異世界スロースターター

宇野 肇

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二章 Walk, and Reach.

閑話:孤児院にて・後

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 夕飯前、足りない食材を買い足しに年長の男の子たちと買いに走り、ついつい駆けっこになって一緒に怒られたりする場面もあったが、俺たちまで夕飯をご一緒してもいいと歓迎を受けた。食べ手の男ばかりで恐縮すると、ガルムさんが「良い出会いを祝うのにケチケチするのはだめだ」と言って、食事はもちろん、エールもぐいぐいと押し付けられた。
 俺やギルはともかく、シズはエールを数杯飲んで顔を赤くしていたが、笑い上戸なのかにこにことしていた。一応二日酔いに効く薬を用意しておいた方がいいかもしれない。

 落ち着いたのは一通り食べ切った後で、テュスさんが「今日は祝いの日だから」と焼きたてのアップルパイを出してくれた。
 これに喜んだのは子どもたちで、ぺろりと綺麗に平らげていた。
 食べた後はそれぞれにうとうととし始め、思い思いに過ごして良し、とガルムさんの号令がかかると、食器の片付けを全員で行って、テーブルも綺麗に拭いて解散になった。
 今日はありがとう、と子ども達から口々に言われ、驚きつつもどうにかこっちも楽しかったよ、と返すと、子ども達は笑顔を浮かべ、手を振りながら出て行った。
「皆きっちりしてますね」
「挨拶は大事だからね」
 子ども達の声を聞きつつ、二人に他に何かすることはないかと訊ねる。特にはないよ、とテュスさんに言われ、じゃあ俺たちもそろそろお暇をと言うところで、ガルムさんから助かったと礼を言われた。
「またよろしく頼む。次は何時頃都合がつきそうだ?」
「俺たちは基本的に討伐系の依頼しかして来ませんでしたから、こちら優先で大丈夫ですよ」
「ふむ……なら、今日は土曜日だから……毎週水曜日と土曜日でどうだ? もしかすると他の日に頼むこともあるかもしれないが、その場合はできるだけ早く知らせるようにしよう。追加報酬も出す」
「分かりました」
 了承すると、二人の顔が綻ぶ。曜日は冒険者組合の受付以外ではメニュー画面でも確認できるから間違えることはないだろう。
 握手をして、家の前で見送ってもらいながら帰路についた。
「今日は二人ともありがとう。アドルフもな」
 既に日が落ち、夜の店が開き始める時間だ。人通りはあるが、それでも大きな通りを選んで並んで歩きながら訊ねると、シズは甘えたように俺に頭をすり寄せて楽しかったですよ、と答えた。
「ギルは?」
「……ああいうのは悪くない、が……討伐依頼は今まで通りだろ?」
「そのつもり。今回みたいな依頼が他にもあって、余裕があれば受けたいけど。何か入り用でもある?」
「いや、実際に腕を振るう場がないと鈍りそうだと思っただけだ」
「ああ、そっか。それもそうか」
 正直、冒険らしい冒険はしたくない。わざわざ何処かのダンジョンに潜ったりとか、やたら強いレイドボスを倒すためだけに辺境にまで足を伸ばしたりだとか。
 でも、腕が鈍って困るのは俺もそうだ。シズだってもっと能力を伸ばしてやりたいし、ギルにとっては死活問題でもあるだろう。
「うーん、今回の依頼が一段落したら、マギを離れて違う都市を目指してもいいかな。王都を挟んで北の方には宗教都市≪レリジオン≫があるし」
「流石に目的地にするには遠いだろ。山も幾つか越える必要がある」
「じゃあ、……マギから南下して海を渡って砂漠地帯に入れば砂上都市≪エルジプト≫があるけど……俺が熱いの苦手だから却下でー……」
「マルスィリアから西南に≪ガクロウ≫があったろ。あそこはどうだ」
「ああ、遊廓都市ね。うーん、あそこは……凄い勢いでお金が飛んで行くけど?」
「それより、ヒューイさまの家探しはどうなったんです?」
「ああ、そっちも考えてるんだけど、畑のことを考えると旅をするなら家を決める前にしておいた方がよくないかなって……まあそうするにしても旅支度しないといけないし、そうなると結局稼がないとなあ……」
 だらだらと話ながら行き着く先はやはりお金のことで、機会があればやりくりの仕方を青の二人に聞いてみよう、と思わざるを得なかった。


