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三章 訪れる人々
小さな同居人(1)
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マギに腰を落ち着けて半年が過ぎていた。
だからと言って別にヒューイとしての拠点までマギに置くつもりはなかったのだが、少しずつ街の人たちと交流を持ち、顔を覚えて貰えるのが嬉しくて、また離れる必要性もなくて、季節は夏を迎えていた。
その間にいつの間にかギルとアズマが仲良くなっていたり、『Arkadia』でそうしていたようにアズマと組んでモンスター狩りをしてはしゃいだり、冒険者組合でも持て余し気味の癖のある依頼――ゲイの二人が経営する孤児院のような、仕事そのものは難しく無いのだが過去に他の冒険者が依頼主と衝突してギクシャクしていたりする、いわば尻拭いのようなものだ――を消化していったりした。
蓄えは緩やかに増えて行き、それ以上に信用を積み上げて行く手応えを感じていた。
そんな折、一つの依頼が舞い込んで来た。
言葉の通り俺を指名して来たその依頼は、マギでも大部分を占める学院の臨時職員として働いて欲しいというものだった――。
******
学院で働く人々というのは教員、研究員の他に、日々の食事を作ったり、キャンパス内の庭や森を整えたりといった、人を含めたあらゆる環境を美しく健やかに保つために動員される者も含まれている。
生徒も多く、本来であれば冒険者のような素性の分からない者が入り込めるような場所では無いのだが、ウィズワルドの名前が知られていることや、俺が彼と同居している弟のような存在であること、そして冒険者となる際にエルフから紹介状を持たされたということなどの理由で今回のスカウトに至ったらしい。
俺に任されたのは学院の敷地内の森の管理だ。
学院の敷地というのは城郭を跨いで壁の外にまで及んでおり、学院の保有する壁外の森には当然のようにモンスターも生息している。依頼とは≪妖しの森≫と呼ばれるその中でも城郭にほど近い場所にある一軒家に住んで欲しいというものだった。森は兎も角その一軒家と周辺には精製された魔晶石が埋め込まれているため、モンスターが入り込むことは滅多に無いようだ。
エルフ式だなと思ったが、まさしく管理人がエルフであったらしく、彼、あるいは彼女が百年ぶりに旅をしたくなり、その穴埋め探しだったようだ。
契約内容の確認だの引き継ぎだのとで俺個人はばたばたしたものの、学院から特別に配布される緊急用空間転移装置の他、移動用にと世代を超えて飼い慣らされた大人しい八本足の幻獣馬・スレイプニルも貸与してもらえたし、申請が通りさえすれば長期の休暇も貰えるようだし、待遇には全く不満は無い。
誂えたように俺にぴったりな条件に首を傾げたが、適任者が中々居ないから逃がしたく無いのだという冒険者組合、学院側双方から説明をいただいた。
今回の依頼は長い。前任はエルフだけあって十年ごとに契約を更新していたようだが、基本的に一年間、ここで過ごすことになる。
それでも依頼を請け負ったのは、指名依頼は断り難いということの他に、ギルとシズ、アドルフ全員にとってとてもいい環境なのではと思ったからだ。
敷地は広く、アドルフはフォーレでそうしていたように放し飼いにできる。狼であるアドルフを運動させる時間をわざわざとらなくてもいいし、アドルフものびのびと自由に過ごすことができる。
街中での依頼も受けることが多くなり、腕が鈍ることを懸念していたギルには願っても無い環境だろう。モンスターは無限に湧いてくる。学院の森に潜むモンスターは多種多様で、強さもピンからキリまである。多人数で倒しにかかる必要のあるレイドボスほどの個体は居ないだろうが、それでも毒や麻痺、石化など、状態異常を引き起こす攻撃手段を持つ癖のあるモンスターは多い。それが倒したい放題なのだ。
シズにとっても、野宿ほどではないが壁内ほど安全でもないこの環境で、これまで以上にモンスターと対峙することに慣れていける。前任のエルフが残した工房と道具一式でシズにも調合を教えて行くつもりだ。
俺の場合は……一番最初、夜、声が漏れるのを気にしなくてもいいって思ったのは黙っておくとして。
