異世界スロースターター

宇野 肇

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二章 Walk, and Reach.

閑話:トモダチ

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三人称アズマ視点



 アズマは息をついた。
 男同士のセックス事情は既に早い段階で把握している。快感への探求心及び好奇心は、もしかしたら他よりは強いかもしれないが、それでも『普通』という括りに入るだろうとも思っている。その『普通』もアルカディアという異文化の中での話であって、ユーディスからあらかたの説明を受けた上でこの世界へやってきたアズマにとって、そう混乱があるものではなかった。
 だが、知識として把握していることと、実際に自分が渦中の人間になるのとではやはり、己の認識や感覚を改め、修正する必要があるらしい。
 長らくの友人であるヒューイが男を覚えたのを知ったのは、お互いが顔を合わせるよりも僅かに早かった。
 そのこと自体は別によかったのだ。アズマは≪ミズ≫を発って直ぐに己のホームを置いていた≪マルスィリア≫へ向かい、メインキャラであったゲイルと合流したが、ゲイルは女遊びならぬ男遊びも知っていて、アズマを娼館へ連れて行ったこともあったからだ。美しく着飾った男女が客との一夜を楽しむ。その空気に少しずつ慣れ、ゲイルが相棒であるウィズワルドのところへアズマを紹介しに行った≪マギ≫でも、夜の日々には変わりがなかった。流石に毎晩ほどとは行かなかったが、男が男を抱くということが珍しくもなんともないということを、アズマはその目で見、あるいは耳で聞いてきた。だから友人が犯罪奴隷の男とのセックスに興じていたところで、寧ろアルカディアに馴染んでいるようだと安堵さえ感じたのだ。
 しかし、詳しく聞けば二人の関係は恋人で、ヒューイが巧であった頃は確か彼は女ばかりにしか興味はなかったのではと驚いた。少なくとも元々の性癖として男が好きなのではないだろうに、何がどうしてそうなったのだと詰め寄れば、ヒューイは言葉を最大限に濁し、且つまた精一杯柔らかい表現でアルカディアに来てからアズマと合流するまでの日々を白状した。当然、犯罪奴隷・ギルの蛮行についても、である。
 アズマからすれば単なる性的暴行と犯罪行為以外のなにものでもないそれらの事実に、アズマは憚ることなく眉を寄せた。だが、ヒューイはまるでギルを庇うように言葉を重ねたため、考え直すか、あるいは目を覚ますよう強く言うことはなかった。説得というものは非常に難しく、第三者が安易に行うと逆に態度や思考が硬化することが往々にしてあるからだ。
 幸い、ギルはヒューイに対し拳を振るったり、身体に痛みを与えるようなことは無かったようであったから、アズマは静観することにしたのである。
 だが。

(なんで俺がいつの間にかあいつらの問題に巻き込まれてんだ……)

 アズマは、ヒューイに対してはこれまで通り友人として振舞えばいいと思っていた。であるから、彼と再会し、彼の事情を知るまでに、世界や常識が異なっている場所での性事情について心が慣れ始めていたのは幸いだった。友人が男と関係したからと言って彼に嫌悪が湧いたり、恐怖を感じたりすることはなく、ゆえに、離れる理由などこれっぽっちもなかったからだ。