******


 水曜と土曜に孤児院へ行くサイクルが出来始めて二週間ほどが経つと、子ども達も俺たちもお互いに慣れ始め、アドルフにも慣れたこともあって爆発するようなはしゃぎ方はしなくなった。特に年長の女の子は本を読んだり編み物や刺繍をしたいらしく、大広間で各々やりたいことを持ち寄って、楽しそうに過ごすこともあった。
 俺は外で元気よくはしゃぐ子ども達を相手にする際はエネルギー不足になることが多くて、代わりに本を読んで欲しいというお願いに読み聞かせを行ったりして、比較的インドアな子達を見守ることが多かった。
 子ども達は青の二人から読み書き計算も教わっているようで、俺はシズと共に書く練習の時だけ年少の子と一緒に混ぜてもらって、あとは邪魔にならないよう、食事の支度や家の裏手にある畑を弄ったりして過ごした。
 裏方作業は兎も角、一緒に文字の練習をしていると字の汚さを笑われたが、アルファベットですらない顔文字みたいな文字を書くだけでも一苦労なのだから仕方が無い。
「ヒューイ年上なのに超下手くそ」
「読むのは上手なのにねー」
 という忌憚の無い言葉には少々凹みはしたものの、
「まあまあ。ガルムよりはまだ素直な字だよ。練習すればしただけ上達するから。シズくんもね。君たちはまだ文字を書き始めたばかりなんだから気にしないように」
 というテュスさんの慰めと、「文字を書くことに関してはお兄さん、お姉さんなんだから優しく教えてあげなさい」という鶴の一声により、教えたがりな子ども達に囲まれてあれこれ口と手を出されつつ、俺とシズはどうにか一通りの文字を書けるようになったのだった。

 後で涼しげな顔をして眺めるだけだったギルを恨めしく思って見つめていたのだが、テュスさんに「おやおや、そんなに離れ難かったのかな?」などと誤解――わざとかもしれないが――され、またおませな子ども達から問い詰められたのは全くの誤算だった。
「好き好きするの?」
「え、ちが、しない! しないよっ」
「なんで?」
「もう好きじゃないの?」
「いや、あの、あのね、」
「ケンカしたの?」
「仲直りする?」
「仲直りのちゅーするの?」
「け、ケンカはしてないよ」
「じゃあ好き好き?」
 年長の子らはテュスさんの言葉もあって何も言ってこないが、年少の子らは自分たちの中で物事をどんどん結びつけて行き、予想外の方向へ突き進んで行く。
 その舵取りをし損ねた俺は、再び戻ってきた『好き好き』の言葉に堪り兼ねてテュスさんへ助けを求めたのだが、シズとよく似た笑顔で頷かれただけだった。
「あ、あの?」
「ほらほら、じゃあちょっと時間をあげるから、二人で『好き好き』しておいでよ」
「ひえ?! テュスさんっ?」
 背中を押され、ギルへ押し付けられる。今までなんのアクションも起こさなかったギルは、俺がその胸に飛び込んで漸く、俺の身体を支えるという形で動いてくれた。
 嬉しいけど……! 嬉しいけどちがう……!!
「ぎ、ギルもなんとか言ってよ」
「……チビばっか構ってないで俺も構え」
「はあ?!」
 にやりと不敵に笑うギルからはからかいの色しか見えない。その顔を見た瞬間、味方がいないことを悟る。追い詰められ、俺は絞り出すように切り返した。
「……ギルのことは帰ってからちゃんと構っていると思うんですが」
 正確には俺のあんなところとかそんなところとかを弄られ、構われてるんだけど、そんなのを子ども達の前で暴露するわけにもいかない。
 ギルの腕の中で確認できたのは彼のしたり顔で、直後、さっと唇を奪われた俺は声もなく口を手で覆うしかできず、かろうじて息はできたものの、嬉しそうにはしゃぐ年少組の声をバックミュージックにして力尽きた。