学院という研究機関に身を置く位、前任は研究ということに興味があったようだ。元々集落を離れるくらいだから好奇心もそこそこあったのだろうが、自然を愛するエルフは畑や家畜を持ったりはしない。だが、住処には納屋や馬小屋のようなもの、それに畑と、実に人間らしい施設一式が、よく使い込まれた状態で残されていた。そして室内にも大きな水槽があり、そこにはアクアリウムのように、薬の材料になる水棲植物が静かに佇んでいた。学院の職員によると、土を必要としない植物の調査や品種改良などを行っていたらしい。
これらを見て、『栽培』スキルを育てる時だと思ったのは言うまでもないだろう。こういう試行錯誤は大好きで、俺がウィズワルドであった頃には、攻略サイトを参考にしながら、魔法を使うのにどんな動きや言葉がいいのか――特定の行動により威力が上がったり、効果的中率が変動する場合があったのだ――を探ったものだった。こういう引き篭もる作業というのは俺の好きなところであり、指名がなかったとしてもこの依頼を受けることに否やはなかった。
かくして、なかなかに広い敷地の管理をも任された俺は再び森の中に居を構えることとなったのである。
小さくもお洒落な洋館の中は過ごしやすい。部屋数もそこそこあり、一人一部屋を使っている。当初は好きな場所を、と思ったのだが、俺は主人だからと強制的に二階の一番日当たりのいい立派な部屋をあてがわれた。シズに。ギルは俺の隣を、シズは一階の玄関近くの部屋をそれぞれの私室と決め、ドアノブにネームプレートを掛けている。
今まで街中の喧騒に慣れていたせいかとても静かに感じるが、悪寒がするわけでもなし、虫や鳥の鳴き声に癒されるとてもいい場所だと思う。
現在、学院は夏休みだ。だから生徒の殆どは学院の寮を離れて休暇を満喫している。ただ、研究生や教授の中には学院の許可を得て森の中へ入ってくる者もいるようで、その日時は前日の日没頃に、連絡用の装置で一報が入るようになっている。余程のことが無い限り関知しなくてもいいが、余程のことがある場合や、助力を請われた場合は可能な範囲で手を貸すことも契約内容には含まれていた。
とはいえ、はっきり言って自分で行動しない限りは基本的に暇である。学院の敷地とは言っても、森は策で囲ってあるくらいで実質、誰に対しても解放されている。大規模な密猟などに対しては対処にあたるが、そもそも、モンスターまでいる森に足を踏み入れようという者は冒険者であってもなかなかいない。森は平地に比べ視界も悪いし、薄暗く、迷いやすい。薬草の採集にしても、この森でなければ取れないほど希少なものは少なく、討伐も同じ。稼ぐ場としてあまり旨味が無いためだ。
勿論生徒たちの実験や野外学習では護衛や森の中を歩くための指導に立つ必要があるようだが、まだ先の話。
見回りをする意味もなく、結局はエルフの作法に則った森の維持管理と自給自足の生活となるわけで、余った時間でシズに薬草の採集の仕方や簡単な薬の使い方、作り方を教えても尚持て余す間、俺は屋敷を探索することにした。
今回の依頼について諸々の説明を受けた後、先立って注意を受けていた。正式に雇われるにあたって一つ大きな最低条件があったのだ。
それは、『同居人に認められること』。
それをクリアして初めて給金が入る。
≪妖しの森≫にはモンスターでも人でもない、妖精や幻獣など、人と共存できる存在も多くいる。管理人のための一軒家についても、家や納屋憑きの妖精たちがいるらしい。彼らに気に入られないと叩き出されてしまうのだそうだ。前任はエルフだけあってうまく馴染んでいたようだが、はてさて。
初日は意識し過ぎておっかなびっくりだったが、幸いいままで嫌がらせをされることもなく、家の勝手を知り、生活のリズムを作るのにばたばたとしているうち意識の端へ追いやられていた。
妖精たちは気まぐれで少し天邪鬼。ただ、気に入らないことには直球で反応してくるそうだから、今のところ彼らの嫌がることはして居ないと思う。
学院の言う同居人とは、家に住み着きこっそり手伝いをしてくれるというブラウニーやホブゴブリン、シルキーなどのことだった。礼をする場合はこれ見よがしにしないようにとアドバイスを受けたが、そもそも彼らがいると思えるような痕跡が未だに発見できない。そういえば初めて足を踏み入れた時、全く埃っぽくなかったな、と思った程度だ。