 しかし自分の存在のせいで二人の関係が上手く噛みあっていないようだと、つい先日ヒューイのもう一人の奴隷・シズから伝えられるにあたってアズマは少々考えた。

 アズマの性自認は男性であり、性的指向は異性である。アルカディアに来てからは同性という可能性も現れたが、今のところは違う。そしてそれはヒューイにも言えることだ。ギルという一人の男がヒューイにとって特別なのであって、ヒューイの性の衝動や欲求が同性へ向くようになったわけではない。詰め寄った際に本人がしきりにそこを強調していたこともあるが、アズマにとってヒューイは今も尚異性愛者である、という感覚だ。恐らくそれはヒューイにとってのアズマにも言えることであり、それはお互いがお互いを性的対象・恋愛対象としない、なり得ないという認識を持っているということであった。
 こうした感覚は、多くの人間が持っているものだ。異性愛はアズマやヒューイの世界では多数派マジョリティであり、己のセクシャリティについて悩むという機会があまりない層であると言える。
 そのような共通認識の中、『どうにかなる』ことなどない同性の友人同士で、敢えてゲイネタ……否、そこまではいかなくとも下ネタやセクハラ的発言でコミュニケーションを取るという場面というものは少なからず存在する。男に限らず女の中でも胸を揉んだり抱き着いたりということがあるのを見たことがあるため、これは性別にかかわらずそうなのだろうとアズマは思っている。そういった方法は個人に焦点を当てれば不快に思う者もいるだろうが、アズマとヒューイはさして気にすることもなく、ジョークの一つとして捉え、笑い、流してきた。
 二人が以前の二人のままである、ということは、このあたりのこともそのままである、ということだ。そしてそれがギルにとってどう見えているのかということに考えが及ぶと、ようやく配慮が足りなかったのではないかと思えてきた。
 友人以上に成りえない。それが明らかであるからこそ気軽に行えていた戯れ。大多数の同性間ではさして拘ることもなく流されることの多いそれは、同性を、その相手を恋人に持つ男の目にはどう見えていたのだろう。――ヒューイを女として考えてみれば、そんな単純なことはアズマにも分かる。

(俺は彼氏がいることを知りつつ今までのコミュニケーション方法を改めない幼馴染ポジションってやつか。大抵は横恋慕してるパターンだけど、かませ役以外の何者でもねーな)

 本来、恋人間の問題は、つまるところ二人の問題である。だが、その気がなかったとはいえ不用意に二人の関係をかき回してしまったことに対するフォローはしておいた方がいいだろう。やけにため息をつくことの増えたヒューイを心配してはいたものの、回り回って己が問題の根幹にいたとあっては申し訳が立たない。
(つーかあいつ、ギルの嫉妬が具体的になんで起こってんのか分かってなさそう)
 少なくともアズマとヒューイの関係は『以前のまま変わりない』。そこがそもそもの原因であることにヒューイが気づいていない可能性は大いに考えられた。アズマもシズから指摘されるまで全く考えが及ばなかったこともあるが、彼の態度が全く変わらず、アズマに対して好意的であることがその最たる理由だ。

 これは一度ギルと一対一で話をする必要がある。

 アズマは大きく息をして、よく知った友人のホームへの道を歩き始めた。



 シズによると、このところヒューイは午前中の時間を依頼達成に充て、午後からは図書館に籠ることが多く、ギルとシズは自由に過ごすように言いつけているらしかった。アドルフもシズのそばにいることが多く、ギルはその間、一人で街中をふらついているのだと言う。日が傾き始めると図書館へヒューイを迎えに行き、共に帰ってくると聞き、アズマはそれまでには捕まえたいとシズに話した。
「今日は点検で鍛冶屋に預けていた武器を引き取りに行くって言ってました」
「お、じゃあちょっと引っ掛けて話してくるわ」
「はい。お願いします」
 頭を軽く下げるシズに親指を立て目配せをすると、アズマは直ぐに鍛冶屋へ足を運んだ。



 ドワーフの集落は集落そのものが大規模な鍜治場のようなものだが、マギは人の街であり、都市の性質上鍛冶屋は少ない。アズマはギルの印象から、規模は小さくともいい仕事をすると評判の鍛冶屋へ足を運んだ。
「見っけ」
 人通りの少ない路地を抜けた先、古ぼけた看板を確認し、木製のドアに小さく取り付けられたガラス部分から中を覗き込む。カウンターにギルの姿を確認すると、アズマは直ぐに戸を開いた。
「ようギル」
「……あんたか」
 背中に声をかけると、ジャマダハルの刃を確認していたギルが振り返る。歩み寄りカウンターを見ると、他にも数本のダガーが確認できた。カウンターの中にいるのは髭を蓄えた小さいながらも頑固そうな男だ。アズマは目だけで軽く会釈をした。
 鍛冶師としてやっては行きたいが、それを振るいたいという気持ちも捨てきれていないためアズマはどこかに弟子入りをする、ということは考えていない。スキルを鍛えるために道具は揃え始めているが、まだそれだけだ。己がそうしたいと考えていることを知っているのはゲイルとヒューイだけであり、無暗に職人と話をしたり、喧伝することは避けていた。
「時間あるか?」
「ああ」
 カウンターに置かれた武器をじっくりと確認し、ギルが一本一本ベルトへ取り付けた鞘へと仕舞っていく。最後にジャマダハルを太もものホルスターへ収めると、ギルは短く礼を言って後金を払った。

