異世界スロースターター

宇野 肇

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四章 清算

旅のエスコートはコブ付きで(1)

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 二ヶ月後、俺たちは隊商に混じりマギを発った。目指す場所は王都――≪マグナ・グラエキア≫だが、真っ直ぐに向かえる距離ではないため幾つかの都市を経由することになる。旅費は出ないがジンが幾らかは伝手を使って宿の手配などもしてくれるということもあり、今も一時的に行動を共にしている。本人曰く妙な横槍を入れさせないためだとか、何かあればすぐ助けられるようにだとか言われたが、実際のところは監視の意味合いが強いはずだ。俺はともかく、ギルがいざ動けば抑えるのは並の相手では歯が立たないから。
 招待の返事と当の客が同時に向かっていいのかと思ったがその辺りは抜かりなく先触れを出したらしい。ちなみに、ロゼオ達も戦闘員としてはあと一歩というところだが、ギルの指揮下にあると素直に良く働くこともあって、こちらこそ間違いなく保護のために連れていくことになった。

 王都へ向かうことにしたのは、拒否権がそもそもなかったこともあるが、それ以上にギルが是としたからだ。屋敷の引き継ぎや退任式の出席などをやり過ごし、アズマを通じてウィズワルドにも連絡を入れ、旅の準備をしている間にギルの気持ちについて話を聞くことができた。
 例の貴族、ルートヴィヒ侯爵家の娘のことは、もはや糾弾するつもりも自分の手で断罪するつもりもないということ。それはギルと彼女ではあまりにも住む世界、生きる世界が違っていて、ギルにとっては言葉は通じるかもしれないが話が分かる相手ではないから。歩み寄る努力をする義理も理由もなく、ギルの諦めにも似た考え方とは全く違う意味ながら、彼女もそう思っていることが明らかだから。

 俺は何も話をすれば本当はもっと分かり合えるんじゃないかとか、そんな風に言うつもりはない。ギルが不当な扱いを受けたのは事実だし、これ以上彼の尊厳が損なわれ、心を傷つけられるのは業腹だ。ギルが許せないと言うのならもうそれでかまわない。
 だが、ギルはそういう感情さえもう抱けないのだと言った。ただ、俺の奴隷となったことで彼女の執着でギルの主人たる俺が害されることがなくなるというのであれば、その確たる瞬間を自分の目で、耳で得ることが出来るのなら、王都へ行くのはやぶさかではないのだと。
「……ただ、下手に昔の話を掘り返して恩着せがましく取引の一つでも持ちかけられたら、そのままずらかった方がいい。罪を帳消しにする代わりに国に仕えろとかな。今更正当性を主張するにはあちこちで暴れすぎてるから、別に俺は気にしない。お前がそうしたいのなら止めはしないが、良いように使われる駒になるのはごめんだ」
 ギルはそう言って、問題の貴族よりもその後のこと、ひいてはジンを警戒していた。
 名誉の回復などはもう今更こだわってなどいないから、くれぐれも政治の駆け引きなどに巻き込まれることの無いようにという内容を言葉を変えて何度も何度も、それこそ耳にタコが出来るほど言い聞かされた。しかしまあ、実際の場で俺がきちんと対応できるかは別の話だから、そういった話が出たらまずギルやシズと相談することで合意している。