会えるかな、と思いつつ、順番に一部屋一部屋を確認する。ギルとシズにあてがった部屋まで除くつもりはないが、ここは三人で済むには部屋数が多い。
一階はキッチン、ダイニング、リビング、風呂、トイレと殆どは共有スペースで、あとは工房とシズの部屋。
二階には四部屋あり、そのうちの一つは主人用ということで少し広くなっている。内装は殆ど同じで、学院の寮とほぼ同じ家具が置かれているのだと聞いていた。
入居して一週間ほど経つが、掃除らしい掃除をしていないのに空き部屋はいつも綺麗だ。埃が積もっていたり、蜘蛛の巣が張っていたりすることがない。……いくらなんでも空気の入れ替えくらいはするべきかな。
空き部屋はこざっぱりとしていて必要最低限のもの以外は置いていない。ビジネスホテルの様相を呈しているようにも思える。客人を招くことは禁じられてはいないが、泊まりで声をかけるほど親しい間柄なんて精々アズマ達くらいのものだ。
二階の上には屋根裏部屋がある。熱気は上へ篭るから、流石に三階ともなると少し暑さを感じる。屋根裏部屋は部屋として機能するようにベッドと小さな棚があり、屋根へ出られる窓には薄手のカーテンがきちんと付けられている。
耳を済ませつつ様子を伺うが、気配らしいものは感じなかった。……『気配感知』でも反応しないということは、彼らはモンスターというよりは街中の人々のような無害な存在だということなのだろう。敵意があれば分かるから不安はないが、うまく付き合っていたらしい前任はどんな風に過ごしていたのだろうかと思いを馳せずにはいられない。
いつまでもじっとしていると流石に汗ばんでくる。俺は一旦戻ることにした。
「よう」
「あれ? ギル、どうしたの?」
一階のリビングへ足を向けると、ギルがソファに横になっていた。具合が悪いのかと側に行くと、ギルはすっくと起き上がった。
「お前の方こそ、ちょこまかと動いて今度は何をするつもりだ?」
「俺は妖精に会えないかと思って見て回ってただけだけど」
素直に答えると、暇人だなと返される。だが、それはギルも同じだ。そう返すと、そうだな、とあっさり言われてしまう。
一歩距離を詰めてきたギルを見上げると、そのまま腕に囲われた。唇が頬や瞼に落ちてきて、ちょっとくすぐったいけど気持ちいい。
「ヒューイ」
「ん?」
「暇だ」
「うん」
「……ヤりたい」
「うん?」
なにを? と思った直後、俺はギルに担がれていた。バランスを崩しかけたのを、ギルが上手く転がしてくれて、どうにか頭にしがみつく。
「え、……え?! ちょ、まっ……」
「待たない」
「えええ……や、やるって、ヤる……?! の?! 今から?」
「他になにがあるんだ?」
暇なんだろ、と言われ、そうだけど、と言葉に詰まった。
……新生活にはしゃぎ、馴染むためにギルと夜を過ごすのは控えていた……と言うか、あまり意識に登らなかった。その間、ギルは意識的に我慢してくれていたのだろうか。だったら、いつまでもそっちのけにしてしまって悪かったかなと思う。
思うけど、だからと言って今からなのか。
でもおねだりされたみたいで心くすぐられる部分がなかったわけでもない。
それに、ギルとするのに朝も昼も夜も関係無いことは、もう今更だ。何回でも口をついて出てしまうけど、本当は満更でも無くなっている。まだ明るいのに、だなんてただの建前で、ギルには嫌がってないことはバレている。
ただ、恥ずかしさがいつまで経っても消えないだけだ。どきどきして、期待して、でもそれがギルにどう見えているのかを思うと緊張する。抱かれたいと誘うことを躊躇わせる。抱く側だったならこうはならなかっただろう。そもそも、こういう時どういう風に言えばいいかわからない。
「……い、いいよ。しよ」
そういう俺の面倒な思考を越えて、手を伸ばしてくれるギルに少しでも応えようとはっきり言葉にして返す。
今までなかなか機会もなくて先延ばしにしていたそれ。
俺がどれだけ意を決して言ったのかなんてまるで気にしないとでも言うかのように、ギルは俺を抱え直してからいやらしくもくすぐるように尻たぶを撫でた。ぞわぞわしたものが肌を伝い、俺の身体の奥を疼かせる。
ひゃわああ、と情けない声を上げた俺に、ギルは楽しそうに肩を震わせて笑った。俺の腹部で響くギルの振動にむず痒くなりながらも大人しく運ばれる。