 場所を変え、酒場へ入る。中は吹き抜けで広々としており、一階部分は仕切りもなくキャラクバのような内装だった。だが、体育館のギャラリーのようになっている二階へ行くと柱と薄布で小さく仕切られた簡易の個室のようになっており、二人はそこに腰を落ち着けた。エールを頼み、呼ぶまでは来なくていいと言付ける。柵越しに一階を見下ろしつつ、アズマは正面に座る男に目を向けた。
 改めてギルを観察する。そうして、ヒューイが傍に居る時と、そうでないときの印象が違うことに気づいた。静かな男ではあるが、怒気を見せることはまずなく、淡々としていて何を考えているのか分かりにくい。ヒューイが絡むと行動が単純化するが、それ以外では謎めいた男だ。肉体は男らしく、胸元まで開いたシャツからは黒い肌が見え、筋肉の隆起も分かる。よくもまあヒューイがこんなに男らしい男に惹かれるようなことがあったものだ、とアズマは思った。そして余程夜の手管が良いのかというところまで思考が飛び始め、軽く息をついてそれを吹き飛ばす。
 ヒューイがギルのどこに惹かれたのかはあまり関係がない。人柄でも肉体でも顔でも、セックスでも。結局のところアズマが心配するのはヒューイが悪い奴に引っかかっているのではないか、というところであり、そしてギルに辛い思いをさせられているのではないか、ということなのだ。
「で? なんだ、こんな場所で」
 これが気の置けない友人であったなら「なによこの泥棒猫!」などと軽口も叩けよう。だがギルを相手に下手を打つわけにもいかず、アズマは単刀直入に本題に入ることにした。
「お前にとってヒューイってなんなの?」
 エールで喉を潤しながらそう訊ねると、にわかに、ギルの纏う雰囲気が変わった。流れていた空気のようなものがひたと止まり、じっとアズマを捉える。
 ここで怯む理由もない。アズマはギルの反応を注視しながら、もう一度繰り返した。
「別にお前があいつのこと好きってんならそれはそれでいい。でも、単に身体が気に入ってるとかなら俺はお前らを放っておくつもりはないからな」
 ギルの双眸が細められ、アズマを射る。まるで笑みには遠い目に反し、その口角は引き上げられていた。
「あんたはあいつを狙ってるのか」
「まさか! あいつとはダチだ。今までずっとそうだったし、これからもそのつもりだ」
 ギルははっきりと口にはしなかったが、どうだか、とでも言いたそうな沈黙と目線をアズマへ投げつけた。あまり表情の見えない奴だと感じていた印象が変わる。
「他の男に盗られるのが不安なくらい、あいつはいいのかよ。病みつきになるくらいの極上の身体ってか? 女よりも?」
 突けば、ギルの表情が冷たさを帯びた。軽蔑の類ではない。つららを更に鋭くしたような敵意のそれだ。
「なんでもいいけど、あいつを大事にしろよな。お前があいつを舐めてるわけじゃねーのは分かるんだけどさ、そういうのじゃなくて……あー、だから、んーと、俺はさっぱり分かんねえけど、ヒューイはお前に惚れてんだから、その気持ちを傷つけんなってこと」
 どうすればもっときちんと伝わるのかとアズマはもどかしくなるが、元々説得などというものは苦手な部類だ。事実を挙げて行くこととは訳が違う。
「今まで同性同士で恋人とか近くにいなかったからあんま何も考えてなかったけど、俺とあいつのやりとりでお前を煽ってたわけじゃねーんだ。俺は、ヒューイとはダチだ。あいつとは寝たいとは思わねえ。あいつだって絶対そう思ってる。ダチって普通そういうもんだ。だから、恋人だっつーお前とは全く違うんだよ。……俺の言いたいこと、わかるか?」
 喧嘩腰に啖呵を切るのは簡単だ。だが、アズマは具体的に、ヒューイ本人から二人の関係について聞いたわけではない。二人の非常にプライベートな部分へ憶測を伴って踏み込もうとしている以上、あまり思い込みの激しいような、強い言葉を使うことは避けたかった。