 さて、今まで避けてきた王都だが、『Arkadia』でもかなり栄えている城郭都市だった。ジンによる講釈も含めて纏めると、立地的には丁度『Arkadia』のメイン舞台である大陸の中央に位置しており、北と南を行き来するためには必ず通る必要がある重要な場所だ。何故王都を経由しなければならないかと言うと、東と西にモンスターが跋扈するダンジョンや険しい山々があるためである。そう言った要素の形に沿って貴族たちの領地が定められ、土地が管理されている。広大な盆地をイメージすればいいだろうか。そこをどんどん開墾して作られたのが始まりで、他の都市が城壁外の土地管理について有耶無耶にしているところを、王都は地形上分かりやすいこともあってかなりはっきりと厳しく、明確にしている。神殿の力も弱く、人々は自分で事を成して行く気概が強い。
 政治体制は世襲君主制。だが、王は頂点ながらも絶対的ではなく、その下に位置する貴族たちが持つ力がかなり強い。ギルの話によれば私腹を肥やしたり、人を人とも思わぬようなよろしくない貴族も多くいるように感じるが、ジンの話や今回例の貴族の娘の沙汰があるということは、そうでもないのかもしれない。
 都市を囲む城壁は大まかには三重になっており、より内側に住んでいるのが貴族――特に領地を持たぬ者や王城に出仕する者が普段住んでいるが、社交シーズンになると結構な数が領地から出てくるらしく、屋敷の数は相応にある――、それを取り巻くように住むのが一般市民や貴族の屋敷に出資する者たち、最も外側や壁外に住むのが浮浪児など、職にあぶれたその日暮らし、あるいは物乞いの層だ。奴隷として働けなくなり捨てられたケースもあるらしい。田畑を耕すのは基本的に奴隷で、農民は存在しない……というか、農民がつまり奴隷だと言えばいいのだろうか。農奴というやつだ。勿論、他の都市でもそうであるように、力のある貴族であればあるほど多くの奴隷と土地を管理しているということになる。
 王都……いや、王国領は出入国管理や審査がとても厳しい。北と南にそれぞれ関所があり、その領地を通過する場合には出るのにも入るのにも通行税を払う必要がある。勿論、自国市民であっても特別な許可証でもない限り従わねばならない。ギルが逃げにくいと言っていた理由はここにあるようだ。
 結果、商人たちは王都を経由して他の都市にも商売に出て行くため、大陸の南側では北のものが、北側では南のものが非常に高値でやり取りされることになる。避けようにもモンスターがうようよいるダンジョンや未開の山を越えるなどという芸当は普通の商人では無理だから、一般人である彼らは通行税を払って通らねばならないというわけだ。王国領を避けて通れるのは、ギル位強いか、転移魔術や魔法、あるいはその装置が使えるほど魔力量が多い者くらいなのだ。
 環境上モンスターの脅威が他よりも強いため、王都から離れた端の土地を管理している貴族たちの方が高位であるし、当然ながら腕っ節も強いのも特徴に入る。所謂辺境伯ってやつだ。彼らは時として侯爵より強い発言権を持つこともある。ルートヴィヒ家は多くの騎士を輩出しただけあって繋がりも広く、その限りではないようだが。

 王都の悲惨な生活環境を生き抜き、順調にステップアップできていたギルがどんなに恵まれていたか、話を聞くにつれ本当に、つくづく、そう思う。コネ……あるいは後ろ盾がなかったから厄介事にモロに巻き込まれてしまったが、それでも性格形成はそれ以前の生活が大きく影響しているはずだ。なのに、ギルの心根は比較的真っ当だ。いくら俺が一番荒れてた時期を知らないと言っても、やはり聞くところによる劣悪な状況を思うと、しみじみとしてしまう。


******


 俺たちが護衛として旅を共にする隊商はマギから北西にある城郭都市、≪ウェーネ≫を目指している。多くの水路があって、小舟で街中を散策することのできる水の都だ。それ以外では特に特徴らしい特徴はなかった……と思う。街並みは綺麗で、ゆっくりと過ごすのに向いているかもしれない。
 ウェーネの近くには大きな湖があり、幾つかの川が伸びている。その一つはマギまで伸びていて、俺たちはそれを確認しつつ歩いているわけだ。
 嬉しいのは水の補給がいつでも行えること、季節的に水浴びができることだろうか。道中の山はモンスターや盗賊に遭遇する確率が上がるためぐるりと迂回していかねばならないが、隊商が使う路であるから、日数がかかる以外ではそこまで辛いこともない。……夜だって、魔術があるからティーピーの中でギルと絡み合っても気にならないし。
 ただ一つ、困ったことがあるとするなら――……

「ヒューイは肌が白いんだな。ここの色も淡くて凄く可愛い。でも、もう少し太るか筋肉つけたほうが俺好み」
「黙れ」
「そんなケチくさい事言うなよ。あ、ケツならお前の方がいいケツしてるぞ」
「うるせえ」