 恥ずかしさのあまり死ねるなら死んでみたいものだ。
 気絶するわけでもなく散々恥ずかしい思いをして顔を火照らせた俺は泣く一歩寸前まで行った。それに気づいたギルがあやすようにして頭と背中を撫でてくれ、どうにか、恥ずかしさとともに涙腺が決壊することも無く涙は引いて行ったのだが、そもそもそんな目に遭わせたのはギルであるから素直に感謝できない。
 子どもの前であることと、あやすんだか追い打ちをかけるんだか分からないほどのキスの雨を顔中に受けて機嫌を修正せざるをえなくなった俺は、苦笑しながら若いねとからかってくるテュスさんから年長組の買い物に付き合うように言い渡された。

 孤児院の子らは、計算を覚え始めるとお小遣いを貰えるようになるらしい。手伝いの対価として手渡される初めての自分の資産。その運用の練習を兼ねて、お小遣い帳――帳簿をつけるのだそうだ。
 小遣いは欲しい嗜好品に使われる。自分の好きなお菓子や道具、髪飾りや本などがそれだ。教育上必要であると判断したものは親の二人が買い揃えるようだが、それらは孤児院の皆で共有するものであり、自分の好きにしていいものとは異なるため、自分の資産で、自分だけのものが欲しくなるのは道理だろう。お小遣いで買ったものはその子の所有物となり、合意がなければ他の子は使ったり貰ったりできないのだそう。
 もしも破った場合はお説教とペナルティがあり、どんなに別の子が欲しがっても、買い与えることはないとのこと。
 手癖の悪さが仲間からは信頼を、社会からは信用を無くし、罪には罰が与えられるということを教え込むのだそうだ。そして其の後には恩赦を設ける。償いを終えると、一件落着。

 好きなものを買ってもいいとは言っても、刃物や扱いに注意すべきものは年齢に制限を設けたり、厳しくルールを決めたり、それを持つに相応しいかどうかのテストが課されたりするようだ。幸い今まで大事になったことはないそうだが、一人一人丁寧に相手をしているテュスさんやガルムさんの凄さを感じた。俺はまだまだ自分のことで手一杯だし、とても人の人生を左右する教育なんてできそうにない。
「それが子どもを育てたいって思って、実際に育てる者の責任だと思うだけだよ」
 そんな俺の本音を拾い、テュスさんは笑っていたけれど。それを目一杯果たし続けようとする気概が衰えていないことが既に凄いことなのだと思った。誰かに愛情を注ぎ、思いやる気持ちを保ち続けることは難しい。自分の気持ちの制御が巧みであっても、中々出来ないことだと思う。
 俺がそう言うと、テュスさんはあっさりとした顔で言い放った。
「んー、でもまあ、ぼく一人じゃないからね。ガルムが居て支えてくれるし、彼に愛されると凄く落ち着くんだ。喧嘩や衝突がないわけじゃないけど、子ども達も元の家族を知っている子が殆どだからね。支え合って生きて行くことの大事さと尊さは、遅かれ早かれ気づいてくれるし」
 大変だけど、ぼくはとても充実しているよ。
 そう締めくくって送り出してくれたテュスさんは穏やかで、母と父を強く思い出してしまった。

 こんなことになったけど、便りが無いのは元気な証拠と思って、健やかに過ごしていて欲しい。……そういや心は兎も角身体ってどうなってるんだろ。もしかしてあっちじゃ心不全とかで死んだことになってたりすんのかな。でも行方不明よりはその方がいいのかもしれないな。法事は生きている人間のために行うものって言うし。俺はここで生きているけど、俺がいなくなったことに折り合いをつけて生きるには、あちらでは死んだことにしてあった方が両親のためになるだろう。
 というか碌に心の準備もなにもなく放り出された俺の方が心のケアとやらが必要なのではなかろうか。