 ギルはゆっくりと敵意を散らし、アズマの言葉を咀嚼するように微かに頷きを繰り返した後、小さく呟いた。
「ヒューイもあんたと同じことを言っていた」
 それはつまり、アズマとの関係が話に上り、なにか衝突があったということか。などと勘ぐってしまう。じっと待っていると、ギルは静かに目線をエールへ落とした。
「あいつは、あんたに懐いている。俺よりも遥かに」
 じり、と焦げ付くような嫉妬を奥歯で噛んでしまったような、拗ねたような色合いが滲む。酒場の賑やかさに紛れてしまいそうなほどに薄っすらと乗せられた感情に、アズマは少し間を開けて、同じように静かに返した。
「そりゃあ、付き合いだけで言えば俺の方が長いし。あいつビビリだし、こっちに放り出されたから余計だろ」
「……友達、だろう」
「そうだよ。だからこっちも心配してんじゃん」
 ギルの片眉がピクリと跳ねた。それを見て、アズマは笑う。
「お前だって俺がクズであいつを傷つけるような奴なら遠ざけるか秘密裏に始末したいとか思うだろ」
「だが、俺はあいつとは友達ってやつじゃ」
「わぁーかってるっての。あのなあ、別に恋人じゃなくたって親しい奴が酷い目にあってるかもしれないとか思ったら心配するだろ。なんなの? おめーの周りは冷血漢しかいなかったわけ? それともお前に友達って概念は存在しねーの? 恋人以外はどうでもいいって? お前はそうかもしれないけど、そうじゃない奴だっているだろうよ」
 友達と恋人を同列で語るな、というのであれば、友達を恋人と同列で考えるな、と言いたい。アズマはわざと声を大にしてギルの言葉を遮ると、混同しているのはギルの方だと突き付けた。ギルはじっとアズマを見つめ、中断させられた言葉を飲み込んだ。代わりに、また新たに言葉を紡ぐ。
「……そういう関係の奴はいない」
「ん?」
「あんたとヒューイが言う『友達』も、『仲間』も、そう思ったことのある奴は一人もいない」
「はん?」
 ギルの告白に、アズマは声を荒らげるのをかろうじて押さえ込んだ。
「……そうなの?」
「ああ」
「シズとかアドルフとかは?」
「あいつらはヒューイのものだろう」
 俺には関係がない、と言いたげなギルの物言いに、アズマは思わず芝居がかったように両手で顔を多い、天井を仰いだ。そのまま数秒、沈黙を保つ。
(予想外! いや、ある意味予想通りか……)
 どう贔屓目に見ても、目の前の男が友情やロマンスが散りばめられた娯楽を楽しむようには思えない。ヒューイからという伝聞ではあるが、この男のして来たこと、そして自分の目で見た印象や事実を思うと、甘ったるくこそばゆい事情よりも、下半身を鎮めるための一度きりの情事の方が縁があっただろうことは想像に難くない。
 この男に必要なのは情操教育だ。
「よし」
 アズマは、言って聞かそう、牽制しようという発想自体が間違いであったことを認めた。友人として友人の恋人に対する配慮がどうのという問題以前の話であることも理解した。
「ギル、お前今から俺とダチな。友達」
 そうして幾分か据わった目でアズマが切り出したのは、そんな台詞であった。
ギルが目を瞬かせ、訝るような表情を見せる。
「なぜだ」
「友達がどういうもんか分からねーならなってみるしかねえ。大丈夫。普通自然となってるもんだが、友達になろうって呼びかけてなるパターンも珍しくねーから」
「そういうものか」
「そういうものだ」
 まだ納得できないでいる様子のギルを見ながら、アズマはエールを煽る。残っていた分全てを飲み干してジョッキをテーブルへ戻すと、小さくゲップをして再び口を開いた。
「ダチ同士でマジになってセックスはしねえ。まあ冗談とか弾みでマス掻き合うことはあってもそれが習慣になったらそりゃもう友達を越えてる。俺とヒューイは友達で、俺はお前にもヒューイにもその気は持ってねえ。お前も俺で友達がどういうもんか分かっといた方がいい。俺で勉強しろ。セックスが上手いだけじゃいつかあいつが傷つく」
