいはモルゲンシュテルン家は対立関係にあるが、ジン個人としては別なのか。
「では、当主……さまは悪くなかった?」
「いや、娘の言いなりになっていたのは事実だ。実際に事を運んでいたのは当主だから、非がないはずはない」
「……なら、そもそも、その厳格な家の当主さまがどうして娘の言いなりになってたんですか」
「娘がギフトを悪用したからさ」
渋い顔だった。
「ギフトの有無は敢えて公表しない場合が多々ある。有用性が疑問視される場合が殆どだ。だが、例の家の場合は逆だった。有用すぎる故に隠され、そして当主もその力を厳しく律するよう求めた。娘もそれに応えていた。あの家は最初から狂っていたわけじゃない……ま、ここで言えるのはそこまでかな。具体的なことは向こうで、然るべき場所であの方がお話になる。その方が、俺の口から言うよりはずっと信憑性も説得力もあるだろ」
分かり易く話を打ち切られ、今のところ踏み込めるのはここまでだと明確にされる。まあ、ある程度の全貌は分かったからいいか。ジンの立場と本業に関しても、大凡のことはなんとなく感じられた。
「そうですか。でも、今の時点でも結構な内容だと思うんですけど……」
「いいや、王都に限って言うなら既に噂として広がっていることに過ぎない。……この程度、と思えるくらいには、言えないことの規模がでかいのさ」
にんまりとジンが笑みを浮かべる。その表情には先ほどまでの疲れ切った様子やどこか淋しそうにも思える気配など微塵もなかった。
「じゃあ、今のは嘘かもしれない?」
「いいや。こんな、いずれ真偽が分かるようなことで嘘をついても仕方がない。……覚えておくといい。貴族たちは足をすくわれるような安易な嘘は言わない。だが、知り得る確たる事実について、全てを語ることもない」
「はあ……」
結局どうなんだ?
これは飽くまで噂話であって実際は違う……とするには、真に迫っていたように思えた。ジンが動いていたことに関しては間違いないはず。噂でボカせる範囲に関してはそういう態にして真実を口にした……くらいが妥当な線だろうか。貴族たち、と言う表現も引っかかる。ギルたちはジンについて、良い家に生まれたのではと口にしていたが、ジン自身も貴族なんだろうか。
「結局分からないことが増えただけのような気もしますが」
「はは、そうやって悶々としてもらった方が、分かった時より一層すっきりするだろ?」
思わず零れた文句めいた言葉をし、ジンはどこか優美にも見える笑みで跳ね飛ばした。
嫌な感じはしないが……自分自身の判断を信じきれないのが困ったところだ。
「そうだといいんですけど」
全てを語られないことを前提にしなければならないなら、自分の都合のいいような解釈をするかもしれない。それが最終的に俺自身の足を引っ張ることにならなければいいのだが……
「取り敢えず、俺よりもギルが納得できるのなら今回のことはそれでいいです」
「ありがとう。きっと君にとっても良い状況になると思うから、楽しみにしてくれ」
……その『良い状況』が本当に良いのか、どういう意味を持つ『良い』なのか分からない。
曖昧に笑ってみたものの、やはりジンとは気の置けない関係になれる気がしないことだけがはっきりした気がする。
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