「なあ」
 アズマにその辺りのことを確認してもいいか、と考えていると、不意に服を引っ張られた。
「なにかな?」
 見ると、年長組の中でもリーダー気質のロンが、物言いた気に俺を見上げていた。
 欲しいものがばらけているため、順番に店を回っているが、今四人の年長組が立ち寄っているのは雑貨屋だ。店内の商品を一通り確認しておきたいらしい少女を店の前で待っているところだった。
 ロンはさっきまで「女の買い物は買いもしないのに長い」と一丁前なことを口にしていたはずだが、俺を見る目は少し迷いが感じられた。
 少し腰を落として目線を合わせると、ロンは俺にそっと顔を寄せ耳打ちをした。
「ヒューイはギルのことが好きなのか?」
 今更な気もするが、子ども達に対して特に明言はしていなかったと思い出す。
「……そうだよ。大切に思ってる」
「父さん達みたいに?」
「全く同じかどうかは分からないけど、あんな風になれたらいいね」
「ふーん……じゃあ女と結婚したりしないの?」
「考えてないね」
「なんで? 普通はするもんだって聞いた」
 間髪入れない質問に、少し考える。アルカディアの性風俗や恋愛観について。
「これは飽くまで俺の個人的な考えなんだけど……結婚はね、相手の人生を貰うことだと思ってる。そういう意味では、俺とギルはもう結婚したようなものなんだ。……俺は相手の人生を預かるのは、一人で手一杯だよ。俺だって誰かに人生を賭けるなんて冒険は一人で十分だ。
 それに、恋人は特別に大切にしたいから恋人なんだし……あと、特別な愛し方があってね。俺はそんなにたくさんの人相手にその方法で愛せないから。少し乱暴な言い方をすれば、必要無いんだ。ギルだけで充分満たされる。他は見えないよ」
 直接的な表現は抑えたが、ロンには分かったらしい。小さく「やっぱ父さん達と同じだ」と呟いた。
「おれ、そういうのまだ良く分からない」
「そういうものだよ。みんな手探りで見つけたり、感じたりしていくんだ。俺だって、まだまだこれからどうなるか分からないしね」
 おかしなことじゃないと伝えると、ロンはこくんと頷いて、それから周囲を見渡すと、少し表情をきりりとさせて声を潜めた。
「おれとスゥ、次の金曜日に娼館に行かないかって誘われてるんだ」
「え」
 流石に流せずに驚いてしまう。スゥは年長組の女の子だ。こちらもロンと同じくしっかりした長女気質な子で、今はまさに雑貨屋の店内で商品をチェックしている最中だった。
 まさかと思いもう少し話を聞いてみると、売られたりするわけではなく、親の二人から性行為の手解きを受けに行かないかと打診を受けたのだという。
 大人の階段登る、ってやつだな。
 そう感慨深く漏らすと、ロンは目から鱗とばかりに目を見開いた。
「……おれ、そういうのはずっと好きになった者同士でやるんだと思ってたんだ。父さん達は必要なことだし怖くないって言うんだけど、キスだって普段から唇にするのは特別な相手だけだとか言うし」
「ああ……そうらしいね。俺も他の人のことはよく知らないんだけど……でも、俺も経験はあった方がいいと思うな」
「そうなの?」
 何処か不安気に見つめてくる目をしっかりと見つめ返す。俺は過去を振り返りつつ頷いた。
「そう。平たく言うと……下手な男は馬鹿にされるし、最悪嫌われる」
「そうなの?!」
 ロンが大きく目を見開く。俺は神妙な顔をして大仰に頷いた。
 経験が活きたな……いや、下手で振られたことがあったわけじゃないけど! 猥談でそんな話になったことがあっただけだけど!!

 正確には、自分本位に推し進めるのが嫌われる原因である、ということは勿論伝えておいた。相手のことを一生懸命気遣えるならば問題はないが、やはり余裕がないと自分のことばかりに終始しがちだ。どういうことをするのか、どう進めればいいのかなどは知っておいた方が余裕も生まれるだろうとフォローは欠かさない。
 それを忘れなければ好きな人と二人三脚で上手になって行くのもいいし、導いてもらえる機会があるのならば上手な女の人に身を委ね、手解きをされるのも素敵な経験だと思うし、回り回って今度は自分がそんな素敵な経験を女の子にさせてあげたり、好きな人と特別な時間を持つこともあるかもしれないと思えば前向きなくらいでいいんじゃないかなとフォローはしておいた。
 男は緊張しすぎて使い物にならなくなったりするし、女もきちんと手順を踏んだり準備しないと凄く痛いみたいだから、そんな思いをさせないためにも勉強するつもりで行っておいでと言うと、ロンは漸く前向きになったらしい。笑顔を見せてくれた。