その時にはもう、妖精のことなんて頭から抜け落ちていた。
だからと言って別にヒューイとしての拠点までマギに置くつもりはなかったのだが、少しずつ街の人たちと交流を持ち、顔を覚えて貰えるのが嬉しくて、また離れる必要性もなくて、季節は夏を迎えていた。
その間にいつの間にかギルとアズマが仲良くなっていたり、『Arkadia』でそうしていたようにアズマと組んでモンスター狩りをしてはしゃいだり、冒険者組合でも持て余し気味の癖のある依頼――ゲイの二人が経営する孤児院のような、仕事そのものは難しく無いのだが過去に他の冒険者が依頼主と衝突してギクシャクしていたりする、いわば尻拭いのようなものだ――を消化していったりした。
蓄えは緩やかに増えて行き、それ以上に信用を積み上げて行く手応えを感じていた。
そんな折、一つの依頼が舞い込んで来た。
言葉の通り俺を指名して来たその依頼は、マギでも大部分を占める学院の臨時職員として働いて欲しいというものだった――。
******
学院で働く人々というのは教員、研究員の他に、日々の食事を作ったり、キャンパス内の庭や森を整えたりといった、人を含めたあらゆる環境を美しく健やかに保つために動員される者も含まれている。
生徒も多く、本来であれば冒険者のような素性の分からない者が入り込めるような場所では無いのだが、ウィズワルドの名前が知られていることや、俺が彼と同居している弟のような存在であること、そして冒険者となる際にエルフから紹介状を持たされたということなどの理由で今回のスカウトに至ったらしい。
俺に任されたのは学院の敷地内の森の管理だ。
学院の敷地というのは城郭を跨いで壁の外にまで及んでおり、学院の保有する壁外の森には当然のようにモンスターも生息している。依頼とは≪妖しの森≫と呼ばれるその中でも城郭にほど近い場所にある一軒家に住んで欲しいというものだった。森は兎も角その一軒家と周辺には精製された魔晶石が埋め込まれているため、モンスターが入り込むことは滅多に無いようだ。
エルフ式だなと思ったが、まさしく管理人がエルフであったらしく、彼、あるいは彼女が百年ぶりに旅をしたくなり、その穴埋め探しだったようだ。
契約内容の確認だの引き継ぎだのとで俺個人はばたばたしたものの、学院から特別に配布される緊急用空間転移装置の他、移動用にと世代を超えて飼い慣らされた大人しい八本足の幻獣馬・スレイプニルも貸与してもらえたし、申請が通りさえすれば長期の休暇も貰えるようだし、待遇には全く不満は無い。
誂えたように俺にぴったりな条件に首を傾げたが、適任者が中々居ないから逃がしたく無いのだという冒険者組合、学院側双方から説明をいただいた。
今回の依頼は長い。前任はエルフだけあって十年ごとに契約を更新していたようだが、基本的に一年間、ここで過ごすことになる。
それでも依頼を請け負ったのは、指名依頼は断り難いということの他に、ギルとシズ、アドルフ全員にとってとてもいい環境なのではと思ったからだ。
敷地は広く、アドルフはフォーレでそうしていたように放し飼いにできる。狼であるアドルフを運動させる時間をわざわざとらなくてもいいし、アドルフものびのびと自由に過ごすことができる。
街中での依頼も受けることが多くなり、腕が鈍ることを懸念していたギルには願っても無い環境だろう。モンスターは無限に湧いてくる。学院の森に潜むモンスターは多種多様で、強さもピンからキリまである。多人数で倒しにかかる必要のあるレイドボスほどの個体は居ないだろうが、それでも毒や麻痺、石化など、状態異常を引き起こす攻撃手段を持つ癖のあるモンスターは多い。それが倒したい放題なのだ。
シズにとっても、野宿ほどではないが壁内ほど安全でもないこの環境で、これまで以上にモンスターと対峙することに慣れていける。前任のエルフが残した工房と道具一式でシズにも調合を教えて行くつもりだ。
俺の場合は……一番最初、夜、声が漏れるのを気にしなくてもいいって思ったのは黙っておくとして。