 分かったか、とアズマが問えば、ギルは暫く黙った後ゆっくりと頷いた。
「分かった」
「よし。泣かせたら許さねえからな。性的な意味じゃなく」
「分かってる……だが、あいつ相手だと上手くやれない」
「あー……お前があいつに対して真剣なんだったら、それでもまあ、いいけど。なんだよ、セックスがうまいこと行かないわけじゃねーんだろ」
 人払いをする意味もなくなったので、アズマは呼び鈴で店員を呼び、追加でつまみやエールを注文した。ギルも咎めることもなく、二人でジョッキを付き合わせて乾杯すると、そこから空気が変わり始めた。
「あいつは言わないと分からないんだと分かってるのに、なにをどう言えばいいか分からない。あいつを好きだと認めるのも時間がかかった。なのにあんたみたいな厄介な奴に出てこられると焦りがでてきて、余計に考えが纏まらなくなる」
「あいつ鈍い癖して欲しがりの気があっからなあ。それで前の彼女とも別れたみてーだし。ってか俺を意識してる暇があったらこれを機にキチンとあいつと意思疎通する練習しろ。ぜってーその方がお前らのためだ。間違いない」
「だから上手く言葉が出てこないと言ってる」
「そりゃ練習あるのみだって」
「あんたが出てくるのがもっと後だったらこんなに焦らなかったんだがな」
「遅いか早いかってだけだろー。大体、俺と合流すんのがもっと後だったとしても、別のやつがあいつにちょっかいかけて来たかもしれねーじゃん。だったら安全牌のこの俺でよかったと思うべき。おめーは寧ろ俺に感謝すべき」
「……他の奴に奪われるような下手は打たない」
「またまたあ、俺にさえ嫉妬してぎこちなくなってんだろー? 実力行使ならまだしもさあ」
「……」
「あれー、ギルさん図星っすか」
「そんなに分かりやすいか」
「だってあいつため息多すぎだし」
 管を巻きながらだらだらと話し続け、アズマの言葉にギルがため息をつき、そうだな、と同意する。
「ため息の数が減らないんだったら、俺ももうちょい首突っ込むからヨロシク」
「……ああ。いっそその方が良いのかもな」
「努力はしろよー」
「分かってる」
「お利口さんで何よりだぁな」
 ようやく持って行きたい方向へ進んだようだとアズマが思った頃、ギルがおもむろに席を立った。机に金貨を置き、一言つぶやく。
「時間だ」
「おん?」
「あいつを迎えに行く」
「あー、もうそんな時間かよ」
 懐から懐中時計を取り出せば、時刻は既に午後四時半を回ろうとしていた。時間を感じさせないためか窓のない酒場で、よく測れたものだと感心する。
「ギル」
 先に出て行こうとする背中に呼びかけ、引き止める。振り返った顔には、アズマに対する敵意はもうなかった。
「あいつのシモ事情、俺ほぼ知らねえから。こっちから突ついてもいいけど、お前も吐き出したいことがあったら言えよ」
「……友達だから、か?」
「分かってんじゃん」
「……手に余るようならそうする」
「おう」
 親指を立てて、今度こそギルが出て行くのを見送る。アズマは一仕事終えた達成感から、大きく息を吐き出した。再会した先から話題に事欠かない友人を思い、苦笑する。やれやれだった。
(……マギを出るのはあいつらが落ち着いたのを見てからでもいいか)
 ギルという男は思ったよりずっと落ち着いていて、冷静だった。そつなく動く印象があったのはヒューイの面倒を見ていたせいで、実際のところ人付き合いという点においては遅れている。
 放っておけない友人が倍になったことに頭を押さえつつ、アズマはこれでようやく本当に静観できると胸を撫で下ろした。
 辺りが変わりなく賑やかな中、いつかこれを恩に着せてなにかしてやろうと画策するアズマの悪い笑みは誰に見られることもなかった。
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