 孤児院へ戻り、丁度用を足した直後のテュスさんを捕まえてロンから娼館へ行って手解きを受ける話について聞いてみると、実地ありの性教育のようなものだと教えて貰えた。男は兎も角、女の子も娼館へ行って習うというのが意外だったが納得だ。男女問わず、同性、異性の順で性について教えるらしい。男の場合は特に挿入する方もされる方も練習するんだそうだ。
 地域によっては年の近い子同士で学んでいくようだが、城郭都市のような場所では娼館へ行くことは自然なことなのだそうで。
「女の子には特に、性交の時とは別に娼館の方に頼んで、女性の身体について教えて貰うようにしているんだ。ほら、男は精通があるけど、女は初潮がくるだろう? ガルムもぼくも男だからね」
 テュスさんの言葉に、俺は聞きなれない言葉にまごつきつつも頷いた。そうか、女の子は月経がくるんだ。

 テュスさんは他にも理由を教えてくれた。アルカディアでは結婚……は兎も角、子どもを産むことは義務に近い。女性にしても処女性を重んじるのは一部の地域と階級に限っていて、そう言った階級の人たちに乳母として雇われるには出産経験が必須だから、とりあえず初産と子育ての経験は早くしておきたい、という女性も少なくないのだそうだ。単に一人前として認められるため、というのもあるようだが、多くの女性は子を産むことやセックスについて非常に貪欲であるということだった。
「子どもは女性にしか産めないせいか、女性同士が愛し合っていても、ぼくたち男のようには公言している人は少ないんじゃないかな。ぼくが知っている人たちはそれぞれに子どもを産んで、夫を押しのけて二人だけで子育てをするくらい逞しいけど」
 当人を思い出したのか、テュスさんが柔らかく笑う。
「まあその夫っていうのもぼくとガルムのことなんだけどさ」
「え?!」
 穏やかなままさらりと暴露された言葉に、俺は目を見開いてテュスさんを凝視した。俺の視線をどう受け止めているのか、当の本人は「あの頃はぼくも若くて」とかなんとか照れている。
「二人纏めて色仕掛けに引っかかった挙句用済みになって放り出されたんだけど……はは、実は当時ぼくたちはインスパイアされていてね。調子に乗っていたというか。結果的にはガルムと心を通わせることができたから恨んではいないけど、悔しくて冒険者としてのランクを上げて、それでもあと一歩満たされなくて。その隙間を塞いでくれたのが子ども達なんだよ。ぼくは子どもを愛したかったんだと思う」
 眼鏡のフレームを指の背で押し上げ、少し俯きつつテュスさんが小さく笑う。その顔がどこか……愛らしい、ような気がして、俺は瞬間、目を奪われた。
 それだけではないと分かっているのに、それでも彼は幸せに包まれたように笑える。そのことが羨ましい。……俺も、そんな風になれたらいい。なりたい。

 言葉を返せなかった俺をどう思ったのか、テュスさんは気持ちを切り替えるように背を伸ばして顔を上げた。
「娼館のことはロンから聞いたんだったね。もし子ども達が悩みを打ち明けたら、また聞いてやってくれるかな? ぼく達には言いにくいこともあるだろうしね……年長の子は特に、小さい子達の前ではそういう部分を見せなくなって行くから。君たちは丁度お兄さんくらいの年齢差だから、言い易いのかもしれない」
「……信頼してもらえてるみたいで、俺もうれしいです」
 俺はロンから娼館に行くよう言われたことを聞いたとしか言っていないのに、すっかり彼が不安がっていたことまでバレている。多分ロンが嬉しそうに俺に教えてくれたんだったら、こうは言われなかっただろう。そういうところまできちんと見えているのかと思ったが、親というのはそういうものなのだろうか。
 大したことはできませんがと前置きはしたが、もちろん、と頷くと、テュスさんはにっこりと笑った。
「ギルくんの相手で忙しいかもしれないけど、よろしくね」
 悪戯っぽく細められた目に慌てた俺が言葉に詰まり、意味のない声を出している所をギルに目撃され、何を思ったのかその晩は余裕綽々の態度で意地の悪いことをされて翌朝まで多忙を極めたのだが……なんとなく、テュスさんに知られるわけにはいかないなとため息が漏れた。
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