学院という研究機関に身を置く位、前任は研究ということに興味があったようだ。元々集落を離れるくらいだから好奇心もそこそこあったのだろうが、自然を愛するエルフは畑や家畜を持ったりはしない。だが、住処には納屋や馬小屋のようなもの、それに畑と、実に人間らしい施設一式が、よく使い込まれた状態で残されていた。そして室内にも大きな水槽があり、そこにはアクアリウムのように、薬の材料になる水棲植物が静かに佇んでいた。学院の職員によると、土を必要としない植物の調査や品種改良などを行っていたらしい。
これらを見て、『栽培』スキルを育てる時だと思ったのは言うまでもないだろう。こういう試行錯誤は大好きで、俺がウィズワルドであった頃には、攻略サイトを参考にしながら、魔法を使うのにどんな動きや言葉がいいのか――特定の行動により威力が上がったり、効果的中率が変動する場合があったのだ――を探ったものだった。こういう引き篭もる作業というのは俺の好きなところであり、指名がなかったとしてもこの依頼を受けることに否やはなかった。
かくして、なかなかに広い敷地の管理をも任された俺は再び森の中に居を構えることとなったのである。
小さくもお洒落な洋館の中は過ごしやすい。部屋数もそこそこあり、一人一部屋を使っている。当初は好きな場所を、と思ったのだが、俺は主人だからと強制的に二階の一番日当たりのいい立派な部屋をあてがわれた。シズに。ギルは俺の隣を、シズは一階の玄関近くの部屋をそれぞれの私室と決め、ドアノブにネームプレートを掛けている。
今まで街中の喧騒に慣れていたせいかとても静かに感じるが、悪寒がするわけでもなし、虫や鳥の鳴き声に癒されるとてもいい場所だと思う。
現在、学院は夏休みだ。だから生徒の殆どは学院の寮を離れて休暇を満喫している。ただ、研究生や教授の中には学院の許可を得て森の中へ入ってくる者もいるようで、その日時は前日の日没頃に、連絡用の装置で一報が入るようになっている。余程のことが無い限り関知しなくてもいいが、余程のことがある場合や、助力を請われた場合は可能な範囲で手を貸すことも契約内容には含まれていた。
とはいえ、はっきり言って自分で行動しない限りは基本的に暇である。学院の敷地とは言っても、森は策で囲ってあるくらいで実質、誰に対しても解放されている。大規模な密猟などに対しては対処にあたるが、そもそも、モンスターまでいる森に足を踏み入れようという者は冒険者であってもなかなかいない。森は平地に比べ視界も悪いし、薄暗く、迷いやすい。薬草の採集にしても、この森でなければ取れないほど希少なものは少なく、討伐も同じ。稼ぐ場としてあまり旨味が無いためだ。
勿論生徒たちの実験や野外学習では護衛や森の中を歩くための指導に立つ必要があるようだが、まだ先の話。
見回りをする意味もなく、結局はエルフの作法に則った森の維持管理と自給自足の生活となるわけで、余った時間でシズに薬草の採集の仕方や簡単な薬の使い方、作り方を教えても尚持て余す間、俺は屋敷を探索することにした。
今回の依頼について諸々の説明を受けた後、先立って注意を受けていた。正式に雇われるにあたって一つ大きな最低条件があったのだ。
それは、『同居人に認められること』。
それをクリアして初めて給金が入る。
≪妖しの森≫にはモンスターでも人でもない、妖精や幻獣など、人と共存できる存在も多くいる。管理人のための一軒家についても、家や納屋憑きの妖精たちがいるらしい。彼らに気に入られないと叩き出されてしまうのだそうだ。前任はエルフだけあってうまく馴染んでいたようだが、はてさて。
初日は意識し過ぎておっかなびっくりだったが、幸いいままで嫌がらせをされることもなく、家の勝手を知り、生活のリズムを作るのにばたばたとしているうち意識の端へ追いやられていた。
妖精たちは気まぐれで少し天邪鬼。ただ、気に入らないことには直球で反応してくるそうだから、今のところ彼らの嫌がることはして居ないと思う。
学院の言う同居人とは、家に住み着きこっそり手伝いをしてくれるというブラウニーやホブゴブリン、シルキーなどのことだった。礼をする場合はこれ見よがしにしないようにとアドバイスを受けたが、そもそも彼らがいると思えるような痕跡が未だに発見できない。そういえば初めて足を踏み入れた時、全く埃っぽくなかったな、と思った程度だ。
会えるかな、と思いつつ、順番に一部屋一部屋を確認する。ギルとシズにあてがった部屋まで除くつもりはないが、ここは三人で済むには部屋数が多い。