 ……。ジンが人の身体をやたら見てきたり、触ってきたりすることだろうか。
 隊商の護衛は俺たちだけではないから、見張りを当番制にしてちょくちょく水浴びを行っている。そのため、肌を晒す機会が多い。学院を離れてから新たにキスマークをつけることはなかったから徒らに他の男の情欲を煽るようなことはないはずなのだが、ジンが何かにつけそういう絡み方をしてくるから、ギルの機嫌はあまり良くない。俺については多分からかわれているだけなのだろうが、ギルのお尻を評価するジンの目は軽いとは言い難く、ギルもそれを重々承知しているからだろう。そういえばアルカディアでは同性同士でセックスすること自体は珍しくないんだった。
 ギルが突っぱねている以上俺から何か言うことはないのだが、少しだけ、本当にちょっとだけ、ギルがお尻を弄られたらどうなるんだろうと思わないでもない。隷属魔法の時のように快感を堪えながらも色気をだだ漏れにしてたら俺も興奮してしまうかもしれない……なんて、そんな益体も無いことを考えてしまうのは道中が平和だからだろう。
 アドルフとギルの連携は健在だし、俺の魔法も衰えることはない。ジンはソロで活動していると言うだけあっておそらくギルと同じくらいには強いし、凄く余力が残っているのを感じる。シズに関しては『癒し手』や以前俺にしていたような護衛の『相手』は本人の自由意思に任せることにしているが、今のところその必要もなさそうだった。

「はあ、全く、どの人も懲りないですねえ」
「……そういうシズは随分馴染んだ?」
「ええ、まあ。ヒューイさまたちのお人柄もあると思いますよ」
 隙あらばギルの尻たぶを揉もうとするジンを見遣りながら呆れた声を上げるシズは、護衛と言う意味では仕事らしい仕事がないため、ロゼオとブルーノの尻を叩くようにして食事や寝床であるティーピーの組み立てなど、隊商の手伝いとして貢献してくれている。元々奴隷商人とともに都市から都市への長旅の経験があるためか、奴隷として奉仕してきた生活が丁度シズに向いていたのか、手馴れているから隊商の世話をする下働きからも頼りにされているようだ。懐に潜り込むというのか、ご近所付き合いと言うのか、それが上手い。まるで妻のような働きぶりである。
「夕餉は何かな」
「ウサギ肉のシチューです。牛乳、相場よりも高く買ってもらえましたよ」
 ゼクスシュタインからマギまでの大きな隊商とは異なり、今回は幾分か小規模だ。ただ、旅のために商品以外に多くの食料も積んでいる。俺達護衛は現地で肉を調達し、隊商からは保存食も含めてその他の食料を融通してもらう。物々交換が基本だが、シズの言うように需要の高いところに提供できる場合はお金が出てくることもあった。ジンについてははっきり聞いたわけではないし、手紙の件以来それらしいところを見ることは無かったが、四次元収納……インベントリが使える俺にはいつでも鮮度の良い生野菜や果物、牛乳などが取り出せるため、こういう場面で肩身の狭い思いをすることはなかった。ありがたい話だ。
 飲み物に関しては川から汲んだものを煮沸して飲んだり、隊商の荷から葡萄酒を貰ったりする。護衛の冒険者にはある程度の荷物は隊商の荷の中に預けることが許されてるが、それでも限度というものはあるし、こんなところで小銭稼ぎをするほどの余裕などはない。俺のような例は稀有な方だろう。まあ、誰も損はしていないし、俺としても変に出し惜しみをして反感を買うことも避けたいし。
「ああーこれで女が居ればな」
 嘆きながらシチューを食べる護衛の一人には苦笑が漏れた。この隊商にも欲を発散させる存在はいるが、やはり相性や好みというものがある。今回は少年のみだ。
「アンタが抱かれる方でいいならいくらでも相手してやるぞ」
 ジンがボヤいた一人に絡んでいく。声をかけられた男は顔を引きつらせながらジンから目をそらし、まだ俺には早い、と取り繕いながらシチューを掻き込むようにして平らげ、いそいそとその場を離れていった。それを見送り、ジンがこちらを振り返る。
「また振られた」
 言葉の割に舌を出して戯ける彼に、より一層苦笑が強くなる。あっさりとしていて気安い彼の態度は一時的に一緒にいる分には楽だが、掴み所がなく、踏み込むことを躊躇わせる雰囲気を感じる。
「声を掛け過ぎなんですよ」
 窘めるまでも行かない俺の言葉にジンは肩を竦めて真面目そうな顔を作った。
「俺は嘘がつけなくてね」
 ……本当に、どこまでが本音なのか気付かせない人だ。
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