一階はキッチン、ダイニング、リビング、風呂、トイレと殆どは共有スペースで、あとは工房とシズの部屋。
二階には四部屋あり、そのうちの一つは主人用ということで少し広くなっている。内装は殆ど同じで、学院の寮とほぼ同じ家具が置かれているのだと聞いていた。
入居して一週間ほど経つが、掃除らしい掃除をしていないのに空き部屋はいつも綺麗だ。埃が積もっていたり、蜘蛛の巣が張っていたりすることがない。……いくらなんでも空気の入れ替えくらいはするべきかな。
空き部屋はこざっぱりとしていて必要最低限のもの以外は置いていない。ビジネスホテルの様相を呈しているようにも思える。客人を招くことは禁じられてはいないが、泊まりで声をかけるほど親しい間柄なんて精々アズマ達くらいのものだ。
二階の上には屋根裏部屋がある。熱気は上へ篭るから、流石に三階ともなると少し暑さを感じる。屋根裏部屋は部屋として機能するようにベッドと小さな棚があり、屋根へ出られる窓には薄手のカーテンがきちんと付けられている。
耳を済ませつつ様子を伺うが、気配らしいものは感じなかった。……『気配感知』でも反応しないということは、彼らはモンスターというよりは街中の人々のような無害な存在だということなのだろう。敵意があれば分かるから不安はないが、うまく付き合っていたらしい前任はどんな風に過ごしていたのだろうかと思いを馳せずにはいられない。
いつまでもじっとしていると流石に汗ばんでくる。俺は一旦戻ることにした。
「よう」
「あれ? ギル、どうしたの?」
一階のリビングへ足を向けると、ギルがソファに横になっていた。具合が悪いのかと側に行くと、ギルはすっくと起き上がった。
「お前の方こそ、ちょこまかと動いて今度は何をするつもりだ?」
「俺は妖精に会えないかと思って見て回ってただけだけど」
素直に答えると、暇人だなと返される。だが、それはギルも同じだ。そう返すと、そうだな、とあっさり言われてしまう。
一歩距離を詰めてきたギルを見上げると、そのまま腕に囲われた。唇が頬や瞼に落ちてきて、ちょっとくすぐったいけど気持ちいい。
「ヒューイ」
「ん?」
「暇だ」
「うん」
「……ヤりたい」
「うん?」
なにを? と思った直後、俺はギルに担がれていた。バランスを崩しかけたのを、ギルが上手く転がしてくれて、どうにか頭にしがみつく。
「え、……え?! ちょ、まっ……」
「待たない」
「えええ……や、やるって、ヤる……?! の?! 今から?」
「他になにがあるんだ?」
暇なんだろ、と言われ、そうだけど、と言葉に詰まった。
……新生活にはしゃぎ、馴染むためにギルと夜を過ごすのは控えていた……と言うか、あまり意識に登らなかった。その間、ギルは意識的に我慢してくれていたのだろうか。だったら、いつまでもそっちのけにしてしまって悪かったかなと思う。
思うけど、だからと言って今からなのか。
でもおねだりされたみたいで心くすぐられる部分がなかったわけでもない。
それに、ギルとするのに朝も昼も夜も関係無いことは、もう今更だ。何回でも口をついて出てしまうけど、本当は満更でも無くなっている。まだ明るいのに、だなんてただの建前で、ギルには嫌がってないことはバレている。
ただ、恥ずかしさがいつまで経っても消えないだけだ。どきどきして、期待して、でもそれがギルにどう見えているのかを思うと緊張する。抱かれたいと誘うことを躊躇わせる。抱く側だったならこうはならなかっただろう。そもそも、こういう時どういう風に言えばいいかわからない。
「……い、いいよ。しよ」
そういう俺の面倒な思考を越えて、手を伸ばしてくれるギルに少しでも応えようとはっきり言葉にして返す。
今までなかなか機会もなくて先延ばしにしていたそれ。
俺がどれだけ意を決して言ったのかなんてまるで気にしないとでも言うかのように、ギルは俺を抱え直してからいやらしくもくすぐるように尻たぶを撫でた。ぞわぞわしたものが肌を伝い、俺の身体の奥を疼かせる。
ひゃわああ、と情けない声を上げた俺に、ギルは楽しそうに肩を震わせて笑った。俺の腹部で響くギルの振動にむず痒くなりながらも大人しく運ばれる。
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